聖剣の葛藤

 いや、今のはなし。やり直しを要求したい……。


 だが、それは無理な相談だった……。唖然とする国王とその重臣たち。観衆のあげる声。だが、抜いた本人はそれほど感動しているわけではない。


 いや、それよりも……、だ……。

 確かに、油断したのは事実だ……。いや、違う。そんなことありえない。


 まさか、この俺が泣いて抜けてしまうなんて……。


 いや、違う。聖剣であるこの俺に、涙を流す仕組みはない。


 ――コイツの力になってやりたいと思ってしまったからだ……。


 たしかに、資質は認める。純真な心もある。強固な意志もある。悪を憎む心もある。資質が飛びぬけているのは、その血脈のおかげだろう。


 だが、記憶を見たからわかる。コイツはただの八歳の少女。しかも、俺を手にするその動機は……。


 ――復讐だ。


 この娘は、父親と姉を殺した者を探している……。

 そんな人間に、この俺が抜けていいのか?


 ――いや、いや、いや。それは断じて、いいはずはない!


 だが、抜けたからには、俺は認めなくてはならない……。


 この八歳の少女が聖剣の新たな所有者であることを……。


 もう一度俺を手にする八歳の少女。その瞬間、この娘が使えるように、俺はその形を変化する。重さも当然、それに合わせて変化した。


 だから、聖剣を天に突きだすように掲げた八歳の少女は、もう一度拍手喝采を浴びていた。


 しかし、もう一度改めて見てみて分かった。


 資質はともかくとして、コイツは本当にただの八歳の少女だ……。何の訓練も受けていない。ただ、父親と姉と幸せに過ごしてきただけだ。


 ――それがいきなり壊された……。


 その気持ちはわかる――が、だからと言って、俺がその目的で使われていいはずがない。


 俺は、聖剣なのだから。


 まあ、何故か俺が目覚めているのに、人間にとって脅威となる存在――百年前は魔王だった――は感じない。聖剣この俺が必要とされる世の中ではなさそうだ。


 ――だから、当面やることがないのも事実……。もっとも、魔王領からの侵攻があるのかもしれないが……。


 魔王領では、魔王がいなくなった。しかし、百年前の協定がまだ生きている。そのうえ、分割統治している四人の権力者は、仲が悪かった。だから、単独で行動することはあっても、大勢力での侵攻は考えにくい。


 だとすると、やはり表向きは平穏な時代と言えるだろう。では、何故俺は目覚めたのだろう? いや、目覚めさせられたのだろう?


 まあ、どのみち、コイツ八歳の少女はこのままでは使い物にならない。それまでは俺がコイツ八歳の少女を育ててみるか……。


 ――そうだ、そういう事にしておこう!


 資質は良い。だから、そのために俺が抜けてしまった。


 ――よし、そういう事にしておこう。


 抜いた本人は国王に呼ばれて謁見の間に連れて行かれる。そして、滞りなくそれが済み、王城から出た時にその男と会っていた。


 途中まで同行していた傭兵のような男――コイツ八歳の少女を王都に連れてきた――は、コイツ八歳の少女の記憶では焼けた村で出会ったようだ。


 ――偶然か?


 ただ、そいつ傭兵そいつ傭兵で、コイツ八歳の少女の依頼としてここ王都に連れてきただけだった。しかも、コイツ八歳の少女が受け取った報奨金から報酬を受け取ると、さっさとどこかに消えていった。


 ――考え過ぎなのか?


 だから今、コイツ八歳の少女は一人で街を歩いている。一躍有名になったコイツ八歳の少女は、人目に付くのが嫌なのか、その歩みはどんどん治安の悪そうな方貧民街に向いていた。


 ――だが……。本当に、コイツ八歳の少女一人でやろうとしているのか……。

 

 どこの誰かもわからない復讐を?

 

 誰も信用していない事は分かる。だが、元々コイツ八歳の少女は人なつっこい人間だったはずだ……。


 それが、何故だ?


 一夜にして、コイツ八歳の少女をこんなにまで変わらせたものは何だ? 父親と姉を殺した者が、誰なのかわからないからか?


 ――いや……。多分コイツ八歳の少女は、自分で気づいていないが、理解している。


 あの場所にいたのは人間だけ・・・・だったことを……。


 確かに魔物の影はあった。だが、百年前に結ばれた協定は未だに生きている。それは、魔王が倒れた後に結ばれたもの。だから、魔族との協定で引かれた境界線の存在がまだあることを、この街の人間が話していたからわかる。


 境界と聖剣この俺の存在が、人々に安心をもたらしている。さすがだな、俺。


 ――まあ、それはそれとして……。


 その境にある村での出来事とはいえ、犯人は魔族とは限らないという結果になる。


 それをコイツ八歳の少女は頭のどこかで理解しているのだろう。だから、誰にも頼らない。誰も信用していない。自分でも気が付かない間に、騙されないようにしているという訳か……。


 ――さかしいな……。


 だが、お前の選択は間違っていない。聖剣この俺を求めたのはそういう事だろう。


 ただ、今のお前は力が無さすぎる。この俺を抜いたとしても、俺を使いこなす技量がない。


 だから、目の前にいる三人……。いや、二人と一匹に対応することはできないだろう……。


 そこにはコイツ八歳の少女が知らない者。この俺がよく知っている者たちの姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る