幼女の記憶
圧倒的な場違い感が、観衆の口を塞いでしまっていた。
シンと静まる観衆。
さっきまでの喧騒はどこかに去り、誰かがつばを飲み込む音すら聞こえそうな場が出来ている。だが、幼女の歩みは止まらない。そして、それも見続ける観客もまた、次第に息を吹き返していた。
その光景を見続けるうちに、興味がそれを凌駕したのだろう。いつしかそこは、それまでのざわつきを取り戻していった。
――それはそうだ。ここは少なくとも
見上げるように、俺の前に立つ幼女。剣先が埋もれていても、この幼女よりも俺が大きいのは一目瞭然。
仮にこの幼女が俺を抜いたとする。
その場合、コイツは自分の背丈ほどある俺をどうやって使いこなすのだろう?
おそらく誰かが、そう疑問に思っていた。やがてそれは、まるで伝染するかのように、全て観客の興味となっていく。
――あまいな。俺は聖剣。もし、コイツが俺を抜くことが出来れば、この俺はコイツが使える姿に変わる。そんな事は、当たり前の事だ。だが、そんな事は万に一つもないだろう。
しばらくすると、衛士が幼女の周りに集まってきた。
その背丈では、到底
緊張した面持ちで俺を見据える幼女。だが、その瞳からは、強い意志の光を感じる。
やがて、ゆっくり手を伸ばすと、しっかり俺を掴んでいた。
その瞬間、不似合いなほど強烈な意志が、小さな体からやってきた。
――なんだ? コイツの意志の強さは!
流れ込む強固な意思。何が何でも俺を抜くという精神。思わず驚いたものの、俺はその源流を探っていく。だが、それは探すほどのものでもなかった。
――ふくっ、復讐か!?
強い怨念。そこから発生する強固な意志。確実に呪いが発動しているにもかかわらず、コイツの精神はそれに耐えていた。
精神の浸食に負けないくらい、コイツはその心に強い意志を宿している。純粋な心の中に、こんなにも強い感情を秘めていやがった。
――いや、何があった? コイツをここまで駆り立てるほどの怨念とは、いったい何だというのだ!?
俺を手にしている以上、俺はコイツの記憶に触れられる。だから、コイツがあきらめない以上、コイツの
コイツの心の中にある最も色の濃い部分。あっけないほど簡単に、俺はそれを見つけることが出来ていた。
父親と一つ年上の姉。その笑顔が温かな光の中で輝いている。
三人で暮らすつつましくも温かな生活。とても幸せだったのがわかる。コイツのこの純真な心は、こうやって培われていったんだな……。
しかし、それが突然壊された。
コイツの記憶にある炎の記憶。家の窓から見えた光景。
暗い夜を赤く染めあげる炎。焼ける村。殺される村人。
所々聞こえていた『魔物の襲来』という単語。
急を告げて飛び込んできた血まみれの家政婦のような婦人。
だが、コイツが見ている光景をよく観察すると、襲っているのはどう見ても人間だけだ……。どこかの国の兵士にも見える。まあ、確かにその中には魔獣らしき姿もあった。だが、闇の中で炎を背にしているからよくわからない。第一、そいつはまったく動いていなかった。
次々と殺されていく村人たち。震える体を逞しい父親の手が抱き上げていた。
扉があげる悲鳴と、姉と家政婦が父親を呼ぶ声が重なっていく。
そして、コイツの見える世界は変わっていた。その衝撃と共に――。
父親に無理やり放り込まれた地下室。その瞬間に見た、扉を支える姉と血まみれの婦人。そして、意識を失う前に父親がコイツに告げた『生きなさい』という言葉。
全てがいきなりの出来事で、しかもさっきの衝撃でコイツは気を失っていく。
薄れゆく記憶の中には、父親が誰かに向けた言葉もあった。
それは、『バカなことを! 争いを起こさせる気か!』という呪詛の言葉。そこに姉の悲鳴と男の絶叫が重なっていく。
そして、コイツの意識は闇に沈む……。
明るくなり、目を覚ましたコイツは、そこから何とか這い出る事が出来ていた。
元々、そういうつくりになっていたのだろう。そこは魔法的な守りが組み込まれている空間だった。そして、長い暗闇の先には、光の穴が開いている。
そのトンネルのような出口は、家の裏手にある川沿いの土手につながっていた。
茂みの中にある出口から出たコイツは、そこからトボトボと家に戻る道を歩いていく。土手を上れるところまで進むと、そこは村の入り口だった。
焼け落ちた村の家々。まだ焦げた臭いが充満する村を通りぬけ、コイツは自分の家に帰っていく。
そして、コイツが目にした光景……。
焼けた大人が二人。何かに覆いかぶさるようにして床に伏している。その隙間から、小さな焼けた手が覗いていた。
上がる悲鳴と崩れる体。
その瞬間、コイツの世界は壊れていく。幸せだった頃の記憶がどんどん流れていく。そして、最後に行きついたのは、父親と姉の死という現実だった……。
――泣ける。
元々俺は涙腺の弱い男だった。もし、俺が涙を流せたなら、きっと今頃涙だけでなく、鼻水まで垂らすほどに泣いていただろう。遠い、遠い記憶の彼方に、こんな娘がいた気がする。
――つらいよな。悲しいよな。その気持ちは分かる……。お前の親父の無念は痛いほどよくわかる……。
出来るなら――。そう思った時に感じた衝撃。
その時、俺はやっと気が付いた。周囲から割れんばかりの歓声が上がっていることを。
そして、俺は見た。
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