憑依する聖剣
あきのななぐさ
聖剣に挑む者達
コイツは……、ダメだな……。俺には分かる。コイツは欲にまみれすぎている。
しかも、こいつの手はいくつもの裏切りを繰り返してきた手だ。
確かに力はあるだろう。そして、大抵の事には怯まない強靭な精神力を持っている。それに似合う実績も上げてきたのも確かだろう。
だから……。周りの人間が、コイツに期待する気持ちも分かる。
だが、それだけだ……。所詮は、人間……。それ以上の存在に会えば、今までの自分を捨ててしまうだろう。
コイツの手は、コイツ以上にコイツの事を知っている。
「ぬぉおお! この! いい加減、この俺を認めやがれ!」
――ふっ。そんなことしたって無駄だ。
力でどうかなるなら、この前来たギガーゴリラの雄の方がマシだっただろう。ダメなんだよ、お前じゃ。第一、俺はお前の手が気にくわない。
盛り上がっていた会場も、今は白けた雰囲気に包まれている。ずっと同じシーンが続いているんだ。観客も飽きるだろう……。
それでも、コイツはやめようとしない。もはや、自分の名誉しか考えていない。だから、ダメなのだと、さっさと誰かコイツに教えてやってくれ。
まあ、それは時間の問題だな。さすがにもう見飽きた国王が、コイツの連行を指示していた。
――あばよ。これからは身の丈に合った生き方をしろ。
すごすごと去る筋肉ダルマ。観客からは、ひどい罵声を浴びせられている。
――まあ、観客も観客だ。
ひょっとしたら、自分たちの命運を握るかもしれない……。いや、万が一にも担うかもしれない男に、それだけ罵声を浴びせることはないだろうに……。そんな事をしてると、いつか大変なことになるだろう。
この男の性根を考えると、いつかこの国の誰かに襲ってきてもおかしくはない。
まあ、それも『この男が生きていたら……』の話だ。この国の国王は、自分が満足しない結果には容赦しない。賢王と称えられていても、その裏で死んでいる人間はたくさんいるのを俺は知っている。かつて剣聖とまで言われた男とは思えない……。年老いて、堕落した姿がここにある。
まあ、それは俺の知ったことじゃない……。じゃあ、次の相手をしてやろうか……。
では、次はどいつだ? なに? この女か? おいおい、いいかげんにしてくれと言いたい。この国の選定機関は一体何を考えている? この間のギガーゴリラにも
こいつ、どこからどう見ても酒場の娘だろ?
意表か? 意表を突きに来たのか? この俺の存在を知っているからそういう手で来るのか?
――バカにするなよ、人間。
俺と同じように、すでに観客からはすさまじいヤジが飛んでいる。
いや、それは俺も飛ばしたい。だが、気分的にはギガーゴリラとか、さっきの筋肉ダルマに使われたいとは思わない。そんな奴しかいないなら、コイツでもいいかと思ってしまう。気弱そうだが、容姿はそれなりに整っている。この俺の力があると、ひょっとすればいいところまで成長するか?
そして、娘はその手を俺に差し出してきた。
――いや、いや……。それはないだろう……。
握った手は、コイツの心情を物語る。コイツ、俺を店に売るつもりだ。借金返済に利用するとは……。何て奴だ。しかも、俺に油を垂らす小細工までしてくるなんて……。
――確かに、コイツは新顔だ。もはや、小悪党でしかない。
第一、小細工でどうこう出来ると思ってるのか? この俺を? しかも、売り飛ばす? さっきの男でも俺を使って自分の有名を轟かせる事は思っていても、さすがに売り飛ばすとかはなかったな。
そんなこと考えてここに来たやつは初めてだ……。だが、それまでだ。不用意にそういう感情をもって俺を握ると、俺にかけられている呪いがかかる。握った奴の精神が崩れてしまう呪いだ。
――まっ、これでも俺は聖剣だ。当然だが、悪用されるのを防ぐ呪いがかけられている。
案の定、女は発狂して走り去る。衛兵を突き飛ばしていくあたり、育てればいっぱしの戦士になったかもしれないな……。
でも、それは俺の役目じゃない。俺を使いこなす事の出来る器の持ち主だけが俺を使いこなせる。
悪を憎む心。
揺るがない信念。
しかも、俺の憑依に耐えられるほどの、純粋な心の持ち主でなければならない。
まあ、百年前の
そして、俺も眠りについた……。
――まあ、それがこの世界の神とやらと交わした契約だからな……。
俺は聖剣。こことは違う世界からこの世界に呼び出されてきた者。
ただ、俺の意識が覚醒するのは、世界が俺を求めた時だけ……。例えば、百年前は魔王の来襲だったな……。
だが、今回は俺を目覚めさせたのは、人間の神官たちだった。俺がその存在を感知していないのに、無理やり目覚めさせたのだから、正直言って俺は眠い。
だが、人間がそんな事をしてただですむはずがない。かなり犠牲を強いたのだろう。
目覚めた時に俺の目に飛び込んできたのは、夥しい数の人間の死体だった。全方位はおろか、俯瞰さえできる俺の視界。それでとらえきったその数は、ゆうに百人以上はあっただろう。
ひょっとして、魔王に変わるものが現れる気配でも感じたのだろうか……。
こうまでして俺の起こしたからには、それ相応の理由があるに違いない。そして、俺が眠っていたこの百年で、人間も何らかの進化をしたのだろう。
まあ、そんな事を考えても仕方がない。すでに俺は目覚めている。だから、俺は待つことにする。
――かつて、俺が共に旅をした
まあ、こんな事を考えるのも、基本的に暇だからなのだが……。
俺は聖剣だが、剣なだけに自分でどこかに行くことはできない。自分自身を動かすこともできない。ただ、視野は極めて広く、一定範囲の会話を聞くことはできる。だが、それ以上は何もできない。
せいぜい、この俺を使う者の能力を限りなく向上させるくらいだ。だが、それも潜在能力が高くないと難しい。ただ、その資質があるなら、最終的には俺が憑依するという手もある。
――だが、それをあまり多用はできない。いくら純粋な心の持ち主でも、その精神を破壊してしまう恐れがある。
なので、それは最終手段だ。
まあ、どちらにせよ……。俺をここから抜くことができてからの話だな……。
さて、次で今回は最後だな……。
――って、何!?
この国の選定機関は、本当に何を考えている!? コイツを本当に選んだのか?
俯瞰的な俺の視界に、どう見ても幼女としか思えない娘が歩いてきた。
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