やがて その日がやってきた。


 家から歩いて20分ほどの道すがら、 僕は彼女とどんな話をしようか考えていた。

 小学生の僕からすると、もうすっかり大人である彼女と はたして話が合うのか心配だったのだ。


 しかし、そんな心配は出会ってすぐに余計なものだと 気がついた。

 彼女──倉田栄子さんは 駅の改札を抜けると まっすぐに僕の元に駆け寄り

「オックン?」

と 声をかけてくれた。

 オックン とは僕のペンネームだ。

 


 彼女は想像していたより小柄で、図書館でよく会う高校生のお姉さんに似ていた。


「初めまして、倉田です。栄子お姉さんですよ。今日は よろしくね」


 微笑みながら 話かけると

「じゃあ 行きましょうか」

 と歩き始めた。


 城へは歩いて約20分、その間 文通で知っている彼女と同じ彼女、そして違う彼女が そこにいた。


 大学に通いながら アルバイトをしているのは知っていたが、それは 年に一度の旅行を楽しむためだということは 初耳だった。


 その旅行とは 毎年必ず夏休みのこの時期、京都に行くということ。

 その目的は 新選組のサークルの年に一度の『総会』という 大きなイベントに参加するためだということ。

 そして そのイベントが 明日行われるので それに合わせて、今日は京都に泊まること。

 それらを一方的に、しかし楽しそうに話してくれた。



 また イベントは 東京始め全国各地でもあり、近藤勇・土方歳三・沖田総司の命日には 必ずお墓参りに行く、ということも 初めて知った。



「へぇー、これが彦根城かぁ。小さくてかわいい お城ね」


 どうやら彼女はもっと大きな城を想像していたらしい。


「でも…… わずか百年ほど昔は、ここを武士といわれていた人たちが 実際に歩いていたんだよね。そして明日行く京都の壬生寺もそう。百年前には大好きな新選組の人たちが、訓練したり 散歩したりしてたんだよ。

 あそこに行くと 何か懐かしい感じがして…… あれってなんだろうね」


 つぶやくように 口にした その言葉が妙に印象的だった。



 そして この時初めて、京都 壬生へのあこがれの気持ちが生まれていた。



  

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