第6話 待ち合わせ

 日曜日、人の賑わうフードコートが待ち合わせ場所だ。

【窓際にいて、赤い花を持っています】「仁」からのメッセージだ。

 赤い花だなんて、ドラマみたいだ。


 私は窓際のテーブルに一人で座っている人を見つけた。赤い花も持っている。

 こちらが見つけやすいように、少し高く持っている。

 私は、「仁」の後から近づいた。


「あの、仁さんですか?」近づいて、声をかけた。

「仁」は、ゆっくりと振り返った。


 振り返った「仁」の顔を見て、私は凍り付いた。

 翔だった。


「うそ……何で?」私の頭の中は、瞬時に色々な事を巡った。


 私は、漫画で直樹への想いを綴っている。同時に、私と直樹の事をストーリィにしている。

 投稿サイトを見ただけでは誰の事かは解らない。

 けれども「作者」を知ったら、漫画の内容はすぐに解る筈だ。

 私が直樹を好きで、告白をしてフラれる。日々、どんな妄想を抱いているか。

 顔から火が出るとはこの事だ。

 漫画は、貴子にも見せていない。


「亜衣さん、投稿サイトのアカウントIDが、ツイッターと同じだったよ」翔はいつもの優しい笑顔で云った。


「あ……ID使いまわし、やっちまった」私は心の声が、漏れていた。


「亜衣さん、直樹の事が好きなんだね」翔はいきなり云った。

 あ……そうだとも云えず、否定も出来ず、私は視線を泳がせた。


「僕は亜衣さんの事が好きだ」翔は、まっすぐに私を見つめて云った。


 え? 二回目の驚き。混乱している。


「いきなりごめん。でも、あの漫画を見ていたら、亜衣さんの直樹への想いがリアルに伝わってきて……嫉妬してた」

 いつもおっとりしている翔が、悔しそうに云った。

 嫉妬しているなんて、さらっと云えちゃうのが翔の良い所なのかな。翔、人気あるしなぁ。

 漫画をずっと描いているせいか、驚きよりも、ネタになりそうな事を探している自分に気付いた。


「亜衣さん、本当にキーボードの練習しているの? ちょっと合わせてみない? うちのバンドと」いきなり意外な所に飛んだ。


 直樹と翔と私の三人で、一旦スタジオに入ってみようという事になった。

 どういうつもりだろう?

 九月の第二週水曜日、十九時にスタジオで。

 そのまま、私と翔は解散した。


    〇●


 九月の第二週水曜日。

 スタジオに入るのは初めてだ。

 ずっと家で弾いているだけだったから、キーボードのケースを持っていない。

 私は、長いキーボードを直接手に持って、スタジオに向かった。

 直樹が先に来ていて、扉の前で待っていた。


「翔は遅れるって」直樹は一言だけ云い、スタジオに入った。私も続いた。

 初めてのスタジオで、直樹と二人。気まず過ぎる。

 もしかして翔は、私と直樹の仲をキューピッドするつもりなのかな。

 翔、発想は天使だけれど、中々地獄だよ……。

 

 それに、スタジオなんて、何をどうしたらいいのか解らない。これは直樹に聞くしかない。

 直樹は慣れた手つきで準備をしている。

 いつも、こうやって、練習しているんだろうな。

 そう思っていたら、直樹が急にこちらを向いた。


「その不安は何処へ行く? 解らないのに抱えるのか」直樹が私を見つめて云った。

「いつも不安を抱えて、何をする? それは、執念に変わる」直樹は続けて云った。

「俺と亜衣さんは、執念が似ている。でも、翔は、亜衣さんを選ぶ」直樹は私から視線を外さない。

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