第5話 母子手帳

 どうして私はいつも不安を抱えているのか。先日、失恋で落ち込んでいる時に考えてみた。

 私は二十歳になった時、母親から母子手帳を貰った。私が産まれた時の情報が書かれている。

 自分の身長が数十センチとか、体重がグラム表示で、不思議な感覚だった。

 どの予防接種を受けたのか、経過はどうだったのか、中々飽きなかった。

 順番に読み進めていった。最後の頁が、破れていた。

 どうして破ったのだろう。母子手帳って、もっと大切に扱うものではないのだろうか。


 恐らく、私の不安はここから来ているのではないかと思った。


「おかしいと思わない? 母子手帳をそんな風に扱うなんて」私は直樹に、事情を話した上で尋ねた。


「親に聞けばいいんじゃない」直樹は冷たく一言だけ放った。


 確かにそうなのだ。そうなのだけれども、一人で抱えるにはあまりにも不安なのです。

 直樹の口調はいつも通り。直樹は私には冷たい。

 けれども告白した事によって、幾らかは、関係性が変わったんじゃないかという期待を持っていた。

 緩やかなカウンターパンチをくらった。

 

    〇


 漫画を描こう。私と直樹の。……良いネタになるのではないだろうか。

 もちろんキャラクターの名前は変えて。設定はほぼ一緒で、少しだけ変えて。

 お盆には夏休みがある。長期休暇を利用して、私は漫画を描きまくった。

 私と直樹の間にあった出来事を描く事で、幾らか発散された事もある。解放された気分にもなる。

 けれども読んでいる人は、いない。プレビュー数は、一向に増えない。


    〇


 ある日、私の漫画に、一人だけイイネを付けてくれた。嬉しかった。

 私は嬉しくて、しょっちゅう投稿サイトをチェックした。

 私がサイトを更新すると、イイネを付けてくれる。ハンドルネームは「ひとし」だった。

 最近は、コメントを書いてくれるようになった。


 私は日々漫画で、直樹への恋心を綴った。微妙に設定を変え妄想を加えて。

 「仁」は、時々メッセージを送信してくるようになった。

 とても丁寧な文章で、気を遣っているのが解る。どんな人だろう。

 ある日「仁」から、【お会いしませんか】というメッセージが届いた。


 もちろん最初は警戒した。

 けれども「仁」は、【心配なら、警察署の前で会っても構いません】とメッセージを送信してきた。

 昼間、人の多い所なら大丈夫かなと思い、イオンのフードコートを指定した。


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