第2話 私のこと

 私は週末にライブハウスに行く、平日はOLをしている。

 十年前に短大を卒業して、地元の企業に就職した。

 初任給も一般的だし、会社の業績も、この辺では中くらいだと思う。

 特別なものを持っていない私には相応の会社だろう。


 直樹も翔も、私から見たら、特別なものを持っているのだと思う。


 通勤ラッシュを避ける為に、私は皆より早目に出社する。

 始業時間までの時間つぶしをしている人は、私以外にも結構いる。

 本を読んでいる人や血圧測定をしている人。朝ごはんを食べている人もいる。


 直樹はどんな朝を過ごしているのだろうか。

 クールに見えるけれど、実際はバタバタ過ごしているのだろうか。

 仕事終わり、会社から駐車場まで歩く間「万が一、直樹が通ったりしたら……」なんて思ってキョロキョロしていたらつまづいた。


    〇


 土曜日のライブが一番良い。

 今日は東京のバンドのレコ発ライブだった。ヨルゾラは出ないけれど、直樹が見に来ていた。

 東京のこのバンドは初めて見たけれど、妙に惹きつけられた。

 演奏が終わり、後ろを振り向くと友達がいたので話しかけた。

 視界の脇から直樹が見えた。私を通り過ぎて、廊下に行ってしまった。

 どうやら友達の前にいたらしい。あ……。


 私が見ていない時にすれ違うなんて。タイミングが悪い。これは改善しよう。

 ライブハウス内で、直樹がここを通ると予想して……。

 あの人と会話するだろうから、あの人の近くに行こう。

 あ、また知らない女と話してる。

 ちょっとギャルっぽい。肌の露出があって、アイラインが強めの女子。あのタイプの女子が好きなんだろうか。


 私のファッションとは全然違う。

 私が普段着る服といえば、スカートだったら長め、ハーフパンツだったらバルーンタイプ。

 模様は定番、ボーダーや水玉。肌を露出することはない。襟の大きなブラウスやタートルネック。春は定番のトレンチコート。ほぼ定番ファッションだ。

 直樹と話している女子のファッションとは、一向に被らない。


「……ああいう服を、真似る?」思った事が、声に出ていた。


「亜衣ってさ、本質に迫らずに周りを気にするよね」友達がすかさず云った。


 彼女は短大からの付き合いで、時々ライブハウスで一緒になる。結婚して、子どももいる。貴子たかこという。

 貴子はいつも冷静に、私の行動を指摘してくれる有難い存在だ。

 貴子に隠し事をするつもりはないので、正直な発言をしてしまう。

「直樹に触れたい。もっと話したい」私は自然に、言葉を発していた。

「亜衣は解りやすいからね」貴子が少し、呆れた様子で微笑んだ。


 ライブも後半になった頃、翔が来た。どうやら仕事だったらしい。


「亜衣さんって、朝はバタバタしているの? 何だかそんな気がする」翔が笑顔で話しかけてきた。

「失礼ね、意外に早起きしてるのよ」私はふざけて少し、ふくれて答えた。


 私って、そう見えるのか。確かに落ち着いているようには見えないのかも。

 私だけじゃない、誰かも誰かの生活を想像しているんだな。

 自分だけが、直樹の妄想をしていると思っていたから、何だかほっとした。

 翔と話していたら直樹も来たので、また三人で和気あいあいとし始めた。

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