第2話

 新学期が始まる。僕のクラスはD組だ。理由は知らないけど前もって教えられていた。いつも通り……といってもまだ数日だが用意された朝食を食べて学校へ向かうことにした。

 学校に着くと、クラス変えの紙の前に人だかりができていた。まあ当然だろうな、友だちと一緒のクラスがいいだろうし、僕には関係ないけど。関係ないことないか。あの古都鏡花と同じクラスがいいのか違うクラスがいいのか僕にはまだわからない。ただ確かめておきたかったのでD組の紙を見に行った。

 こみやこ……こみやこ……あった。彼女もD組のようだ。僕は現状知り合いが彼女しかいない。だから頼るべきは彼女しかないのだ。……教科書とか借りたりはできないな。人も多いのでそそくさとその場を離れて校門前まで戻ってくると問題の古都鏡花が居た。

「よう。俺のクラス何組だった?」

「……なぜ僕が調べてる前提で話すんだい?」

「そりゃあ俺しかお前の知り合いは同級生にいないからだよ。当然気になるだろ?あれだけ可愛い可愛い褒めてた人間のことならさ」

 図星だ。僕は彼女に敵わないな。頭を掻きながら「偶然同じクラスだったからだよ」と返した。彼女の表情を見ると、それが嘘なこともわかっている様子だった。

「ま、とりあえずさっさと教室に向かおうぜ」

 彼女の言うとおり横に並んで歩いて……と僕はこの学校の習わしのことを思い出した。確か学校から代表者を選んで選ばれた人間は胸元に薔薇を付ける。僕は似合いそうにもないのでそれは嫌だった。なのにこんなに目立つ彼女と歩いていたら僕まで目立つじゃないか。そう思い一瞬彼女から離れようとする。ただ、僕はそんな理由で唯一の知り合い、知り合いというほど仲は良くなってないけど。その知り合いとの関係を切っていいのかと考えた。

 いや、自分勝手すぎるだろう。彼女だっていろいろ苦労してるんだろう。だから僕は彼女から離れず、といっても近すぎず一定の距離を保って歩いた。

 教室に着くと、すでに教室に入っていた人たちからの視線を一気に受けた。そりゃあそうだろう。女装してるやつに高校では珍しいウワサの転校生が一緒にやってきたんだから。僕らは適当な席に腰掛けて世間話でもしようとした時に別の生徒が話しかけてきた。

「君だろ?転校生の……市川摩天楼。もうウワサになってるなんて大したものじゃないか」

「僕はただ転校してきただけだよ。……君は?一方的に名前を知ってるなんて不公平じゃないか」

「そりゃあ悪かった。俺は竹田。竹田たけだジロウだ。一応この学校の“情報屋”ってやつだ。どの学校にもいるやつだよ」

 情報屋。少なくとも僕のいた春斗万にはいなかった。その情報屋さんが僕らに何の用事だろうか。おおかた知らない転校生についての情報を集めようとかそんなところだろう。予感は的中、彼は僕についての質問を始めた。

「なるほど元はあの春斗万に……ずいぶん偏差値のレベルを下げたな」

「彼女にも話したけど戦争に疲れたんだよ。だから中の中くらいのここに来たわけ」

「だけどこの学校で成績が良いと面倒だぞ。ただでさえ君は注目を集めてるわけだからな。この学校では5月に2・3年だけ定期試験がある。例の投票のためにな。そこで成績が良い生徒はほぼほぼ間違いなく票を集める。そこにいる古都……さんもそのタイプさ」

 へええ。彼女、成績がいいのか。可愛くて成績もいいなんて……ずるいな。

 それより僕は気になったことがある。彼、竹田は鏡花のことを“古都さん”と呼んだ。少なくとも親しい人間の呼び方じゃない。彼のようないわゆる情報屋ならほとんどの人間と仲が良くなるはずだろう。……もしかして彼女、避けられているのだろうか。さっきまでは気にならなかったが、僕らの方を見てヒソヒソと話す声が聞こえる。僕はそれに耳を傾けてみた。

「古都さん……やっぱり女子制服なんだな……」

「あの転校生親しそうだけどさ……親しそうだけど、彼も女装するのかな……」

「それはそうと仲良さそうだったよな……1年の時は誰ともつるまなかったのに……やっぱり男が好きなのかな……」

 ふうむ。やっぱり良い印象ではないみたいだ。それはそうと聞き捨てならない言葉が聞こえた。僕は声の聞こえた方に向かって歩いていく。

「君か?鏡花が男が好きなんて言ったのは」

「え……なんだよ転校生。あくまで噂だって」

「彼女は好きであの格好をしているだけで心が女性というわけではない。僕は偏見とかそういう類いのものが好きじゃない。彼女に謝ってくれ」

 教室内の視線が僕と彼に集まる。ヒソヒソと話す声も多くなった。

「“彼女”だって……一応古都さんは男なのに……」

「親しくなってすぐだろ?そんな期間であんな怒るかな……やっぱりそういう関係なんじゃないかな……」

 僕は聞こえた方に睨みをきかす。誰が言ったかまではわからないので睨みつけるだけだ。いらだちを隠せない僕の肩に鏡花が手を置く。鏡花は何も言わず首を振るだけだった。彼女は多分諦めているのだろう。好き勝手してこんな格好をしているのだからウワサされたり輪からはじかれたりするのは当然だと、そう言いたいのだろう。それでも僕は許せなかった。彼女と少しだけど話してわかった。彼女だって1人の人間なんだ、友だちだって欲しいはずだ。だから僕は彼女の手をギュッと握った。

「大丈夫だ。僕は君のことをそんな目で見たりしない。僕だけは君の味方だ。これからも仲良くしてほしい」

「あのさ……教室のど真ん中でそんなことしながらそんなこと言ったら余計変な目で見られるって……」

 確かに陰口は多いが僕には関係ない。たとえ孤立しようと彼女を見放したりしない。僕だって最初彼女をおかしな目で見た。だから反省の意味も込めての行動だ。彼女にわかってもらえなくてもそれでいい。

 ……そうだ、僕も女装してみようか。いや、それは話が飛びすぎか。そんなこんなで教室内にひと悶着起こしたところで先生が入ってきた。

「は~い皆さん席に着いて~。今日はね、他校からの転校生を紹介したいと思います。市川君、前に出てくれる?」

 僕は呼ばれた通り教卓の隣に立つ。僕を見る視線は初めて教室内に入った時とは違う。古都鏡花と同じ“変なヤツ”だ。偏見を持ったまなざしそのものだった。

「……市川摩天楼と言います。春斗万学園から転校してきました。……勉強でわからないところがあったら聞いてください」

「はい。というわけで彼はあの進学校春斗万から転校してきた訳ですね~。皆さん仲良くね」

 教室内の不穏な空気を察したのか、それともいつもこんな感じなのか、それとも僕の思い込みか、先生の言い方は釘を刺すような言い方だった。僕は自分の席に戻り、鏡花の方を少しだけ見た。先生はそれからこれからのことについて話した。さっきも聞いたとおり2年生になったので5月に定期試験があること。6月には学校代表を決める選挙があること。そしてその選挙についてあることを話した。

「……というわけで、今年からは黒い薔薇と黄色い薔薇という新しい代表を増やして、より選挙に意味のあることにしようということですから、皆さんちゃんと考えて代表を選んでくださいね。あ、宮美くんや鏡花くんに投票するな、という意味ではありませんからね。じゃあ体育館で集会をやったら今日は終わりですから、皆で向かいましょうね~」

 鏡花から聞いた話は本当だった。代表である薔薇の候補を増やした、ということは現状の“赤い薔薇”、薔薇咲宮美。“青い薔薇”の古都鏡花で終わり、というわけでもなく僕が新しく選ばれる可能性もあるわけだ。薔薇持ちは生徒会に入ることが義務づけられているらしいが、何をするのだろう。そんなに大変じゃないといいんだけど。と、もう選ばれたつもりでいる。

 体育館での集会も、大体同じ事だ。1年生は高校生になった自覚を、2年生は後輩も出来て、これからどう過ごすかを、3年生は進学・就職問わず自分の進路をきっちり決めること。そんな当たり障りの無いことを校長が話すと、宮美さんの名前が呼ばれて壇上に上がった。

「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。この学校では先ほど校長先生が話された通り代表を決める習わしがあります。入学したばかりで学校の代表を選ぶ、という責任重大なことをさせられる戸惑いはあるでしょうが、上級生の試験の結果や部活動での行動を見て自分なりに考えて投票してください。そして今年から入る女子生徒ですが、数が少ないからといって差別や偏見をしないように。何か困ったことがあれば生徒会が力になります。学校代表“赤い薔薇”薔薇咲宮美」

 宮美さんの挨拶も終わり、集会は終わった。今日はこれで終わりなのだが、教室に戻って皆は色々なことを話していた。宮美さんが相変わらず美しかったとか、やっぱり僕らのウワサだとか、そんなところだ。もうあまり気にしすぎても仕方がないので、聞こえないフリをすることにした。そういえば定期試験、範囲を知らない。そりゃ去年やったことだろうが学校が違うので僕は知らない。仕方がないので鏡花に尋ねることにした。

「なあ鏡花、5月の定期試験の範囲を教えてもらえないか?」

「……あのさあ、お前どうして俺に絡むわけ?別に他のヤツに聞けばいいじゃん。それこそ自称情報屋の竹田にでもさ」

「迷惑かい?」

「迷惑……ってわけじゃあねえけどさ……」

「ならいいだろ。僕は君のことをもっと知りたいんだ」

「……お前、まだ俺のこと女だと思ってない?」

 まさかだろ。僕は結構感情で動く人間なんだ。何度も話が逸れたけど、なんと彼女の家で勉強会をすることになった。いきなり家に行くのは緊張するので僕の家に招こうとしたのだが、なぜだか断固として拒否されたので、僕が折れた。女の子の家に行くのは初めてだ。いや女の子じゃないんだけど。とりあえず週末駅まで迎えに行くから、という話になった。何着てけばいいんだろう。お土産とか持って行った方がいいんだろうか。

 いや、“友だち”の家に行くだけなんだから堅苦しく考える必要はないだろう。僕は鏡花と帰る方向が別なので校門で別れて、1人で帰ることにした。すると後ろから声をかけられた。

「……君たちは?僕のクラスとは違う人たちみたいだな」

「君、転校生だろ?古都鏡花と仲が良いってウワサの」

 またその話か。僕はため息をついた。

「そうですけど。それで何か?」

「……頼む!俺たちから古都鏡花を奪わないでくれ!」

 はあ?思わずマヌケな声が出た。彼らはどうやら学校案内の日の僕のように彼女に骨抜きにされた人間の集まりらしい。1人で居る鏡花が美しかったのに、僕という、まあ言わば邪魔者が現れてしまったことが気が気でないらしい。それを直接本人に言う勇気は買う。でも誰かに言われて関係を裂くのは嫌だ。僕はそれだけ伝えて振り返り帰ろうとする。すると気になるようなことをポツリと言われた。

「彼女には……近づかない方がいいんだ」

 また偏見か。僕はもう一度振り返り反論しようとすると、顔が割と深刻だったので少し尻込みしてしまった。彼らは絞り出すように話し始めた。

「俺たちだって、最初は関係を作ろうと自分たちから積極的に話しかけたさ。でもやっぱりウワサになったりするだろ。……男同士なのに、って。それが嫌で。だから彼女は眺めてるくらいでいいんだ。君もわかるだろ?」

「わからないな。男同士でもいいから声をかけたんだろ?覚悟もないのに人を好きになろうなんて虫のいい話をするなよ。君たちが臆病者なだけだ。僕は彼女とこれからも仲良くさせてもらう。話は以上。二度と話しかけるな」

 少し言い方が強くなったが僕は言いたいことが言えて満足したので改めて帰ることにした。転校早々敵を作るような真似をしておじさんに心配をかけないだろうか。まあ暴力ざたにならなければ大丈夫だろう。それと夜道には気をつけよう。

 今日はとにかく疲れた。ただ話をしただけなのになんでこんなに疲れなきゃいけないんだ。やっぱり鏡花は青い薔薇だけあって注目を集めているなあ。……そんな彼女の側にいれば僕にも当然注目が集まるわけだけど、それぐらいは我慢しよう。普通に生活してれば困ることはない。……薔薇に選ばれること以外は。学校の代表、と言われてもなったことがないのでピンとこないが、おそらく面倒なことは確かだ。それだけは嫌だなあ。

 寝る前、鏡花からメッセージが届いた。内容を見ると笑ってしまった。

『今日は俺のせいで色々ごめん。……でも俺のこと、変な目で見ないでくれるって言ったのは嬉しかった。……これからもよろしく』

 そんなことを改めて言わなくても僕の方からよろしくしたいところだ。僕はなるべく気を遣わず、平凡な内容になるように返した。友だちの家に行くのは久しぶりだから、週末が楽しみだ。学校での偏見も無くしていきたいところだけど、すぐには難しいだろうな。色々考えていたら、夜中の1時を回っていたので目を閉じて眠ることにした。

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胸元の輝く薔薇 青山零二 @Bluray_Blade

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