Stage.013 闇き魔法剣
15
カウントの表示がゼロになるのと同時に決闘の開始を告げるブザーが鳴る。一秒にも満たないそれは至極簡素で――だからこそ端的な合図だ。
音が耳に届いた、その瞬間――二人はほぼ同時に地を蹴った。十メートルという距離は元より、大したそれではない。片側だけが動いたとしても、ものの三秒あれば十分に到達し得るのだから、二人同時ならばほんの一秒か二秒で切っ先が届く。
現に二人は攻撃の態勢に入っていて今更、相手が初手に何を仕掛けてくるかなんて悠長に考えている暇も無い。開始前に相手が決めていた初動に対してどれだけ反応出来るかという一点に尽きる。
アリスは決闘の承諾を得られた時から、この戦いを楽しみにしていた。けれど、長引かせようとは全く持って思っていない。実力が拮抗していて結果的にそうなることはあっても、楽しむということは決して、加減をしたり手を抜いてそうすることではないのだ。
故に。
アリスの剣――グリーピルは初手から刀身に橙の光を纏う。単発縦切りアーツのクレセントムーンだ。鋭く振り下ろされるそれに対し、サーニャの剣にアーツエフェクトは無い。アーツに頼らず対抗するつもりでいるのだ。彼女に焦りの色は見受けられないが、余裕があるわけでも無さそうである。
そんなサーニャは自身を切り裂かんと迫る刃を真っ向から受け止めるような真似はせず、それへ向かって突き立てるように剣を出して刀身を盾代わりとし、線香花火のように火を散らしながら剣の腹を滑らせて受け流し――大地へ叩き付けるように弾いた。それはアーツ未発動のためパリングではなく通常のガード判定となってHPが僅かに減少するも、回避など到底間に合わない距離での攻撃だ。最善の行動の一つと言えよう。
内心では上手くいったことに自分のことながら驚いていた彼女だが、それ以上の気持ちを抱いたのがアリスだ。せいぜい鍔迫り合いに持ち込まれるくらいが関の山だと考えていたのである。
だが現実はどうだ。
見事に捌かれたではないか。
なかなかどうして腕を上げている。ますますサーニャへの期待が高まり、自然と笑みが零れるが――アリスだってこんなものでは終わらない。
技後硬直を次のアーツでキャンセルして第二撃目――単発横切りアーツ・スパークルムーンへ繋ぐ。横切りだが、使い手の技量次第では剣閃を斜めにすることも可能となる。それはアーツキャンセルすらほぼ自在に可能とするアリスにとって造作も無いこと。彼女は三十度ほど、右切り上げ気味に放った。
サーニャはそれを上段の構えから先端を下げて寝かせ、またその上を滑らせて二撃目も自力で凌ぎきった。
今の二合だが“滑らせるように受け流している”というのが大きなポイントとなっている。もし――もしも、サーニャがアーツを使わずに真っ向からパリングしようとしていたのなら、明確に威力で劣る彼女の剣は弾き飛ばされるか、良くても大きく体勢を崩すこととなっていただろう。そうなってしまえば、後に待っているのはアリスの無慈悲なまでのアーツコンボによる瞬殺だ。
受け流しは高めのプレイヤースキルを要求する分、成功すれば今のように少ないダメージでやり過ごすことが可能となるのだ。ただし物理系武器同士の戦いに於いて――であり、これが魔法となるとまた話は変わってくる。
「なっ!? しまっ――」
彼女の望外な成長具合は大変喜ばしいことだが、今の攻防に関してはアリスといえども驚愕するしかなく、タイミングを僅かに外してしまった彼女に硬直が発生してしまう。
サーニャはソレを見逃さない。
彼女の剣に暗く深い赤色をした
たとえどんな効果だろうが目に見えているのならば――システム的に必中でもない限り――アリスには躱す自信があった。しかし硬直中ではどうにもならない。サーニャの発動準備が整うのを歯痒く見ていることしか出来なかった。
そしてサーニャは地を蹴り、盾の無いアリスの左側を駆け抜けると同時――
「やあっ!!」
発動に至ったそれで、かけ声と共に彼女の左脇腹を切り裂いた。いや、切り裂こうとした、まさにその瞬間。
技を立ち上げてから発動までに通常のアーツより少しだけ時間が必要だったそれ。その僅かなタイムラグがアリスに技後硬直の終了――すなわち、自由をもたらしていたが、到底、回避は間に合うはずもない。
彼女は咄嗟に左腕を折り畳み、剣と胴の間に挟みこんでクッションに見立てていた。
サーニャの顔に悔しさが滲む。それもそのはず。与えられると思っていたダメージ量よりも少なくなってしまったのだから。
理由はアリスの行動にある。
防御力そのものは全身どこも全て同じだ。それでもダメージを受ける箇所によって被ダメージ量が異なるのがこのゲームの特徴の一つ。何故ならば、被弾時に用いられる計算式へ適用する際の部位倍率が異なっているからだ。実際に胴よりも腕のほうが低く設定されているため、若干腹部にもダメージが発生しているものの主な被弾箇所は腕となっていて、モロに胴体を切られるよりもダメージが少なかった。
アリスは連撃を警戒して攻め込むことはせず、その場で剣を構え直すも単発だったようで、二撃目が来ることはなかった。ならばと、彼女は硬直の間に攻撃を仕掛けようとして――攻撃を終えたサーニャが
(っ!? アーツをキャンセルした……?)
アリスの足が止まる。サーニャは確かにアリスの予想を超えて上手くなっている。しかし、とてもじゃないがアーツキャンセルを会得出来る域に達しているとは思えない。ではたまたまだろうか。それにしては偶然に対する驚き等による表情の変化は全くと言っていいほど無い。そうなって当然と言わんばかりだ。
その考えを振り払う。今の彼女にそんな芸当を出来る筈が無いと。攻略最前線のプレイヤーたちでさえ出来ないのだから、至極当然の帰結だ。何もおかしいことは無い。
だというのに、そんなアリスをあざ笑うかの如く、サーニャの剣は続いて暗く深い青色の靄を纏い始め、そのまま向かってくる。
(まさか――本当に!?)
最前線のプレイヤーならともかく、VRMMOを始めてまだ数日というサーニャがそれを見せつけたという事実はアリスの思考に混乱を生じさせ、彼女の反応を遅らせてしまう。それは致命的な遅れだった。
回避は間に合わない。パリングしようにもアーツの発動も間に合わない。ならば受け流しはどうだろうか。いや、無理だ。どんなアーツか分からなければ動きの読みようが無く、防御の体勢までもっていく余裕が無い。
サーニャは先ほどの右薙ぎから素直に上段へ繋ぎ、振り下ろしてきた。アリスは仕方なく、それを鍔元で受け止め――
(どういう……こと?)
ガチガチと金属の擦れ合う音をさせながら鍔迫り合いにもつれ込んで、また、新たな疑問が生じる。サーニャの剣が、あまりにも普通なのだ。普通すぎたのだ。
アーツの威力で押し負けるはずだったのに、そうならなかった。
一瞬――自分のHPゲージを確認する。先ほど受けたダメージ分――約二割程度しか減少していなかった。本来、ガード判定となってアリスのHPを削るはずの今の打ち合いは、彼女のそれに一切の影響を与えていなかった。
そしてその減っているHPにしても、物理攻撃を中心としたビルドを行っていたサーニャの攻撃にしては随分とダメージが少ない。攻撃力が低めな片手剣であることを考慮しても、だ。
ますます意味が分からなくなる。それと同時に、自分の簡易ステータス蘭に見慣れない――ATKと付いた下向き矢印の赤いアイコンが表示されていたのだ。ある程度ゲームをやったことのある人間ならそれの意味にも察しが付くだろう。攻撃力ダウンの状態にあるということを。
ここへ来て、詳細は相変わらず不明だがサーニャがデバフを付与する手段を持っているという、確かな一つの事実をアリスは理解した。
それがどの程度の効果や持続時間なのかということは、一先ずどうでもいい。攻撃の威力自体は大して高くないため、通常攻撃でパリング可能なこと――それさえ分かってしまえば、今はそれで十分だった。
やるべきことは、いつもと何も変わらない。ただ自分の全力を以って打ち倒す。たとえそれが二人の間に非常に大きな差がある事を見せ付けることになろうとも、サーニャにとっての目標であり続けるために。高い壁であり続けるために。
一気に高まっていく集中力は雑多な音を排し、必要な情報だけを残していく。大きくパッチリとした目が可愛らしいアリスだが、集中の高まりに呼応するようにスッとそれが細まる。
普段の賑やかでほんわかした雰囲気から一転――別人とさえ思わせるそれは、遂に、いよいよアリスが本当の本気になったことをサーニャにも強引に肌で感じ取らせた。
鍔迫り合いの最中、グリーピルの刀身が白いを帯びる。
「スパークルムーン――デイドリーム」
この決闘に決着をつけるため。
アリスがアーツを発動させ、その威力に任せて左へ振り払い、サーニャの腕ごと剣を力ずくで跳ね上げる。焦りの色が浮かび始めた彼女を返って来る追撃の刃が――不可避の紫電一閃となって襲う。
ダメージは決して少なくないが、多くも無い。グリーピルの高い攻撃力を以ってしても、二割強を削るに留まった。ある程度の耐久力を確保しているサーニャのステータスも関係あるだろうが、なによりもデバフの影響が存外に大きいようだった。
堪らず、サーニャがよろめくように後退するも――
「クレセントムーン・デイドリーム!」
グリーピルの放つ光が白から橙へと変わると同時、三十センチメートルほどとはいえ、アリスは右手から左手へと剣を放り投げて持ち替え、さらに左足を強く踏み込んで距離を稼ぐと袈裟切りを見舞った。さらにそこから切り上げに続く――その直前、片刃のためか器用に逆手へ持ち替え、難なくそれを放つ。
まともに三連撃を喰らい、サーニャの残りHPは凡そ四割にまで落ち込んでいた。
始まった。始まってしまった。
集中力を高めたアリスがアーツコンボを開始した以上、もうこれを中断させるのは容易いことではない。それこそ強引に反撃して動きを阻害するか、彼女のHPを吹き飛ばすほど強力な一撃で無理やりに勝つか、だ。
サーニャもその考えに至ったからなのか、彼女の剣に白い光――アーツエフェクトが宿った。この攻撃が終われば、彼女には硬直が訪れる――はずだ。だとしても放たねばならない。だってこのままでは、アーツコンボでHPを全て削られて、どの道負けてしまうから。だから彼女は決死の覚悟で、行く。
その直後。
アリスが三つ目のアーツを発動させ、橙だった刀身が水色の輝きを放ち始める。
「ブラッシュ!!」
サーニャが水平単発切りアーツの名を口にし、がら空きのアリスの左脇腹を目掛けて左へ薙ぐ。
それとほぼ同時に、アリスは突進系アーツ・アンスロートンの突進部分を省略し、最後の突き部分だけを放った。目標はサーニャ――ではなかった。それは自分の左足外側の地面。そこへ逆手に持ったままの剣を突き立てたのだ。
「きゃあっ!?」
それはさながらアーツ効果を持った盾と言ったところで、ぶつかり合い、威力が反発し、サーニャの手から剣が明後日の方向へ弾き飛び、彼女自身も体勢を崩す。そこへ伸びたアリスの右手が彼女の胸倉を掴み、引き寄せる。
剣を失ったサーニャには最早、抗う力など残されていなかった。
「がふッ!?」
サーニャの肺が勝手に空気を吐き出す。
その原因は彼女の腹部にめり込んだアリスの右膝蹴り。痛み自体は、ほぼ無い。ただ、何かが当たったという衝撃はあって、反射的に出てしまった声だ。
右手から開放され、よろけながらも空気を求めて息を吸う。
その間にアリスは更なる――そして最後となるアーツを発動させる。また、サーニャにとっては運の悪いことに、このタイミングでデバフの効果が切れ、アリスが本来の攻撃力を取り戻した。
「グランドクロス!」
規則正しく並べて押し固められたレンガの地面に聳え立つ長剣を右手で引き抜く。
その動きに迷いは無い。
孤を描くよう引き抜いた勢いそのままに逆袈裟へ一閃。サーニャの残りHPは約一割となった。
最後の最後でも躊躇うことなく、アリスは左薙ぎに剣を閃かせた。その攻撃がヒットした瞬間――決闘の終了を告げる乾いたブザー音が辺りに鳴り響いた。
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