Stage.012 決闘
14
サーニャはアリスに手を引かれる形となって道の端を通って目的地へ向かう。いくら人通りが多いとはいっても彼女ら五人は一列となって隅を歩いているため、これといって足を止めずに済んだのは幸いだった。
今向かっている工房はアリスたちお勧めの職人がいる場所なのだろう。ならばそこまでの道程も覚えておいたほうがいい。そう捉えていたサーニャだったが、目印になる何かを覚えようにも人が多すぎて中々“これ”といったものを見つけられない――実はそんなこと建前だ。
アリスは前を向いており、後ろを歩くサーニャの様子には気付いていない。さっきからやたらとそわそわそているのだ。
(うぅ……)
落ち着かない視線で時折、チラチラと自分の左手にそれを向ける。アリスに手を握られているのが気になって仕方がないのである。
それはなにも不快感からくるものではない。ただ単に自分と彼女の距離感がいまいち分からないだけだ。フレンド登録をしているとはいっても、実際にこうして間近で会うのは今日がようやく二回目で――けれど、やたらフレンドリーなアリスに、自分もその距離感で接していいのか悩ましいのだ。
初日の森では気分が高揚していたこともあってか普通に話せていたのだが、今になって思い返せばよくもあんなに喋れたものだ――サーニャはあの時の自分を褒めてあげたくなった。
どんどんと工業区の奥へ歩いていく。やはり区画の入り口に近い場所に大手や人気の工房が集まっているらしく、そちらに比べるとこの辺りは落ち着いているようだ。かなり端まで歩いたところでアリスが足を止めたので、サーニャもそれに習う。目の前には古ぼけた一軒屋が建っている。お世辞にも立派な工房とは言えないそれは、本当にここで依頼しても大丈夫なのかと不安感が煽られる。
もしかしたらアリスが間違えているのかも知れない。そんな願望をつい、抱く。
「ここでいいの?」
アリスが振り返ってエンジュに確認すると「あってる」と肯定の返事があった。サーニャの儚い願望は打ち砕かれた。
早速、ドアノブに手をかけて回すが――
「あっれ、鍵掛かってる? 開かないや」
ガチャガチャと音はするものの一向に開かないそれ。普通に開けるのを諦めたアリスは声に出して呼んでもみる。それでも反応は無い。
やはり間違っていたのだろうか。あるいは本当に居ないのか、それとも居留守か。
改めてメニュー画面から位置情報を確認したエンジュが言った。
「椿の現在位置はこの座標になってるし、居るのは間違いないはずだけど」
「中で作業をしていて聞こえていない可能性が高いのではないか?」
「でしたらメッセージ送ってみましょう」
マナがそういうと、三人は立て続けにメッセージを送って気付かせる作戦に出たようで、各々が入力を始めた。アリスはそれを見て任せておけばいいかと判断し、サーニャの手を引いて入り口の横の壁にもたれかかった。そこで漸く、彼女の手を離した。
手を開放されたサーニャはどこか安堵したようで、それでいて残念そうに見えた。
「すぐは入れ無さそうだし、ちょっと待ってよっか」
「ええ」
サーニャが何か話そうと思案し始めてすぐ、アリスのほうから口を開いた。
「そういえばサーニャってもうギルドには入ったの?」
「いいえ。どういうところに入ればいいのかよく分からないわ」
それは本当のことだが、ギルドに入らない小さな理由の一つでしかない。ギルド機能が解放されてから、既に何回か勧誘も受けていた。けれど、全て断った。先の理由が一つと、最大なものがもう一つ――自分の入りたいギルドがあったからだ。
「そっか。ところで、ワールドクエストには参加するんだよね?」
「私じゃ戦力になるか分からないけれど一応、そのつもりよ」
「そこまでレベル上げれてたら大丈夫だって。それでさ、よかったら一緒にやらない? パーティーの上限は六人だけど、私たち今は五人だから一人分空いてるんだよね。ついでにウチのギルドも、どう?」
「っ――」
サーニャは思わず目を見開いた。その誘いは、もちろん彼女にはとても――この上なく嬉しいものだ。だが自身の中に引っかかるものがあって、少し言い淀む。
それを否定と受け取ったアリスは残念そうに、言う。
「もしかして他に入りたいギルドとかあった? そうだったらゴメン。気にしないで」
「ち、違うの! そうじゃなくて……そうじゃないのだけど」
「どういうこと?」
疑問に思うアリスが口元に人差し指を当てて、可愛らしく首を傾げた。
尚も言葉に詰まるサーニャはしばらく悩みに悩んだ。覚えた引っかかりのことを言うべきか、それとも適当に理由を付けて断るか。非常に悩んだが、今日まで頑張ってきたという気持ちが彼女を後押しした。
サーニャが意を決して口を開こうとした時――
「あ、返事来た。開けてくれるって」
エンジュの発した言葉で彼女は機を逸した。
それからすぐドアが開いて、顔を煤で汚した椿が出てきた。後ろのほうにはキャロが居たが、生憎と室内のため位置的にアリスとサーニャからは見えなかった。
「ゴメン、皆! すっかり夢中になっちゃってて」
「お疲れ様です」
「私のために装備を製作してくれていたんだ、構わないさ」
「そうそう。それにアリスも大遅刻してたし?」
「アリスちゃんが?」
「あはは……色々してたら遅れちゃって」
蒸し返されて若干居心地が悪くなったアリスは苦笑いで返した。
「そっか。あ、一先ず中へ入って。許可は貰ってるから」
「ならばそうさせて貰おう」
カムリの返事にマナが続いて入っていく。エンジュも入ろうとすると、アリスが呼び止めた。
「エンジュ、ごめん。私、サーニャと大事な話があるから後から行くよ」
「え、でも……」
戸惑いを見せるサーニャを「いいから」と制する。
「ま、フレンドなら積もる話もあるだろうし。適当なところで入ってきなさいよね」
「ありがと」
エンジュが中へ姿を消し、バタンと音を立ててドアが閉められた。
本当によかったのかと投げかけるようにサーニャが戸惑いがちな表情を浮かべ続けているが、アリスはそれを払拭するように笑みを浮かべた。
「さっき何か言おうとしたでしょ。聞かせてよ」
「ええ」
ちゃんと見ていてくれたんだ――そう思うとサーニャは少し心が温かくなった気がした。
気を取り直して、今度こそきちんと伝えるために口を開く。
「さっき誘ってくれた時、凄く嬉しかったの」
「ほんと? じゃあ――」
「けれど……ちゃんと確かめてからじゃないと駄目なの」
「確かめるって何を?」
「私に――その資格が、有るかどうかを」
一瞬、キョトンとしたアリスだがすぐに笑いかける。
「資格って、そんなの必要ないよ。勧誘を承諾すればそれで入れるんだし」
「そうじゃないの」
一体、サーニャは何を言っているのだろうと意味が分からなくなる。実際、アリスの言う通りで、システムを通じて勧誘するだけでギルドに入団出来るのだから資格なんてものはシステム的に存在し得ない。
しかし、そんなことはサーニャとて理解している。彼女が言っているのはそういう類の話ではなく、心の問題なのだ。
「あのね、森で一緒に戦ってから今日までの間で、貴女がいかに強くて、私なんか足元にも及ばないくらい差があるって理解したつもりよ。だけど、それでも私は貴女と同じギルドに入りたい思ってる。でも、そんな貴女の隣に並ぶ資格が私にあるのか――それを知りたいの」
「こういうゲームは始めてだって言ってたけど、サービスインから今日までの短期間で初心者がそこまでレベル上げられてるだけでも、十分凄いことだよ。だからサーニャは自分を低く見すぎかな――って、私は思うけどな」
資格なんてものは必要ないけれど、でもそれでも欲するのなら、それは十分にある。そんなアリスの回答を受けても納得が出来ないのか、サーニャは俯き加減で押し黙る。
アリスの彼女に対する評価は高い。攻略の最前線を前提に考えても、レベルこそ足りないがそんなものは上げればいいだけの事。サヴィッジフォレストで見た限り、拙い部分は確かにあった。しかし、初心者にしては十分以上に動けていた。
レベルを見るだけでも頑張っているのが分かるのだから、あれからプレイヤースキルだって相応に上がっているだろう。ならば、サーニャを低く評価する理由など、どこにも無い。
だから、そう答えたのだが――それでも納得出来ないというのなら、もう手段は
アリスはそれを選ぶことを決めた。
「じゃあさ、
「デュエ……ル?」
「そ。私とサーニャが、一対一で戦うの。そのほうが分かりやすいんじゃない?」
しばし考え込む所作を見せる彼女だが、やがて頷き、それを受け入れた。
決闘をするにはある程度のスペースが必要となる。しかし今から移動し、探していてはかなりの時間を使ってしまう。決闘に合意をしたはいいものの、そこをどうしようかと周囲を見回すアリスはポンと手を叩いて一言。
「ここでいっか」
今まさに彼女たちがいる工房のすぐ前におあつらえ向きのスペースがあった。人通りが全く無いとはいえないものの、入り口側の混雑に比べれば大したことはない。魔法を撃ち合ってあっちこっちに着弾させるようなことでもなければ、そう問題も無いだろう。
アリスはメニューから決闘申し込み画面を呼び出した。一言に決闘と言っても、自分たちに合わせたルールを決めることが可能となっている。そのため更に操作して詳細なルールを設定し、終えたところで正式にサーニャへ申し込みを行った。彼女の前にそれを知らせる通知と共に詳細が表示される。
「ルールはHP保護の全損決着モードでアーツは無制限、アイテムの使用は不可、制限時間は一〇分ね。純粋に自分の力で勝負できるように設定したよ」
「分かったわ」
決闘は大雑把に分けて三つのモードがある。
一つ目は一撃決着モード。先に攻撃をクリーンヒットさせたほうが勝利となるもの。掠った程度の攻撃では勝利判定にならないので、しっかりと当てなければならない。またその性質上、初手の読みが非常に重要で、文字通り一瞬で勝負が着く可能性が高いモードだ。
二つ目はHP半減決着モード。相手のHPを先に半分以下まで減らせば勝利となるもの。前述の一撃決着では物足りないプレイヤー向けの設定で、それなりに対人戦を楽しむことが出来る。
三つ目がHP全損決着モード。相手のHPを全て削りきれば勝利となるもの。最早説明不要の全身全霊――死力の限りを尽くして相手を打ち倒すモード。先述した二つと比べて決着まで時間が掛かるが、とにかく戦いを楽しみたいプレイヤー向けの設定だ。
基本的にはそれらのどれかを選択し、そこからアリスがしたようにアイテム使用の有無や制限時間を設けたりする。そのほかにも、とことん戦いたいがデメリットを受けたくないという人のために、全損決着モードではHPや所持品に保護を設定することも可能だ。
そして今回、サーニャが納得できる戦いをするためにHPが必ず一ポイントだけ残るように保護をかけた全損決着モードを選択したのだ。
「距離はこれくらいでいいかしら?」
「おっけぃ」
サーニャが決闘の申し込みを承諾するとカウントが始まった。
開始まで三十秒。二人は十メートルほどの距離を取った。お互い向かい合わせの状態で、素手に設定してあったパレットを変更してアリスは背中に、サーニャは腰に武器を出現させる。ソレに――アリスはくりっとした大きな蒼い瞳を輝かせ、少し興奮気味に食い付く。
「サーニャの武器が大剣じゃなくなってる!」
「こういうのも使ってみたかったのよ。それに大剣みたいな重い武器じゃ、貴女と勝負にならないでしょ?」
柄尻を押さえるようにして左手を置いて、剣を変えたことを強調する。それは大剣よりも遥かに小さく、さらにはアリスの長剣よりも小さな――片手直剣だった。
左手を鍔元へ移し、右手でゆっくりと剣を抜く。刀身は純粋に金属から作られた剣が放つ鈍い銀色ではなく、まるで特殊な加工が施されているかのように、光の反射の角度によってはやや紫がかって見えないこともない。
サヴィッジ・ボクス・ゴーレム戦も、ファング戦も――どちらも楽しかった。それは間違いない。けれど今、アリスはそれらと戦った時よりもドキドキしていた。ワクワクしていた。
ベータテスターのアリスでも初めて見る剣――それがどんな性能をしているのか。武器を変えたサーニャがどんな戦いを見せてくれるのか。始まる前から、もう楽しみで仕方がなかった。
開始までのカウントが二十秒を切る。
アリスも剣を抜いた。まだ実用的なデザインをしているサーニャの剣と違い、明らかに実践に向いていないように思える絢爛豪華なそれ。しかし見た目と性能が一致しないのはゲームの常だ。
カウントが十秒を切り――同時にアリスが構えを取った。いつもの、右半身を少しだけ前に出して、左手を軽く上げるそれだ。
プレッシャーを感じているサーニャの顔が少し強張る。それを紛らわそうと、喋ってみる。
「凄そうな剣ね。私のが玩具みたいに思えてくるわ」
アリスが不敵な笑みを浮かべて、言う。
「私だってその剣、初めて見るよ。だから油断せずに行くよ」
そしてカウントは――ゼロになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます