Stage.011 再会
12
エルフ集落のダンジョンを無事に脱出したアリスは前線の拠点へと戻ってきた。もう自分以外は全員揃っているのは間違いないと思って――待ち合わせ時間を大きく過ぎているのだから当然だが――申し訳なく感じていたのだが、集合場所に近付くと本来四人居るはずのところ、三人だけだった。椿の姿が無かったのである。
少々疑問に思いながらも、怒られずに済むかもという一縷の望みをもって向かう。それに気付いた三人がアリスのほうへ向き直ると、希望など何も無かったことを察した彼女の口から自然と漏れた。
「げっ……」
「何? 何か言った?」
エンジュのもの凄く冷たく、鋭い視線がアリスを貫いた。まるで氷属性のそういったソーサリーでも習得しているのかと錯覚するほどだった。また他の二人にしても呆れているのか、あらぬ方向を見ている。
流石にマズいと感じたアリスは勤めて明るく言った。
「ま、待たせちゃって、ごめーん!」
あはは……と、乾いた笑いで誤魔化そうとしてみたら、エンジュのそれが一層、破壊力を増したように思えた。アリスは瞬時に決心し、勢いよく頭を下げた。
「すみませんでしたぁぁぁぁぁ!!」
腰を九十度に折り、惚れ惚れするほど見事な直角を描いている。
しばらく無言の時間が流れる。
腕を組み、仁王立ちをしている格好となるエンジュはジト目で彼女を見つめていたが、やがて溜息を吐き――
「はぁ……。まぁ、反省してるようだからこれくらいにしといてあげるわ」
意外とすんなり許したのである。
しかし、アリスはアリスでややふざけ気味に謝っていたという自覚もあったようで、あっさりしたエンジュの態度が逆に怖くなった。
少しだけ顔を上げ、戸惑いながらも今度は真面目に謝罪する。
「あの、ホントに……ゴメンね?」
「だから別にいいって言ってんでしょうが」
「マナとカムリもゴメン」
「いえ、気にしないでください」
「すまない、こちらも少しやりすぎてしまっただろうか」
「HPも減ってますのでヒールしますね」
二人がそっぽを向いていたのもエンジュの指示だった。実際には誰一人怒ってはいなかったが、アリスが時間に遅れたのは事実で、ちょうどいい機会だから反省させるついでにと、普段から弄られているエンジュなりの仕返しだった。
それを理解したアリスはヒールを受けながら安堵の溜息を吐き、そして疑問に思っていたことを口にする。
「ところで椿はどうしたの?」
「椿さんはユピテルで装備を作ってるみたいです」
「彼女からもまだ連絡が無くてな。どうやら夢中になっているらしい」
「そういうわけで今回は椿も遅れてるし、それに二人共、ギルドのためになることしてくれてたんだから、怒りはしないっての」
リアルでも付き合いのある椿のことをエンジュが理解しているのは分かる。けれど、彼女がどうしてアリスに対してまでそう考えたのだろうか。新たに沸いて出た疑問をさらに口にする。
「椿はともかく、どうして私のことまでそう思ったの?」
「アンタみたいな戦闘バカの行動なんて、このエンジュ様にかかれば全てお見通しだっての。どうせマッピングでも兼ねて耐性防具の素材集めしてたんでしょ?」
「わぁ、エンジュってエスパー?」
「んなわけあるか。アンタがガチガチの戦闘プレイヤーすぎて行動が読めちゃうだけ」
「なんかエンジュに言われると複雑……」
「ちょっと、それどういう意味!?」
またエンジュがいつものように突っかかりかけたところで、カムリが「ところで――」と切り出した。
「アリス、あのワールドアナウンスは聞こえていたか?」
「え、あっ、うん――」
アリスは心臓が跳ねた。脈が少しだけ速くなる。
「まさかこんなに早く防衛系のイベントが発生するとは思ってなかったよ」
「ちゃんと守りきれるか、今から心配になってきました……」
「ソウダネ」
バツの悪そうにしているアリスの様子から何かを察したのか、エンジュが問う。
「あのアナウンスだけどさ、アリス、アンタが何かしたんじゃないの?」
「そんなこと、ないよ?」
素晴らしい営業スマイルで答えた。
それは最早、犯人だと自白しているようなものだった。
「薄々、そうじゃないかと思ってたけど、やっぱアンタか……」
「予想通りでしたね」
「そうだな」
完璧な笑顔だったのにどうしてバレたの!? と自らの顔を触り、どこがおかしかったのか考えるありすに、再びジト目を向けながらエンジュが呆れたように、言う。
「それで、森で何やらかしたの?」
「やらかしたっていうか……。さっきエンジュが言った通り、マッピングと素材集めしてたんだけど、そうしたら矢が飛んできてさ」
「だ、大丈夫でしたか!?」
「うん、平気だよ。ちょっとくらっちゃったけどね」
「PKだったのか?」
もしそうだったとしたら、盾役の自分が居れば護りたかった。どうにもならないことではあるが、カムリは悔しそうにする。
「私も最初はそう思ったんだ。でも、違ったよ」
「どうして分かるんだ?」
「HPゲージね?」
「うん」
「どういうことだ?」
疑問を呈して首を傾げるカムリにアリスが答える。
「プレイヤーのHPゲージってパーティーを組まないと他人からは見えないようになってるけど、攻撃してきた相手――エルフなんだけど、それが見えてね。だからモンスター……っていうのはおかしいかな。倒せるエネミーって分かったんだ」
「なるほど……そういう仕様なのか」
「しっかし、そうなるとこの先は厳しくなってくるわね。プレイヤーとエネミー、それにPKの区別を付けないといけなくなるわけだし」
「じ、自信ありません……」
「そこは慣れるしかないわ。頑張りなさいな」
マナへ諭すように言うエンジュが「続きは?」と、視線で促す。
アリスが頷き、続きを話し始める。
「それで反撃しようとしたら、そのエルフが逃げ出したから追跡スキルで追いかけたんだ。そしたら…………」
肝心な部分でわざと溜めると、三人も続きが気になるのか――誰ともなしに喉が鳴る。
それが合図となり、アリスが口を開く。
「エルフの集落があってさ――そこ、ダンジョンだったんだ」
それで彼女らは悟った。
エンジュが代表して、言う。
「アンタ、まさか……?」
「突っ込んじゃった。てへ」
「やっぱりぃぃいいい!!」
一体どこの世界にパーティーで挑むことを前提として設計されているダンジョンに、ソロで突撃をかますバカが居るのかと、エンジュは頭を抱えて蹲って――答えは目の前にあった。彼女の中でアリスが金髪天使から金髪戦闘狂バカ天使に大幅なパワーアップを遂げた瞬間だった。
騒げば普段なら間違いなく注目を集めているところだが、ワールドアナウンスの後だ。他のプレイヤーたちも多少の混乱はあったが、それに備えてのレベリングや装備の新調などで忙しなく活動しており彼女らを気にしている暇は無く、良くも悪くもリアクションの大きいエンジュに奇異の目が向けられることは無かった。
その先を知りたいような知りなくないような様子でマナが聞く。
「それで、どうなったんですか?」
「全部で――多分、百人くらいに囲まれながら戦ったよ。二十人くらいは倒したかな」
「ひゃ、百……ですか」
「そんな状況で二十人も倒して生還したのか。やはり君は凄いな」
「でもボスっぽかったエルフには盾で防がれちゃって、ダメージ与えられなかったよ」
そう言ってアリスは言葉の端々から悔しさを滲ませる。
話を聞いていたエンジュは神妙な面持ちで、言う。
「ふぅん。てことは、アンタにやられたエルフたちが団結してやってくると……」
「あはっ、そうだね。楽しそう」
「笑い事じゃなないからね!? ったく、どうすんのよ。攻略進んでるプレイヤーはまだしも、ユピテル周辺に居る連中には厳しいって、絶対」
「そこはプレイヤー同士が協力して何とかするしかないじゃん?」
「はぁ、簡単に言ってくれるわ……」
「だがしかし、もう始まってしまった以上はやるしかないな。頑張ろうじゃないか」
やる気十分といった様子の彼女らに、エンジュは自分が心配しているのはそれだけではなく、街のことだと言う。
この世界のNPCは現実と同じように、ゲーム内とはいえ一つの命を与えられて生きている。つまり、街にエネミーの侵入を許して殺されてしまうようなことがあれば、そのNPCはもう二度と復活しないのだ。万が一、それが今後の重要なクエストやら情報やらに関わる存在であったならば、プレイヤーにとって大損失となる。運営がそのNPCの代替存在を補完してくれるのであれば話は別だが、そんな保障はどこにも無い。
エルフと接触することが発生の条件と思われる今回のワールドクエスト。攻略が進めばいずれは発生していたのだから、別にアリスが悪いというつもりは微塵も無い。けれど、せめてもう少しプレイヤー全体が育ってからにして欲しかったと思わずには居られないのだった。
多少強引だが場の空気を変えようと思ったのか、カムリが口を開いた。
「こうしてアリスも戻ってきたことだし、とりあえず皆で椿を迎えに行ってはどうだろうか?」
「それがいいですね」
マナが賛同する。
このまま待機しているのにも飽きてきたこともあって、エンジュも頷いた。行動第一のアリスは言わずもがな――だ。
一同は早速、傍にある転移結晶を通じて始まりの街――ユピテルへ向かった。
13
相変わらず一番人口の多い街であるユピテルの中でも特に人の集まりが多く、工房が立ち並ぶ工業区はどこぞの都市のように汚染物質を垂れ流して公害が発生しているわけでも無いが、そういうのを再現してか空気が少々埃っぽい感じがある。それを吸ったからといって状態異常にかかりはしない。けれど、いくらリアルさを重視しているからといって、ここまで厳密にやらなくてもいいのでは、と思うプレイヤーだっている。
「ここは髪が汚れてしまいそうで嫌ね」
工業区の入り口で足を止め、ボソッと呟いた彼女もその一人だ。
銀世界を思わせる癖の無い腰まで届いた髪は日光を浴びて文字通り輝いているように見える。その雪景色の中で存在感を放つ、即頭部から前へ向かって映えている二つの黒い小さな角は彼女が人間ではないことを示しているが――日に焼けていない色白の肌と、赤い瞳とが合わさって、それを一層際立っていた。
何にも染まっていない白銀の髪だから、何にでも染まってしまうと心配する彼女の発言に反して、この場にどれだけ留まっていても汚れることは無い。それは分かっている。それでも心配してしまうくらいに――目標とする、あの少女の髪と対を成しているように思えて、彼女は自分の髪をいたく気に入っていた。
さっさと用事を済ませてしまおうと彼女は歩みを再開させた。
「どこへ行けばいいのかしら」
そこまではよかったのだ。しかし、その用事――装備の新調をしたいのだが、完成品を売っている商業区と違って工業区はオーダーメイドをするところだ。これまで一度も利用したことの無い彼女はどうすればいいのか分からず、途方に暮れようとしていた。
どうしてそうまでして新しい装備を手に入れようとするのか。
元々、レベルも上がってきたことでそろそろ先へ進もうとし、そのために近々新調しようとは考えていた矢先、あのワールドアナウンスが流れた。
であるなら。
それに備えて行動を取るのは当然だ。事実、彼女以外の多くのプレイヤーもまた同様だった。おかげでいつもより更に多くの人が行き交っており、人並みを掻き分けて進まなければならない場所もあるほどだ。
まだ工業区に入ったばかりだというのにこの有様。今日はもう諦めよう――そう決めて踵を返した。
「ん――あれ、サーニャ?」
「え?」
「やっぱりサーニャだ」
「ア、アリス……」
目標にしてきた、あの少女――アリスが居た。あの日と変わらない、屈託の無い笑みを浮かべて。
こんな最初の街で再会するなんて毛ほども思っていなかったサーニャは上手く言葉が続かない。初日にフレンド登録はしたものの、あれ以来連絡を取ることもしていなかったものだから、話したいことは沢山あった。けれど、いざ本人を目の前にすると頭が真っ白になってしまっていた。
「サーニャってば金魚みたい」
アリスがクスリと笑う。
言われて、言葉が何も出ていないのに口だけパクパク動かしていたことに気付く。恥ずかしさが生まれて、陶器のような白い肌に赤味が差した。
「失礼でしょ、バカ!」
「いたっ!?」
咎める声と共に叩かれ、アリスの頭はパコーン! と小気味良い音を出す。彼女の傍に居る三人は無関係のプレイヤーではなく、フレンドかパーティーメンバーの類だろうと理解する。同時に、クエスト外でも一緒に居ることへ羨望を禁じえなかった。
大して痛くもないだろうが、アリスがエンジュに叩かれた箇所を擦りながら問いかける。
「それでサーニャ、こんなところでボーっとしてどうしたの?」
「レベルも結構上がったし、ワールドクエスト? というのも始まるみたいだから、せっかくだしレベルに見合った装備を作ってもらおうと思ったのだけど、この人混みでしょ? だからまた今度にしようと思って引き返しかけたところだったの」
「へえ、いくつになった?」
「さっき二十二になったところよ」
「おお、上がったね!」
現在のアリスがレベル二十八なことを考えるとやや低いと言わざるを得ないが、初心者だったことを鑑みれば十分過ぎるほど上がっている。真面目なサーニャの性格から彼女なりに情報を集めて、相当やりこんだに違いないと推察する。
サーニャは少し言いにくそうにしていたが、決心して、口を開く。
「装備の製作依頼をしようにも、どこへ行けばいいかわからなくて……。アリス――もしよかったら、その、アドバイスを貰えると助かるのだけど」
「いいよ。あ、そだ! 今からちょうどギルドメンバーの居る工房に行くところなんだけど、とりあえずそこ一緒に行かない?」
「えっと……」
了承してくれたことは嬉しかった。しかし先ほどの発言からすると、アリスが一緒に居る三人は同じギルドに所属するプレイヤーということになる。その邪魔をするのは如何なものか――サーニャは気が引けて返事に窮する。
自分たちをチラチラと見てくるサーニャの様子から気を使っているのが分かった三人が、言う。
「気にしなくていいって」
「そうですよ」
「一緒に行こうじゃないか」
「ありがとう。じゃあ、お願いするわ」
「よっし、行こう!」
言うなりアリスがサーニャの手を取って歩き出し――三歩目で足を止める。
振り返って、エンジュに言う。
「で、どこだっけ?」
「アンタねぇ……場所聞いてから進みなさいっての」
「じゃあエンジュが私の手引っ張ってよぉ」
「なんでよ!」
自身の記憶と変わらない――変わらず楽しそうにしている彼女がなんだかおかしくて、サーニャは声を上げて笑った。
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