Stage.014 紅蓮の鎧
16
工業区の中でも東側の隅。そこで静かに行われた決闘なんて、大した話題になることもないだろう。配信者だとか攻略組の有名人ならいざ知らず、どこの誰かも知らないようなプレイヤーに時間を割いてくれるほど、世間は優しくない。
だから、決して注目などされていなかった。けれど実際、近くに居たプレイヤーの幾人かは唐突に始まった決闘に興味を示し――二人のアバターが美少女だったことが大いに関係しているのかもしれないが――静かに観戦を始めていた。それは閑古鳥が鳴いているような有様だったが、開始早々、銀髪の少女が見せた受け流しに興奮したのか「おおっ!?」と感嘆の声が上がれば、一体何だと他の通行人が興味を引かれるのも必然だった。そうやって人が集まりだせば、それを見て更に人が集まる。
闘っている当の本人たちはまるで気付いていないが、どんどんギャラリーが増えていく。最初はほんの数人だったそれは既に二十人を超えていたが、それだけのプレイヤーが集まっているにしてはとても静かだった。
見目麗しい二人の少女が一体全体、どうして決闘を始めたのか分からない。彼らもそれを邪魔するほど無粋ではないが、それ以上に彼女らの闘いは初手から見ている側でさえ呼吸を忘れさせ、瞬きして僅かでも見落とすまいと思わせるほどだったのだ。
鍔迫り合いになって一度状況が落ち着くと漸く、ギャラリーは思い出したかのように息を吐いた。決闘を観戦する彼らが醸し出す、やけに張り詰めた空気の中、
まるでそれが合図になったかのように金髪の少女がアーツを発動させ、均衡は失われた。体勢を崩し被弾した銀髪の少女が反撃に出れば、それを予測していたかのように剣を地面に突き刺して防ぎ、さらにそこから連続でアーツを発動させ、対戦相手の少女のHPを一気に削りきってしまった。
ギャラリーの大半が決闘開始当初、彼女らに期待していたのは美少女同士のバトルによる目の保養だったのは否定しきれないものの、彼らは見物を始めてすぐ、二人が共に高いプレイヤースキルを有していることに気付き、良い意味で期待を裏切られたのではないだろうか。特に天使族の少女のそれは明らかに抜きん出ていて、こんな最初の街でそうそう見られるものではない。
その一部始終を見ていたギャラリーがざわつく。
「おい、今のなんだあれ?」
「アーツって連続で使えないんじゃなかったっけ?」
「じゃあチートか?」
「前に掲示板で言われてた戦技連続発動ってやつじゃね?」
「実際に使ってるプレイヤーなんて初めて見たぞ」
「都市伝説の類だと思ってたわ」
「俺、練習してっけど、あんなん無理ゲーだっつーの」
決闘が終わり、ギャラリーが出来ていたことに今更ながら気付いた様子の二人は、そそくさとすぐ傍のボロっちい建物に入っていった。
誰かが「あっ……」と声を漏らした。プレイヤースキルが高いことはもちろん、アバターも美少女だったことからフレンドになろうだとか、あわよくばギルド勧誘しようだとか、彼らにはそのような思惑もあったようで我先にと後を追ったが扉は固く閉ざされており、誰一人として接触することは叶わなかった。
17
決着が付いた後、ギャラリーが形成されていたことに驚いてしまい、二人してアトリエ・ウィズダムの工房に飛び込んでいた。
サーニャは一人、微笑を浮かべている。
蓋を開けてみればサーニャは最初こそ善戦したものの、アリスの圧勝という結果に終わった。けれど、彼女には欠片ほども悔しさは無かった。悔しさをバネに――なんていうが、頑張るために必ずしもそれが必要とは限らない。悔しさは頑張るための原動力となるが、憧憬もまたそれ足りうるのだ。
だからサーニャには高い壁で居てくれてありがとうと、感謝の念すらあった。同時に自らの力不足を痛感し、胸が締め付けられる思いもあった。アリスに失望されたのではないかという心配があったのだ。
しかし、それはこの後、杞憂に終わることとなる。
アリスが上機嫌で、言う。
「サーニャ、凄いね! まさか受け流しされるとは思わなくてびっくりしちゃった」
「そ、そう? 貴女がアーツを連続で使えることは分かってたから、対抗するためにはどうすればいいかと思って色々調べたのよ。でも結局、最初の一撃しか当てられなかったわ。まだまだね、私」
「結果だけみればそうかもしれないけど、経験の差を考えれば本当に凄いと思うよ」
「ありがとう……そう言ってもらえると嬉しいわ」
あまりも褒められるものだから、嬉しいやら恥ずかしいやらでサーニャの頬が赤味を帯びる。しかし前者が勝っているのか、口元は緩んでいた。
それよりも――といった感じにアリスが少し詰め寄って、言う。
「でもサーニャだってアーツコンボしてなかった?」
「私じゃそんなこと出来ないわよ」
「でもほら、あの普通のエフェクトじゃない感じで、赤や青の靄が出てたじゃん?」
思い当たる節があったらしく、サーニャは「ああ……」と思い出した素振りを見せる。
「あれは貴女の言ってるようなのじゃなくて、通常攻撃にデバフ効果を付与する魔法効果なの」
「へぇ、そっか……ん? どういうこと?」
「だ、だから通常攻撃に――」
「そうじゃなくて、魔法効果のほうだよ。ベータテストの時もそんなの無かったんだけどなぁ」
「アリスなら説明するより見てもらったほうが早いわね」
サーニャは腰から鞘ごと剣を抜くと、そのままアリスへ差し出した。両手で受け取ったそれは片手剣であることを差し引いても、やや軽かった。アリスは柄を握ると、少しだけ引き抜いてみる。黒塗りの柄や鞘とは対照的な銀色の刀身をしているはずが、やはり見間違いではなく、それは反射する光が紫がかって妖しいものにさえ見えた。
剣を納めた後、その傍の何も無い空間をタップすれば、武器の情報ウィンドウが表示された。
銘はスキュラ。それが持つ打撃力――攻撃ステータスは打撃、射撃、魔法の三種に分かれている――は、このレベル帯のそこらに転がっている凡百な片手剣と大差無い。それだけであれば、これといって何ら特徴の無いただの片手剣だ。
特筆すべきは打撃力よりは少し低いものの、剣が本来持ち得ないはずの魔法力を有していること。そして武器カテゴリが――
「片手……魔法剣」
ベータテストでも、サービスイン後のアバタークリエイトでも存在しなかった、新たなそれとなっていた。
情報が秘匿されているだけで所持しているプレイヤーは他にいるのか、それともサーニャが初めて入手したプレイヤーなのか。入手手段はどういうものか。アリスだって一人のプレイヤーなものだから、そういったことも多少気にはなるが、今このとき、そんなのは些事でしかない。魔法剣への知識欲に駆り立てられた彼女のテンションが高まっているのが分かる。まるで新しい玩具を与えられた子供のように、目をキラキラさせているのだ。
スキュラを返却しながらその視線で以って、早く教えて! と訴えかける。
「ある程度予想は付いてると思うけれど、この武器は最初に装備する時に一つだけ選べる魔法属性に応じたソーサリーアーツが使えるようになるみたいなの。私、元々は大剣を使ってたでしょ? だから物理特化なステータスだし、中途半端に攻撃魔法が使えるよりデバフのほうが役立つんじゃないかと思って、闇属性を選んだの。それに私の種族って
「そういうことかぁ。ところでアーツの硬直って全部無かったりする?」
「そんなことないわよ。さっき使った二つ例外的に無いだけ……といっても、そもそも武器熟練度的に習得してる数自体が少ないから、まだ分からないことのほうが多いのだけど」
サーニャが残念そうにしながら剣を腰に差し直した直後、奥の扉が開いた。現れたエンジュが、言う。
「ん、あんたたち中に居たの。呼びに行こうとしてたところなんだけど、そろそろ話は終わった?」
「丁度終わったところだよ。それでねエンジュ、ちょっとお願いがあるんだけど――」
珍しく少し遠慮がちなアリスの言葉をエンジュは遮った。
「後でいい? 奥へ来て見て欲しいものがあんの」
そこに苛立たしさのような感情は無く、単純に大事な話だからという様子だ。ならばフレンドとはいえギルド的には部外者なサーニャをどうしようかと、アリスが返事に二の足を踏む。
「別にそこまで秘密の話って訳でも無いから、アンタの友達も居ていいって。ギルドも入ってないみたいだし」
それを見越していたのかエンジュが寛容な対応を見せ――それでも躊躇していたサーニャは手を引かれてアリスと二人、店の奥へ歩みを進めた。
そこ――工房はつい今しがたまで窯が使用されていたのだろう。それを物語るように熱気が満ちており、アリスとサーニャ以外の二人にはじんわりと汗が滲んでいた。
工房中央の作業台と思しき机上に赤い金属鎧が一式、置かれていた。全身金属鎧まではいかないが軽金属鎧よりは装甲の多い、重金属鎧とカテゴライズされる装備で、いかにも盾役の騎士が身に着けていそうなものだ。
それに目が行っているアリスの意識を呼び戻さんとばかりに、椿が呼ぶ。
「アリスちゃん、まずは紹介させてもらうね。こちらはこのギルド――アトリエ・ウィズダムのマスターで虎徹さん。隣に居るのが私をここへ連れてきてくれたキャロちゃん」
椿に紹介された二人が軽く会釈し、アリスたちもそれに答える。
「私はアリスで、こっちがフレンドのサーニャ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「おう、よろしくな」
「よろしく!」
「それで見てほしいものって……これ?」
つつがなく挨拶も終えたところで、アリスが鎧に視線を戻してエンジュに問う。それに答えたのはエンジュではなく、椿だった。彼女が本題を切り出す。
「うん。その防具だけど、虎徹さんやキャロちゃんを始め、ウィズダムの皆が協力してくれたおかげで、ついさっき完成したの」
「けど椿さんが、アリスちゃんが居ないからまだ性能は見ちゃ駄目って言うので――」
「アンタを呼びに行ったってワケよ」
「あはは……なんかゴメンね」
「ううん、いいの。私たちのギルドを立ち上げてから初めて作った装備だから、最初くらいは皆一緒にって思ってたの」
微笑む椿と対照的なのがサーニャだ。やはりギルドメンバーでないという事実から、本当に居ていいのかと彼女は一人、居心地の悪さを感じていた。
そんなサーニャを余所に、エンジュが口を開く。
「そんじゃ全員揃ったことだし――」
「ちょっと待って!」
さあ、いよいよ――となって、アリスが待ったをかけた。まだ何かあるのかと、エンジュがジト目を向ける。気にせずアリスが言う。
「性能確認の前に、一つお願いがあるんだ」
その言葉で彼女へ視線が集中する。
「サーニャをギルドへ入れて欲しいんだけど、ダメかな?」
名前を出された彼女の心臓がドクンッ――と、跳ねる。アリスの属するギルドに入りたいと心の底から思っていた。けれど、その資格を得るのはまだ先で――そう思っていた矢先、唐突に訪れた審判の時。
アリスほどのプレイヤーが入るギルドだ。ならば他のメンバーたちも彼女ほどではないにしても、優れたプレイヤースキルを有しているはずで、そんなギルドに自分なんかが入れてもらえるのだろうかと、不安にならないわけがない。所詮ゲームに過ぎなくてもサーニャは愚直にプレイしているからこそ、それに押しつぶされてしまいそうだった。
アリスとプレイすることだけを至上の目標にしてきたというのに、もし拒絶されでもしたら。一度でもそう考え始めてしまうと、負の思考は止まらない。足が震える。
そんなことはつゆ知らず――けれど、どうしてもサーニャをギルドに入れたいアリスは続けて言う。
「あ、プレイヤースキルは保障するよ! さっき表で決闘したんだけど、良い動きしてたし」
「アンタら大事な話してたんじゃなかったっけ……?」
呆れ顔のエンジュを意にも介さず、更に言う。
「そ、それにサーニャの剣、ベータテストに無かった新しい武器でデバフアタッカー出来るんだよ!」
「はいはい、アンタがその子を絶対入れたいって主張は分かったから」
「ダ、ダメ……?」
「別に駄目だなんて一言も言ってないでしょうが。ちょっと黙ってなさい」
アリスを適当にあしらうと、エンジュはサーニャに向き直った。
「えっと、サーニャさんだっけ。バカはああ言ってたけど、サーニャさん自身はどう?」
「私、まだまだ下手で迷惑を掛けてしまうと思――」
「そういうこと聞いてるんじゃない。入りたいか、入りたくないか。聞いてるのはそれだけ」
「……入りたい。入れて、もらえるかしら?」
不安そうに言うサーニャをしばし真剣な眼差しで見つめていたエンジュだったが、口角を上げて、言う。
「おっけ! じゃあ勧誘するから」
メニューを幾らか操作し、サーニャの前にギルド勧誘のウィンドウが表示される。そこへ手を伸ばすサーニャにエンジュが声をかける。
「そんな難しそうな顔しない! ゲームなんて楽しんだ者勝ちなんだから」
「その通りだな。私はカムリ、よろしく頼む」
「私は椿。加入してくれて嬉しいよ、サーニャちゃん」
「マナといいます。一緒に頑張りましょう」
「ええ、よろしくお願いするわ」
サーニャの不安を吹き飛ばすような挨拶で、彼女に安堵の笑みが戻った。
彼女らにとってサーニャは今日初めて会ったプレイヤーだから、知らないことばかりだが、それでも新しいメンバーが増えるというのは嬉しいものだ。けれど、一番喜んでいるのは――
「やった! よろしく、サーニャ!!」
「ええ。誘ってくれてありがとう、アリス」
やはりアリスで、それを表現してか抱きついた。サーニャも満更ではない様子で、嫌がる素振りを見せない。むしろ逆――彼女も嬉しいのか、やや戸惑いはあるようだが、頬には赤味が差していた。
その時だ。彼女らにわざとらしい咳払いが聞こえた。
「嬢ちゃんたちよ。嬉しいのは分かるし、水を差すようで悪いが、その辺にしてそろそろコッチの確認といかねぇか?」
「すみません、虎徹さん。私たち……」
「いや、構わねぇけどよ。俺としては作った装備の評価を早く聞いてみたいってのがあってな」
そうして漸く本来の目的に辿り着いた彼女らは、机上に置かれたままになっていた赤い鎧を注視する。
「じゃあカムリちゃん、確認してみてくれるかな」
「わ、私でいいのか? エンジュやアリスがしたほうが良いのではないだろうか?」
カムリの言うことは最もで、ギルドマスターであるエンジュと、間違いなくギルドメンバーにおいて最強を誇っているアリス。その二人を差し置いて新入りの自分が操作していいのかと至極真っ当な疑問を呈したのだ。
説くように椿が、言う。
「コレを装備するのはカムリちゃんだし、私はそれが良いと思うな」
それに同意の意思を表すよう、誰も彼もが首を縦に振る。そこまでされてはしないわけにもいかず、ならばとカムリが鎧に歩み寄り――少々緊張した面持ちで喉を鳴らすと、その付近の空間をタップして情報ウィンドウを表示させた。
中々良い素材を使っているらしく、装備条件が厳しいものの防御ステータスは高水準に纏まっている。だが、特筆すべきはそこでなく、状態異常耐性を獲得している点だろう。当初の目的通り、毒と麻痺に対するそれがしっかりと備わっていたのだ。
「おお……耐性が付いてる! 付いてるぞ!」
カムリは胴部分のそれを持ち上げる。感動が言葉となる。次いで、そのほかの部位も同様に確認する。
このゲームにおいて、防具は五箇所ある。ヘルム(頭)、ブレストメイル(胸)、アンダーメイル(腰)、ガントレット(腕)、グリーヴ(足)だ。
今回は全部位が用意されていて、それら全てに耐性が付与されていた。それを見たカムリが尚のこと喜んでいて、椿やキャロは得意気にしているが、虎徹だけは少し浮かない顔をしていた。
「出来る限りのことはやった。俺の知る限り、現状じゃ最高クラスの防具だともはっきり言える。けど各耐性の数値が低くてよ、とてもじゃねえが完全耐性には届かねぇ。全身合わせても、せいぜい二〇パーセントってとこだ」
「そうなのか」
「期待させておいてアレだが……すまねえな。まだまだ俺の実力不足だ」
「いや、元はゼロだったんだ。それに防御力もかなり高い良い防具だと思う。虎徹さん、キャロさん、椿……ありがとう。それに、皆も。大事に使わせて貰うよ。そしてパーティの盾として、必ず皆を護ってみせる」
決意を新たにする彼女に、一同は微笑を向け、早速装備するように言う。
頷いたカムリがメニューを操作して順番に装備していき――最後、ガントレットを選択し終える。
「おお……」
誰からともなく感嘆の声が漏れる。
お世辞にも立派とは言えない工房の中央――そこには紅の髪を持ち、紅蓮の鎧をその身に纏った、先ほどまでよりも情熱的で逞しく見える女騎士が居た。
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