Stage.008 ウルティマ・トゥーレ
3
新たに騎士風の女性プレイヤーであるカムリを仲間に加えた一行は、正式にギルド発足のための登録申請を済ませ、待ってましたとばかりに張り切るアリスを筆頭に早速、新エリアであるサヴィッジフォレストの先へ進んでいたのだが、進捗は芳しくなかった。
第二エリアとは言っても、突然景色が砂漠だとか雪原に変わったりすることもなかった。アリスがヒルダから聞いていた通り耳長族――所謂、エルフの住む森へと繋がっているだけだから、景観としては全くと言っていいほど新エリアの真新しさを感じられずにいた。あくまで視覚的には、だ。
そこは大差無いのだが出現するモンスターの種類やレベル、それからドロップするアイテムなどには変化が見受けられた。特にモンスターに関して目に見えて様変わりしており、サヴィッジフォレストでは動物や昆虫系が中心だったが、この辺りはトレントやラフレシアなど植物系が中心となっていた。
それらがこれまた鬱陶しいことこの上ない。動物系は身体能力が高い反面、それ頼みでもあるため直線的な攻撃が多く、特殊な効果を持たないものが大多数だ。対して植物系は蔦によるトリッキーな攻撃から始まり、毒やら麻痺やらの状態異常を引き起こす花粉まで撒き散らす、まさに嫌がらせの宝庫であった。
「ぐっ、しまった……」
「すぐ治します――キュア!」
ここにも一人、災難に遭っている者が居た。燃え盛る炎を思わせる紅の長髪をポニーテールにした騎士風の女性――カムリである。
アリスたちの仲間に加わった彼女は早速、メンバーに良いところを見せたいがために気合十分といった様子なのだが、気負い過ぎているせいか空回りしている。そしてタンクという正面から敵の攻撃を受け止める役割の性質も重なって、状態異常をばら撒いてくるモンスターとは相性がすこぶる悪い。さらに現状では状態異常に対しての耐性を獲得する手段が発見されていないことも大きな要因の一つだ。
とにかくそんな訳で、カムリはこのエリアに入ってからというもの、ひっきりなしに毒や麻痺を受けてはキュアで治癒されるサイクルを繰り返していた。しかし、彼女とて最前線にて攻略に参加するプレイヤーだ。その腕前は決して悪くない。
だからこそ自身の現状を把握、理解し、迷惑を掛けまいと必至に足掻くのだが、
そして、その負のループを加速させているのが他ならぬアリスの存在だった。同じ前衛である椿はヒットアンドアウェイに徹しているため、状態異常を受けないのは分かる。
問題はアリスだ。椿と違って後ろへ下がることなく攻め続けているというのに、花粉の届く範囲が見えているとしか思えないほど器用に躱しているのだ。目の前で容易くそんな芸当を見せられてしまうと、カムリは自分が醜態を晒しているようにしか思えず、ますます深く落ちていく気がしてならなかった。
悪影響はさらに広がり、どんどん集中力を欠いていく。だから――普段なら余裕を持って対処出来たはずの攻撃に気付けなかった。
それに早く気付いた椿が叫ぶ。
「危ない!」
だがカムリが気付いた時にはもう遅い。盾のない右側から鞭のようにしなって迫るトレントの蔦を防御するタイミングは既に逸していた。ゲームの中であろうが、人間の本能は存在する。危険を察知した彼女の体は脊髄反射で咄嗟に目を瞑った。
バチン!! と強く叩かれる破裂音がする――
「ふぅ、間に合ったぁ」
筈だった。その代わりに金属が何かに擦れるような音がして、ダメージを負う感覚はいつまでもやってこなかった。
どういうことかと直ぐに目を開ければ、映り込んだのは小麦畑から生まれたのではないかという美しいブロンドのふんわりとした髪。数メートル離れた位置に居たアリスが素早く駆け寄って蔦を切り払っていたのだ。
アリスは振り返ることなく、言う。
「下がって、私がやるから」
言うが早いか一足飛びに切り掛かり、袈裟切りを見舞った。そのまま勢いを殺すことなくトレントの横を駆け抜け――体を右回りに一回転させ、しっかりと遠心力を乗せた水平切り単発アーツ・スパークルムーンでトドメを刺した。HPを全て失ったトレントは爆散してポリゴンの破片となり、経験値と少量のドロップアイテムを残して消滅した。
それを悠長に確認している暇などありはしない。まだ別のモンスターが二体、残っているのだ。アリスは突進アーツ・アンスロートンで技後硬直をキャンセルさせると、つい先ほどまで自分が戦っていたモンスターの元へ向かって大地を蹴った。
枯れた木を模したモンスターであるトレントは防御こそ高めではあるものの、その姿のせいで本体の動き自体は鈍い。アーツで加速されたアリスのスピードには到底、ついていけるわけもなく、蔦は近すぎて打てない。そしてトレントは花粉攻撃という手段を持ち合わせていない。
であれば。
アリスの長剣がトレントのHPを奪うための邪魔となるものは、もう、何も無かった。それとほぼ同タイミングでエンジュがブレイズランサーの一撃を以ってラフレシアを燃え上がらせ、撃破する。サヴィッジフォレストから引き続いて弱点が炎属性ばかりなため、彼女の選択している炎属性魔法は非常に有効だった。
「お疲れ様」
そう言い合ってアリスたちは一箇所に集まる。
そこはカムリの立ち尽くしている場所。あれだけ守りたいだの何だのとのたまっておきながら、なんとみっともないことか。彼女は情けないやら恥ずかしいやらで、穴があったら入りたいとはこういうことかと、身を以って実感していた。
そしてもう一つショックだったのが、アリスに下がるよう言われたこと。彼女にとって自分は邪魔――足手纏いでしかなく、戦力として見られていないのだと、そう、言われた気がしたのだ。悔しさが滲み、唇を噛んでいた。無論、アリスにそんなつもりは無く、単純に何度も毒や麻痺を喰らってしんどいだろうと気遣っただけなのだが、今のカムリには伝わらない。
彼女の心中が嵐のように荒れていることを知ってか知らずか、アリスはやや心配気味に言う。
「なんかちょっと様子がヘンだけど、どうかした?」
「あ、いや……」
何と答えていいのか分からず、どもる。
しかしエンジュは大体の理由を察していたようで、少々呆れた様子だ。
「どうせアタシらにイイトコ見せたくてカッコつけようとしたけど、上手くいかなくて落ち込んでんでしょ?」
「うぐっ……」
図星を突かれたカムリはさらに言葉に詰まり、目が泳ぎだす。
「そんなに気張らなくても大丈夫だよ、カムリちゃん。気楽に行こう?」
「それに状態異常になっても私が治します!」
「しかしだな……」
「回復させるたびに私の武器熟練度も上がるので、むしろありがたいくらいです」
「その二人の言う通りだって。ゲームなんだから楽しんでやればいいのよ、楽しんでやれば!」
彼女らの優しい言葉に、いくらか冷静さを取り戻し始めたカムリだが――やはり、一番言葉が欲しいのはアリスだ。
天使を護る騎士になりたくて。仲間になれて、一歩近付いたと思っていたのに、突き付けられたのは非常な現実。本来、護るべき対象に護られるという、惨めさ。
だからアリスの本心を聞いてみたい。でも、否定的な事を言われるのは確定的で、そんな言葉は耳にしたくないというジレンマに襲われる。
ならばせめて、自分から去ってしまえば、実力を過信したプレイヤーだと陰で笑われる程度で済む。
「や、やはり私程度では……君たちの足を引っ張ってしまうだけだな」
カムリの心から色が失われていく。
何を言ってるんだ? という戸惑いを浮かべるエンジュたちの表情さえ、彼女には呆れて見放されているように映っていた。
「これ以上迷惑を掛けてしまう前にギルドを脱退――っ!?」
ガギン!! と金属同士がぶつかり、火花を散らした。
「ちょ、バカアリス!」
「急にどうしたの!?」
「お、落ち着いてください!」
黙っていたアリスが突然、カムリの首元を目掛けて剣を突き出したのだ。咄嗟にカイトシールドで受け、ダメージを受けることは免れたが、明らかなプレイヤーキラーとなる行為だ。他のプレイヤーが多い場所で行えばあっという間に知れ渡ってしまうだろうが、こんな森の中であれば見ている者など皆無だ。相手より強ければ簡単にプレイヤーキルなど出来てしまうだろう。
そんなことをされてしまうくらい邪魔に思われていたか――と考えた矢先、剣を引っ込めたアリスがあっけらかんとして、言う。
「なーんだ、やっぱり良い反応するね」
「……え?」
「焦ってたら誰だって上手くいかないって。私だって集中力欠けちゃうとアーツキャンセル失敗しちゃうし。その調子で、落ち着いて行こうよ」
「しかし、あんなにミスをしてしまって……」
「それに――さ、ワイルド・ギル・ファングから護ってくれた時、ホントに嬉しかったんだよ。カムリが居なきゃ、きっと、私はあそこでやられてただろうし」
呆然としているカムリに、アリスはいつもの屈託の無い笑みを浮かべて、言う。
「だからそんなこと言わずに、一緒に楽しもうよ!」
笑顔という天使の魔法――たったそれだけのこと。けれど、それだけのことでカムリの心は色を取り戻していく。感情が込み上げ、一滴の雫が線を描いた。
「あれぇ、泣いてるぅ?」
「な、泣いてないぞ!」
唐突だが感動の場面――になるはずが、面白い玩具を見つけたとばかりにアリスが茶化しはじめ、カムリは目元を拭って意地を張る。
心臓に悪い――と、エンジュも椿もマナも深い溜息を吐いた。一段落したところで、カムリが彼女らに向き直った。
「そ、その……さっきは取り乱してしまって申し訳無い。これからもこのギルドに居させて……もらえるだろうか?」
「はぁ……。まったく、何当たり前なこと聞いてんの! せっかく入れてあげたのに、すぐ抜けるなんて許さないんだからね!!」
「そうだよ、カムリちゃん。私じゃ盾役は出来ないから、頼りにしてるね!」
「皆を護ってくれるカムリさんのことは私がちゃんと回復させますから、思いっきり護ってくださいね! あれ、何かおかしい……?」
「細かいことは気にしないでいいっての、マナ!」
「皆……、ありがとう」
笑顔が戻ってきたカムリに、エンジュもまたアリスと同様、ニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。
「それはそうと、カムリ――あんた、あれっぽっちの事を気にするなんて中々の豆腐メンタルね」
「ぐっ……い、言わないでくれ。気にしているんだ」
「せっかく口調は男勝りでカッコいいのに」
「それには訳が……」
「エンジュ、そんなにカムリを弄っちゃかわいそうだよ?」
「あんたはまずあたしを弄るの止めようか!?」
「えー、スキンシップなのに」
「ったく。ま、でも
「あー、エンジュってば! カムリを慰めてるように見せかけて私のことディスってる!」
「ディスってまーせーんー! ホントのこと言っただーけーでーすー!」
今の今までカムリを慰めていたかと思えば、例によって例の如く、彼女そっちのけで最早様式美のように言い争いを始める二人。まだ出会ってからそう時間も経っていないというのに、まるで旧知の間柄のようですらあった。
だがそれを知らないカムリは慌てふためき、二人を止めようと口を挟む。
「け、喧嘩よくないぞ! ほら、二人共――」
「ああ、カムリちゃん、止めても無駄だから放っておいて大丈夫だよ」
「それにお二人のアレは喧嘩じゃなくて、じゃれあってるだけなのです」
「そ、そうか……やっぱり仲が良いんだな」
よくない! とアリスとエンジュはシンクロナイズドスイミングの選手もびっくりなほど息ピッタリに否定する。やっぱり良いじゃないか――と、カムリは心の中でツッコんだ。
争いを続ける、おバカコンビを放置して三人は雑談にふける。
「エンジュさんと椿さんに私の三人はリアルで繋がりがあるんです」
「ライルさんがギルドの勧誘をしていたときにそんな事を言っていたな。アリスは違うのか?」
「実は、アリスさんとは昨日知り合ったばかりなんです。なのにエンジュさんともうあそこまで打ち解けちゃってて、アリスさんのコミュ力って凄いです。ね、椿さん?」
「うん。なんていうか、言葉じゃ言い表しにくいんだけど、アリスちゃんって不思議な感じの子」
「確かに少し話しただけで人を虜にしてしまう人間というのは居るな。」
「なんかアリスさんが魔性の女みたいに聞こえます……」
「け、決してそういうつもりではないぞ!」
エンジュに椿、マナと、カムリに繋がりが出来たきっかけはアリスだ。底抜けに明るくて、勇敢で、優しい。あと何故かやたら美少女だ。彼女が居たからこのギルドにカムリが興味を示したのだし、きっかけは間違いない。
だからなのか、自然と話題はアリスの関してのものになっていた。
それも一区切りついたところで、カムリは少し別の質問をする。
「そういえばこのギルドの名前――ウルティマ・トゥーレというのは何か意味があるのだろうか?」
「エンジュちゃんがつけたから私には……」
「同じく、です」
二人が苦笑していると――
「それ私も聞きたかったんだ」
いつの間にやら争いは沈静化したのか、落ち着いた様子のアリスとエンジュが近寄ってきた。
「あーそれね……言わなきゃ駄目?」
「ギルドマスターには説明責任があると思いまーす」
「くっ、あんたに言われると何か腹立つわ」
「でもアリスちゃんの言うとおり、私たちも知りたいかな」
「教えてください、エンジュさん」
仕方ない……と、少し照れくさそうに頬を掻くエンジュは一呼吸置いて、決心して言う。
「このゲームでの最初の街ってNPCが理想を求めて造り上げた――言わば、楽園みたいな場所じゃない? で、あたしたちも楽しみを求めてこの最果ての街に来た。だからこのギルドが皆にとってそういう場所であって欲しいと思って、アルティマ・トゥーレ――最果ての楽園って付けたの」
ギルド名の由来を聞いた一同は呆気にとられ、まるで時が止まってしまったかのように、微動だにしない。静寂がこの場を支配し、流れる空気だけが森の中をゆっくりと巡り、枝葉を微かに揺らすのみ。
この空気感に耐えられなくなったエンジュが林檎のように赤くなりながら、叫ぶ。
「何とか言いなさいよ! 恥ずかしいでしょうが!!」
「ご、ごめん。エンジュがそんなこと言うと思ってなくて、反応出来なかったよ」
アリスが至って真面目な顔で言い放った。後の三人も同様なのか、頷いている。アリスには必ずからかわれると思っていたのだが、当の彼女は感心すらしていた。
ならばこの流れに乗じて言ってしまえと、若干ヤケクソ気味ではあったがエンジュが続けて、言う。
「カムリ、あんたもここから理想の自分に近付けるといいわね」
「あ、ああ……ああ! 頑張ってみせるとも。皆、改めてよろしく頼む!」
やる気に満ちた顔を見せるカムリにはもう、最初の頃のような気負った様子は無く、自然体の笑みが浮かんでいた。彼女は漸くギルドメンバーに、そして――友人になれた。そんな思いを全身で感じていた。
珍しく良い感じに場が締まったのはいいものの、これから攻略を進めるためにはやはり、どうしても具体的な対策が必要となる。
当たらなければ状態異常にならないという理論は分かる。今のように数体の雑魚モンスターを相手にする単独パーティーでの狩りならば、然したる問題も無いだろう。しかし、いつも戦いの場がそんな状況であることなど有り得ない。今よりももっと多数の雑魚を相手にすることもあれば、ボスを相手取ることも、レイドのような多人数での攻略に挑む事だってあるのだ。
だからパーティーの盾役がそうヒョイヒョイ動いて陣形を崩してしまえば、本人の被害は少なくとも周囲が壊滅してしまっては元も子も無くなる。
マナのように補助を行うプレイヤーが都度、治癒すればその場では解決するが、根本部分にある問題がそのままなのは変わらない。そこをどうにかしてしまうのが最善であるのは明白で、その一つを椿が提案する。
「カムリちゃんが行動しやすくなるように、耐性付きの防具を作るのはどうかな?」
それだ! と、アリスとエンジュが反応する。エンジュは後衛だから状態異常を受けることなんてほとんど無いし、アリスに至っては攻撃は躱すものという思考がベースとなっているせいで、そんな発想自体が無かった……のかもしれない。
「む、確かにそんなものがあれば私は助かるが……」
「問題はそういうものが作れるのかどうか、ですね」
「そこはトライアンドエラーかな。私が色々と試してみるよ。幸い、ここのモンスターがそれっぽい素材を落としてくれるから、これをどうにかすればいけるかも」
このエリアで出現する状態異常を撒くモンスターが時折ドロップする「毒の粉袋」や「痺れ花」といったアイテムが、耐性装備を作成するキーになるかもしれないと椿は予想する。これらはそのままでは鍛造に使用出来ないのだが、何らかの方法で加工して違う形にすれば或いは――と考えたのだ。
しかしながら今の彼女に何か手段があるわけでもなく、ベータテストに参加していたアリスらも第一エリアのプレイに限定されていたがために、そう簡単に答えは出ない。
アリスが出来ないことは今しないと主張するように、言う。
「とりあえず考えるのは後にしてさ、レベリングしながら素材集めようよ」
「あんたは戦いだけでしょうに。まあ、でも? レベル上げなきゃ先に進むのも辛くなるし、素材が無いと試作も出来ないから、アリスの言う通りね。行きましょ」
他のメンバーも賛同し、次のモンスターを探して移動を開始する。見通しの悪い森の中のため、油断は禁物だ。とはいえ、そこかしこに居るわけではないので、エンカウントするまでにどうしても多少の空き時間がる。
アリスがちょっとした話題を振る。
「さっきの話に全く関係無いけどさ、そろそろ攻撃回数の多いアーツ欲しいなぁ」
「あんたはあのチート染みたキャンセルアーツで、実質使ってるようなもんでしょ」
チッチッチ! と人差し指を立て、アリスがそれは違う――とジェスチャーしてみせる。
「エンジュに良い言葉を教えてあげるよ。This is one thing. That's another.」
「へ、へぇ……中々、英語の発音上手いじゃないの」
「うわぁ、アリスちゃん凄い」
「うぅ、聞き取れませんでした……」
「ズィスイズワンスィング、ザッツアナザー……だったか? それはそれ、これはこれ。という意味だな」
アリスの流暢な――まるで本当に外国人が話している様を思わせる発音に一同が目を丸くする中、聞き取って和訳したカムリに正解! と、彼女はパチンと指を鳴らす。
「しかしアリス、君はあのアーツ連続発動が出来るのだし、エンジュの言う通りだと思うのだが?」
「うーんとね、アレにも欠点があったりするんだよね」
欠点? と、全員の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。確かに技後硬直をほんの僅かな間に別アクションで上書きしなければならないのだから、大変だというのは分かる。けれど、それを承知の上で強引に使用しているわけで、今更そんな事を言うのだろうか? と考える彼女らの思考は、肝心な部分が抜けていた。
誰も正解を導き出せそうにないと結論付けたアリスは口を開く。
「アレさ、何度もアーツを発動させるからMPの消費が凄いんだよね。だから一回の発動で連続攻撃出来るアーツが欲しいんだ」
言われて見れば確かに……と、一同はそれぞれに納得の表情を浮かべる。
「アレはアレで、一つ一つのモーションが短いから便利なんだけどね」
「どっちも一長一短ってことだね」
「そゆこと」
「アリスさんは何連撃くらいのアーツが欲しいんですか?」
「怒涛の三十連撃! は冗談として、五連撃くらいは欲しいなぁ。欲を言えば八連撃!」
そこそこの回数を要求するアリス。
他の武器はどうだったかとエンジュが問う。
「今の最高連撃数っていくつだっけ?」
「確か、双剣系の四連撃のはずだ」
「ってことは……無理ね、諦めときなさい」
「わっかんないじゃん! 習得するかもしれないし!」
「出来るようになったとしても相当先じゃないかな……」
「それに、その頃には双剣が十連撃とか出来るようになってそうだわ」
「ぐぬぬ……」
アリスが悔しさを全身から滲ませていると――
「危ない!」
カムリが一歩、素早く躍り出て盾を構えた直後、何か硬いものを弾いた音がする。跳ね返って地面を幾度か跳ね、転がったのは手のひらサイズの種らしき物体だった。
現れたのは球根を胴体として下部から生えた何本もの根が足となり、上部から伸びている茎の先に花を付けた、ヘンテコなモンスターだ。その花の中心に穴があり、どうやらそこから種を発射して攻撃するらしい。
数は五体。前方にやや散らばるように分布している。
一同は素早く陣形を組むと――このモンスターはどんな素材を出すかな? なんて言いながら戦い始めるのだった。
4
あれからしばらく素材集めを兼ねたレベリングをしていたアリスたちは最前線の拠点に戻り、一度解散することとなった。現実世界での時間は既に正午近くになっていて、休憩することになったのである。
村の中央にある転移結晶に再集合となり、各々が自由に行動し始める。
椿は転移結晶を使い、ユピテルへ戻ってきていた。
目的はもちろん、モンスタードロップの素材を鍛造に使う形に加工出来ないか、情報を得るためである。第二エリアが開放されたばかりとあっては、攻略サイトなども当てにならない。ならば現地で足を使うのみだ。
早速、工業区へ足を運ぶ。
やはり最初の街であり、現状では設備が一番良い事もあって人は多い。この街の人口に比べれば、最前線の拠点など過疎地もいいところだった。
「もう生産ギルドもいくつか立ち上げられてるし――やっぱり、大きい所のほうが情報持ってたりする……よね?」
誰に向けた訳でもない問いが独り言となって、雑踏の中に消えていく――
「そうとは限らないんじゃない?」
筈だったそれをキャッチして背後から返球してきた人物が居た。
椿が振り返り――目線を下げると、小柄で色素の薄い茶髪をしたドワーフの少女が立っていた。突然声を掛けられて困惑していると、彼女はニカッと笑った。
「おねーさん、生産に興味ある人?」
「え、うん。それはあるかな」
「だったらさ、ウチのギルド来ない? そう大きくないけど、結構腕の良い職人が揃ってるから色々教えたげられるよ」
「あ――っと、ごめんなさい。私、生産系じゃないけど友達と作ったギルドにはもう入ってて……」
「なぁんだ、そっか。残念。じゃあどうしてギルド探してたの?」
その体の小ささ故か、首を傾げる所作も随分と可愛らしく、なんだか椿は急にぬいぐるみを抱きしめたい衝動に駆られた――が、なんとかそれを押さえ込むと質問に答える。
「実は第二エリアの攻略に挑んでるんだけど――」
「うわっ、おねーさん攻略組みかぁ! そう言われると確かに、この街のプレイヤーより結構良さそうな装備してるもんね。あ、続けて続けて」
「え、えっと、向こうでは毒や麻痺を撒いてくるモンスターが沢山出て困ってて、どうにか対策したいんだ。それで耐性付き防具を作れないかと思って、ここへ情報を集めに来たの」
「へぇ、最前線はもうそんな事になってたかぁ。これは早いところそっちへ行って、少しでもアドバンテージ取りたいなぁ。あ、ごめんごめん。ということは、何かアテがあって来た感じ?」
「うん。一応、使えそうな素材も集めてきてあるんだ」
「ほほう、それはぜひ詳しく聞かせて欲しいかな。内容によっては全面協力させてもらうよ? どう?」
初対面だというのにやたらと距離が近く、押しの強い少女に戸惑いはあるが、しかし、向こうから興味を示してくれたのは僥倖だった。その提案を受け入れ、ギルドの工房に案内するという彼女に着いて行くことにした。
歩き始めて直ぐ――少女が振り返った。
「そういえば言ってなかったや。アタシはキャロ! よろしく!」
「椿だよ。よろしくね」
にこやかに挨拶してくるキャロに釣られて、椿も柔和な笑みを浮かべた。
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