Ⅱ.風狂幻精森林マーベルフォレスト―風に愛されし侵略者―

Stage.007 紅の騎士

大切だから、しまっておいたはずなのに

いつのまにか箱は壊れていた

気付けば中身も壊れかけていた


もう、見ても眺めても意味が無い

ならばせめて朽ち果てさせよう、この狂った心と共に


       1


 エリアボス攻略から一夜が明け、アリスは一人、始まりの街であるユピテルまで戻ってきていた。別段、攻略を進める都合上で必要に迫られただとかそういうことではなく、ただ彼女にしたいことがあった――というだけの理由だ。だからエンジュたちは最前線に出来た、新しい町に逗留している。

 彼女らが待ってくれているからといって、アリスだって最前線からわざわざ時間と労力をかけて長い道程を移動してきたというわけでもない。

 同胞であるNPCたちは各所に拠点を作り、ゲーム内における時間の流れに沿って町を発展させ続けている。それこそ最初はどこかの片田舎であるかの如く、町というよりも村とでも呼称すべき規模なのだが――それは彼らの頑張りにより町となり、やがてはユピテルのような街となっていくことだろう。

 さて、そんな彼らが作り上げていく町々に共通して存在するのが、おおよそ中心部に設置される転移結晶である。文字通り転移を行うための装置であり、それがある場所の往来が可能となる。ただし使用するには直接触れて己の情報を刻み込まなければならず、無制限にとはいかない。逆に言えば、とにかく一度辿り着きさえすれば、後は好き放題転移出来るわけで、その辺りはゲームらしく時間の節約が出来るよう作られていた。

 そういうわけで、アリスも転移結晶を使って一瞬の内に帰還したのである。

 ユピテルに存在する転移結晶は、新規プレイヤーが必ず最初に降り立つ教会前の噴水広場――その端っこのほうに設置されている。

 アリスがここへ戻ってきたのは他でもない。この世界に来た初日に偶然出会った、赤いカーディガンを羽織り、ややくすんだ金髪をした年配の婦人――ヒルダに会うためだ。以前に受けたクエストは完了済みで、何かこれと言って特別用事があるわけでもないのだけれど、孫が祖母に会いに行くのに理由など必要無いのと同じく、アリスがお婆ちゃんのところへ行って少し世間話をしたいというだけだ。言葉にすればその程度のことだし、そもそもヒルダは血縁関係がどうのこうの以前に現実を生きる人間ですらない――けれど、きっと、彼女にとって、そんなことはどうでもよいことなのだろう。


「ヒルダさん居るかなぁ?」


 呟いて、キョロキョロと見回す。

 教会へお祈りを捧げに来ている住人がちらほらと見受けられる。出会った時に、よくここへ来ていると聞いていたし、クエスト完了報告をするために訪れた際もここに居たからまたここで――と、考えるのは自然なことだったが、お目当ての人物は見つけられないようだ。

 しかし、前回もしばらく待っていたら会えたのだからと考えた。

 そうして待つこと五分――教会から出てきた幾人かの中に、お目当ての人物が居た。ヒルダさん! と駆け寄って声をかける。


「おや……お嬢ちゃんじゃないか。何日かぶりだねぇ、元気してたかい?」

「うん、この通り元気だよ! ヒルダさんは?」

「私も変わりないねぇ」


 実の孫に接する祖母であるかのように、ヒルダは本当に嬉しそうな笑みを零す。単純にアリスが会いにきてくれたことが嬉しいというのもあるのだろう。しかしそれ以上に、戦いに出る彼女の姿をまたこうして見れたことで無事が確認出来たという安心から来ているようだった。

 血の繋がりが無くとも同じ天使族ということが、より一層拍車を掛けているのかもしれない。


「お嬢ちゃんはこの前会った時よりも、少し逞しくなったように見えるね」

「そうかな? 一応、装備は少し変わったけど」

「身に着けてるものじゃなくてね――雰囲気というかなんというか、戦う者の風格が出てきたというのが近いかねぇ」

「うーん……私としてはそんな変わったような気はしないけど」

「ま、本人にとってはそういうものさ。これに関しちゃ周りがどう感じるかって話だからね」

「そっか」


 ゲーム攻略が少し進んだことでNPCが話す内容にも変化が起こるのかもしれないと、アリスは一先ず納得したということにしておいた。

 よく分からなくて引っ掛かりがある様子の彼女を見て察したらしく、それはそれで構わないといった感じにヒルダはまた笑みを浮かべる。


「それでわざわざここへ来たということは、私に何か用事でもあったのかい?」

「あ、そうなの!」


 用事って言うほどのことじゃないんだけど――と、アリスは屈託のない笑顔で続ける。


「実はこれを見せたくて」


 そうして簡易メニュー画面の武器パレットを操作すると、アリスは何も無かったはずの背中に剣を背負う格好となった。武器パレットを変更して、素手から装備状態へ変更したのだ。

 どうしてそんなシステムが実装されているのか――例えば大剣のように大きいサイズの武器を装備していたのなら、座る時にまず間違いなく邪魔となる。古いタイプのゲームであればポリゴンがほかのポリゴンを貫通して何の違和感も無く座ることも可能だ、しかし、このゲームにおいてはそういったところも無駄にリアル思考で設計されているため、そんなことは起こりえない。つまり、邪魔になるのである。よって、休憩を取ったりする際にそうならないよう、素手状態となるシステムが存在している。

 アリスは背負った剣をゆっくりとした動作で抜く。

 淡い緑の刀身と、アリスの髪にも負けず劣らず美しい金の装飾とが日の光を反射して宝石のように輝きを放つ。加工前のエメラルドインゴットの時からすでに宝石のような鉱物だったが、剣となって尚もその美しさを損なわないのはそれ自体の特性なのか、はたまた鍛冶師――椿の腕によるものなのか。いずれにせよ、その剣は現実であれば実用よりも鑑賞に向いていそうなものだ。


「ヒルダさんがくれたエメラルドインゴットから作ってもらった剣なんだ!」

「ふむ…………中々良い出来栄えだ。腕の立つ鍛冶師が仲間に居るようだねぇ」

「へへへ、そうなの!」

「この剣とお嬢ちゃんの腕があれば、もしかすると――いや、気にしないでおくれ」

「ん、何? そこまで言われたら気になっちゃうよ!」


 食いついてくるアリスを見て、しばし考え込む素振りを見せ――やがて、ヒルダは少し困ったような表情をして口を開く。


「この前、お嬢ちゃんに行ってもらったサヴィッジフォレストなんだけどね。実は……あそこには猛き獣王と呼ばれる魔物が居るのさ。とても強大な力を持っているけど、あんなに早くゴーレムを倒してしまったお嬢ちゃんの腕と、その剣――、そして心強い仲間が居るのなら、獣王だって倒せてしまうんじゃないかと思ってねぇ」


 ヒルダの双眸はどこか遠くを見ていて、それはまるで――昔を懐かしんでいるといったふうな口調だった。


「へぇ、あの森にそんなモンスターが居るん……あれ? ねえヒルダさん、それってもしかするとワイルド・ギル・ファングとワイルド・リル・ファングっていうモンスターじゃあ……?」

「よく知ってるじゃないか、お嬢ちゃん。その通りさ。鋼鉄をも切り裂くと言われている爪と牙で獲物を狩る――」


 非常に危険なモンスターだということを真剣に伝えようとするヒルダに、アリスの心中は申し訳無い気持ちでいっぱいだった。せっかく教えてくれているのだが、それは最早、意味が無いのだ。このまま黙って聞いていれば何事も無く終わるのだろう。けれど、アリスはそれだとなんだか小馬鹿にしている気がしてならないのだ。

 それは自己満足かもしれないが、それでも正直で居たい。彼女は、そう、思っている。

 だから、言う。


「ご、ごめん、ヒルダさん……。実はそのモンスターなんだけど、昨日――倒しちゃった。てへ」

「そういう危険な――え?」

「あはは……」


 アリスが己の心に従ってカミングアウトした直後、二人の間に(決して悪いものではないが)なんとも微妙な空気が流れ――やや間があって、驚いた様子を隠しきれていないヒルダが改めてその真偽を問う。当然、アリスはそれに改めて肯定の意を示した。

 するとヒルダはまた少し沈黙し、そして微笑み、優しく語りかけるように言葉を発した。


「そうかい……ああ、そうかい。ゴーレムの時から凄い子だとは思っていたけど、まさかこんなに早く倒しちまうなんて――これはご褒美をあげないといけないね」

「い、いいの!?」


 アリスが期待に満ちた眼差しを向ける。エメラルドインゴットという、序盤にしてはレアなアイテムを貰っているのだ、期待だってするだろう。

 しかし、大抵こういう時は最初だけ良い物を渡して、その後はわりとしょうもない報酬のオンパレードとなり、たまに少しだけグレードが上がって期待させ――なんて、上手く釣られるパターンが多かったりする。

 ヒルダが手にしていた籠から何かを取り出してアリスに差し出す。野球のボールが一つ入るくらいの木箱だ。

 同時にクエスト『乙女の欠片・二』の完了を告げるシステムメッセージが表示される。

 それもあってか、受け取ったアリスがより一層期待の篭った視線で開けていいかを問いかけると、それを察したヒルダはにこやかなな顔で頷いた。

 何が入っているのだろう。何を貰えるのだろう――と、期待が最高潮に達する中、アリスはそっと蓋を開けた。


「わぁ、綺麗……」


 自然と感嘆の声が零れた。

 アイテム名――『研鑽結晶・剣』。

 木箱に入っていたのは直径三センチメートルくらいの球体になった、青白い宝石が付いたネックレスだった。透明度の高いそれは頭上から降り注ぐ日の光を反射し、エメラルドインゴッドよりも幻想的に輝いて見える。

 よく観察してみると、宝石の内部に青い剣が描かれている。これがどうやって作られたのかという疑問もあるが、それを発見したこと、そして名前から、アリスはこのアイテムがただ着飾るためだけのアクセサリーではないだろうと感じた。


「その石を身に着けていればきっと、この先でお嬢ちゃんの力になってくれるはずだよ」

「うん、私、頑張るよ! ありがとう、ヒルダさん」


 早速、アリスはネックレスを首に掛けた。もちろんそのままだとシステム的に未装備状態になっているため、メニュー画面を操作して装備状態へと設定する。

 それが終わる頃合いを見計らってヒルダが話しかける。


「お嬢ちゃんは私が思っているより大分強いみたいだし、また新しい頼み事をしたいんだけど、いいかい?」

「もっちろん!」

「森の獣王を倒したってことは、その先へ進むんだろう? そこには魔物だけじゃない、別の存在だっている。魔物だけが私らの敵ではないんだ」


 そう語るヒルダは先ほどまでと打って変わって少し悲しげにしている。

 このゲームは神々が争う世界という設定だ。実際には神同士が戦っているわけではなく、その名の下に信徒が、だ。要は一種の宗教戦争のようなものだ。

 だから、次のエリアに進むということは魔物だけでなく、そこに住む他種族とも戦わなければならない、ということだ。

 ユピテルの住人は戦わず、他種族同士で手を取り合って生きていこうという思想を持った人々の子孫で、彼らもそれを――その想いを受け継いでいる。だからヒルダも本当は戦いが好きではないから、そんな顔をしたのだろう。

 けれど、そのユピテルだって既に争いは飛び火している。片方がいくら戦いを避けたくても、もう片方が責めて来れば避けようが無い。しかし、何もしなければ全てを奪われるだけ。とどのつまり、戦う以外に道は無いのだ。


「平和のために争う。矛盾しているとも思うさ。でも結局のところ、私らに出来るのなんてそれだけなのさだったらせめて、そのために戦うべきだ。でも流石にこの歳じゃ自分で戦うのもね……。だから身代わりみたいになって申し訳ないんだけど、私はお嬢ちゃんに戦いに必要な物を渡すのさ」

「気にしないで。嫌々やってるわけじゃないし」

「すまないねぇ」


 ヒルダを始め、ユピテルの住人にとってはそうなのだろうが、アリスたち攻略系のプレイヤーからしてみれば、戦ってレベルを上げ、レアアイテムを獲得してこそ意義がある。けれどそんなことは決して口に出来ないから、彼女は心の中で謝った。


「それでね、あの森を進むと耳長族の領域に入るんだ。その一族を纏め上げているおさがこれまた血の気の多い戦士でね。このユピテルに目を付けてて度々襲ってくるんだ。だからそれをどうにかして欲しいのさ。やってくれるかい?」


 ヒルダが喋り終わると同時にクエスト発生を告げるシステムメッセージが表示された。クエスト名は『乙女の欠片・三』となっている。


「まかせて!」


 アリスは二つ返事で了承する。今のところ、報酬もレアアイテムを貰えているので断る理由など何一つ無い。先ほど貰ったアイテムはまだ使い道がよく分かっていないが、ベータテスト時にも見たことが無いものだから、希少性が高いという点に関しては間違いないだろう。


「それじゃあ、お願いするよ。ああ、急ぎはしないからしっかり準備していくんだよ。なにせ、耳長族はとても強いからね。ゴーレムの時のような無茶はよしとくれよ?」

「はぁい。じゃあ気を付けて行ってきます!」


 心配するヒルダにそう言い残し、アリスはその場を後にした。


       2


 サヴィッジフォレストを超えた先にある、最前線の拠点。ここはまだ作られ始めたばかりで到底、町と呼べるものではない。ポツリ、ポツリと少ししかない建築中の家屋も手伝って、その印象はまるで寂れて人々から忘れられてしまったどこかの農村のようですらあった。それほどまでに原始的な状態だった。

 しかし建築作業をするNPCたちは活気で満ちていた。なにせこれまで耳長族からの攻撃を受ける一方だった彼らだが、討伐隊と呼称されるプレイヤーたちの快進撃により、ここ数日で戦況が変わりつつあるのだ。期待を寄せない者などいるだろうか? いや、居ない。

 だからこの拠点、今はみすぼらしくとも、いずれしっかりとした造りとなるだろう。

 ここの中心部として設定された場所には既に転移結晶が設置されていて、ユピテルから舞い戻ったアリスが光と共に現れた。すると彼女を待っていたようで、エンジュたちがすぐ傍で談笑しているのが目に留まった。


「おまたせ」

「おかえり、アリスちゃん」

「おかえりなさい」

「おっそーい!」


 アリスはわざとらしく文句を言うエンジュに近付くと、また頭を撫でた。すると、やはりエンジュは撫でるなと反発する。アリスが面白がってやっているという面もあるだろうが、年齢は分からなくとも彼女よりも背が低いため妹のように思えて、ついやってしまうのだ。


「ごめんごめん、つい」

「つい――じゃないっての! まったく、もう」

「そんなにモーモー言ってると牛さんになっちゃうよ。モー!」

「……あんたねぇ!!」


 そんなやり取りを見て、椿とマナはボソボソとお互いに聞こえる程度の小さな声で話す。


「あんな弄ばれるエンジュさんなんて初めて見ました」

「私もかな。でも、楽しそう」

「そうですね」


 エンジュは口から否定の言葉こそ発しているが、顔を見れば少し照れくさそうにしていて、それが本心出ないことは明白だ。素直ではないけれど楽しそうにしている彼女を見て、二人は少し羨ましく感じた。


「そんなに言うなら、もうギルド入れたげないんだからね!」

「そっかぁ、なら仕方ないね。入れてくれるギルド探しに行くよ」

「え? ちょ、ちょっと待――」


 冗談で言ったつもり――というか、それまでの流れからして明らかにそうだというのに、アリスが背を向けて歩き出すものだから、エンジュに焦りが生まれる。アリスだって冗談でやっているだけだと思う反面、一晩経ったことで考えが変わり、やはり勧誘のあった、これから大きくなるであろうギルドへ入ろうと思った可能性だって否定しきれない。昨日、一度断っているとはいえ、アリスほどのプレイヤーならばいつだって歓迎されるだろう。

 エンジュが追いかけようとして一歩踏み出したのと、ほぼ同時に声がした。


「それは困るな」


 聞きなれない声に、四人全員の視線が集まる。

 近くに立っていたのは赤い髪を首元から一本の三つ編みに纏めている女性。左腕にカイトシールド、腰に片手剣を装備した騎士風の出で立ちをしている。

 一体誰だ? という疑問から全員が黙っていると、騎士風の女性が少し申し訳無さそうに口を開いた。


「取り込み中のところすまない。私は――」


 言いかけた最中に「あっ!」とアリスが声を上げ、それは中断された。


「昨日、最後に守ってくれたお姉さん?」

「ああ、そうだ。覚えていてくれて嬉しいよ」


 それを聞いて、他の三人も思い出したようで「そういえば……」とそれぞれに反応を見せる。


「改めて、私はカムリという。ご存知の通り、盾役をしている」


 その女性――カムリが自己紹介すると、それに続いて四人も簡単にそうする。わざわざ声をかけてきたのだ、何か用件があるのだろう。エンジュは一瞬、アリスの勧誘に来たのかとも考えたが、それは困るなんて言って近付いてきたわけで、その可能性は低いと結論を出し、何の用かと問う。


「昨日は声をかけるタイミングが無くて逃してしまったのだが、実は君たちに頼みたいことがあるんだ」


 少々男勝りな口調で話すカムリはなんだかそれがやけに様になっており、騎士っぽい格好も相俟って、NPCの女騎士かと見間違えそうなほどだった。


「君たちはギルドを作ると聞いた。頼みというのは他でもない――そのギルドに私も入れて欲しいんだ。もし居たのならすまないが、見た限りでは盾役は居ないようだから役割が被るということも無いだろう。決して損な話では無いと思うが、どうだろう?」


 これに関して自分が出る幕は無い。決めるのはエンジュだ――と、アリスは傍聴に徹している。ギルド自体、まだ作ってもいないのだから彼女が正式にリーダーなわけでもない。けれど、エンジュたち三人の関係からして先頭に立つ役割を担っているのは間違いなく彼女だ。その証拠に椿もマナも、エンジュのほうを見ている。


「ま、言ってることは理に適ってる。けど、肝心の理由が入ってないみたいだけど?」

「よく聞いているな」


 感心した態度を見せるカムリは一呼吸置いて、言う。


「先のボス戦における君たちの連携が素晴らしかったからさ。自分が守った仲間たちが華麗な連携攻撃を敵に見舞う。そして、それを一番近くで見れるのがタンクの醍醐味だろう?」

「ふーん、なるほどねぇ……あんたたちはどう思う?」

「アリスちゃんも私も物理的にタンクをこなすことは出来ないから、しっかりとした盾役が居るか居ないかの差は大きいと思うかな」

「私は後衛ですし、守ってくれる方が多いのは安心できます」


 真面目に答える二人に対し、アリスは関係無さ気に傍観している。実際、彼女としてはエンジュらが作るギルドに入れてもらう側なのだから口出ししないほうがいいだろうと気遣ってのことだ。しかし、エンジュとしては既にアリスはギルドに入っているという認識でいるものだから――


「あんたは?」

「うぇっ!? わ、私も?」

「当たり前でしょ」


 答えるように促す。

 聞かれると思っていなかったアリスはビクッと反応する。けれど、彼女なりに思っていることはあって、問われた以上は素直にそれを言うことにした。


「私はお姉さんのこと良く知らないけど……でも昨日、最後に守ってくれたときは嬉しかったよ」

「そう……。カムリさん、聞いた通りよ」


 エンジュがそういうとカムリは微笑を浮かべた。三人共が好意的な意見を述べたのだ。誰だって“これなら入れてもらえる”と思うに違いない。じゃあ――そう言いかけたカムリの言葉をエンジュは遮って、言う。


「私から質問だけど、どうしてウチみたいな小さいギルドに入りたいの?」

「だ、だからそれは君たちの連携が素晴らしくて――」

「これが最後の質問。入りたいの?」


 いつもならば間違いなく椿やマナが止めに入っているだろう。だが今――今だけは彼女でも口を挟めなかった。普段のエンジュは多少口が悪くても、それは怒っているわけではなくて、彼女なりの照れ隠しだったりする。けれど、今は珍しく苛立っているようで、椿やマナにすら有無を言わさない圧力を放っていた。

 そんなエンジュのことを知らないカムリであっても、自分が彼女を怒らせてしまっていることは察せていた。緊張した面持ちだったカムリは観念したのか一つ息を吐き、エンジュを見据える。


「仲間にして欲しいと自分からお願いしておきながら、隠し事は良くないな。すまなかった」

「ま、大方の予想はついてるけど――で、どうして?」

「ああ……。もちろん、先ほど述べた理由も本当だ、嘘じゃない。ただ、一番の理由は――アリスさん、君なんだ」

「え? わ、私?」

「……鈍感」


 びっくりしているアリスに、エンジュがジト目がちにボソッと言う。


「ボス戦の途中までの時点で、君が凄いプレイヤーだというのは十分伝わってきた。けれど、それだけだったなら、今、私はこうしてここには居なかったと思う。最後、私がボスの攻撃を防いだ後の君の凄まじい技量に――私は、魅せられてしまったんだ」


 キャンセルアーツのことか、とアリスが呟く。彼女の高いプレイヤースキルを以ってしても、それを実行に移すには非常に高い集中力を要求される。だが逆に言えば――集中さえしていれば出来る。出来てしまうのだ。アリスにとってはそういう程度の話である。かといって彼女にとってはそうでも、他プレイヤーの目には超人的な能力を発揮しているように映り、魅了される者も居る。

 アリスがそこまで理解していないということをエンジュは理解していた。だからしつこく問いを投げた。


「分不相応にも君のような人こそ守りたい――守れるようになりたいと思ってしまってな。君の傍に居させてもらえないだろうか?」


 カムリが言い終わるころにはマナが頬を紅潮させていた。なにしろ今の台詞はまるで騎士が姫に愛の告白をしている場面のようで、そんな想像をせずにはいられなかった。告白もどきを受けた当の本人はゲーム的思考しかしていないらしく、ケロッとしていたのだが。

 アリスはエンジュにどうするの? と視線を送る。それを受けた彼女はやや呆れた口調で、言う。


「私、愛の告白しろだなんて言ってないんだけど?」

「そ、そんなつもりではなかったんだが――そう聞こえてしまったのなら……その、すまなかった」


 エンジュの指摘にカムリもまた顔を赤くして、しどろもどろになりながら否定してみせるのだが、弱々しいそれは本気で告白したのを誤魔化しているようですらあった。


「そ、それで私は入れてもらえるのだろうか?」

「皆もこう言ってることだし、あたしの質問にも正直に答えてくれたしね。オッケーよ」

「そうか……それはよかった。ありがとう」

「それにしても、最初からそう答えてくれてたらよかったのに」

「あの理由だと断られるんじゃないかと心配になってしまってだな……」


 確かに――と、エンジュは自分で言っておきながら納得する。三人ともアリスを餌にギルドメンバーの勧誘を行おうなど微塵も考えていないし、相手から接触してきた場合も同じだ。ボス戦で注目を集めたアリスを彼女らなりに守ろうと考えていたから、エンジュは最初、カムリから理由を聞いたときに断るつもりでいた。しかし、彼女が真剣に話す様子を見て、考えを改めていた。


「保護者ってこんな気持ちなのかと思うと、親に申し訳なく思うわ。まったく、バカアリスは……」


 そんな事とはつゆ知らず、突然の罵倒に全くついていけない当人の頭上にはいくつものクエスチョンマークが浮かんでいた。

 その様子にエンジュは溜息を吐いたあと、カムリに向き直って手を差し出した。


「そんじゃ、これからヨロシクね!」

「ああ、よろしく頼む」


 椿、マナとも握手を交わし、最後――アリスの手を握った。


「君を守れるよう頑張るよ、アリスさん」

「アリスでいいよ、カムリ!」


 アリスの屈託の無い人懐っこい笑顔につられてか、カムリも微笑を浮かべて、言う。


「よろしく、アリス!」

「うん!」

「ところでギルドの名前は何と言うんだ?」

「エンジュと愉快な仲間達!」

「夜桜亭!」

「ましゅまろここあ!」

「勝手にぃ――」


 エンジュの肩がワナワナと振るえ――


「名付けるんじゃない!!」


 辺りに彼女の怒号が響き渡った。

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