Stage.004 森の最奥

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 ゲームの正式サービスが開始されてから四日が経過し、五日目の朝を迎えていた。

 新作ゲーム――それも多人数での協力プレイ可能なオンラインゲームともなれば、プレイヤー達の攻略速度はいつの時代も開発・運営スタッフの予想を上回るもので、ちらほらとサヴィッジフォレストのボスであるサヴィッジ・ボクス・ゴーレムを撃破するパーティーが出始めていた。ゴーレムはβテスト時よりも能力に強化を施されており、彼らとしてはどんなに早くとも攻略には一週間から十日程度を要するだろうと想定していたのだ。

 プレイヤー達がスタッフの予想を上回る実力を見せるが、彼らには既に驚きや悔しさといった気持ちは無かった。なにしろ初日にアリスとサーニャがペアで攻略をやらかした時点で度肝を抜かれていたのだ。それは衝撃的なニュースとして部署内を駆け巡り、彼女ら(というかアリス)がおかしいという結論に至って、見なかったことにして平静を保っていたり、ショックのあまり抜け殻のようになっていた者が居たのは内部スタッフのみが知るところである。

 しかし多くのスタッフに多大なる精神的ダメージを与えた張本人アリスは、今日も今日とてそ知らぬ顔で(知らないのだから当然だが)レベリングに勤しんでいた。その手に握られているのはモンスタードロップのブロードソードという剣で、初期装備のロングソードよりはいくらかマシという程度のものだ。防具もドロップしたのか、似たような見た目だが一部が変わっていた。


「やっぱりレベルが上がりにくくなってきたなぁ……」


 狼らしき小型モンスターの群れを倒し終えたアリスは、なかなか上がらないレベルを見ながらポツリと呟いた。彼女が今いる場所は、サヴィッジフォレストを擁する森林から西へ進んだ先にある二つ目の小さな町を経由し、さらに北へ進んだ三つ目の町となっている拠点で、その周辺の草原フィールドだ。

 現在、アリスはレベル二十三に達している。このゲームは十代後半から目に見えて上がりにくくなっており、今の彼女が簡単にレベルアップしないのは当然のことと言えよう。


エメラルドインゴットさえ加工出来たらもっと先へ行きやすくなるのに」


 そんなことを言いながらストレージ内のレア素材を恨めしく見つめることをもう何度繰り返しただろうか。

 そうなのだ。初日にNPCのヒルダから貰った武器の素材となるエメラルドインゴットは、未だ加工されずにアリスのストレージ内に存在していた。もちろんアリスだって(他プレイヤーの鍛冶スキル持ちを当てにして)さっさと武器にしようとしたのだ。

 しかし実際の所は鋳塊のままだ。その理由は至極単純で――



 遡る事、三日。

 ヒルダと別れたアリスは商業区を訪れていた。目的は言うまでもなく、彼女から貰ったエメラルドインゴットを武器へ加工するため――いや、してもらうためだ。ガチガチの戦闘プレイヤーである彼女は鍛冶スキルを習得するつもりなど微塵も無く、早くも他力本願にて武器を獲得しようと画策していたのだが――


「でも初日から星三の素材を扱えるようなプレイヤーなんてやっぱり居ないよねぇ……」


 早くも壁にブチ当たっていた。

 このゲームにおいて鍛冶等の生産系スキルを用いてアイテムを作り出す場合、素材となるアイテムのレア度に対して二倍のスキルレベルが必要となる。つまり、エメラルドインゴッドのような星三の素材を武具に加工しようとするならば、最低でも鍛冶スキルがレベル六に達していなければならない――が、鍛冶レベルを上げるには実際に生産を行って地道に上げていくしかない。スキルポイントだけ注ぎ込んでレベル最大になりました! なんていう都合の良いことはないのである。

 でもそれ以外に方法が無い事も無い。NPCの鍛冶職人に依頼すれば、例えどんなレア度の物だろうが加工してくれるのだ。

 嗚呼! なんて有能なんだ、他のプレイヤーにわざわざ依頼する必要なんて無い――とはならないのがこのゲームである。NPCに依頼すれば失敗することは無く、必ず、確実に、絶対に成功するのだが、何回試行しようが各レア度における最低性能な装備に仕上がってしまうのである。要は他に手が無い場合の最終手段というやつだ。

 つまりアリスが今すべきことは素材を扱えるプレイヤー探しではなく、伸び代のありそうなプレイヤー探しな訳だ。

 かくして未来の職人候補を見つける戦いが始まった。

 だからアリスは一先ず露店を見て回ることにした。本気で生産職を目指しているプレイヤーならば、初日とはいえそろそろ試作品の様なものをいくつか並べていてもおかしくないと考えたからだ。案の定、午前中はちらほらとしか見当たらなかったプレイヤーの露店が格段に増えており、呼び込みまでしているくらいには賑わっていた。


「良い人見つかるといいなぁ」


 生涯のパートナーを探そうとしているかの如く決意を胸に秘め、露店を一つずつ見て回る地道な作業が始まった――が、十分としない内に項垂れていた。


「やっぱ無理だよぅ」


 当たり前だ。誰も彼もまだまだレベルが低く、類似品が大量生産されているのだ。そして大半のプレイヤーは一所懸命に生産しているのだ。そこから腕の良いプレイヤーを見つけろ等と難題もいいところだ。アリスは変なところで頭が悪かった。


「はぁ……早く武器にしたいんだけどなぁ」


 なんだか随分と疲労を感じたアリスは、近くにあったベンチに腰かけてストレージからエメラルドインゴットを取り出し、なんとなく空へ向けて掲げてみる。金属故に透明感は無いが、ピカピカと日光を反射して宝石とはまた違った美しさがあった。

 しばらくそんな事をして時間を浪費していたが、おもむろに立ち上がると――


「レベリング行こっと」


 最早諦めたらしく、エメラルドインゴットをしまうと南門へと向かうのだった。



 とどのつまり、最後の手段以外に選択肢が無かっただけなのだ。

 それから今日を迎えるまで、武器へ加工出来ないことに対する(理不尽な)苛立たしさをモンスターへぶつけ、その最中は楽しそうに戦い、終わるとまた思い出してモンスターを探しては――という無限ループで狩りまくっていたという訳だ。その戦闘狂染みた様子があまりにも恐ろしかったのか、プレイヤースキルが高いうえにとびきりの美少女だというのに、パーティーへ誘う事が出来る勇者プレイヤーは居なかったようだ。

 アリスがそんなことをしている間に攻略が少し進んでいたが、それ以外にあった変化といえば、彼女を含むゴーレムを撃破したプレイヤーから市場にいくらか出回った『上質な土』や『魔素を含んだ肥料』といったレアアイテムの影響だろうか。

 それらを有効活用出来るのは生産系プレイヤー――その中でもとりわけ農業系スキルを習得している者達だ。用途・効能は単純明快。畑で何かを栽培する際に用いると、育った作物が通常より質の良い物になることである。それならば戦闘系プレイヤーには無用な長物のしょうもないアイテムかと問われれば、案外そうでもない。無論、直接使用することなどまず無いのだが、彼らは戦うのだから当然戦闘ダメージを追う。そして回復の手段が必要となる。それがこの手のゲームでは定番のポーションの類だ。

 つまりはポーションを生産するための薬草の質を上げるアイテムであり、他者を経由することで最終的には自分達に恩恵が返って来るのである。だから当然市場へと流れる。

 結果、少しずつではあるが通常より回復量の多いポーションが出回り始め、最前線を行くプレイヤー達の中にも使用者が出て来ていた。勿論、アリスは購入していないが。

 基本的にポーションをあまり必要としないアリスだが、彼女のプレイヤースキルをもってしてもどうしても必要となるものがある。武具耐久値の回復だ。アリスはある程度狩ったところでそれを実行するために町まで引き返してきたのだが、鍛冶屋へ向かうために通り掛かった中央広場が何やら騒がしい。まだ到達している人数が少ない三つ目の町なうえ、まだ平日の昼間だというのに、大雑把に数えても二十人から三十人程度のプレイヤーが集まっていた。


「何かあったの?」


 気になったアリスは近くの名も知らぬプレイヤーに問い掛けた。


「え? うわ……可愛い……」

「へへへ、ありがと」


 突然のことで、つい本音が漏れてしまった男性アバターのプレイヤーは、アリスが笑うとさらに頬を染めた。


「突然話しかけてごめんね。随分人が集まってるから何かあったのかと思って」

「あ、いやこっちこそ……何でも、あの中央にいるパーティーが早くもエリアボスを見つけたとかで、これからレイド攻略のためのパーティーを募集するんだと」

「ホントに!? もう募集終わっちゃった?」

「いや、今から始めるみたいだ」

「そっかぁ、良かった――」

「集まってくれてありがとう、俺はライル! 最初に告知した通り、エリアボスを見つけた!」


 アリスが安堵の溜息を吐くと直ぐに、中央にいる六人パーティーの一人で剣と盾を装備した典型的なタンク役であろう男――ライルが話し始めた。アリスはありがとう、と小声で質問に答えてくれた彼に礼を述べると、互いに広場中央へと意識を向けた。


「攻略のためのレイドパーティーを組みたいんだが、俺達六人を除き、最後に来たそこの金髪の女の子を合わせて二十八人だ。ここに居る全員が参加ってことでいいかな?」


 その問いに一人ひとりが返事をする訳ではないが、誰一人この場から離れる者は居ない。沈黙を持って参加の意志を表明しているのだ。


「オッケー、分かった。次に参加条件だが、現時点で既にこの町に居るってことは皆それなりのプレイヤーだと思うから、各自を信じて細かな条件は付けない!」


 条件を付けられて弾かれるかもしれないと考えていたプレイヤーも少なからず居たらしく、これには場が少しばかりざわついた。

 それが収まるのを待って、ライルは再び口を開いた。


「よし、じゃあまずはパーティーを組んでくれ」


 その一声で待ってましたと言わんばかりに、各々が声を掛け合ってパーティーを組んでいく。既にフレンド同士になっているプレイヤーも多いのか、すんなりと出来上がっていく。

 一先ずアリスは先ほど質問を投げかけた男性に声を掛けてみた。


「もし良かったら私もパーティーに入れてくれないかな?」

「え? あ、えっと、もう俺ら最初から六人パーティー組んでてさ。君みたいな可愛い子だったらこっちからお願いしたいくらいなんだけど、ほんとごめん!」


 手を合わせて申し訳ないくらい謝罪してくる男性と、そのパーティーメンバーであろう傍に居た五人の男性達は――


「この子入れたいからお前抜けろよ」

「いや、お前が抜けろって」

「ウチのパーティー男ばっかでムサいからな……というわけでお前抜けろ」


 などと冗談半分なのだろうが言い合いを始める始末。


「ふふっ、皆仲良いんだね。それなら仕方ないよ。ありがと!」


 クスクスと笑いながらアリスは彼らと別れ、他に空いていそうなパーティーを探しに行く。別に一人でも構わないけど、と思いながら周囲を見回していると声を掛けられた。


「ヘイ! そこの彼女、一人なんでしょ? よかったら私達と組まない? もう他は空いてなさ気だしさ」

「ん?」


 声のしたほうへ振り向くと、プラチナブロンドに近いアリスよりも彩度の高い金髪をツインテールにした少女がいた。耳は長く尖っており、特徴的なそれから一目でエルフだと判断できる。彼女は両手を腰に当て、膨らみに乏しい胸を張り、子供がえっへんと得意げに何かを自慢するかのごとく立っていた。それはまさに威風堂々とした佇まいだったが、中学生くらいの子が背伸びして大人っぽく見せているようで微笑ましく、なんだかアリスはその少女の頭を撫でてあげたくなった。


「こ、こら! 頭を撫でるんじゃない!」


 いや、気付けば既に撫でていた。憤慨する少女に「ごめんごめん」と笑って謝るアリス。無意識とは時に恐ろしいものである。


「ったく……まあ、許したげる。それで、どう? パーティー組まない? 私達まだ三人でさ」


 少女が親指を立ててクイっと後ろを示す先へ視線を向けると、中々にグラマラスで長く美しい黒髪をサイドテールにした柔和な印象を抱かずには居られない女性と、やや小柄でボブカットの黒髪をした大人しそうな少女が帯同していた。


「うん、いいよ」


 主催が組むように進言しているし、特に断る理由も無いアリスは二つ返事で快諾した。ニヤリとした表情を浮かべた少女がメニューを操作してパーティー勧誘を行い、それに応じることでアリスの参加が完了する。


「私はアリス。長剣で前衛やってるよ、よろしくね」

「おおっと、先手取られたか。そんじゃまあ、こっちも自己紹介しとこっか。アタシはエンジュ。見ての通りエルフで、火力特化の魔法アタッカーよ。よろしくぅ!」

「私は椿つばき。一応、刀で戦う前衛かな。生産もやりたくて、そっちも上げてるから純粋な戦闘ビルドの人に比べたら弱いと思うけど、足引っ張らないように頑張るからよろしくね」

「わ、私はマナです。ヒーラー役やってます。よろしくお願いします」


 自己紹介を終えたところで、アリスの彼女らに対する印象は、パッと見で想定したものからそうかけ離れたものではなかった。声を掛けてきたエンジュはノリの良い悪友という感じだし、椿は優しいお姉さんといった感じで、マナは物静かな妹もしくは後輩っぽかった。

 そしてエンジュは早速ノリの良い悪友さを発揮してきた。


「それにしてもアンタ、天使で剣士ってよくやるわ」

「あ、天使で剣士ってなんか語呂良いね」

「確かに! って、そうじゃなくて……大変じゃない?」

「ん、そんな言うほどでも無いと思うけどなぁ。それよりさ――」


 アリスはエンジュの後ろに居る長い黒髪の美女――椿へと視線を向けた。それに気付いた彼女は疑問の意を呈する。


「椿は生産って何やってるの?」

「私は武具製作してるから鍛冶系かな――」

「レ、レベルいくつ!?」


 その瞬間、アリスはプロのスポーツ選手もかくやというほどの反応速度を見せた。椿が言い終わるが早いか、期待に満ちた目で問いかけた。それは仕方のないことだった。現在、このエリアは攻略の最前線であり、ここに居るプレイヤーはガチガチの戦闘系ばかりだ。そんな中、専門ではないにせよ生産のレベルを上げているとなれば、期待もしたくなるというものだ。

 最初の街――ユピテルでひたすら生産を続けて居るプレイヤーのほうがレベルが高いのではないかという疑問も出てくるが、レア度の高い素材で生産を行うほうがレベルが上がりやすい。だから攻略をしながら生産スキルを上げるということも不可能ではないのである。とはいえ大変なことに変わりは無く、そういった二束の草鞋を履くプレイヤーが少ないのもまた事実。

 だから、こういうプレイヤーのほうが密かにレベルが高かったりもする――という過去の経験から、アリスの期待は膨らむ一方だった。


「昨日の夜にレベル六になったばかりかな」


 その一言にアリスは俯き、で肩を震わせた。

 一方の椿はそれを、当てが外れたという意味に捉え、別に何も悪くないというのになんだか凄く申し訳ない気持ちになっていた。


「ご、ごめんね、アリスちゃん……あんまり高くなくて――」

「ぃやったあぁぁぁぁぁ!!」


 突如、歓喜の大声と共に右手を空へ向かって突き上げたアリス。周囲の目には奇行にしか映らないが、そんなものはお構いなしだ。一様に目を丸くしている最中、彼女は嬉しさのあまり椿の手を握り締めた。


「私にオーダーメイドで剣を作って欲しいの!」

「えっと……」

「ア、アリスさん、少し落ち着いたほうが……」

「そうよ、急にどうしたわけ?」

「あ、ごめんごめん」


 一人テンションが異常に上がっているアリスを一同が落ち着かせる。未だ興奮覚めやらぬ彼女はストレージからエメラルドインゴットを取り出すと、先ほどに比べて大分と落ち着いた様子で訳を話し始めた。


「これ星三の素材なんだけど、今まで加工出来る人を見つけられなくってさぁ。それでずっとモンスタードロップの武器で戦ってたけど――」

「椿が星三を加工出来るって知って喜んだってわけね」

「そゆこと。ごめんね、突然大きな声出しちゃって。マナもびっくりさせちゃったね」

「ううん、大丈夫」

「私も平気です」

「そういうことならぜひ協力させて? 私もまだ星三の素材なんて加工したこと無いから、どんなのが作れるか楽しみだし」

「椿さん、ふぁいとです!」


 初の素材を扱えることやマナの応援もあってか、椿の目は燃えていた。それはもうバーナーから噴出す炎のように。


「あのぉ……盛り上がってるトコ悪いんだけど、アタシら今からエリアボス倒しに行くっていうの忘れてない?」

「……そんなぁ!?」


 ついさっきまでその話を聞いていた――というより、そのためにパーティーを組んだというのに、既にそのことが頭から離れていたアリスはガックリと項垂れた。


「剣の鍛造はレイドボス討伐後のお楽しみって事にしときなさいよ」

「ちぇっ、新しい剣でボスと戦えると思ったのになぁ」

「それにそのほうがアリスさんの攻撃力だって上がりますもんね」

「だよねだよね! マナってば分かってるじゃん!」

「確かにそうだけど、そんなこと言ったって今からじゃ時間無いんだから無理だって、無理!」

「アリスちゃん、終わったらちゃんと作るから楽しみにしてて、ね?」

「はぁい。椿ってなんだかお母さんみたい」

「そんなに老けて見えるかな……」

「ごめん、そうじゃなくってさ。なんていうか……駄々っ子をあやすのが手馴れてるって感じ?」

「あ、やっぱそう見える? この子ってリアルじゃ三姉妹の長女だから、子供相手は大得意なんよね」

「へぇ、そうなんだ。なんかいいね、そういうの」


 アリスは優しいお姉さん(もしくはお兄さん?)なんだなと感心する一方で、彼女達がおそらくリアルでも友達なんだろうと察した。

 それはアリスからすれば羨ましいと思うものであり、同時に足枷となるものでもあった。友人と一緒にプレイする。そこには確かに楽しさを共有することで生まれる――決してソロでは、ネットの世界だけでは得られない別のそれがある。だが現実の亜莉栖の周囲に彼女ほどゲームをやりこむような人間は居ない。それを無理に誘ったところで対等に楽しめることは無いのだ。

 だから彼女達が少し――少しだけ、眩しく見えた。


       6


 PT編成が終わり、作戦会議(というほどのものでもないが)も手早く終えたレイドパーティーは目的地に向けて出発していた。軍隊には遠く及ばないものの、総勢三十四名ともなれば早くも金属鎧を装備しているプレイヤーも居て、歩くたびガチャガチャと音を立てていることもあって中々の物々しさがある。

 このゲームのAIは非常に優秀だ。そんなだから道中のモンスターもそれだけの人数相手に無謀に向かってくることはしてこない。少なくとも、この辺り一帯の野生動物系モンスター達は。AIによるものとはいえ、所謂野生の本能的なものが警鐘を鳴らしているのだ。

 おかげで一行は特にこれと言って戦闘にもならず、安全に目的地へ進攻出来ていた。ただやはりアリスは戦いたいらしく、隣を歩くマナに不満を漏らしていたが。

 そうこうしてしばらく――もう間もなく目的地に着こうという頃、エンジュが口を開いた。


「そんじゃそろそろだし、最終確認しとこうじゃない」


 と言うのはレイドボス戦における各々の役割だ。レイドボスに同時に挑めるのは最大三十六人で、基本は六人一組の六パーティーとなる。今回は三十四人で、アリスたちのそれが四人と人数に欠けていることになる。しかしその内の誰一人として人数不足に触れることさえなかった。アリスはもちろんのこと、他の三人もそれだけ自信があるということなのだろう。

 六つのパーティーにはそれぞれAからFまでの記号が割り振られ、まずはそれ単位で役割が与えられている。CからFがボスの出現と同時に現れる取り巻きの小型モンスターの撃破、主催であるAに加えてタンクが多めなBは最初からボスに当たり、耐久してCからFの合流を待ちながらHPを削る。そして合流後、畳み掛けて一気に倒しきるというシンプルな作戦だった。序盤であるし、嫌がらせのようなギミックも特にないだろうという意見が多く特に反対する者は居らず、すんなりとこの作戦に決まっていた。

 人数の少ないアリスたちは当然ながら、Fパーティーとして取り巻きを相手にする役割を与えられている。


「って言っても私と椿が前衛で引き付けて、マナが補助魔法、エンジュが攻撃魔法撃つくらいじゃん?」

「それはそうだけど、そうじゃなくて!」

「うん?」

「アンタ天使族なんだし、タンクなんかしたらすぐやられちゃうでしょ? かといって椿もそこまで耐久があるわけじゃないし、その辺どうしようかってこと」

「なら三人の時はどうやってたの?」

「私が補助魔法で椿さんのサポートをしてました」

「それで攻撃もしつつ、擬似的な盾役を……って感じかな」

「ふぅん、そっか」


 このパーティーは火力極振りのエンジュが攻撃の要を担っており、良くも悪くも彼女の火力と命中率次第だ、とアリスは認識した。

 今から向かうのは最初のエリアとはいえ、その中において最強のボスが待っている。その取り巻きだってそこらの雑魚モンスターなんかより遥かに強いことだろう。つまり、そこでアリスと椿が二人して同じくらいのヘイトを取って、同じくらいダメージを受けるとマナのMPが足りなくなる可能性が高い。だから盾役は一人にして、もう一人はチクチク攻撃してヘイトが移らないようにしたいというこのなのだろう。


「じゃあ私が盾やるから、椿は遊撃をお願い。それならマナのMPももつだろうし」

「ちょ、アンタ話聞いてた!? 天使じゃ――」

「大丈夫だって。盾って言っても受けるほうじゃなくて回避するほうだし」

「いやそれでもねえ……」

「ねえエンジュちゃん、一度アリスちゃんの言うとおりにやってみようよ。それでダメだったら私が代わるから。アリスちゃんもそれでいいよね?」

「おっけぃ! その時は素直にそっちのやり方に合わせるよ」


 これで正面切って戦える! とばかりにホクホク顔のアリス。一方でエンジュはやや渋い顔をしていた。補助特化の天使で前衛なんかをやっているのに、それでも最前線に居るのだから、彼女だってもちろんアリスが弱いだろうとは思ってなどいない。けれどそれほど強いとも思っていないのもまた事実で、椿にしろマナにしろ内心では似たようなことを思っていた。

 でもそれは仕方のないことだ。

 だって、彼女らはアリスが初日にサヴィッジ・ボクス・ゴーレムを撃破したことも知らなければ、そもそもどの程度のプレイヤースキルを有しているかも知らないのだ。ソレを鑑みれば当然の反応と言えるだろう。

 そんな話をしている内に総勢三十四名からなる傭兵団のような一行は、いつの間にかサヴィッジフォレストにも似た雰囲気の森の中を移動していた。


「着いたぞ! ここがボス部屋だ!」


 前のほうからライルの声が聞こえる。それだけで、つい先ほどまで比較的賑やかだった雰囲気が一転、ピリピリとした緊張感が走る。皆が真剣になっているのだ。しかし、その中でアリスだけは鼻歌でも歌いだしそうなくらいに上機嫌なままだった。

 人によっては真面目にやれと怒る者も居るかもしれないが、決してアリスが真剣でないわけではない。むしろその逆――この場の誰よりも真剣ですらあった。だからこそゲームを楽しむ気持ちを忘れていないのだ。ただそれが笑顔となって表面に現れているだけにすぎないのである。

 ボス部屋と言ってもそれは便宜的なもので、壁や天井があって本当に部屋の体を成しているわけではない。サヴィッジ・ボクス・ゴーレムの時と似たような、森の中にだだっ広い空間があるのだ。ただ違いはある。三十メートルはあろうかという大木がランダムに何本もそびえ立っているのだ。

 風は無く、まさに嵐の前の静けさと言うべきか、あまりの不気味さで嫌な汗が流れるプレイヤーも少なくなかった。


「覚悟はいいな、突入!」


 ライルの号令と共に、全員がボス部屋に突入する――直後、中央付近の地面に影が出来たかと思うと、ズシン! と地面が爆ぜるような音と強烈な震動がアリスたちを襲う。


「グルオオオォォォォォォ!!」


 大木から飛び降りたソレ・・が、着地した際の衝撃音よりもさらに大きく雄叫びを上げた。力強いそれは聞いたものを威圧する。事実、幾人かは恐怖を感じているらしく、足がすくんでいるようだ。

 アリスたちの眼前に姿を現したのは全高五メートル程、全長に至っては軽く十メートルを越えているであろう、暗い黄色に黒の斑点模様をした巨大な肉食獣モンスターだった。巨体のわりには少し短めの、体色よりも明るい黄色のたてがみなびかせ、白い牙を剥き、硬質化した爪はまるで金属で作られた武器でも装備しているかのようだ。

 まさにこの森の王者に相応しい威風堂々とした佇まいをしたボスは、侵入者は許さないとばかりに怒りを露にしているかに見える。

 そして何処からともなく取り巻きが現れる。数は四体。姿はボスモンスターの幼体という印象で随分小さい――といっても、現実の雄ライオンくらいはあるのだ。プレイヤーにとっては決して小さいと言えるサイズではなかった。


「じゃあ――行っくよ!」


 その中で一番近い取り巻きモンスターに狙いを定めたアリスは剣を抜き放ち、迷わず駆け出した。

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