Stage.003 猛き森の番人
3
最初のキラービー戦以降、幾度も戦闘があった。蜂以外にも森のダンジョンということもあってか、サルや鳥、時にはリスやヘビ等がモチーフと思われるモンスター達が出現した。最も、決して可愛いと言えるようなデザインではなかったのだが。
雑魚モンスター相手とはいえレベル的には格上の相手をしていただけあってか、アリス達もレベルアップを数度繰り返し、アリスは十七に、サーニャは十五へと到達していた。おかげでモンスターとの能力差も少しずつ埋まり、特にサーニャは成長著しい様で場数を踏んだことも併せ、だんだんと危なげない立ち回りが出来るようになっていった。
「そろそろかなぁ」
「……何が?」
アリスが少し楽し気にボソッと呟くと、若干ジト目になりかけたサーニャが疑問を投げかける。アリスとは非常に短い付き合いだが、サーニャは既に少しだけ理解していた。通常、元気いっぱいの彼女がああいう呟きをした時、大抵碌な事を考えていないということを。
「絶対何かあるでしょ?」
「なんでもないよぅ」
「正直に言いなさいよ」
「まあまあ、もうすぐ着くから分かるって」
そうやって誤魔化され続けること数分――ついにサーニャは答えを聞き出せなかった。アリスの目的地であろう、大森林の中にありながら厭に開けた場所へと辿り着いたのだ。
「もうなんか見るからに嫌な予感しかしないのだけど……」
「へえ、サーニャってそういうの感じちゃうタイプ?」
「だって森の中に突然こんな場所が出てきたら、誰だって疑うでしょう?」
「ふぅん、そういうものなのかな? まあ
アリスの言葉を遮る様にして、突如、不気味な地響きと共に大地が流動を始めたかと思うと、盛り上がって土塊となっていく。
「な、何? どうなってるの?」
「もうすぐ終わるから、まあ見てなよ」
慌てふためくサーニャとは対照的に、
土塊は二人の前で次第に何かを形成し始め、やがては太い手足の生えた五メートル程度の土人形――ゴーレムとなった。
「ボ、ボス!?」
「大正解! サヴィッジ・ボクス・ゴーレムだよ」
「これって二人で倒せるものなの?」
「んぅ……多分!」
「多分ってどういうことよ!!」
「もうほら、ごちゃごちゃ言ってないで行くよ!」
「あ、ちょっと!」
やっぱり碌な事にならなかったと溜め息を吐くが、もう戦闘になってしまった以上止めようがないし、何より同行を申し出たのはサーニャ自身だ。アリスと出会ってから振り回されてばかりだが――
「アリスは生粋の戦闘バカだと思うけど、私も大概ね……」
こんな状況に対して少し楽しさを感じてしまっている自分自身に対して、もう一度深く溜め息を吐くと、颯爽と駆け出して行ったアリスの背を追った。
「先手必勝!」
ゴーレムはまだ形成されたばかりで動き出していない。間違いなく先制攻撃を仕掛ける絶好の機会だ。
全速力で駆けたアリスは初手からコンバットアーツを発動、水色のエフェクトが刀身に宿った。すると、全速だったアリスが剣を突きだし、跳ぶ様に地を蹴って更に加速した。キラービーにも使用した突進系のコンバットアーツ・アンスロートンだ。
瞬く間に接敵し、ゴーレムの胸部中央へ根元まで剣が水平にめり込む。僅かに見えている刀身は水色のエフェクトを放っているが、そこから続けて青白いエフェクトに変わり、十字二連撃コンバットアーツ・グランドクロスへと繋がる。
めり込んでいた剣をそのまま右へ薙ぎ、振り上げ――即座に袈裟斬りへと派生させて追撃を加えた。
と、そこで形成されたゴーレムがようやく動き始めた。自らの胴体部で好き放題に剣をブン回しているアリスを排除すべく手を伸ばす。
(まだ行ける!)
グランドクロスを終えたアリスが、三度目のコンバットアーツ――クレセントムーンを発動させる。刀身に橙色のエフェクトを纏わせ、グランドクロスの袈裟斬りから逆袈裟に返す刀で斬り上げる。そこでゴーレムを壁に見立てて蹴り、宙へと身を投げ出す。
今の今まで好き放題に攻撃をしていたアリスが離れたことでゴーレムは自身を殴打することになり、彼女の連撃に加えて自爆ダメージが加算される。
「はぁぁあああ!!」
自爆により出来た隙にタイミング良く、遅れてきたサーニャが攻撃に加わった。初手はアリスと同じく突進系コンバットアーツのバスターズチャージを使用して素早く――無論大剣の重量故にアリスよりは遅いものの、それでも通常よりも加速された動きで水色のエフェクトを放つ大剣がゴーレムの腕ごと胸部へと豪快に突き刺さった。それに見合うだけの威力があるのか、ゴーレムの後方へ地面を抉るかのように衝撃波が衝き抜け、そしてバランスを崩して後ろへ倒れ込む。最重量武器の一つである大剣ならではの派手さは流石というところか。
「ああもう、抜きにくいわね!」
転げたゴーレムの上で長大な剣を抜くのにいくらか苦戦したサーニャだが、何とか抜ききり――橙色のエフェクトが刃を包み、威力重視の単発コンバットアーツ・フェイタルインパクトで緩慢な動きで立ち上がろうとしているゴーレムへ追撃を見舞う。
バスターズチャージよりも一層派手に炸裂したそれはゴーレムのHPを大きく奪った――が、やはりボスだけあってか五つものコンバットアーツを叩き込んでも、三本あるHPゲージの内一本の半分しか減らせずにいた。
「下がって!」
サーニャが攻撃していた間にMPポーションを飲んでいたアリスが短く指示を飛ばすと二人が入れ替わり、まだ起き上がっている最中のゴーレムへ彼女が更なる追撃をかける。
今度は接近のためも兼ねてアンスロートンでの突進攻撃を敢行した後は、通常攻撃主体に切り替えたようで数度斬りつける。その間に立ち上がったゴーレムはアリスを押し潰そうと右の掌を叩きつけた。
ズドン! と大地を揺らす一撃は土煙を巻き上げる。後退していたサーニャは思わず息を飲んだ。二人はレベルこそ上がっているが、装備自体は貧弱なままだ。あの一撃を貰えばひとたまりもないだろうことは容易に想像出来た。
次いでハッと意識がアリスへ向くが――
「残念でした!」
なんと、彼女はゴーレムの指の間を華麗に潜り抜けて飛び出してきたではないか。そのままゴーレムの右腕を駆け上がる。アリスとしてはアンスロートンで一気に駆け抜けたいところだったが、残念ながらリキャストタイムが残っており使用が出来なかった。さっき使わなければよかったと、先ほどの自分につい舌打ちをしてしまう。
何秒か過去の自分を責めている間にゴーレムの頭部まで到達したアリスは、目の様にも見える翡翠の物体へ通常の斬撃で幾度も的確に斬り裂いていく。そこは弱点だったようで、先ほどまでの通常攻撃よりもダメージ量が増加していた。
その間に接近していたサーニャが左側面へ回り込んで大剣を振りまわし、脇腹の辺りを二度、三度と斬りつけてさらにHPを奪う。
ゴーレムも叩き潰そうとすると避けられて自爆すると学習したのか、今度は暴れて回って二人を振り払おうとし、これにはアリスもたまらず飛び退いた。一方のサーニャは回避が間に合わず、腕が直撃――するかに見えたが、ガギンと鈍い金属音だけがした。
「サーニャ!」
「だ、大丈夫よ……なんとかね」
咄嗟に大剣を盾代わりにすることでダメージを軽減していた。しかしガード系のコンバットアーツで防いだわけでもなく、ただ単に剣をクッション代わりにしたに過ぎないためHPゲージが八割程削られているのが確認出来、ただ腕を振り回していただけにも関わらず、剣が無ければ即死級の威力だったことを伺わせる。
「この後少し間があるから、今の内に一応HPポーション飲んでおいて」
「どうして分かるの?」
「いいから早く! まだ残ってたよね?」
「え、ええ……それにしてもなんだか思っていたよりあっけない感じね。これなら問題無く倒せそうだけど」
「そうだったらすんごい楽なんだけどね」
「え?」
ここまで順調にHPゲージを減らしてきた。順調すぎるあまり多少の不気味さはあったが、アリスの口振りから推察するに、何かが起こるのだろう。HPポーションを飲み終えたサーニャは怪訝そうにゴーレムへ意識を向けた。
するとゴーレムが自分の体を抱きしめるように丸くなった。
「転がってくる……とか?」
「そんな優しいものじゃないよ」
サーニャは訳が分からないといった様子で尚もゴーレムを見つめる。
丸まったゴーレムが動き出す直前――
「キャストオフ――なんちゃって」
アリスが喋れないゴーレムの心情を代弁したかのように言い放った。その刹那――ゴーレムが体を大きく広げると同時に、大砲が発射されたかの如く轟音が響き渡り、その体を構成していた土塊が周囲に飛び散った。
当然それには攻撃判定が存在し、食らえばしっかりとダメージを負う。あの太い腕で殴られるよりはマシかもしれないが、破片が飛び散っているのだからいくつか当たれば致命傷となる。それは避けなければならない。
突然のことでサーニャは体を動かすことはおろか目を瞑ることもできず、自分に破片が飛んでくる様をただ見ていた。このままではHPを全損してしまう。そんなことを考える暇すらない。
と、即座に前へ躍り出たアリスがサーニャに飛来する分まで、ただの一つも漏らす事無く器用に剣で弾いていく。全方位な分、土塊の弾幕は薄い。幾度かの衝撃音がした後、そこには無傷の二人が健在だった。アリスが全てを斬り払い、自身とサーニャを守り切ったのだ。
「大丈夫だよね、サーニャ――ねえ、聞いてる?」
問いかけても呆けて返事の無いサーニャに再度問いかけると、彼女はハッと我に返った。
「ごめんなさい、ボーっとしてたわ」
「ここからが本番だからね。あのゴーレム、ダイエットしてスリムになったから疾くなるよ」
そう言われるままに見れば、今の今まで巨漢という言葉がぴったりな程にでっぷりとしていた姿形は見る影もなく、体躯は上半身がややマッチョな感じだが細身の人型になっていた。
「作戦は変わらないから、隙見て攻撃よろしく!」
それだけ言うと、アリスとゴーレムは同時に駆け出した。速度自体は今だにアリスの方が上だろう。それよりも問題はゴーレムだ。先ほどまでの鈍重さを思うと、とてつもなく速くなっておりサーニャは驚愕せずに居られない。
最早別のモンスターと言われてもおかしくない程の変貌を遂げたゴーレムは、ボクシング選手を彷彿とさせる構えを取り、左腕で何度もジャブを打ち込んでくる。だが速度で上回るアリスは意にも介さず、俊敏な動きで左右に上手く躱しながらどんどん接近していく。そこには微塵も迷いが無く、見る者を魅了するほど洗練された動きだった。事実、サーニャも何時の間にか見惚れているようだった。
距離が詰まり、後少し――というところでアリスは体をやや沈ませた。次に強く踏み出すための一瞬の溜め。
「危ない!」
アリスの動きに見惚れてしまっていた彼女は微動だに出来なかった。だからこそゴーレムの動きが見えていた。しかし、見えていただけだ。行動など起こせない。
出来たのは――ただ叫ぶ事。
アリスに生じたほんの僅かな隙。そこを狙ってゴーレムから右ストレートが放たれた。
そんな中、当のアリスには微塵も焦りが見られない。よく見れば薄っすらと笑みすら浮かべている気さえした。
それは気のせいではなかった。
「ジャブも当たらないのに大砲なんて厳禁だよ!」
アリスの動きは
「次でキッチリ決めるからね!」
再び腕を駆け上がっていく。
そんなことはさせまいとばかりに、機敏な動きが可能となったゴーレムは腕上のアリスのみに狙いを絞り、左腕で殴り掛かった。
「アリスッ!!」
サーニャが再び叫び――今度は駆けた。
アリスがあの直撃を受ければひとたまりもないが、援護など到底間に合わない。アリス自身が何とかするより他に無い。しかしそんな保障がどこかにあるはずも無い。
ここへ来るまでは決して長いとは言えず、むしろ短いとしか言えないような時間だったが、サーニャは驚愕に値するアリスの常人離れしたプレイヤースキル(実際常人離れしている)を幾度か目の当たりにしている。己が眼で見たものなのだ。信じるにはそれで十分だった。だからここで一気に仕留められると信じ――仕留めると決意し、突貫した。
固いものが擦れ合う音が響いた。
火花が散った。
アリスは襲い来るゴーレムの拳に合わせてジャンプし、クレセントムーンを上から思い切り叩き付けていた。ぶつかり合ったその反動で彼女の体が持ち上がり、空中へ投げ出される――が、そこは上手くバランスを取ると、くるりと前方宙返りで左腕に跳び移っていた。
拳を打ち切った刹那の瞬間、そこは動かない絶好の足場となった。
「言ったでしょ、次でキッチリ決めるって!!」
突進系コンバットアーツであるアンスロートンを発動させ、足場となった腕を思い切り蹴った。弱点であろう頭部へ一直線に跳躍する。もう、彼女の行く手を阻むものは何もない。
プディングをスプーンで掬う時の様に、突き出されたその一撃は何らこれといった抵抗も無く、寸分違わず頭部の翡翠色をしたコアへ吸い込まれた。
直後、ゴーレムはアリスを振り落とすためにもがいた――いや、もがこうとした。
「てええええいっ!」
サーニャがそれを狙ってやったとは到底思えない。ビギナーズラックと言うべきか、彼女のバスターズチャージが守りの疎かになっているゴーレムの
それを好機と見るや、すかさずサーニャはフェイタルインパクトを同じ場所に見舞い、さらに攻め立てる。更なる轟音と共にゴーレムがよろけて一歩後ずさった。
アリスの剣が頭部に刺さったままになっており、彼女が振り落とされなかったのもまた幸運と言えるだろう。怯んだ隙に剣を引き抜くと、彼女お得意のグランドクロスとクレセントムーンによる連撃を放ち、大きくHPを削り取った。
だが、まだ倒してはいない。僅かにHPが残っている。
ゴーレムが攻撃を再開する。アリスを一撃で倒すべく大きく振りかぶり、最早自分に当たろうが構わないといった様子で殴り掛かった。
「これでっ!!」
アリスが逆手に持った剣を顔面目掛けて突き立てた直後――風圧がアリスの髪やスカートを揺らす。
迫り来ていた拳はアリスに届く寸前でその動きを止めていた。先にゴーレムのHPが尽きたのだ。
HPを失ったゴーレムはゆっくりと腕を垂らし、体を構成していた土塊が崩れ落ちていき――やがてポリゴンの破片へと還った。
足場を失くして落下するアリスだが、持ち前の運動能力を遺憾無く発揮し危なげなく着地した。同時にファンファーレが鳴り響き、ダンジョンボス討伐成功のリザルトが表示された。
「や、やった……?」
サーニャが俄かには信じられないといった様子で呟いた。
剣を鞘に収めたアリスが振り返って笑い、歩み寄ってくる。
「サーニャ、お疲れ様! やったね、倒したよ!!」
「ほ、本当に倒した、のね……」
「うん、そうだよ。それにしても最後の二発、あれ狙ってやったの?」
「最後のは無我夢中で……アリスがここで決めに行くって感じだったから、少しでもダメージを与えられればと思ったのだけど、駄目だったかしら?」
「ううん、逆だよ逆。後半のボクサーモードになると、右脇腹の辺りが動きを止めるための弱点みたいな扱いになるんだよ。ボクシングで言うリバーブローってやつだね。だからあれを狙ってやってたら凄いなと思って」
「流石にそこまで考えて無かったわ」
「まあそうだよね」
「というか――ねえ、アリス……それって最初から教えておいてくれればよかったんじゃないかしら?」
「えっ? だって最初から攻略法なんか教えたらつまんないじゃん」
爽やかな笑顔で答えるアリスとは対照的に、サーニャにはギャグ漫画の如く怒りマークが二つも三つも張り付いていた。
「アァァリィィスゥゥゥゥゥ!!」
「わっ、サーニャが怒った!」
アリスはからかう様にけらけらと笑って逃げ出し、サーニャが鬼の形相で追いかけていく。当人達は至って真面目に逃走と追走劇を繰り広げているのだが、もしこの光景を見た者が居たのならば、なんとも楽しそうに追いかけっこをしているようにしか見えなかったことだろう。そんな茶番はサヴィッジフォレストの入り口に着くまで続いたのだった。
「おっつかれさまぁ!」
「お疲れ様。同行させてくれてありがとう」
「別に良いよ、お礼なんて。私も楽しかったし」
元来た入り口に辿り着いたところでパーティーを解散し、別れることとなった。別れ際に何やらサーニャが仕切りにアリスの様子を気にしてチラチラと見ていたのだが――意を決したのか切り出した。
「ね、ねえ……」
「ん?」
「これでお別れっていうのもアレだし……その……」
このままパーティーを組んだままにしない? と続くはずだった。それは何かに気付いた様にポンと手を叩いたアリスによって叶わなかった。
「ああ、フレンド登録ね! 忘れてたや、しようしよう!」
「え? あ、そうね……」
少し残念そうにするサーニャだが、アリスにはずっとパーティーを組んだままにするという選択は無いのだと思い至り、引き下がることにした。
「いつでも連絡頂戴ね! それじゃ!」
颯爽と去っていくアリスの後背を見送りながら、サーニャはゴーレム戦のアリスを思い出していた。自ら危険に飛びこんでいく勇ましさ、自分や仲間を守る広い視野、戦闘中でも見せるユーモア、ゲームを全力で楽しむ心、そしてそれらを支えている根底にある抜きん出たプレイヤースキル。
「私の性格じゃユーモアは無理かもしれないけれど……」
少しでも近付きたいと――憧れの様な感情を抱かずには居られないほど眩しい、そんな少女だった。いつか、彼女の横に並んでも恥ずかしくないプレイヤーになりたいと決意を新たにしたところで――
「それにしてもアリスってどこかで見たことあるような……気のせいよね?」
ぼんやりとそんなことを考えながらも戦利品のチェックに勤しむのだった。
4
サーニャと別れたアリスは早々に街へと帰還していた。向かうは、おそらくヒルダが居るであろう教会。
相変わらず人でごった返してる広場に若干の溜め息を吐きながらも、スルスルと器用にぶつからないよう潜り抜け、然程時間を掛けることもなく目的地へと辿り着いた。
「外には居ない……のかな?」
不審者と間違われて通報されそうなくらいに辺りをキョロキョロと見回すが、ヒルダらしき影は見当たらない。祈りでも捧げているのかと中も覗いてみるが、やはり居ないようだ。
「よく教会に居るとは言ってたけど、いつも居るわけじゃないだろうし……住所とか聞いておいた方が良かったかなぁ」
住所を聞いてあったら分かったのかという、そこはかとない疑問は置いておくとして、アリスはクエスト完了報告を後回しにする気は更々無い様で、絶対に探し出す腹積もりのようだ。一先ず出会った場所が商業区だったため、そちらへ向かうべく足を延ばしかけた時だった。
「あら、お嬢ちゃん」
「ん……? あ、ヒルダさん!」
一瞬キョトンとしたアリスの視界に映り込んだ教会の敷地へ入ってきた老婆は捜索目的の人物だった。相変わらず人の良さそうな笑顔で話しかけてくる。
「すぐ行っちゃったから心配してたけど、何か忘れ物でも取りに来たのかい?」
「ううん、もう行って帰ってきたの!」
「そうかい。森の主には会えたかい? 急がないからしっかり地力を鍛えてから挑んでおいで」
どうもヒルダはアリスがまだ森の主――サヴィッジ・ボクス・ゴーレムに出会えていない、或いは戦闘になったがすぐに撤退してきたと思っているようだった。高度なAIを搭載しているからこそ、そう思うのは無理もないことだった。なぜならアリスが飛び出して行ってから凡そ一時間。NPCの中では強敵と認識されているであろうモンスターをもう討伐して戻ってきたなどと夢にも思うまい。
「うんとね、もう倒しちゃったんだ。一応これが証拠かな」
そう言って差し出したのは、ドロップアイテムとして入手したゴーレムの翡翠核。やや透明感のある宝石のような物体だった。
それを手渡されたヒルダは目が飛び出そうだった。これがギャグ漫画であれば間違いなく飛び出していたことだろう。それくらい衝撃的な報告であり、驚愕のあまりしばし無言で佇んでいると――
「でもごめんなさい。私一人で倒したんじゃなくて、森で仲良くなった子と二人掛かりだったからズルしちゃったの」
事実を伝えて謝ってくるアリスを前にようやく再起動したヒルダはそれを制する。
「いいんだよ。そうやって仲間の協力を得られるのもお嬢ちゃんの力の一つさ」
「そ、そうかな……えへへ」
「私からのクエストをクリアしたお嬢ちゃんには、ちゃんと報酬を渡さないとね。ほら、これを持ってお行き」
渡されたのはゴーレムの翡翠核と同じ色をした金属の塊――エメラルドインゴット。レア度は星で表わされており、この素材は星三だ。まだゲームは序盤も序盤――あらゆる素材が星一ばかりで、稀に星二がある程度。そんな中での星三だ。とてつもないレア素材であることは一目瞭然だった。
「こ、こんなの貰っちゃっていいの?」とアリスは目を丸くする。
「構いやしないよ。どうせ今の私には使い道の無い代物さ。それにこれはお嬢ちゃんの今日の頑張りと、これからに期待を込めて――ね。だから気にせず持ってお行き」
「わあ……ありがとう、ヒルダさん!」
「はっはっは! 若者はそれくらい素直な方がこっちも気分が良いよ。それじゃあ私は日課のお祈りをしてくるとしようかね。またそのうち私の暇潰しに付き合ってくれると嬉しいよ」
「うん! いつでもおっけぃだよ!」
システムからクエスト『乙女の欠片・一』を完了したことが告げられ、ヒルダは教会へと入って行った。
「変わった報酬でも貰えるかなとは思ってたけど、まさかこんなの貰えるなんて。次はアリスクエスト、これを扱える鍛冶師を探せ! だね」
などと、自分で自分にクエストを発生させ、アリスはルンルン気分でスキップしそうな勢いの下、商業区へ向かうのだった。
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