Stage.002 出逢い
人は一人だけれど、独りではない
知らない誰かとでさえ、きっとどこかで繋がっている
いつか平等に訪れる離別は、別の道へ進む分岐点でもある
だからその一つひとつをかみしめて
1
一先ずレベリングを終えたアリスは街へと帰還していた。
そして予定通り昼食タイムとなっていたのだが――あらかじめ用意してあった、大好きなタマゴたっぷりなサンドウィッチと野菜ジュースをあっという間に胃に収めて戻ってきたアリスの再ログインに要した時間は、なんとたったの五分だった。家族が居合わせれば何かしらの注意を受けそうな早食いだが、生憎と今は夏休みで彼女は一人で家に居る。自由気ままに廃ゲーマー生活を送れるのである。
再ログイン後、相も変わらずリアル過ぎる世界に感嘆の溜息が零れる。気持ち良いほどに澄んだ青空には雲一つ無く、まさに快晴だ。そこにはただ何の変哲も無い水色があるだけなのに、まるで日常生活で心に溜まった不純物が浄化されていくかのようで、ずっと見ていたいという欲求さえ沸かせる魔力さえあった。
五秒か十秒か――あるいはそれ以上か。特にこれといったきっかけがあるわけでもないが、ふと、アリスは我に返った。
「おっとと、こんなことしてる場合じゃなかったや。まずはアイテム整理しないといけないし、商業地区へ行ってみようっと」
そうと決まれば早速、街の西側へと足を運ぶ。商業地区というだけあって武具、消費アイテム類、飲食、雑貨等の様々な店が並んでいる。すぐに店へ入ることはせず暫く歩いて回ると、プレイヤーの露店も散見している。
商業地区においてNPCが店を構えているのに空き家がいくつもあるということは、後々プレイヤーが購入して自分の店を出せるようになるのだろうかと思案する。アリス本人は自らの店を持つことなど微塵も考えていないが、店を色々見て回るのは好きだった。やはりこの辺はゲーマーといえども女の子の性だろうか。近い将来、どんな店が出来るのかと早くも楽しみの一つとなるのだった。そうなった場合、NPCショップは売り上げがガタ落ちなんじゃないかとか、それで店をたたんでしまうんじゃないかといったことをそこはかとなく心配をしたものの、すぐに忘却の彼方へと葬っていた。
NPCショップは入店しなければ品を見ることが出来ないが、プレイヤーの露天はそうではない。品がむき出しで並べられている。とはいえ初日だ。アリスが拾ったものと同じような素材アイテムだったり、初期装備や店売りの品よりは多少マシな性能をしているであろう程度の、モンスタードロップの装備品が少量並べられていた。
「新しい装備欲しいなぁ。でも最初の内の装備なんてどれもあまり変わらないし……でも欲しいなぁ――いやいや駄目だ私、我慢我慢」
このゲーム、モンスタードロップで装備品が直接ドロップもするのだが、確率はかなり低目だった。というのも基本的にはプレイヤー自身で素材から作って欲しいと運営が考えているためだ。
アリスは誘惑に負けじと頭を左右へ振ると、それから逃げるようにして目に付いた近くのNPCが経営する雑貨屋へと駆け込んだ。
「いらっしゃい」
迎えてくれたのは五十歳前後くらいであろう初老の男性。チュニックのような服に包まれたふくよかな体型と、にこにこと笑顔を浮かべていて優しげな印象を受ける。アリスが彼の居るカウンターへと歩を進めると、古ぼけた木造の建物は歩くたび小さな軋みを上げる。しかし、それがかえって情緒を生み出し中世らしさを感じさせた。
「こんにちはっ! 素材の買取をお願いします」
「はいよ、カウンターへ来ておくれ」
店主なのかは分からないが、ともかくその男性に従ってカウンターまで移動したアリスの前に「売却を行いますか?」という白いウィンドウが表示される。迷わず「Yes」をタップすると、それは自身の所持品一覧へと切り替わった。現在は全ての表示になっているが、カテゴリ別表示も可能になっているようで、どんどん切り替えて選別していく。
「うぅんと……装備類は拾えてないし、ポーション類は一応取っておいたほうがいいよね。やっぱ売るのは素材系だね。これとこれに――あとこれでしょ」
そこそこの数を拾っていたアイテムを次々と売却リストへ追加していく。慣れた手つきで取捨選択に迷いがなく、やはりゲームをやりこんでいるプレイヤーなだけはあるだろうか。
「随分とまあ沢山あるんだな」
「ん? はい、いっぱい狩ってきたから」
「そうかいそうかい」と、男性は元気に返事をするアリスに微笑を浮かべる。こうしてNPCのほうから話しかけてくるのは他のVR型ゲームにも無い特徴の一つであり、全てのNPCにより高度なAIが搭載されていることに起因する。それだけでなく、彼らにはこのゲーム世界での人生がある。それはつまり裏を返せば、NPCであってもモンスターに襲われて命を落とせばそれまでなのである。大抵のゲームであれば時間経過でリポップすることになるのだが、変なところでリアルさを求めているこのゲームでは異なる。最も、突然病気になって死ぬというようなことはないため、その辺りはやはりゲームなのだが。
つつがなく売却を終えると、数が数だったこともあり所持金は一気に増えた。装備の更新に使うべきかどうかを思案し始めたところで、アリスはこの店が雑貨屋であることを思い出す。
「おじさん、ちょっと商品見てもいい?」
「好きなだけ見ていくといい。お嬢さんのように可愛い子なら大歓迎さ」
「おだてたって買うものが増えるわけじゃないんだからね!」
「ははは、そりゃ残念だ」などと会話を弾ませながらも、それからしばらく店内を一人でも楽しそうに物色していたアリスの目に、
「なになに……名前は『乙女のバレッタ』。MPが一〇パーセント増加! 序盤は効果薄いけど後々結構役立ちそうだし――なにより可愛い! ねえおじさん、これ試着してもいいかな?」
「かまわんよ」
二つ返事で快諾してくれた男性に礼を述べると早速、近くにあった鏡でチェックしながら左耳の上よりも少し前辺りへ着ける。
「こんな感じかなぁ」
「お嬢ちゃん……」
「んぅ?」
「ああいや、とてもよく似合ってるなと思ってね。いいもの見せてもらった礼だ、一割引きにしてやろう」
「ホント!? よしっ、買った!!」
「よしっ、売った!」
初めての装備品購入が割引込みでも千八百ゴールドもするアクセサリーになるとは思ってもいなかったアリスだが、そこそこ役立ちそうな性能とドストライクな見た目に大変満足していた。財布への大ダメージと引き換えに、メンタルには強力なブーストを受けたのだった。
「それにしてもβのときはこんなアクセなかったよね。正式サービスからの追加かなぁ? もしくは先に買われちゃってたとか? なんにせよ良い買い物だったね!」
店を後にしたアリスは早速アクセサリー枠へ装備し、ルンルン気分で中央広場へ戻るべく向かっていると――
「うわっと!?」
建物の影から出てきた何かにぶつかってしまい尻餅をついた。
「いたた……あ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!!」
何にぶつかったのかとそちらへ視線をやると、赤いカーディガンを羽織り、アリスよりもややくすんだ金髪をした年配の女性だった。近くに落ちている杖はどうやら彼女のもののようで、それを拾うと慌てて手を差し伸ばした。女性はアリスに捉まって立ち上がると、何事もなかったかのように杖を受け取った。その様子を注意して観察していると、どうやら向こうも軽く尻餅をついた程度のようで、大事には至ってないようだ。
「ごめんなさい、注意散漫でした」
「いいんだよ。私もちゃんと前を見てなかったんだからねぇ」
「いいえ、私が悪いんです。あの……お婆ちゃん、足は大丈夫?」
「これは昔ちょっとね。大丈夫だから構いやしないよ」
「本当にごめんなさい」
「お嬢ちゃんは若いのにしっかりしてるねぇ」
礼儀正しく謝罪してくるアリスに、年配の女性も感心したように優しげな表情を見せる。
「そこまで言うんだったら、一つ頼みを聞いてくれるかい?」
「はい、私でよければ」
「街から北へ向かうと『サヴィッジフォレスト』という魔物が沢山居る森があるんだけどねぇ、そこの最奥に居る森の主を退治してきてくれないかい?」
女性がそう言い終えると、同時にクエストが発生したことを示すウィンドウが表示される。
「クエスト――『乙女の欠片・一』? こんなクエストもβの時にはなかったと思うけど……私が知らないだけ? まあ受けて損するようなものじゃないし……」
なにより、このクエストを完了することで少しでも謝罪になるのならと、アリスは快諾した。
「急ぎはしないからいつでもいいよ。ああ、私はヒルダというんだけど、よく教会にいるから悪いけど討伐できたらそこまで来てくれるかい?」
「私はアリスっていうの。それじゃ、今から行って来るね!」
「そ、そんなに急がなくてもいいんだよ、お嬢ちゃん?」
見たところ、お世辞にも十分とは言えない貧相な装備にも関わらず、何をとち狂ったか直ぐに行くというアリスに、いくら自分から依頼したとはいえヒルダが血相を変えて静止しようとする。
「大丈夫だよ。私、強いから! じゃあ行って来ます!!」
「あ、お嬢ちゃん……」
呟くヒルダの声は街の喧騒に掻き消されて届くことはなかった。走り去っていくアリスに伸ばした手は虚空を掴み、ヒルダは呆然と一人立ち尽くしていた。
2
アリスはヒルダと別れてすぐ、中央広場の噴水まで戻ってきた。多数のプレイヤーが狩りのためにフィールドへ赴いているが、それでも尚、街中には人が溢れていた。自分付近のNPCには頭上にアイコンが表示されので判別が出来る。しかしある程度離れるとそれが無くなってしまうため判別が困難となる。これもまた運営チームが極力リアルさを出そうとした結果の一つと言えよう。
そんな彼らの情熱と努力に対するユーザーからの良し悪しの評価はさておき、アリスは相変わらずのリアルさに感心しつつもスルスルと雑踏を潜り抜けて苦も無く南の門まで辿り着いた。
「一応確認しておこうっと」
メニュー画面を開いて装備や回復アイテムの最終確認を行う。
これから向かうのは午前中に戦っていた、フィールドにポップする雑魚モンスターよりも強いモンスターが出現する
ストレージ内の回復アイテムはゲーム開始時から所持している低級HPポーションと低級MPポーションが各五個。先ほど購入した乙女のバレッタはちゃんと装備済みだ。
強いモンスターと戦いに行くのだから、大抵はもっと用意するのがセオリーかもしれない。しかしアリスは――
「これだけあればいいよね。使わなかったら買ったお金もったいないし」
などと口走り、もったいない精神の名の下、本当に何も購入せずにサヴィッジフォレストを目指して駆け出した。
街を出てすぐ、アリスの視界には何体ものピグやバッファ・ローが映りこむ。平時であれば即座に斬り掛かって経験値にしてしまうのだが、今はヒルダから請負った
視界の端へ端へ――そして見えなくなっていくモンスター達。
「ああ、もったいない」と残念がりながらも体感にして十分から十五分程度走ると、周囲の景色は野原から森――というよりは林と呼ぶ程度に木々が集まったものとなっていた。景観こそ何の変哲も無い林で特筆すべきようなものはないが、少し埃っぽい街の空気と違って瑞々しさを感じるそれは、その場にいるだけでなんとも爽やかな気分にさせてくれる。
林へ入って数分、目的地の二十メートル程手前でアリスは足を止めた。ここまで走ってきたというのに息が乱れていなければ、汗一つかいていない。この辺もやはりゲームといったところか。
それはともかく、目的地には迷うことも無く最短ルートで到着した。そこは林の中にあって他よりも木々が密集していて特異な雰囲気を漂わせている。
しかしアリスが足を止めたのはそれが理由ではない。そこがフィールドダンジョン――
なのに止めた。
先客が居たのである。
まだ後姿しか見えないが、ふわっとしてボリューミーなアリスの髪と違って癖のない銀髪が腰の辺りまで伸びており、即頭部にはなにやら黒い突起のようなものが視認出来た。そして特徴的なのは、もし現実でそんな真似をしようものなら、間違いなく重すぎてぶっ倒れるであろう巨大な剣を背負っている点だ。遠目からでも分かるほどみすぼらしいものなので、初期装備と見て間違いは無いのだろう。
こんな初日からそんな装備でダンジョンへ挑むバカが自分以外にも居るのかと怪訝に思い、暫く観察をしていたが――動きが無い。
「……気にしても仕方ないか」
このままでは埒が明かない、とアリスは歩を進めた。ダンジョンに挑むか悩んでいるのかもしれないし、一度進入したが敵が強くて戻り、誰かと連絡を取っているのかもしれない。もしかしたらプレイヤーキラーかもしれないと一瞬考えもしたが、そうであれば初日のこんな人が来ない場所で待っているほど時間の無駄なこともなく、その線は非常に薄いだろうと頭の隅へ追いやった。
プレイヤーキラーだった場合のことを考え、アリスは一応の警戒をして少しばかり距離を取って横を通り過ぎる。
先客を尻目にダンジョンへ入ろうとするアリスに今気づいたのか、少し俯き加減だった彼女はハッとしたように顔を上げ――
「……そこの貴女!」
「ん?」
「この先にはとても強いモンスターがいるわ。私もさっき少し戦ってみたけど、止めておいたほうがいいわ。もう一度行こうかと考えてたのだけど、諦めることにしたの」
見ず知らずのアリスを心配してくれているようで少し嬉しくなったアリスはニカッと笑みを返す。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ、私、強いから!」
「で、でも……」
「平気平気! ありがとね!!」
「あ、あの!」
アリスがこぼれるような笑顔で礼を述べて歩みを再開すると、死地に赴く彼女を引きとめようとしているのか再び先客が声を掛けてくる。
「大丈夫だって――」
私、強いから。振り返ったアリスがそう言おうとした時だった。
「じ、じゃあ……よければ私も一緒に行っていいかしら?」
「え?」
あろうことか着いてくると言い放った。
流石に予想していなかった台詞に、アリスは数秒思考が停止する。
「ダ、ダメかしら?」
眼前で不安げに見つめてくる先客に思考を素早く再起動させる中、そういえばよく見てなかったなと、改めて彼女を観察する。
即頭部に左右対称にあった黒い突起はどうやら鋭利な角のようで、前へ向かって生えている。βテスト時の記憶を辿って魔族系の特徴にあった気がする、と思い至った。木々の間から差し込む光を反射してキラキラと照り輝く雪のような銀髪と、後ろからは確認できなかった紅蓮の瞳とが相俟って、よく創作物の中のヴァンパイアの様な印象を受けるが、角の感じからしてそうではなさそうだ。身長はアリスと同じか或いは若干高いくらいだろうか。
アリス自身、決して体が大きいとはいえない。そんな彼女と同程度の体躯の少女が無骨な大剣を背負っている様は、非常にシュールなものだが浪漫がある。どことなく親近感を覚えて少し嬉しくなった。
「いいよ、行こっか」
アリスはメニュー画面を開くと、なにやら手早く操作を行った。すると黒髪少女の眼前にパーティー勧誘を示すウィンドウが表示された。
「あ、ありがとう」
自分で同行を申し出たものの、これほどの快諾を得られるとは思っていなかったのか、伸ばしたその指先は一瞬の躊躇いを見せ――彼女はアリスのパーティーに参加した。それにより、両者ともに視界の左端に表示されていた簡易ステータスバー(名前、HP、MPが分かるようになっている)が一つから二つに増え、パーティーを組んだことが視覚情報的にも一目で分かるようになった。
「へぇ、サーニャって名前なんだね。よろしく――って、呼び捨てだったけどよかったかな?」
「え、ええ……それはかまわないけれど、どうして私の名前を? まだ名乗っていないと思うのだけど……」
「ん? ああ、それはね、この辺にパーティーメンバーの簡易情報が表示されてるでしょ?」
アリスが左上端辺りを指差すと、それに釣られて少女――サーニャの視線も動いた。
「なるほど、これで分かったのね。あなたは……アリス、というのね」
「うん! 私のこともアリスって呼び捨てでいいからね」
「じゃあアリス、改めてよろしくね」
「よっろしくぅ!!」
ノリ良く敬礼の真似事をして見せたアリスは「あ、そうそう」と切り出した。
「さっきの感じからすると、サーニャって初心者?」
「そうね。この手のゲームはしたことが無いわ。スポーツゲームくらいなら経験あるけれど……」
そう返答するサーニャの顔には少しばかり陰りが見え隠れしている。初心者であることを明かせばパーティーを解散されるかもしれないと思ったのだろう。だからといって嘘を吐いたところで、今からダンジョンに入って戦おうというのだ。そんなものはすぐにバレてしまう。であればダンジョン内で解散されるよりも、この場で明かしてそうなったほうがまだ引き返せるというものだ。
そのような計算も半分程含まれていたが、出会ってすぐだというのに屈託のない笑みを向けてくるアリスに嘘を吐きたくないと、どことなく感じたのも正直に答えた理由の半分だった。
「おっけぃ。じゃあ簡単に役割分担だけしておこうよ。二人とも前衛だけど、私が敵を引きつけながら戦うからサーニャはモンスターの隙を見ながら攻撃するって感じで」
「そういう役割って大事なの?」
「うん。さっきスポーツゲームの経験があるって言ってたけど、チームでやるようなスポーツにもポジションがあるでしょ? 簡単にいえばそういうもの。まあ、追々覚えていけばいいよ」
「そういうことね」
その説明を聞いたサーニャは、自分が思っていたほど単純なものでもなかったという様子で、少し関心したように頷いて見せた。
「だから私がチクチク攻撃して敵の動きを抑えて、アーニャがバーン! と大ダメージを与えて倒す。ね、単純でしょ?」
「それなら私でも出来そうな気がするわ」
「じゃあ出発!」
アリスは元気良く腕を突き上げ、ダンジョンに入っていく。フィールドとダンジョンの境界になっているポイントで彼女の姿が忽然と消えてしまった驚きと、置いて行かれたのかという不安とが合わさりサーニャは慌ててその背を追いかけた。
とはいってもほんの数歩程度でサーニャもダンジョンに踏み込んだため、先ほどまでとなんら変わりのないアリスの姿をすぐに再視認した。思わず周囲を見回すが、特に景色が変わったわけでもないし、アリスも普通に歩いているだけだ。
「はぁ……心臓に悪いわね」
「ん? 何か言った?」
「いいえ、なんでも」
サヴィッジフォレストに踏み入り、歩きだしてほんの一分か二分。サーニャはずっとアリスの数歩後ろに付いて歩いていた。横並びになろうとアリスが歩みの速度を緩めると、サーニャもそれに合わせる。
「ねえねえ、さっきからどうしてずっと後ろに居るの?」
「さっきの作戦で戦うのならこの方が良いと思ったのだけど、違ったかしら?」
「あぁ……」と、アリスは納得した風に相槌を打ち、ニカッと笑みを浮かべた。
「戦う時に私が前に出ればいいから、そんなのは気にしなくていいよ」
「そうなの?」
「それにせっかくパーティー組んでるんだし、話もしたいじゃん?」
「ええ、じゃあそうさせてもらうわ」
そう言ってサーニャがアリスの傍へ寄ろうとした刹那――アリスが腰に差している長剣を素早く抜き放ち、三メートル程あった距離を一瞬にして詰めた。突きを繰り出しながら迫りくるアリスの顔からは先ほどまでの愛くるしさが消え失せ、睨みつけるような険しいそれへと豹変していた。
突然のことでサーニャは反応が大幅に遅れ、体は全く動かない。それと反比例するように思考だけは一瞬で駆け抜けていく。どうしてアリスが自分に剣を向けてくるのか分からない。アリスを怒らせるような言動をした覚えもない。とにかく理由は分からない。だが、剣を向けられている。それだけは疑いようの無い事実だった。
「な、何を――」
その言葉を絞り出して反射的に腕を交差させ、本能的な防御姿勢を取るが、所詮刃物の前にそんなものは何の役にも立たない。ナイフ程の小ささであれば即死は免れるかもしれない。しかし長剣程の刃渡りがあれば腕ごと体を切り裂かれて終わりだ。
――殺される。
そう思ってしまうほどにこの世界はリアルだった。
ギュッと固く目を瞑る。
(痛く……無い? ああ、これはゲームだったわね)
ゲーム世界であることを思い出したサーニャは、ならばせめて一発くらい反撃しても罰は当たらないはずだ。アリスだって攻撃してきたのだから、と目を開けて自らが背負う大剣の柄へと手を伸ばした。
しかし、柄を掴んだところで彼女の動きは止まった。
「え?」
眼前にはアップになったアリスの人形の様に美しい顔と金の髪。彼女の剣はサーニャの顔からやや左の方へ突き出され、同じ方向へ蒼穹の如く澄んだ瞳も向けられていた。必然的にサーニャの双眸はその刃の行方を追った。
「ギギギ……」
剣は人の頭程もある大きな蜂――キラービーに深々と刺さっていたのだ。アリスが虫を追い払うように剣を振ると反動でキラービーは数メートル吹き飛ばされた。
「危なかったね」とサーニャを背に庇う様にして前へ出る。
「あ、ありがとう」
少し間があり、自分に起こった事を理解したサーニャは剣を抜き、姑息にも後ろから襲撃をかけてきたモンスターに標的を合わせた。
それを尻目に確認したアリスは微笑を浮かべて頷くと――
「行くよ!」
掛け声と共に勢いよく駆け出した。キラービーも六本あるうちの針状になっている前足を突きだして迫りくる。それはフィールドにポップしていたモンスターよりも目に見えて早く、一目で彼らよりも能力が高いことを理解させる。
しかし悲しきかな――圧倒的リーチの差によってアリスの袈裟斬りが先にヒットし、ノックバックが発生してキラービーの動きが止まる。そしてそれを見逃す彼女ではない。
「せえええええいっ!!」
剣を引き戻してから一瞬の溜め動作の後、刀身が水色のエフェクトを纏いコンバットアーツが発動する。アーツの効果を得たアリスの動きは通常時よりもさらに早く、剣を突き出しながら一足飛びに距離を詰めると、それはそのまま大した抵抗もなくキラービーの胴体へ突き立てられる。
「サーニャ!」
最初の一撃と同様に――だが今度はアーニャ目掛けて振り払った。
「え? あっ、当たって!!」
寸分違わず見事に自分へ飛来する黄と黒の塊にほんの一瞬反応が遅れてしまうが――反射的に振り下ろされた大剣がそれを切り裂いた。それによりHPを全損したキラービーはポリゴンの破片へと還った。
「た、倒した……の?」
表示されるリザルトウィンドウをどこか呆然としたように見つめながら、ぼそりと呟くサーニャにアリスが駆け寄ってくる。
「やったねサーニャ、グッジョブ!」
「え、ええ……というか突然こっちに投げ飛ばしてくるってどういうことよ? ちょっとびっくりしちゃったじゃないの」
「上手くいったんだから気にしない気にしない!」
「いかなかったらどうするつもりだったのよ」
「そ、その時はご愁傷様ということで……」
ジト目を向けてくるサーニャに、慌てて目を逸らすアリス。今のは計算してやったというより、その場のノリでやったようで、動揺が伺えた。
「アァァリィィスゥゥゥ……」
「さ、さあ次! 早く次行こうよ! まだ先は長いんだし!!」
「待ちなさぁぁぁい!」
逃げるように走り出したアリスを怒った口調で追いかけるサーニャだが、その口元には微笑が浮かんでいるように見えた。
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