第13話 ディナー 2
六人が場内に入ると、席についていた客たちからどよめきが上がった。ミカを片手で抱える凛々しいアシュレーを筆頭に、その後ろには豪華なアクセサリーを身に着け、タイトなドレスを着た清楚な美しい女性たちが四人。貨物船のクルーだという素性を語らなければ、どこぞの資産家と思われてもおかしくない堂々とした出で立ちに、客たちの目は釘付けになっていた。
コンシェルジュはアシュレー達をVIPルームへと案内し、皆が席に着く。扉が閉まると、ミアがしたり顔で皆の顔を見渡した。
「にっしっし〜!見ましたあの客たちの反応?あたしたちも金持ちの仲間入りっすよ!」
それを聞いてソフィーは自分の体に目を落とす。
「服もアクセサリーも沢山置いてあったから、つい着飾っちゃったけど...少しやり過ぎたかしらね」
「あら、そんな事ないわ。素敵よソフィー」
「ありがとうクロエ。カティーもなかなか決まってるじゃない」
「みんなが服とアクセサリーを選んでくれたおかげよ」
そんな話をしているとVIPルームの扉が開き、ウェイター二人がカートを運んで入室してきた。
「失礼します。食前酒とオードブルをお持ちしました」
ウェイターはアシュレーの前にコトンと皿をおいた。色とりどりにきれいに盛り付けられた皿を見て、アシュレーとクルー達はは目を丸くする。
「キャビアとイクラ・蕎麦粉のブリニタップナードのムースでございます」
「ふわぁ〜来たよこれこれ!これこそディナーって感じっすよね!」
ウェイターがミカを除く全員のグラスに赤ワインを注ぎ、ミカのグラスにはオレンジジュースが並々と注がれた。そしてウェイターが退出すると、クルー達は皿の前に両手を合わせる。
『いただきます!』
そしてフォークを手にして、アシュレーは早速一口食べる。キャビアとイクラの塩加減をコクのあるムースが中和し、絶妙なバランスを保っている。ふと左を見ると、ミカの口にも合ったらしく大喜びで食べていた。
六人はその皿をぺろりと平らげて食前酒のワインを口に運ぶ。するとウェイターが次の料理を運んできた。
「ゴルド海老のソテーとアーティチョーク・バリグル風でございます」
「キャー!ちょっとゴルド海老よ、超高級食材よ!」
普段は静かなソフィーがその料理を見て無邪気に喜んでいる。外見は少し小振りな伊勢海老といった感じで、室内に美味そうな香りが漂っていた。皆は早速一口手を付ける。
「んん〜美味しい!」
「プリプリで柔らかいっすね!」
「海老の甘みとソースが絡んで、絶妙な美味さに昇華しているな」
「とても美味しいですね艦長?」
向かいに座るカティーがアシュレーに笑顔を向けてきた。
「うむ、こりゃ美味い。ミカはどうだ?」
「美味しい〜!」
「ハハ、そうかそうか」
皆が食べ終わり皿が下げられて、既にクルー達は感無量といった表情になっていた。ソフィーはワインを一口飲み、お腹を摩りながら天井を見上げる。
「はぁ〜幸せ〜」
「何言ってるんすかソフィーっち、まだメインディッシュが残ってるっすよ?」
「艦長の作るワイルドな料理も素晴らしいが、たまにはこういう繊細なディナーも悪くないな」
「私は艦長の料理の方が好き、かな...」
「ハハ、そう気を使うなカティー。休暇中くらいのんびりしていいんだぜ」
「は、はい!ありがとうございます」
そんな話をしている内に、料理が運ばれてきた。
「本日のメインディッシュ、ゴルド産牛フィレ肉と季節のアスパラガスでございます」
皿が置かれてウェイターが退出すると、待ってましたとばかりにミアとソフィーがナイフを入れて口に運んだ。
「んん〜柔らかい!美味いっすよこれ!」
「ほんと、口の中で肉が溶ける...」
「この奥深いソースも牛肉の味を引き立てているな」
「フフ、クロエ料理評論家みたい。でもこれは本当に美味しいですね」
そして最後にデザートであるゴルド産野いちごのシャーベットを食べて、ワインを飲みながら皆で語り合った後に、六人はVIPルームを出てエレベーターに乗り込み、200階のボタンを押した。ミアがお腹をポンポンと叩きながら、皆に笑顔を振りまいた。
「いや〜、満腹っす!」
「ほんと、美味しかったわね」
「今夜はゆっくり眠れそうだ」
「艦長、こんな豪華なディナーを頂いて、ありがとうございます」
「ハハ、礼ならクァンさんに言ってくれ。俺は引率役だからな」
それを聞いたクロエが顎に手を当てて何事かを考え、アシュレーに問いかけた。
「しかし艦長も不思議なコネクションがありますよね。うちは中小企業なのに、クァン・リー財団なんて大手から受注を何度も受けてる。今ではすっかりお得意さんですが、前からお知り合いだったんですか?」
「ああ、まあな。昔取った杵柄ってやつさ」
「と言うと、艦長の軍属時代の?」
「そうなるな」
過去の話になると、アシュレーは途端に口数が少なくなる事を皆が知っていた。だからクルー達も気を使い、それ以上深く詮索する事はしなかったが、今持って彼女たちの間では謎多き人であった。普段は明るく豪快な艦長が、唯一影を落とす瞬間。銀河連邦艦隊で知らぬ者はいない伝説のエースパイロット、”ウェーブライダー”。その生きた伝説にスカウトされた乗員たちにとって、それは誇り以外の何物でもなかった。
しばしの沈黙の後、その辺の事情に詳しい同じく元軍属のミアとクロエが互いにフォローした。
「まあまあ!この話はそこらへんにして、今日はゆっくり休みましょ!ね?クロエ姉さん」
「え、ええそうね!艦長、立ち入った話でした、申し訳ありません」
「ん?別に謝ることはないぞ。おかしな奴らだな」
そう言うとアシュレーは背後の窓を振り返り、惑星ゴルドの美しい夜景を見ながら微笑を湛えていた。遠い目をしている艦長を見て、クルー達は微笑ましくその凛々しい横顔を見つめていた。
━━━午後十一時三分 ホテル150階バーエリア
「んん〜このマティーニ美味しい!クロエ姉、飲んでみなよ」
「私のはシェリー酒よ。ちょっと強いけど、飲んでみる?」
「もち、飲む飲む!」
カウンターに座り、二人はカクテルグラスを交換し、クイッと一口飲んだ。二人共恍惚の表情を浮かべている。
「か〜!パンチがあって効くっすねえシェリー酒って!でも美味しい!」
「このマティーニも美味しいわね、キンキンに冷えてて」
「ここに艦長がいたら、もっと楽しいっすよねえ?」
「ミカちゃんもいるから、多分来れないんじゃない?」
「そうっすね。ミカちゃんの今日のドレス、可愛かったっすよねえ?流石ウートガルザ号のマスコット!」
「そうね、あの子は将来大物になるわよ。あんな幼い年齢で宇宙中を飛び回ってるんだから」
「へへ、確かに。さすが艦長のお子さんっす」
二人が盛り上がっていると、その後ろの円卓テーブルに座っていた柄の悪そうな男がふらりと近寄ってきた。その身長190センチはあろうかというスキンヘッドの男はブランデーの入ったグラスを揺らし、ミアとクロエに近寄ってきた。
「よお、姉さん方。良ければこっちで一緒に飲まないか?」
ミアとクロエはその男の酔っ払って飛んだ目を一瞥し、丁重にお断りの意思を示す。
「オホホ、結構ですわ。今日は旦那様と一緒に来ていますもので」
「私も同様です。すみませんが他を当たってくださいまし」
「まあそう言わずに来いよ姉ちゃん達。小遣いあげるからよぉ?」
本性を表してきた所で、バーテンが助け舟を出した。
「お客様、店内での迷惑行為は通報させていただきます。よろしいですか?」
「ああ?やってみろよ。バズ一家に楯突くきなら、このホテルだってただじゃ済まねえぞ?」
スキンヘッドの男はグラスを地面に叩きつけた。その様子を見て、周りの客たちが一斉にどよめく。
「姉ちゃん達、大人しく着いてこねえと後が怖いよ?」
「あーあ、仕方ないっすねえ」
ミアがバーカウンターの席から飛び降り、男の正面に向かって腰を低く落とし、身構えた。スキンヘッドの男はその様を見て、高笑いする。
「何だ姉ちゃん、やろうってのか?いいぜ上等だコラ。かかってこいや」
男も武道の心得があるのか、腰を据えて身構える。ミアも戦闘体制に入っていたが、遠目に立つ人影に気づき、ミアは戦闘体制を解いて起立した。
すると一切の気配を感じさせず、スキンヘッドの後ろに何者かが立ち、男の肩に手を乗せて恐るべき殺気を放った。
スキンヘッドの男はたじろぎ、後ろを振り返る。するとそこには、スーツの上からでも分かる筋骨隆々の、明らかに軍属なスパイキーヘアの男が仁王立ちしていた。
「悪いな、その子達は俺の連れだ。文句は俺に言え」
「艦長!」
「あ、もう手出し無用っすね」
スキンヘッドの男は肩に乗せられた手を振り払い、アシュレーに向き直った。
「ああ?!何だてめーは?」
「だから言っただろう、その子達は俺の連れだ。手を出すなら他を当たれ」
「連れだろうが何だろうが関係ねえ、てめえブチ殺すぞ?あ?!」
「それはこっちのセリフだ。うちのクルー達に手ぇ出してみろ。粉々に踏み潰すぞ」
「上等だコラァ!!」
スキンヘッドの男は拳を振り上げ、右のストレートを放ってきた。アシュレーはそれを右手で払いのけると、左手で男の手首を掴み、男の背後に素早く回り込んで背中につけ、チキンウィングアームロックの体制に入った。
「ぐあああああ!!!」
スキンヘッドの男があまりの痛みに絶叫する。それでも抵抗を辞めようとしない男を見て、アシュレーはスキンヘッドの男の耳元で呟いた。
「あと2センチ動かせば、お前の腕は折れる。さて、どうする?」
「ざっ、ざっけんなコラああ!!」
「あっそ。じゃあ腕折るね」
ゴキン!!という音と共に男の上腕はへし折られた。それを受けて男は床にのたうち回る。アシュレーは立ち上がると男を足で押さえつけ、スキンヘッドの座っていたテーブルに目を向ける。そこには小柄な男二人が座っていた。
「で、どうすんだい。あんた達、今落とし前つけるかい?」
アシュレーは殺気を込めた目でその男たちを見た。すると小柄な男は立ち上がり、ズボンのポケットに手を突っ込んでアシュレーに歩み寄ってきた。
「うちの若い衆が失礼を致しました。兄さん、腕っぷしはかなりのもんですね?」
「だったらどうなんだ?」
「いえいえ、お見逸れしました。あっしはこういうもんです、以後お見知りおきを」
男は名刺を差し出してきた。(クラカトゥア商会専務、ゼクウ・コバヤシ)
アシュレーは名刺を受け取ると、胸ポケットに収めた。もう一人の小柄な男が、倒れている大男の肩を支えてバーエリアから逃げるように退出した。それを見て周囲にいた客たちが一斉に歓声を上げる。アシュレーはその声に手を上げて応え、ミアとクロエの顔を見た。
「大丈夫か?ミア、クロエ」
「艦長、あたし、惚れてもいいっすか?」
「来てくれると思っていました、艦長」
「そいつは嬉しいな。マスター、モヒートをくれ。ミント大盛りでな」
「畏まりました」
マスターがモヒートをグラスに注ぎ、アシュレーはミアとクロエ二人の間のカウンター席に座った。クロエが嬉しそうにアシュレーに話しかける。
「艦長、ミカちゃんは大丈夫なのですか?」
「ああ、寝かしつけてから来た。俺もまだ飲み足りないからな」
「だと思ってましたよ艦長!絶対来ると思ってたっす!タイミングもバッチリ!」
「ミア、あまり飲みすぎるなよ?」
「分かってますって。艦長がいればあたし達、安心して飲めるっすよ。乾杯しましょ!」
「おう、乾杯。ミア、クロエ」
『カンパーイ!』
三人は笑顔でグラスをぶつけて天を仰いだ。アシュレーはモヒートを一気に飲み干し、マスターに再度お替りを注文する。
「いい飲みっぷりっすね、艦長」
「おうよ、俺が来たからには安心して飲め。お前たちが酔いつぶれたら、俺が部屋まで運んでってやる」
「頼もしいです艦長。でもその心配は無用です」
「そうっすよ!あたし達こう見えても強いっすから!」
「ならいいんだがな。程々にしておけよ」
『了解!』
そうして酒も進み、いい具合に三人ともが酔っ払ってきた時だった。ミアは左に座るアシュレーの肩に寄りかかり、ぐったりしていた。クロエはカウンター席に頬杖を付きながら、アシュレーに話しかける。
「艦長〜、ほんとにお酒強いですねぇ。とてもじゃないけど敵わないや」
「酒は量じゃないぞクロエ。気持ちよく酔えれば、それが最高の酒なんだ」
「分かってるんですけどねぇ〜、ついつい飲みすぎちゃって」
「フフ、仕方のないやつだ。マスター、チェイサー2つ頼めるかな」
「畏まりました」
するとマスターーはミネラルウォーターを取り出し、大振りのグラスに水をたっぷり注いでミアとクロエの前にそっと置いた。
「ほらミア、クロエ、チェイサー飲んでしゃっきりしろ!」
「ん〜、ありがとうっす艦長〜」
「いただきます」
ミアとクロエはグラスを手に取ると、水を一気に飲み干した。クロエは目が覚めた様子だったが、ミアは飲み終わると再びアシュレーの右肩に寄りかかった。
「ん〜艦長〜、眠い〜」
「部屋に戻るか、ミア?」
「まだここに居たいっす〜」
「何だそりゃ。ほら、部屋に帰るぞ」
「それはいや!!...艦長何かお話して〜?」
「お話?それは困ったな、何を話せば.?」
「...艦長の昔話が聞きたいっす〜」
すると左に座るクロエが相槌を打った。
「そう言えば艦長、襲ってきたメイナード海賊団とも面識があるようでしたよね。私も昔話を聞きたーい」
アシュレーはそれを聞いて、お替りしたモヒートのジョッキグラスを一口仰いだ。そしてそっとグラスをカウンターに起き、カウンターの奥を見つめながら遠い目をした。まるで何かを思い起こすかのように。
泥酔した二人の美女が左右の肩に寄りかかる中、アシュレーは静かに、厳かに語り始めた。
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