第14話 アシュレーとメイナード
「そうだな...あれは宇宙暦2544年の夏だった。地球では猛暑でな、場所によっては36度から50度を超えた、異常気象とも呼べる暑い日だった。そんな日に俺達の隊は辞令を受けた。銀河連邦艦隊の最終防衛ラインである木星に、エイリアン率いる銀河評議会の軍が攻め入ってきた事を受けて、俺達の隊は急遽そこに配属されることになった。
そこで戦力の集中を意図して分隊が混合されることになった。俺の率いる第一小隊と第二小隊が合わさり、一番機は俺、二番機にはメイナードの野郎が当たることになった」
アシュレーの両肩に寄りかかるミアとクロエはそれを聞いて目を見開き、二人は寄りかかったままアシュレーの腕をグッと掴んだ。
「宇宙海賊のメイナードが、軍属?しかも艦長の二番機を務めてたんですか?」
「そんな話、初めて聞いたっすよ?」
「そうだ。あの当時から何かと突っかかってくるやつでな。だが腕は一流だった。俺とあいつは良い意味で、ライバル同士だったと言える。そこから長い長い戦いが始まった。俺たちはただただ生き残る為に、必死に戦った...」
━━━2544年 8月13日 木星 アステロイドベルト上
「メイナード!右から敵航空母艦のブリッジを狙え!俺は左からだ!」
「わーーかってるわようアシュレーちゃん!!タイミングはあんたに合わせるわ!!」
「5・4・3・2・1・今だ!!」
「くったばれおんどりゃあああ!!」
アシュレーとメイナードは重力子ビーム砲のトリガーを引き、敵母艦は大爆発を起こして木星軌道上に墜落していった。それを見てアシュレーとメイナードの乗る小型戦闘艇はクロスし、直角気味の見事な180度ターンを見せる。
「次、戦艦行くぞ!メイナード、残弾数は?」
「まだ大丈夫、行けるわ!!」
「よし、三番機から八番機へ。一番機と二番機の支援を頼む!」
『了解!』
アシュレーの小型戦闘艇部隊は敵戦艦に向かい突入していく。戦艦の放つ大口径レーザーを躱しながら、アシュレーとメイナードは光子魚雷を放ち、敵戦闘艦の機関部に命中させた。
「ビンゴ!!」
「やったわねアシュレーちゃん!!」
しかしその一瞬の気の緩みが祟った。背後の死角から迫っていた敵の小型戦闘機が放ったビーム砲がアシュレーの機体に命中し、バランスを崩した。操縦桿と格闘するが、最早制御不能に陥っていた。すぐ側を飛んでいたメイナードがインカムに向かって叫ぶ。
「アシュレーちゃん!!」
「何、大丈夫!ちょっくらベイルアウトするだけだ。後のことは任せたぜ、メイナード」
「いやよ、だめ!!アシュレーちゃんがいなければ、あたし何も出来ない!!」
「へへ、何甘ったれた事を言ってるんだ。お前ならやれる。頼むぞ、メイナード」
「アシュレーちゃん!!」
そしてアシュレーは緊急脱出装置のレバーを引いたが、電気系統がやられたのかびくともしない。それを見てアシュレーは覚悟を決める。
辛うじて効く操縦桿を操り、一番近くに浮いていた木星の衛星・イオに向けて進路を取った。そして地表に命からがら不時着したが、しかしそこは地表温度400度の灼熱の世界。アシュレーは宇宙服を着てハッチを開けたが、耐熱シールドもない環境でイオの地表に降りることは、死を意味していた。
防護服の上からでも分かる熱波に晒されながら、アシュレーはその場に倒れ込んだ。吸い込む息ですら苦痛を強いられる状況の中で、アシュレーの意識は遠のいていった。
「伊緒、ミカ、ごめんな...パパ、ここで終わりみたいだ...」
目の前がかすみ、アシュレーは倒れたまま空を見上げた。口の中がカラカラに乾き、最後にモヒートを一杯飲みたかったという感情が出てきたが、全身の感覚が麻痺し、それどころではなかった。空からまばゆい光が降りてくる。遂にお迎えが来たかと、アシュレーが覚悟した時だった。
それは宇宙船のジェット噴射だった。アシュレーから30メートルほど離れた位置に着陸し、そのコックピットに座っていたものがこちらに向かって猛然と駆け出してきた。アシュレーは倒れたまま、その何者かの姿を見る。わざわざイオに着陸するなど、どこのバカだと思いながら見ていたが、アシュレーはそこで気を失った。
宇宙服を来た何者かは、倒れて動かないアシュレーを抱きかかえた。
「だめよアシュレーちゃん、まだ死んじゃだめ!!宇宙(そら)の敵はみんなあたしが片付けたわ!一緒に生きて帰るのよアシュレーちゃん!!」
メイナードは背中からアシュレーの端末スロットにチューブを差し込み、酸素を送り込みながら生体データを同時に取得した。しかしアシュレーの心拍数はゼロを指しており、心肺停止と表示されていた。それを見たメイナードは宇宙服に内蔵されているAED(除細動器)を起動し、アシュレーの心臓に電気パルスを送った。何度も、何度も繰り返しているメイナードの目には涙が滲んでいた。
「アシュレーちゃんお願い起きて!!こんなとこで死ぬなんて許さないわよう!!一緒に帰るって約束したじゃない!!ほら、起きるのよ!!起きてアシュレーちゃん!!お願い、起きてよおおおぉう!!」
するとメイナードの願いが通じたのか、アシュレーの心拍が復活し、意識を取り戻した。それを見たメイナードはアシュレーの肩を抱え、自分の戦闘機まで連れて行った。
「アシュレーちゃん頑張って!もう少しで助かるわ!こんなクソ暑い星とはおさらばよ!!」
「め、メイナード...か?...バカが、俺のことなんぞ放っておけば...」
「いいえそう言う訳にはいかないわ。あんたとはサシで勝負してもらわないと気が済まないの!とにかく今は生きて帰るわよ!」
「へ... へへ、じゃあ世話になるぜ」
メイナードとアシュレーは二番機の小型戦闘艇に乗り込み、イオを脱出した。宇宙船の中でアシュレーは気を失っていたが、次に目覚めたのは真っ白な病室の中だった。ベッドの横に座っていた隊員がそれに気づき、アシュレーに声をかけてくる。
「隊長!目が覚めましたか」
「あ、ああ。俺はどのくらいの間寝ていた?」
「三日間です。皆隊長の身を案じておりました」
「そうか。ここは病院船か?」
「ええ。先程までメイナード副隊長もいたのですが、今は外出中のようです。彼は三日間付きっきりで隊長の看病をしていたんですよ」
「...木星に侵攻した敵はどうなった?」
「副隊長が獅子奮迅の活躍を見せ、土星のラインまで押し返しました。その後副隊長は我々が止めるのも聞かず、耐熱シールドを持たないまま決死の覚悟で衛星イオに単身突入し、一番機の発していた緊急ビーコンを頼りに隊長を救出し、一命を取り留めたという訳です」
とそこへ、病室の扉が開きメイナードが戻ってきた。意識を取り戻し、ベッドの上で上体を起こしたアシュレーを見て、その場に立ち尽くしている。
「...アシュレーちゃん?」
「よおメイナード。一つ借りが出来ちまったな」
「うわああああんアシュレーちゃああん!!もう散々面倒かけて!心配したじゃないのよおおおう!!」
メイナードはベッドに飛び込み、涙を流しながらアシュレーを抱きしめた。
「お、おいおいメイナード、俺はそっちの気はないぜ?」
「そんな事知ってるわよ!!生きててくれて良かったあああん!!」
「...お前は命の恩人だメイナード。礼を言うぞ」
「違うの、違うのアシュレーちゃん!全部あたしがいけなかったの!目の前の敵に集中しすぎて、一番機の後ろにまで気が回らなかったせいなの!二番機失格よ!ごめんなさあああい!!うわああああん!」
「何、いいんだメイナード。こうして生きて帰れたことを喜ぼうじゃないか」
メイナードはアシュレーの胸で泣き続けた。そして数日後アシュレーも回復し、二人は戦線に復帰した。アシュレーとメイナード率いる部隊は破竹の勢いで進軍し、エースパイロットの名コンビとして戦局を覆すまでの存在になっていった。
そうして人類側とエイリアン側の戦力は拮抗し、2545年3月17日、相互不可侵条約と友好通商条約を締結したことで、終戦を迎える。
二人は軍を退役し、それぞれ全く別の道を歩んだ。片や宇宙商人、片や宇宙海賊。皮肉にも敵対する立場にいながら、どこか憎めない、そんな微妙な関係が続いた。
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そこでアシュレーは話を止め、カウンターに乗ったモヒートのジョッキを仰いだ。アシュレーの両肩に寄りかかったミアとクロエは、太い筋肉質な上腕を握りしめていた。
「艦長とメイナードが、元は仲間...」
「アシュレー商会を起業したのが終戦直後でしたよね。それほどの腕を持つなら、メイナードも会社に誘えばよかったのでは?」
アシュレーは左肩に寄りかかるクロエを見て微笑んだ。
「もちろん誘ったさ。だが性に合わないと言って、あっさり断られちまったよ。それにミア、仲間じゃなくて戦友な。それ以上でも以下でもない」
「それほど強かったのなら、何故軍で噂にならなかったんすかね?私が軍にいた時は、もっぱら艦長のウェーブライダーっていう名前しか聞かなかったんすけど」
「あいつは前に出ることを嫌っていた。いわば縁の下の力持ちだ。二番機として、一番機をサポートする事に徹していたからな。俺がずっとエースでいられたのは、あいつが完全にサポートに徹してくれたおかげでもある」
「だから艦長は、いつもメイナード海賊団にとどめを刺さなかったんですね...」
どこか悲し気な表情をして遠い目をするアシュレーを見て、ミアとクロエはアシュレーのゴツい手をそっと握った。
「私達、艦長のお眼鏡に叶って良かったっすよ」
「これは昔の話を聞かせてくれた、ほんのお礼です」
二人は立ち上がると、アシュレーの両頬にキスした。それを受けてアシュレーは慌てふためく。
「よっ!よせやい、照れるぜ」
「フフ、何だか今日の艦長、かわいいっすね」
「頼りにしてますよ、艦長」
二人は席に座り直すと、再び艦長の両肩にもたれかかった。
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