第6話 ミア・フィッツジェラルド

 アシュレーは目を細め、シートベルトを外して席から立ち上がると、コックピットから目の前に広がる宇宙空間の奥を見つめた。微速前進のまましばらく様子を見ていたが、何も起きないことを受けて首を傾げる。


「...静かすぎるな。ソフィー、レーダーに感はあるか?」


「反応なし。惑星を往来している宇宙船の影もありません」


「サーモセンサーと宙空スキャンを併用してみろ」


「了解」


 ソフィーがコンソールを操作すると、戦闘指揮所のグラスコクピットの表示が温度変化を感知するサーモグラフィーに切り替わった。すると艦首やや左側の何もない空間が黄色く変色し、一部温度が高いことを表していた。


「艦長、11時の方角に感あり!距離およそ二十一万キロ」


 ソフィーがそう言った直後だった。コンソールの通信パネルが点滅し、着信音が鳴り響いた。アシュレーは眉間に皺を寄せて、ソフィーに確認を促す。


「今度は何だ?」


「所属不明艦より通信が入っています。応答しますか?」


「その前に電波の発信源を逆探知しろ」


「発信源、11時方向の温度差異がある空間です。艦長これは?」


「あー分かった分かった。通信を正面モニターに映せ。俺が出る」


 ソフィーがコンソールを操作し、通信回線を開いた瞬間だった。グラスコクピット全面に、髪をピンク色に染めたシャギーヘアーをツンツンに立たせて顔に厚手のメイクを施した、どこぞのビジュアル系のような細身の男が大写しになった。


「はぁーいアシュレーちゃん!!お久しぶりぃ〜、元気だったー?」


 その顔を見てアシュレーは拳を握りしめ、歯を食いしばり怒り心頭だった。


「てめえ出やがったなこの変態オカマ野郎!!マスカーなんて小賢しい手を使いやがって、俺に通じるとでも思ったのか? 今度は一体何の用だ?!」


「あらぁ〜、もう分かってるでしょお〜?あなたのその愛機の腹の中に収まっている貨物を頂戴しにきたのぉ〜。アンオブタニウム五百トン、あたしにちょうだい?」


「メイナードてめえ、その情報を一体どこから仕入れた?!」


「それはひ・み・つ。蛇の道はヘビってね。貨物を素直に渡してくれたら教えてあげるわよぉ〜?」


「誰がてめえなんかに渡すかクソ野郎が!」


 アシュレーが怒号を吐く中、グラスコクピットに映ったメイナードの顔を見て、チャイルドシートに座ったミカが満面の笑みで手足をばたつかせた。


「あ〜、メイナードのおじちゃんだー!元気ー?」


 それを見たメイナードは、あからさまに頬を緩めて笑顔になった。


「あら〜ミカちゃん!相変わらず可愛いわねー、おじちゃんは元気よ?」


「おじちゃん、またゲームして遊ぼ〜?」


「ごめんね〜ミカちゃん、それはまた今度の機会にね。おじちゃんは今パパと話があるのよ〜?」


「うーん分かった、約束だよ?」


 不満そうな顔をモニターに向けながら、ミカは引き下がった。それを見てメイナードが言葉を継ぐ。


「アシュレーちゃん、ミカちゃんの事も考えてあげて?あたしもなるべくなら手荒な真似はしたくないの。素直に渡せば、昔のよしみで命だけは助けてあげるわよ?」


「へっ!ミカはそれほどヤワじゃねえ。やれるもんならやってみろメイナード。てめえ俺に何回負けたと思ってんだ?」


「今度はそうは行かないわよ〜?覚悟してちょうだいねアシュレーちゃん!」


「上等だ、今日こそ引導渡してやるぜ!ソフィー、艦隊戦用意。ミア!今すぐ小型戦闘艇ラーヴァナに搭乗。発進急げ!」


「待ってましたぁ!了解っす艦長!」


 ブラウンの髪をポニーテールに結び、健康そうな褐色の肌を持った快活な美少女という面持ちのミアは、目をキラキラと輝かせながら下部飛行甲板のある戦闘デッキへの通路を走っていく。


 階段を降り飛行甲板までたどり着いたミアは、駐機してある戦闘機ラーヴァナの操縦席に座ると、パネルを操作してエンジンを始動させた。ウートガルザ号と同じく滑らかな流線型のボディを持つ、銀色の美しい機体だ。


 ミアがスイッチを押すとエアロックが解除され、ウートガルザ号の下部ハッチが開いていく。ミアはラーヴァナを射出機の上に乗せて、耳に付けたインカムから戦闘指揮所に連絡を入れた。


「戦闘指揮所、こちらミア。発進準備よし」


「了解、直ちに発進せよ」


 ミアが左手のスロットルレバーを勢いよく前に倒すと、エンジンが最大出力になる。そして弾けるように射出機がラーヴァナの機体を高速で押し出し、ミアの機体は暗黒の宇宙に飛び出した。


 発進したミアは弧を描くように大きく旋回し、ウートガルザ号の左真横に位置するよう陣取った。それを戦闘指揮所から見ていたアシュレーは鋭く指示を飛ばしていく。


「OKミア、まだ前に出るなよ。カティー、そのまま微速前進だ。ソフィー、全砲門開け。クロエ、照準任せたぞ」


『了解!』


 しばらく睨み合いが続いたが、突如正面の敵艦が速度を上げてこちらに突進してきた。それと同時にメイナードの機体を覆っていたマスカーが剥がれ、レーダーにも表示されるようになる。それを見てソフィーが声を荒げた。


「敵艦視認!クロイツ級戦闘母艦が5隻です!」


「野郎、仲間を増やしやがったな。電磁シールド出力最大!機関最大戦速、敵の真横につけ!」


 カティーが操縦桿を左に倒し、ウートガルザ号はその巨体に見合わぬ急速旋回を見せて、ミアの乗るラーヴァナと共に敵陣に突入していった。 



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■用語解説


マスカー


 ワームホール航法技術を応用した、最新のレーダー無効化対策。機体周囲の空間を泡上に歪ませてレーダー波を吸収し、尚かつカメレオンのように周囲の風景と溶け込むため、視認も困難となる。マスカー展開中は高速移動できず、無理に速度を出せば泡上空間が後方に流れ、機体が露出してレーダーに探知されてしまう



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