第5話 カティー

 艦首にある吹き抜け構造の戦闘指揮所に着くと、皆それぞれが所定の位置に座り、コンソールを操作していく。ミカは艦長席の隣にある四点式シートベルトを備えたチャイルドシートだ。


 戦闘指揮所の壁は全面がグラスコクピットとなっており、壁面から天井にかけて境目無く、ドーム状に宇宙空間が見渡せた。しかし今はワームホールトンネルを飛んでいる為、周囲は帯状になった光の筋が取り囲んでいる。


 後部中央の艦長席に座ったアシュレーを中心にして、女性たちがそれを囲むように船首側に向けて扇状に座った。


 艦長席のコンソールを挟んですぐ前には操縦席があり、そこに赤色のタイトな戦闘服を着た女性が座った。背中まで伸びた艶のある黒髪のロングヘアーに、前髪を切りそろえたシンプルなヘアースタイルだ。肌は白蝋のように白く、透き通りそうなほど完璧かつ美しい顔立ちだったが、唯一異常な点があった。


 それは目である。本来あるはずの瞳孔が存在せず、常に白目を剥いた状態と言ったほうが正しい。しかしその女性はそれを気にする素振りを見せず、背後に座るアシュレーの方を振り返った。


「艦長」


「ん?どうしたカティー」


「あの、もしよろしければ、今度私にも料理を教えてはいただけませんでしょうか?」


「ハッハッハ!このウートガルザ号の操舵技術のみならず、今度は料理も教えろってか?」


「いえその、そんなつもりじゃ...ただ本当に美味しかったもので...」


「アンドロイドのお前にまで美味いと言ってもらえるのは、素直に喜ばなくちゃなあ。大体お前アンドロイドなのに、メシを食う必要があるのか?」


「はい。私の体内にあるいくつかの生体パーツを維持するため、最低限のタンパク質やミネラルを補給する必要があります。その点に置いて、艦長の作る料理は理想的と言える栄養バランスです」


「へへ、そうかそうか。まあ今度シフトの空いたときにでも教えてやるよ」


「ありがとうございます!」


「それよりも今は操縦に専念しろ。もうすぐワープアウトするぞ」


「了解、オートからマニュアルに切り替えます」


 カティーが操縦桿のサイドスティックを握ると、複数のパネルが点灯してマニュアルに切り替わった。それを見てアシュレーは乗員達に確認を促す。


「ソフィー、トンネル境界面との距離は?」


「約三千メートル。安全圏内です」


「ミア!レビテート慣性制御システムの具合は?」


「オールグリーン、問題ないっす!」


「クロエ、エンジンとハイパードライブの調子はどうだ?」


「至って快調。冷却システムも正常に稼働中です」


「よし、ソフィー、ワープアウトまでのカウント開始。カティー、速度に注意しろ」


「了解、カウントを開始します。20・19・18...」


 アシュレーはワープアウトに備えて、隣に座るミカのシートベルトが締まっているかを確認した。ミカはされるがままにニコニコしている。そして自分も艦長席に座り、四点式シートベルトを締めてガッチリと固める。目の前にあるコンソールの総合情報を確認しながら、アシュレーは正面に映るワームホールトンネルの先を見つめた。


「10秒。9・8・7・6・5・4・3・2・1・ワープアウト!」


 ソフィーの声に反応して、アシュレーがカティーに指示した。


「エンジン停止!惰性で航行」


「了解、エンジン停止、惰性で航行よし!」


 光のトンネルを抜けると、そこは幾万の星が煌めく暗黒の宇宙空間が広がっていた。その中を、鶴のように滑らかで美しい船体を持つウートガルザ号は進んでいく。

アシュレーは再度確認を促した。


「ソフィー、現在地を確認」


「正面に惑星ゴルドを視認、予定通りの位置です」


「カティー、微速前進。警戒を怠るなよ」


「了解」


「覚えておけ、ワープアウトした時が最も敵に狙われやすい瞬間だ。このくらいの警戒をしておくに越したことはない」


「分かりました、艦長」


 カティーは左手に握ったスロットルレバーを前に倒し、船をゆっくりと前進させていった。

 


──────────────────


■用語解説


レビテート慣性制御システム


 主に宇宙船の急激な方向転換や加速時に発生する、膨大なG(重力)を打ち消し、船内を常に1Gに保つための重力制御装置。民間機から軍用機まで幅広く搭載されている。

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