第9話

 ――数日後。三人で霊柩車に乗って小田原に向かう。車なんか大抵みんな売っぱらっちまったので道路は俺たちの独占状態だ。

「おっ、この信号機まだ動いてる。珍しいな」

「健気だね。もう働く必要なんてないのに」

 エミリがなかなか詩的なことを言う。信号は赤。霊柩屋は一応ブレーキを踏んだ。

「ほんとに行くんですかい? あの野郎、たぶん一円もタカらせちゃくんねえですよ」

『霊柩車キャブ』の創立者は庵田定家(あんだ ていか)という男らしい。

「なにも、タカろうってわけじゃねえ。勝負を仕掛けてブン取ってやろうってんだ」

「でも奴ケチですからねー勝負になんて乗ってくるですかね」

「いい考えがあるんだよ」

「ほほう。まあお手並み拝見ですね」

戦中。街は襲撃された。

戦後。とてつもないほどの食糧不足。

結果。街に散らばったのは――死体。さすがの箱根大黒もそれらの扱いに苦慮した。

そこに『我々が彼らを掃除致します』と箱根大黒に事業を提案したのが庵田という男。庵田たちは箱根大黒から裏金を頂戴しつつ、あるときは遺族の依頼で、またあるときは街に転がっているものを回収し、粛々と彼らを霊柩車で運び出していった。      

しかしそれだけの収入では到底、噂に聞くほどのあぶく銭にはなるまい。

庵田たちがその後彼らをどう扱っているか。それに関しては。『海外に臓器を売り飛ばしている』『なんらかの実験に使用している』などなど。いい噂を一切聞かない。

「霊柩屋。実際の所どうなんだ? 回収したモノはどうしてるんだ?」

「あんまり、アレに扱うのは……」

「私は知らねえですよそんなの。でも。まあいいじゃねえですか」

 霊柩屋はふーっとタバコの煙を吐き出した。

「ちっとは街、綺麗になったでしょ」

確かに。彼らの猛烈な働きにより街が以前よりはマトモに暮らせる状態になったのは事実だ。新箱根の。引いては日本の復興に一役買っていると言えなくもない。

「人間、ボランティアじゃあんなに猛烈に働けねえですし」

「うーん。『ヒツヨウアク』って奴なのかなあ?」

「俺も良くわからねえよ。わかるのは戦争が諸悪の根源ってことだけだ」

 信号が青に変わり、霊柩車はまた走り出す。


「これ全部奴の家か?」

「ええ。小田原城まるごと買い取ったそうで。大した値段じゃなかったそうですよ」

「金持ちの考えることだけはわからん」

「多分誇示してーだけですよ。権力だか財力だかをね」

「見て。お猿がいる。かわいい」

 広大な敷地の小田原城の中央にある、大層御立派な天守閣。そこに奴の部屋はあった。

 なにせ目がチカチカする部屋だった。壁一面の屏風にはわけわからん龍だか怪獣だかの金ぴかな絵が描かれ、床の間には掛け軸がぎゅうぎゅうに三枚も、なぜだか部屋の四隅に一個ずつ毒々しい色のツボ。そして野郎が座っている一段高い畳には赤く光るヨロイ、さらに大きな刀かけには日本刀が五本も飾られている。

「紹介するです。彼がこないだお話しした『温泉狂』のエース、若いけど一番でかいツラしてやがる星月健太郎の兄貴です。それからそのタレのエミリちゃんです」

 庵田は殿様みたいなキンキラリンの青い紋付姿。ギラギラ光る紫色の座布団に座り、肘掛けにひじを置いてエラそうにふんぞり返っていた。

立派な体格で想像していたより精悍な顔つきをしている。年齢は三十代前半ぐらいだろうか。顎鬚なんか生やして、黒い髪を山嵐みたいにツンツンにおったてている。

 俺の全身を品定めでもするように無遠慮に見回す。なるほど。いかにも成金。一見で他人に不快感を与える野郎だ。――しかし。こういった手合いの扱い方は心得ている。

 俺は素早く滑るように移動。奴の隣に胡坐をかいて座り、奴の肩に手を回した。

「よお! バカ殿! 儲け話を持ってきたぞ」

 エミリと霊柩屋の目をまん丸くした顔。庵田はニヤリと笑っている。


「要するにだ。温泉狂連中をターゲットにさ、博打の大会を開催するんだよ! 賞金はドーンと一千万円だ!」

庵田の目の前の座布団に胡坐をかいて座り演説を行う。

「あのな。温泉狂の連中なんて毎日博打打って派手に遊び狂ってると思うだろ? そうでもねえ。俺たちだって生きなきゃなんねえ。結構地味な暮らししてんだ。せっせと賭場に通ってさ夜は安酒飲んで雑魚寝宿だ。殿にはいまいちピンとこねえかもしれねえが」

「いや。わかるぜ。俺だってもともとは温泉狂だ。いや、今でもかな?」

「そうかそうか。まあなにが言いたいかって言うとさ、みんなたまには派手に大騒ぎしてえと思ってんだよ。そこに、博打大会をぶっこむんだ。こりゃあ百姓共食いつくぜ」

「確かにそうかもな。しかし儲かるのかそりゃあ?」

「勿論さ。まずは参加費。これを一人十万取る。それでも俺の予想じゃ百人は集まるぜ」

「それが本当なら参加費だけで賞金一千万はチャラってわけか。でもそれじゃあ儲けにはならんな」

「もちろんそれだけじゃねえ。殿、競馬やったことあんだろ? あの方式で行くんだよ参加者だけじゃなく、観客も集めてそいつらからも金を取るんだ。まず入場料。これは安めに設定する。でな『馬券』を売り出すんだ。参加者一〇〇人誰が優勝するかってな」

「なるほどな人間競馬ってわけか」

 この辺りのアイディアはレッド・オア・ブラックからパクった。

「ああ。入場させるのは温泉狂の連中に限らねえ。箱根大黒の奴らからも金が取れるぞ。奴らも温泉狂に負けず劣らず鬱憤をためてやがるからな」

「なるほど面白いな。面白い思いつきだ」

 庵田は俺に挑発的な視線を送った。

「で、俺にスポンサーをやらせようっていうのか。会場の使用料、運営費、宣伝費、それに賞金の一千万」

「違げえよ。勘違いすんな。この計画の主は殿さ。殿が主催して殿が運営すんだよ。俺はアイディアを提供するだけさ」

「なるほど。アイディア料を寄越せっていうんだな」

「いらねえよそんなもん」

 庵田は眉をしかめる。

「じゃあおまえの目的はなんだ」

「賞金の一千万円。それだけだ。俺は博打打ちだぜ。めんどくせえ主催だの運営だのなんかやりたくねえ。そんなことやりたくねえから博打をやってるんだ。ましてアイディアだけ出して金貰うなんてセコい業者みてえな真似はプライドが許さねえ」

「ハーハッハッハ! おまえは本当に面白いな!」

「だろう! なにせ面白いジンセイを送ってるからな」

 お互いに肩を叩き合って笑う。エミリ、霊柩屋は顔を見合わせ、苦笑い。


 庵田と別れ、天守閣をあとにした。

派手な紫色の着物を着た女に送ってもらい小田原城の出口に向かう。

「こんなキレイな女中さんなんか雇いやがってまあ……」

 霊柩屋がタバコに火をつけながらボヤく。

「お姉さんは、いつもどんな仕事してるの?」

 女は黒くて長い髪をぐるぐるっと纏め、かんざしなんぞさしている。

よく見るとあどけない顔をしている。まだ二十そこそこであろうか。

「そうですねー。庵田様はあまりこちらにいらっしゃいませんし、来客も滅多になくて、ヒマなんですよね。だから基本的には、お城でみんなで遊んでます」

「大変イイ御身分だな」

「毬つきとかカルタとか羽子板とかなら、道具がありますので。結構楽しいですよ」

「私は安月給で頑張ってるってーのに……。はあ。もうちょっと美人だったら私も……」

「霊柩屋さんキレイだと思うけど」

「こいつはな、いい年なのに一ミリも色気がないからダメだ」

「ほっっっといてください!」

 霊柩屋が地面を踏みつける。女中はくすりと笑った。


 小田原といえば練り物だ。おでんを食べて帰ろうと二人に提案した。

小田原中央通りはシャッターの降りた店ばかりで、人通りもまばら。新箱根に比べてもあまり復興が進んでいないようだ。しかし幸い、いくつかのおでん屋は開店していた。

掘りごたつ式の座敷に三人。木製のテーブルの真ん中にぐつぐつと煮立った鍋。

寒い中、昼間っからおでん食いながら熱燗。これはなかなか快いものだ。

「あの感じ。間違いなく大会は開催されるな。検討するなんてホザいていたが、あの野郎、もったいぶってるだけだぜ」

 俺は確かな手ごたえを感じていた。

「でもビックリしたよー。いきなりバカ殿とか言い出したときは」

エミリは慣れない日本酒を飲んでいるためか顔が真っ赤だ。

「でも結果気に入られただろ? 狙い通り。チョロいもんだ」

「なんで、ああすれば気に入られると思ったの?」

「簡単さ。ああいう連中はへりくだられておだてられてってのに、飽き飽きしている」

 エミリはイマイチ腑に落ちないようで、腕を組んで首を傾げる。

「それにな。ああいう型破りな方法でのし上がった奴は、自分と同じ型やぶりな奴を有能だと思いこむ傾向が強いからな」

「ふーん。色々考えてるんだねえ」

「確かに健ちゃんのアイディアにはオミソレしましたけどさ」

 霊柩屋は運転手だから仕方ねえってコーラなんぞ飲んでいる。

「やっぱり、奴には金だけ出させてこっちで運営した方がよかったんじゃねーですか?」

「冗談言うなよ。あんなのに金なんて借りて見ろ。どんなめちゃくちゃな利子をだまくらかされるかわかったもんじゃねえぞ」

「うーん。まあそうですけど……。儲け口が賞金だけってのはリスキーじゃねえですか?」

「なんだ俺たちが負けるってのか?」

「まあ例えば麻雀みたいに技術がモノを言う競技なら勝つと思いますよ。でもチンチロリンみたいな運勝負となると必ず勝つとは言えねえじゃねえですか?」

「競技だけはこっちで決めさせてもらえばよかったのに。それくらいはできたと思うよ」

 二人がじゅんぐりに捲し立てる。

「やかましいなあ。競技を奴らに設定させたのはワザとだよ。そうじゃねえと奴はこの話、多分受けなかったよ」

「えーそうかなー」

「奴にしてみりゃ競技なんてなんでも一緒じゃねえですか?」

「違うな。俺が奴ならこう考える。『一千万円なんて貧乏人共にくれてやるこたあねえ。俺の部下を優勝させて回収しちまえ』ってな」

 エミリはポンと手を打った。これよくやるなこいつ。

「だから競技は奴に任せる必要がある。そして部下に確実に優勝させるためには、競技を運勝負のものにしてくることはありえない」

「なるほど。でもさ。それだと庵田が連れてくるその競技のテダレと闘わなくちゃいけないんじゃねーですか?」

「どんな競技のどんな相手であろうが。俺とエミリは勝つ。そうでなきゃあ博打打ちの価値がねえだろ」

「……うん! そうだね!」

 エミリは頬杖をついて俺を見つめる。トローンとした笑顔だ。

「でもでも、競技を例えばボクシングに設定されてさ、プロボクサーとか連れてこられたらどうしますか?」

「アホか。参加者集まらねえだろそれじゃ。ある程度誰でも出来る競技にするはずさ」

「そして! それなら我々レッドアンドシルバーデビルに負けはない! ……ひっく!」

 エミリが机を拳で叩きながら熱弁する。酔ってるなァ。

「頼もしいような、不安なような。まあ勝ったらご祝儀……」

「やらん」

 食い気味で霊柩屋の発言を遮る。紹介してもらった義理とかは知らない。

「エミリちゃん、この野郎私にツライと思いません⁉」

「そうねー。でも二人のカラミ面白いから好きだよ」


 気づけばもう夕焼けが焼けている。酔っ払ってフラフラしながら小田原中央通を観光して歩く。デザートにかまぼこでも買い食いしようか。箱根のかまぼこも旨いがやはりかまぼこの聖地と言えば小田原だ。

「うまいか?」

「うーん美味しいけどちょっと味にパンチが足りない。マヨネーズが欲しい」

「やっぱりおまえいい味覚してるな」

「げえ! 見て下さいよコレ!」

 霊柩屋が掲示板のポスターを指さす。『小田原城 カルタ大会』の文字。

「あの女中たちの主催みたいだな」

「こんなの出る人いるのかなあ?」

「クッソー! ムカツクワァ! あのメスゴリラ共、呑気コキやがって! イヤアア!」

 霊柩屋はそういってポスターをベリーっと剥した。

「怒られるよー」

 そしてビリビリっと破り捨てた。こんなに感情的になっている霊柩屋は初めて見た。女の嫉妬というのは恐ろしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る