第7話

「アレ以来度々会ってるんだけどさあ。いっつも俺を置いてけぼりにして、マシンガンみてえにしゃべってやがるんだ」

「へえーあの二人がねえ。そりゃあ驚くですねー」

「今日なんて俺を置いて二人で星の王子さまミュージアムに行っちゃったよ」

「それで私を飲みに誘うなんて天変地異でも起きそうなことをしたんですかい?」

「おまえもさつきと結構仲良いんだっけ? 一緒にいる所見たことないが、どんな感じなんだ」

「うーん。そうですねー。なんとなく薄い壁がある感じですわ。さっちゃんってそういうところありません?」

「かもな。やっぱり子供の頃の友達って特別なのかね」

「じゃねーですか? 私の子供の頃の友達なんてみんなシンじまってよくわからねえですけど」

「俺もそうだよ」

「でもさ。そんなに仲がいいってなると、勝負はどうなるですかね? 例の一千万円の」

「あー確かに。戦意が無くならないといいけど」

「そうですねーさっちゃんはまあ大丈夫だろうけど、エミリちゃんがね」

「うーむ。どうしたもんか」

「……おっと。もう十二時か。どうしますかいこの後。ここはそろそろ閉店ですよ」

「まだ帰りたくないなァ」

「そ、そうなの? じゃあ、私ん家来るゥ……?」

「遠いからいいや」

「クソ冷めてーですね……」

「第一な、おまえんちはありゃあ家って言わない。小屋っていうんだ」

「うっせーわ!」

「ま、なんにせよ。まずは一千万貯めないとな。どうしたもんか」

 熱燗を飲み干しながら、伝票を霊柩屋に渡した。

「私のオゴリ⁉」


 ――十一月十一日。ポッキーの日。あのユネッサンに行った日から二週間ほど。

今日は賭場を求めてわざわざ強羅まで足を運んだのだが。

「え、えーと。ウチは健全な所だからさー、髪染めてる奴は、その、だ、ダメなんだよなー! 帰って欲しい、なー!」

 カジノのボーイは一切目を合わせずに、ホザきまくしたてた。

「なんじゃそりゃ! 中学の校則じゃあるまいし! そもそも俺もこいつも地毛だし!」

「とにかくダメなんだよねーすまんねー! お疲れ様―!」

 乱暴にドアを閉められる。

「クッソー! なんなんだあの金髪野郎! ファック! ビッチ!」

 ドアに前蹴りをくれてやる。

「どんまいどんまい。ねえねえ、せっかくここまで来たからさ。お姉ちゃんが言ってたトンカツ屋さんに行こうよ。もう夕ご飯の時間だよ」

 エミリちゃんはのんきで御座いますねェ。


 結局一円も稼ぐことはできず。トンカツだけ食べて強羅から電車で新箱根湯本に帰る。電車の窓から星を見上げつつ腕を組み、俺は真剣に今後のことを考えていた。エミリは大口を開けてぼーっと上を向いている。多分なんにも考えていない。――と思ったら。電車が大平台の駅を出ようという瞬間。エミリはあっと声をあげながらいきなり電車から飛び出した。なんて自由な奴! 俺も慌てて後を追った。

どうしたってんだ。と声をかけるまでもなく、事態が呑み込めた。駅のホームの掲示板の前に立っていたのが、われわれの友達のような宿敵のような女だったからだ。

 エミリはお姉ちゃんと声をかけ、振り返ったさつきに抱きついた。

さつきは手に大きなポスターのようなものを持っている。

「コレなんだ?」

 カラフルなイラストが描いてある。どうやら誰かの似顔絵――

「……これ俺か⁉」

 イラストの俺は凶悪な悪役レスラーのように、舌を出し顔を歪め中指を立てている。着ているTシャツにはしゃれこうべの絵と『KILL』の文字。イラストの下には「『殺人の赤鬼男』星月健太郎」の文字。

「これ私が描いたんですよ。似てませんか?」

「似てねえよ!」

「似てる! お姉ちゃん絵上手だね!」

 それに対してその右のエミリの似顔絵は、ロングヘア―の快活そうな少女が両手でピースサインを出して、二カっと歯を出して笑っているというイラストだ。こちらは素直にうまいと言える。絵の下には「『銀髪の堕天使の女性』エミリ桜庭」の文字。

「わたしこんなに可愛くないよー」

 ちょっと嬉しそうな口調である。どうでもいいけどこの『二つ名』は誰のセンスなのだろうか。非常に首を傾げたくなるセンスだ。

二人のイラストの下には『RED&SILVER DEVIL』の文字。

 ポスターの一番上には『レッド・オア・ブラック 次期挑戦者決定』と書かれている。

「日程も決まってないのにこんなもん張り出していいのか?」

「ええ。宣伝期間は長ければ長いほどいいじゃないですか。それにコレはね。お客さんへの宣伝だけじゃなくて賭場さんへの注意喚起の意味もあるんです」

 言いながらポスターの四隅を画鋲で留めていく。

「ちゅういかんき?」

「この人たちは店に入れるなという注意です」

「……なんでそんなイジワルをするんだ」

 確かに奴の狙い通り。この二週間ぐらい、俺たちはあらゆる賭場で、髪染めてる奴はダメとか、ウチの店は恋愛禁止だからカップルはダメとか、今日は仏滅だからダメとか訳の分からないナンクセをつけられて締め出されていた。

「だってほら、考えてみてください。我々の管轄の賭場から一千万集められて、そのお金で勝負されても我々は全然オイしくないじゃないですか」

「はーなるほど。アタマいいね」

 エミリはポンと手を打って素直な感想を漏らしている。

「だからね。『温泉狂』のみなさんで取り合って稼いでください」

 言いながら俺の肩をパシっと叩く。

「わかった。と言うしかないのか」

「頑張ってね」

 くるっと踵を返し駅の改札から出ていく。

「うーむ。仕事に関しては厳しい人だねえ」

「おまえが可愛いからって手を抜かれる心配はないな。おまえは大丈夫なんだろうな」

「うん、もちろんそうだよ……」

 語尾がもやしのように弱弱しい。非常に心配だ。


新箱根湯本駅に着いた。時刻はもう二十二時。

箱根のお月様でも買い食いしつつヨセキに帰ることにしよう。

「よう婆ちゃん。二つ」

「あら健ちゃん。あんたもよく来るわねえ」

「うまいからな。こいつも気に入っているし」

 エミリの頭に手を乗せながら。

「ありがとう。じゃあ今日はもう店閉めるし、残ったの全部あげるよ!」

「えー! 大丈夫かよ! 明日に取っておけよ!」

「いいのよ。食わしてやりたいんだから。ほらほら」

 そういって、饅頭を十五個ぐらい俺にムリヤリ抱えさせる。

「おいどうした。ドケチで著名な婆ちゃんがさ。なんか悪い茸でも食ったのか?」

「……婆ちゃんさ。体力的にキツくてね。もう、店閉めようかと思ってるんだ」

「えー!」

 エミリが両手を上げて驚く。

「そうか……婆ちゃん今年で九十だっけか」

「まァこんな時代に。意外に長いこと商売続けられて。満足だよ」

「死んで生まれ変わったら。また饅頭作ってくれ」

 二人で婆ちゃんに手を振って別れた。ババアは少し目に涙を溜めていた。

「ちょっと寂しいね」

「せめて跡継ぎとかいればな」

 跡を継いでくれると言っていた孫がいたが、戦争で死んじまったんだそうだ。

 歩きながら包みを開けてクチに運ぶ。今日は冷えるから余計に暖かく感じる。


 さて。ヨセキの天井を見上げて饅頭を食いながら考える。今後どうしていけばいいか。

 エミリや霊柩屋たちがまたまたチンチロリンで盛り上がっている。

「おっ! また目無しかい! 珍しく調子悪いなエミリちゃん!」

「くっ! これが、最後!」

「エミリちゃんどんまい! 大丈夫大丈夫! 次で出せば問題ねーですよ!」

 相変わらず霊柩車の声はよく通る。どうせ負けるんだから、こんな所で油を売らずにおとなしく小屋に帰りゃいいのに。

「おっ! 一二三! 倍払いだぜ! また頂きだ!」

「くっ! ファック……!」

 ――エミリが半泣きの顔面で俺の所に戻ってきた。

「ごめん。今日はチンチロリン負けちゃった」

「さすがのエミリも常勝とはいかないか。いくら負けた?」

「三〇〇〇円……」

 さつきは『温泉狂』の同士で取り合って稼げなどと言っていたが。勝っても負けても三〇〇〇円じゃあしようがない。

「今日はもう寝る!」

 それでもエミリは悔しそうだ。布団に頭ごと潜ってしまう。

一千万円稼ぐには。なにか大仕掛けを考える必要があるな――

「エミリ」

「なにー?」

「なんか金稼ぐ方法考えようぜ。チンチロリンじゃラチがあかないだろう」

「うーん。そうねー」

 二人して天井を見つめ、腕を組みながら思案した。

 ――突然。エミリが俺の肩をバシバシと叩く。曰く、いいアイディアがある。とのことだが。とにかくなにせ自信満々の、絵に描いたようなドヤ顔である。

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