第6話

 ユネッサンの入り口は、洋風のレンガ作りだが、屋根は瓦という不思議なデザインだ。

さつきはそこにイカスミみたいに真っ黒なコートに黒のジーンズ姿で佇んでいた。エミリがさつきにシャシャシャっと駆け寄って行く。

「あ、あのお! おはようございまァす!」

「は、はい⁉」

 エミリが耳がお釈迦になりそうな大声を出す。さすがのさつきも狼狽している。

「今日はチケット、ありがとうございました!」

 さらに最敬礼で頭を下げる。

「ふぁ、ふぁい!」

 さつきの声がデングリがえる。

「本日はご指導ご鞭撻のほど! よろしくお願い致す!」

 言いながらエミリは建物の中にダッシュした。

俺とさつきは茫然とその背中を見送るしかない。

「あの、なにか悪いものを召し上がって……日本の食べ物が体質に合わないとか……」

「とりあえずスルーしろ。多分そのうちわかる」


「ねえねえ! アレ行ってきていい?」

 ウォータースライダーを指差す。エミリはミニスカートのようなフリフリのパレオ付きの可愛らしいビキニ姿。さきほど売店で買ったものだ。チェス盤のようなモノトーンの柄が髪の毛の色とマッチしていてよく似合う。

「行ってこい。俺は行かねえぞ」

エミリはもっと大人っぽいものがいいと言ったのだがさつきが絶対こっちが似合うなどとゴリ押ししたのだとか。

「あいつはしゃいでんなあ」

 すごい勢いでウォータースライダーの階段を登っていく背中を見つめる。

「かわいいですね。本当に」

「あのはしゃぎ方は大人がハメを外したときのそれじゃない。完全に子供のソレだ」

 俺とさつきはウォータースライダーの近く、パラソルのついたイスに寝転がった。

「おまえは行かなくていいのか?」

「ちょっと高くて怖そうなのでいいです」

「だよな。あんなの乗るヤツの気が知れない」

 紙コップに入ったビールを傾ける。

「その、気のせいかもしれないのですが、あんまり見られると恥ずかしいというか……」

 ……どうもチラチラと見てしまっていたようだ。

 さつきは顔を真っ赤にしている。非常に布の少ないビキニの水着。ワインレッドでフチの部分と紐だけが黒色だ。華やかなカラーで、似合っていると思うけどな。

 エミリにスタイルいいんだからなるべく露出するべきだなどと強要されたらしい。

「すまん、まあおっぱいを見てたってのもあるけど」

 ――だが胸以上に気になっていたのは。

「どういうつもりで俺たちを誘ったのかなァと思ってさ」

 さつきはにっこり微笑みあっけらかんと答えた。

「仲良くなりたいと思いまして」

 飲んでいたビールが変な所に入り咳込む。

「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。前から気になってたんですよ。賭場でしょっちゅう見かけるあなたのこと」

「だってさあ……一千万円かけて闘う敵だぜ」

「敵かあ。でも仕事上の利害関係ってだけで別にお互いに憎くて闘うわけじゃないですよね? いわば格闘技の対戦相手みたいなモノです。仲良くしてもおかしくないと思いませんか」

「俺はおまえら大黒天が憎いんだが」

「私個人も憎いですか……?」

「ん……? いや別にそんなことはないけどさ」

 こいつが入社したのは、年齢的に戦後だろう。弟のこととは無関係なのだから、憎む理由はない。本人のキャラ的にも、まァ癖はあるかもしれないが嫌いではない。少なくとも根は悪いヤツではないと思う。

「それなら」

「……おまえらだって俺ら『温泉狂』なんて潰してやろうと思ってるんじゃないのか?」

「私はそんなこと思ってないです。健太郎さん個人はスキです! エミリちゃんも!」

「そんなにスキなら一千万円の勝負なんか仕掛けてこなければ良かっただろうに……」

「だって他になかなかこんな勝負受けてくれる人いないですもん。別に殺し合いしようっていうんじゃないんだから、いいじゃないですか。本気で闘った相手と友情が芽生えるとかよくありますし!」

 基本的には馬鹿なので頭がとっ散らかってしまい、頭を抱えて呻いた。

さつきはクスっと笑った。

「健太郎さんも私のこと結構スキですよね?」

「……なぜそう思う?」

「だって可愛い顔してるって言ってくれたじゃないですか」

「言ったけど」

「性格が最悪でしょうか?」

「別にそうは思わない」

「じゃあスキじゃないですか」

 苦笑するしかない。

「若者同士仲良くしましょうよ。――あんまりいないんだから」

 確かに。今の二十台ぐらいの奴はみんな戦争で前線に送られて死んじまっている。

「そうだけどさー。うーん……」

 握手の手を差し出してくる。仕方がないのでその手を握る。

「健太郎さんってもっと怖い人なのかと思っていました」

「ん? どういうことだ?」

「霊柩屋の佳奈美さんに噂聞いてたんです」

「……あのアマ。陰口言いやがって」

 そうかあいつが言っていた上玉というのはこいつのことか。

「エミリちゃんにすっごく優しいですよね。見ていて微笑ましいです」

 俺は腕を組んで首を傾げた。

「それでお二人と仲良くなりたいなーって!」

 さつきが無邪気な笑顔を見せる。ちょうどそのときエミリも百万ドルの笑顔でウォタースライダーを滑り降りてきた。


ユネッサン名物の露天ワイン風呂に三人で輪になって入る。真っ赤なお湯が入った岩風呂に係員がワインをワンボトル丸々注いでくれる。戦前はこのワイン投入タイムが、人だかりができるほどの人気だったのだとか。

「うわあ、すごいワインの匂い。酔っ払っちゃいそうです」

「さつきは酒弱いのか?」

「ええ。嫌いではないんですが」

 最初アレだけはしゃいでいたエミリだが、さきほどから少々無口だ。

「――ねえさつきさん!」

そして急に大声を出す。真剣な眼差し。いよいよ話を切り出すらしい。

「は、はい! なんですか?」

「そういえばちゃんと自己紹介してなかったです。私、エミリ桜庭です。ロイスチェン共和国から来た、温泉狂の助っ人外国人です。ちなみに不法入国です。年はとてもそうは見えないけど二十歳です。趣味は最近全然出来てないけどお菓子作りとゲームです」

 さつきは一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐにエミリに笑顔を返した。

「湯舟さつき、東京都町田市出身。箱根大黒社員、二十四歳です。趣味は食べ歩きと、絵を描くことかな? 宜しくお願いします」

 二人は握手を交す。

「あの! ……以前お会いしたことがあるのを覚えていらっしゃいますでしょうか?」

 エミリがさつきの目をじっと見つめる。

「……ごめんなさい。ちょっと覚えてないです」

「いえ、いいんです。もう十年以上も前のことだし、私だって健太郎に言われるまで忘れてたんだから」

「健太郎さんに?」

「うん。あなたの『ワザ』について」

「……ワザですか。もしかして昨日おっしゃられていたイカサマの技ってことですか」

「ああ。そうだ」

 俺が口を挟む。

「普通はイカサマとは言わないと思うけどな」

「健太郎。説明してあげてよ」

「えっ? 俺か? まあいいけどさ。なんか話しづらいよ」

「えー頑張ってよー」

 エミリがジトっと俺を見る。

「仕方ないなあ。まあ、別に咎めるってわけじゃないから気軽に聞いて欲しいんだが」

「は、はい。なんだかよくわからないですけど」

「あのときの麻雀。どう考えたってお前のアガり方はちょっとおかしかったよ。非合理な神懸かり的なアガりが多すぎる。特に『萬子』と『筒子』と『東南西北』がらみ」

「そうですかね?」

「ともかく俺はおまえがなんらかの手段で引いてくる牌を知っていると感じた」

 さつきは特に動揺する様子もなく自分の二の腕を揉んでいる。

「おまえのワザに気づいたのはホントに最終局面なんだ。おまえは気づかないふりをしていたがな、俺たちは牌の彫の部分に血を刷り込むというイカサマをしていた」

「なんですかそれ。ちょっとしたホラーじゃないですかー。なんの意味が?」

 まだしんらんぷりをするつもりらしい。

「……まあそれは一旦置いておくとして。問題なのはな、その血が乾いて真っ黒になっちまった後、急にお前の『キレ』がさらに増したことだ」

「確かに後半どどどーっとアガりましたけど」

「このことと、『萬子』と『筒子』と『東南西北』に異様に強いことを組み合わせるとおのずと、おまえのワザが浮き彫りになる」

 心底わからないという顔で眉をしかめる。このウソつき野郎め。

「おまえには黒を透視する能力がある。『コクトウガン』だな」

 俺の目を一瞬ちらと見て、口に当てて笑い始めた。

「ちょっと突飛すぎやしませんか?」

「突飛でもないさ。だってそこのエミリだってさ。赤を透視する『セキトウガン』を持ってるんだぜ」

そしてエミリが口を開く。

「あの、ごめんなさい。お姉ちゃんがずっと昔、私にこの能力のことは人にしゃべっちゃダメって教えてくれたんだけどね、健太郎にはしゃべっちゃった。バレちゃったからなんだけどね」

 さつきが目を剥いてエミリを見る。

「まだ私は五歳ぐらいだったかな。ロイスチェンで行われた『クリアカラーファキュリティー』のコンベンション。この目の制御の仕方を教えてくれた優しくてキレイなお姉ちゃんがいたの。その時からすでに結構おっぱいが大きかった気がする」

 さつきは顔全体に驚きを浮かべた。

「その人は黒い色を透視することができた」

そして今まで見せたことのない、慈愛に満ちた笑顔を見せた。

「――私も思い出した。ロイスチェンで出会った天使みたいに可愛い銀色の女の子。私が『全て』を打ち明けるとことが出来た初めての――最初で最後の友達」

「お姉ちゃん……!」

「大きくなったねえ。まさか日本にいるなんて」

「このあいだは色々変なこと言ってごめんね……怒ってるよね……?」

「いいよ! むしろね、威嚇する子猫みたいで可愛いなって」

 エミリはホッとした笑顔でさつきの腕に抱きつく。さつきは頭を優しく撫でる。

「相変わらず甘えん坊なんだね。中身はあんまり変わってないんじゃないの?」

「かも」

 その後二人はずーっと、飽きることなく、のぼせ上がるまでしゃべり続けた。

想い出話や、自分たちの能力の話、箱根の温泉や食べ物屋の話、麻雀の話。

 本当の姉妹で話しているような安心しきった顔。

 なんだかな。エミリといると弟のことを思い出すことが多い。


 ――ユネッサンを後にして夕焼け。

なんだかんだ結構泳ぎ周ったため体が非常にだるい。

 てくてくと歩き交差点。ここで左に曲がればヨセキ、右に曲がれば湯本ホテルに着く。

「これから仕事じゃあ大変だな。さつきも」

「いえ。でも楽しかったです」

「わたしも! また遊んでね!」

「もちろん!」

 さつきはエミリの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「じゃあね!」

 手を振りながら右に曲がっていく。俺たちも並んで左に曲がった。

 エミリはキラキラ輝くような笑顔でスキップするように歩いている。

「よお。随分楽しそうだったな」

「うん! だってさつきお姉ちゃん好きだったんだもん!」

「そうかい」

「子供の頃の友達に会えるって。嬉しいことだよね」

 すこし切なそうな顔をする。

「まァ、今じゃあ滅多にあることじゃねえからな」

 エミリはゆっくりと深く頷いた。

「でもてのひらを返し過ぎじゃねえか? あんなにツンツンしてたのに」

「うっ……! いいの! お姉ちゃん怒ってないって言ってたもん!」

 俺の腰に正拳突きをする。

「なんであんなにツンツンしてたんだ?」

「そ、それは……。なんとなくイラっとしたから……。まあ今思えば……」

 顔を赤くして俯きながら、ブツブツつぶやいている。

「ね、ねえ。健太郎もキレイだと思うよね。お姉ちゃん」

「ああ。まあな」

「……私とどっちがキレイ?」

 予想外の質問だ。エミリも可愛い顔してるとは思うが、あのさつきと比べてどっちがキレイかと言われたら当然そりゃあおまえ――

「エミリに決まっているだろう」

「だよね! それならいいんだ!」

 そういいながら、俺の服の袖を掴んだ。

 相手の心理が読めるというのは博打打ちの必須の能力だ。KYでは務まらないのだ。

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