4-藤紫-
あっと思った時にはすでに遅かった。
踏み出した足が滑り、体が傾く。
それはひどくゆっくりと感じられたけれど、本当は瞬きするほどの時間だったと思う。
川の水は思ったより冷たくて、一瞬、このまま死んでしまったらどうしよう、なんて馬鹿な考えが浮かんだ。
(そんなこと、あるはずないのに……)
でも、一度浮かんだ考えはなかなか消えなくて、僕の動きを鈍らせる。
(もし、僕がこのまま何も果たせないまま終わってしまったとしたら、世界はどうなってしまうのかなあ?)
体と一緒に沈んでいく意識の中で、僕の一番大切なひとの顔が浮かんだ。やっぱりそのひとにがっかりされるようなことはしたくない。そう僕が思い直した時、何者かによって腕を掴まれた。そして、そのまま水面へと引き上げられる。
「……っ!」
急速に現実に戻される感覚に、眩暈を起こしそうになった。
「けほっ……はあ……はあ……ありがとう……」
岸辺に引っ張り上げてもらった僕は、とにかく助けてもらったお礼を言わなくちゃと、どうにかこうにか声を発した。少し水を飲んでしまったのか、声が喉にひっかかる感じがする。
「いや……大したことはしていない」
僕を助けてくれた相手は、なんでもないというふうに、そっけなく応えた。
「でも君に助けてもらわなかったら僕、あのまま流されちゃったかもしれないし……!」
何故かはわからないけど、このまま何も言わずに立ち去らせてはいけないという、よくわからない焦燥感にかられて、とにかく引き止めてみた。
相手はちょっと驚いたようにこちらを見て、口を開きかけたものの、そのまま押し黙ってしまった。
沈黙が流れる。
そういえば、とあらためて見ると、相手も自分もずぶ濡れだったことに思い当たった。もしかして体調が悪いのかなと心配になってきて、顔を覗き込んでみると、青い瞳と視線がぶつかった。
それでも特に反応がなくて、おずおずと問いかけてみる。
「えっと……聞こえてる……?」
その言葉が耳に入ったのか、急に相手の表情が変わった。
はっとして少し考え込むような表情を見せたあと、相手はようやく言葉を発した。
「お前は………一体何者だ?」
その言葉は、たまたま川で出会った同じ背丈の子どもに向けるには堅くて、そしてほんの少し、異質なものに対する恐怖感のようなものが混じっているように感じられた。探るような鋭い視線が刺さる。彼は常ではない僕の"何か"を感じ取ったのだろうか。
「僕は……」
僕の発する言葉を、一言も逃すまいとするかのような空気に気圧されて、うまく言葉を紡げない。
「あの……ふぁっ……くしゅん!」
再び口を開こうとして、僕の言葉の代わりに飛びだしてきたのは、くしゃみだった。急激に寒さを意識する。
「あれ?なんだろう急に……っくしゅん」
くしゃみが止まらない様子の僕を前に、呆気にとられたような表情をしていた相手は、やや間をおいて、すっと右の掌を差し出した。意味がわからず見つめ返すと、突然、あったかいようなくすぐったいような感覚が体を駆け抜けていく感じがした。思わず目をつむってへたりこんでしまう。
それは本当に一瞬のことで、妙な感覚はすぐに収まった。おそるおそる目を開けてみる。先ほどと同じように目の前に立つ少年には、特段の変化は見られないような気がした。
「えっと……?」
何が起こったのか把握できず、目を瞬かせる。
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