3-群青-


 外に出た私は、近くの川へと向かった。水の流れる音を聞いていると、"声"も多少は気にならない気がして、川のそばに佇むのは昔から好きだった。一人で考え事をするには最適な場所だと思う。

 川にはすぐに到着した。しかしもう少し下流の方が座るのには適しているし、あまり屋敷の近くというのも落ち着かないので、川に沿って少し下る。


 しばらく歩いて適当な場所を探し、腰を落ち着けた。膝を抱えてぼうっと水面を見つめる。長雨のせいで水量は普段より増しているが、水面は変わらず光を反射してキラキラと輝いていた。水音に耳を傾けながら、そのままの状態でしばらく静止する。"声"のこと、自分の役割、これからのこと……。考えるべきことは次々と溢れ出てくるが、そのどれをも考える気にはなれず、ひたすらに水面を見つめ続けた。


 ふと、視界の端に動くものを感じ、顔を上げた。


「……!」


 対岸に自分と同じくらいの背格好の子どもが居た。その事実に、雷にでも撃たれたかのような衝撃が走る。思考するよりも早く体が反応し、何故か心拍数が上がる。

(……何故そこまで驚く必要がある……?)

 自分でも訳がわからないでいるうちに、こちらの驚き様に動揺したのか、対岸の子は足を踏み外して川へと落ちた。

 激しい水飛沫があがる。

 その飛沫が空へあがり、また水面へと帰ったところで、ようやく我に返った。


 それほど流れが早いわけではないが、普段より水嵩が増しているため、水深は我々では足が届くか届かないかという程度に深い。

 私は目測をつけ、川へと飛び込んだ。



「けほっ……はあ……はあ……ありがとう……」

 なんとか岸まで引っ張り上げると、相手は咳き込みながらも笑みを形作り、礼を言った。

「いや……大したことはしていない」

 何故かひどく落ち着かず、少し視線を外しながらどうにか応える。

「でも君に助けてもらわなかったら僕、あのまま流されちゃったかもしれないし…!」

 なんでもないというふうに躱そうとしたが、逆効果だったかもしれない。

 食い下がってくる相手を、あらためて眺める。白に近い砂色の髪は、光の加減によっては金を帯びて見えた。肩より少し長いくらいの髪からは、いまだに雫が零れ落ちている。それはもちろん自分もなのだが。

 このままでは風邪を引いてしまうかもしれないと、思考停止しかけた頭でぼんやりと考えた時、反応を返さないことを不審に思ってか、相手がこちらの顔を覗き込んできた。

 至近距離で視線が交わる。

 身につけている衣服も、髪も、白に近い中、一点だけ色彩を帯びた瞳は、とても印象的だった。

(紫の……瞳……?)

頭の隅に何かが浮かびそうになったが、それは掴む間もなく霧散した。

「えっと……聞こえてる……?」

 完全に硬直していた私を前に、戸惑いがちに問いかけてきた。

 その言葉を聞いて、これまで胸の奥に滞っていた靄が晴れていくのを感じた。唐突に違和感の正体を理解する。




──"声"が、聞こえないのだ──

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