第32話

 十二月二十四日。町田女子大プロレス研究会は毎年この日に年間最大のビッグマッチを行っている。歴代のマチジョメンバーは大体カレシがいなかったため、そういう伝統になったらしい。場所は町田市第三体育館。収容人数一〇〇〇人。会場は超満員に膨れ上がった。

『みなさまお待たせいたしました! 年に一度のビッグマッチ! 町女一武道会を開催致します!』

 真っ赤なメガネの実況アナウンサー。イチコちゃんが叫んだ。場内大歓声。

『トーナメント一回戦 第一試合! 青コーナーより『ミスター町女』高木アオイの入場です!』

 黄色い歓声が場内を包んだ。黒い燕尾服をモチーフとしたコスチュームを着た高木が入場してくる。

『見て下さい! この凛々しい姿! 聞いて下さい! このキャーキャー声! まさに王子様! しかしながら! 女にばっかりモテて、男にはさっぱり! 大学三年生! 目下オトコ日照りが継続中でございます!』

 場内に笑い声。高木は苦笑しながらリングのロープをくぐった。

『赤コーナーより! 小さきクソビッチ! 『淫乱ピンク』ピンキー・ラナの入場です!』

 場内がザワつく。

 私が大きな白いガウンで頭からカラダまですっぽり覆った状態で入場口に現れたからだ。

『ど、どういうことでしょうか? 白いガウンを被って……いつものイライラするクソビッチ魔法少女スタイルではありません。驚いてしまい、彼女の悪口をいろいろ考えておいたのですが忘れちゃいました』

 ゆっくりと通路を歩く。

『なんでも合宿をサボって、月のプロレス団体に遠征をしていたとのことですが。それが彼女を変えてしまったのか⁉ 今リングに上がりました!』

 私はリングに上がるや否やガウンを投げ捨てた。

『あー⁉ なんだあのスタイルは!』

 観客席を見渡す。最前列にはムーンサーフプロレスリングのみんなの姿。社長、アラタくん、イスカくん、オソ松兄弟、それにユウヤ。

『トレードマークのピンク髪が真っ黒に! しかもおかっぱショートカットです! コスチュームも真っ黒なセパレート! スタイルだけですと、まるでネオジャパンプロレスのKATSUYA選手です!』

 高木に近づいていく。さすがに面食らった顔をしていた。

 その綺麗なツラに強烈なビンタを喰らわせてやる。無論。ウソビンタなんかではない。

 ビターン! という音が会場中に響く。

 高木は吹き飛んでダウンした。

(なかなかの威力じゃないか。レフェリーで散々マット叩いてたのが役に立ったかな?)

「私は! このリングで二度と逃げない! 闘う! 勝負だ高木!」

 高木が立ち上がった。私の目の前に立つ。

 振り下ろすようなビンタが叩きつけられた。

 痺れるような痛み。一瞬眩暈がした。

 後ろに吹き飛ばされる。

 だが私は倒れない。

「てめえがそうくるのを。私はずっと待ってたんだよ!」

 高木がマットを踏みながら叫んだ。

「三年近くも待たせるんじゃねえ!」

「うるせえ! メスゴリラ! ちょっと事情があったんだよ!」

 もう一発ビンタを喰らわせた。

 高木が足をフラつかせる。

(今だ! 喰らえ!)

『おおお⁉ 素晴らしい跳躍のドロップキック! 蹴り落とすように打っていったぞ⁉ 彼女にあんなバネがあったでしょうか⁉』

(飛べると思えば! 案外飛べるもんだ!)

 リング下、ちょうどムーンサーフのみんなが座っている辺りに高木を叩き落とした。

 反対側に走り助走をつける。

(ユウヤはああ言ってくれたけど。私はきっと彼みたいなスターにはなれないだろうな)

(彼の試合を見て。私のなにが変わったのか。髪型とコスチュームは変わった。でも身体能力が上がったり、もちろん背が伸びたわけじゃない)

 ロープで反動をつけ、高木がいる方に走る。

(でもそんなこと! 関係ない!)

『さあーラナ選手、得意技の場外へのダブルスレッジハンマーに行くか⁉』

(重力があってもなくても関係ない! 飛べ! 飛べる!)

 リングの真ん中でマットを思いきり蹴った。

『な、なんと! ロープを飛び越えた! 高いーーーーー!』

 ウオオオ! という驚愕の声――


『二九分三五秒! ついに死闘に決着! 会場はラナコール一色だ……! な、泣いているお客さんがたくさんいらっしゃいます……! そういう私も鼻水が……!』

 イチコちゃんが鼻をかむ音。

 観客のみんなの声。拍手の音。

 私はリング上、大の字になって。リングを照らすライトを見つめていた。

 オデコからは血。鉄みたいな臭いがする。

 腰、肩、首、背中。全身の骨という骨が痛い。

 心臓が激しく動いている。

(来年は四年生。卒業だ。私はなにをしているのかなあ)

 プロレスのリングに立っている?

 それかプロレスのリング以外で闘っているのかもしれない。

 ――仰向けのまま。首をカクンと右に倒すと。客席のユウヤと目が合った。

 穏やかな顔でじっと私を見つめている。

 私もにっこりと微笑みながら口をパクパクさせた。

(ア・リ・ガ・ト・ウ)

 彼はキョトンとした顔をした。

(ダメだ。伝わってねーや)

 ふたたび天井を見上げる。

(まあいいか。また今度ちゃんと言えばいいや)

 そう。また今度。いつだっていい。

 これからもずっと一緒なんだから。

 私とユウヤ。

 そして。私とプロレスも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無重力マニア しゃけ @syake663300

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ