第30話

 十二月一日。東京では初雪が降ったそうだ。月ではそんなものは降らない。その代わりってわけでもないだろうが、月のドームの中は少しばかり肌寒い温度に調整されていた。そんな温度調整なんぞクソ喰らえ! とばかりに。クレーターアリーナは異様な熱気に包まれていた。客席はパンパンに埋まりきり、立見席もスシズメ状態だ。間違いなく『超満員札止め』。あとで聞いた話だと五〇〇〇人以上入れていたらしい。立派な消防法違反である。

(初めてだよな超満員札止めは。その立役者は。アイツ)

『本日のメインイベント! MSP無差別級選手権試合! 六十分一本勝負を行います!』

 社長は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。素晴らしく張りがあり色っぽい声。もうどこに出しても恥ずかしくない立派なリングアナウンサーだ。

『青コーナーより挑戦者。突如、彗星のように現れた。ムーンサーフプロレスリングを消し去る狂星。ルナ・エクリプスの入場です!』

 ――今でも目に焼き付いている。その異様な光景。

 観客席は金色に染め上げられていた。

 観客達が皆、エクリプス、稲村ユウヤのファングッズである金色のTシャツを着用していたということだ。

(なんで……⁉)

 エクリプスが入場ゲートに姿を現した。

 顔には金色の鉄仮面。どこで買ったのか全身真っ白なスーツに身を包んでいた。

 凄まじいどよめき、歓声。そして。

 ――エクリプス!

 ――――エクリプス! エクリプス!

 ――――――エクリプス! エクリプス! エクリプス!

 耳が張り裂けそうな大エクリプスコールが発生する。

 なにが起こっているのか分からない。なんで起こっているのかわからない。

 ひとつ言えることは。

 彼が観客の中のなにかをわしづかみにしたということ。

 もうなにが起こるかわからない! 会場の磁場は狂った! ぶっ壊れた!

 観客の反応を確かめるようにゆっくりと入場花道を歩くエクリプス。

 全身に鳥肌が立つ。背中から汗が噴き出してきた。

 ゆっくりとロープをくぐってリングの中央に立つ。

 奴は右の拳を握り閉め天にかざした。

 ウオオオオ! という歓声。いや。もはや叫び声。まるで宗教の教祖かなにかだ。

(クソ野郎! やりやがった!)

 プロレスラーの価値は試合内容だけでは決まらない。真の一流レスラーは入場だけで観客を魅了し、会場の雰囲気を持っていってしまう。ヤツはそれをやった!

(どうなってしまうんだこの試合!)

 社長が再びマイクを握る。

『赤コーナーより! チャンピオン! ムーンサーフプロレスリングを照らす赤き太陽! 橋爪アラタ! 入場!』

 真っ赤なガウンを着たアラタくんが登場。彼はゆっくりと入場したエクリプスとは正反対に、猛ダッシュで入場した。ヘッドスライディングでリングに上がり、社長からマイクを奪い取った。

「おいどういうことだテメエ! ラナちゃんがいねえじゃねえか!」

 マイクをリングに叩きつけた。カメラがアラタの顔をアップで捉える。

 私は。ジツはコレを『MOON SPORTS LIVE』のアルティメットホン用ページで見ていた。

 エクリプスがマイクを拾う。

「安心しろ」そういいながらスーツの中から一冊のスケッチブックを取り出した。「こいつに彼女の居場所が書いてある。貴様が勝ったら見せてやる」

「ふっざけんな!」

 アラタのドロップキックが顔面を捉えた。

「勝つだけじゃすまねえ! ぶち殺す! 殺し合いだ!」

 ダウンしたエクリプスの顔面を鉄仮面の上から蹴り飛ばす。ベコっという鈍い音がして鉄仮面が変型した。

「いいぜ」

 エクリプスは立ち上がって鉄仮面を取った。額からは早くも真っ赤な鮮血。金色のペイントが赤く染まっている。女性客の悲鳴が漏れる。

 フラフラとステップを踏んだかと思えばその額をアラタの額に振り下ろすようにして打ち付けた。ゴッ! という鈍い音。アラタくんは頭をブンブン振りながらなぜかニヤりと笑う。顔を見合わせて笑ったかと思うと、キスでもするように首に手を回した。

 ゴッ! ゴッ! という音が絶え間なく聞こえてくる。

(いきなり頭突き合戦って! どんな試合運びだよ!)

 観客のボルテージは既にマックスだ。

 喉を引き裂くような悲鳴と歓声、興奮して床を踏み鳴らす音。

 両者ヒザをつく。二人とも額がペンキを塗りたくったように真っ赤に染まっている。エクリプスはそれを手で拭ってペロっと舐めた。

「うめえ」

「キモチ悪りいんだよ!」

 アラタくんのビンタが乾いた音をたてる。

 だがすぐさま赤い毒霧で反撃。これは口の中の血を吐き出したものであろう。

 ヒザをついたまま目をかきむしるアラタに対して、踏みつけるような蹴りが落とされる。二発、三発、四発。悲鳴とアラタコールが発生する。

「野郎オオォ!」

 アラタくんが足を掴んだ。大歓声!

(アラタくんは表情がいいんだよな。感情が全面に出ていて。応援したくなる)

 足を取ったまま無理矢理立ち上がった。

(それに対してユウヤくんはリング上でいつも無表情。それがダメだと前は思ったけど。今はそれが彼の不気味なキャラに合っていて。悔しいけど。いい感じだな)

 アラタくんはジャイアントスイングの体勢。相手の両足を抱えるように持ってグルグルと回しほおり投げるワザだ。もっとも有名なプロレスワザの一つと言っていいだろう。

「うおおおお!」

 アラタくんが気合の声を上げながらグルングルンと回転する。――なんと徐々に体が浮かび上がっていく! どよめきと大歓声。高度はドンドン上がっていき、一番上のロープ辺りまで到達した。

「そいやあああ!」

 お祭りのフンドシ男のような声を上げながら、リングの外に人間をほおり投げた。

 野球のホームランボールみたいに二階のスタンド席に向かって吹っ飛び、逃げ惑う観客達の間に突っ込んだ!

 エクリプスはすぐさま立ち上がる。

 客席をウロウロ歩きながらチョイチョイと手をこまねく。

 リング上のアラタくんを挑発しているようだ。

 あっ! 客からビールを奪って飲んだ! ひでえ!

「この野郎!」

 アラタくんはロープに飛び乗るや、反動をつけスタンド席に向かって飛んだ!

(こいつもすげえバネしてるなあ! オデブの癖に!)

 だが! これはエクリプスの罠だった! 口からジェット噴射のように金色の物体が吐き出された! これはさっきのビールの毒霧だ! ひどい高さから落下するアラタ。

(普通なら死んでるよなあ)

 一階のパイプ椅子席に落下した。

 そこにエクリプスはヒザから飛び降りていく。首筋にグサっと突き刺さった。

(完全に人を人とも思ってねえ!)

 うずくまるアラタに畳んだパイプ椅子を布団叩きでもするように連続で叩きつけていく。これはまたヒドイ反則攻撃だ。ブーイングが発生する。ブーイングも発生しているのだが。

(これは! エクリプスコール⁉)

 悪の限りを尽くすエクリプスを観客が後押しする。

「いい加減にしやがれ!」

 だが。セコンドについていたオソ松四兄弟が静止に入る。

 そのスキにアラタくんはリングに逃げ戻った。

 兄弟はエクリプスを袋叩きにする。

 まあ因果応報かなと思うのだが、客席からはブーイングの嵐。

 兄弟が少々戸惑ったように客席を見回した。

 そのスキに。ご丁寧に兄弟全員に急所攻撃を見舞った。ウワっ! と言う歓喜の声。

 エクリプスもリングに戻った。

 両者リング中央で向かい合う。グルグルとリング上時計周りに周る。

 エクリプスがするどいタックルでアラタの足を掴みダウンを取る。足を取ってアキレス腱固めの体勢――

(いまさらまともなレスリングの攻防かよ!)

 やっぱりどっかオカシイこの二人。

「野郎! 離しやがれ!」

 オソ松兄弟がリングに乱入。エクリプスをうどんでも打つかのように踏みつけまくる。

「よっしゃ! アレ行くぞ!」

 オソ松さんが指示を出す。これを受けて。カラ松がエクリプスを肩車、そのカラ松をオソ松が肩車、そのオソ松をチョロ松が肩車、そのチョロ松をイチ松が肩車した。ブレーメンの音楽隊かトーテムポールみたいに重なりあう。

(マツブラザーズ・バックドロップ!)

 そのまま小さくジャンプ。勢いよく後ろにブッ倒れる!

 エクリプスはとんでもない高さからリングに叩きつけられた。

 追い打ちをかけるようにアラタも加わってふみつけ攻撃を食らわせる。

 エクリプスピンチ!

 ――そのとき。

 突如謎の歓声が上がる。入場口をカメラがとらえた。銀色の鉄仮面を被り、黒いスーツを着た男がスタスタとリングに向かってくる。

 彼はリングに上がるや否や、華麗に飛び上がり、フィギュアスケートの選手さながらにスピンしながら五人全員に蹴りを見舞った。

 こんな動きが出来るヤツはただ一人。

 鉄仮面を脱ぎ捨てた。女の子と見まごうような美少年の不敵な笑顔。

 客席から「ウワッ!」と破裂するような歓声。

「イスカ! てめえ裏切るのか⁉」カラ松さんが叫ぶ。

「ボクは産まれたときからずっと! ユウヤの味方だよ!」

 連続ドロップキックで兄弟たちをリングから追い出す。

 そのままもみくちゃになって場外で乱闘を繰り広げる五人。

 リング上ではアラタが立ち上がる。エクリプスはダメージがデカいのか立ち上がれない。

「どうしたーエクリプスー!」

「立ち上がってアラタを倒せー!」

 背中を踏みつけるアラタ。エクリプスの表情をカメラが捉えた。

 ――まだ死んではいない! その目はギラギラと光っていた。

 エクリプスをひったてるアラタ。右手のビンタ、左のミドルキックを交互にぶち込んでいく。めちゃくちゃなコンビネーション攻撃だ。

 エクリプスの足もとがドンドンフラついていく。

 チャンスと見たか、アラタが豪快なハイキックを放った。

 エクリプスはそれを垂直に三メートルほども飛び上がりかわして見せた。

(フラついたフリかよ! どうなってんだこいつ!)

 そのまま踏みつけるようなドロップキック――

 一瞬アラタが笑った。

 客席から驚嘆の声と悲鳴が上がる! アラタが! 口から火を噴いてエクリプスを撃ち落とした!

「ハーッハッハッハ! 散々毒霧吐いといて、これには文句なんて言わねえよなあ!」

 手にライターを持っている。

 口にガソリンを含み、手に隠し持ったライターの火に吹きかけたと思われる。

(なんていう反則攻撃! こんなアタマオカシイ攻撃初めて見た!)

 ――と言いたいところだが。驚くべきことに比較的多くの使い手がいる反則殺法だ。プロレスってホントにおかしい。

(どうりてさっきから声を上げないと思った!)

 おそらくオソ松兄弟の誰かがこっそり、ガソリンの入ったコンドームかなにかを渡したのであろう。

 髪の毛に火が着いたまま仰向けに倒れ伏すエクリプス。目を閉じて微動だにしない。

 アラタがダイブしてのしかかる!

「ワン!」

 会場が一体となりカウントを数える。

「ツー!」

 レフェリーが三回目にマットを叩く瞬間。エクリプスが足を跳ね上げ肩を上げた。

 ――ウオオオオという歓声。再びエクリプスコール!

 狂気じみた無表情でフラフラと立ち上がるエクリプス。

 そこに追撃のビンタ攻撃が放たれる。

 強烈に頬骨にブチ当たり、回転しながらマットに叩きつけられた。

「ワン!」「ツー!」

 肩が上がった! 再びウオオオオ! という歓声! 観客が床を踏みならす音!

「この野郎――!」

 エクリプスの髪の毛を掴み引っ立てるアラタ。バチーン! という乾いた音。

 エクリプスの反撃。顔面へのパンチ攻撃だ。大歓声。だが。

 アラタの容赦の無さすぎるハイキックが顔面にヒットする。

 エクリプスはカラダをガクガクとくねらせながらばったりとマットに倒れ伏した。

 悲鳴が鳴り響く中。再びフォールに行く。

 ワン! ツー! カウントツーで返す!

「なんで返せるのー⁉」

「ゾンビかあいつ!」

 ふたたびフラフラと立ち上がる。アラタがニヤりと笑う。

 彼はエクリプスの腕を掴み、ロープに向かって無理やり走らせた。自分も反対側に走る。

 アラタはジャンプ、ロープを三角飛びの要領で蹴り、ウルトラマンのように飛んだ。

(アームストロングラリアット――!)

 ロープの反動で帰って来たエクリプスの首をアラタの腕が刈り取った。

 エクリプスの体がグルングルンと回転し、頭から叩きつけられた。

 客席からは二つの叫び。アラタを応援するものからの歓声。エクリプスを応援するものからの悲鳴。

「――ワン!」

「――――ツー!」

 ウオオオオオオ!

(よし―――! よく返した!)

 鼓膜がぶち破られそうな歓声。フラフラと立ち上がるエクリプス。

 無表情。まるで死人だ。体にはほとんど力が入っていない。だが。

 目。その目には強い意志が宿っていた。私にはそう見えた。

 その姿に。ぎゅっと胸が締め付けられる。ムカツクことに涙まで滲んでくる。

(よし! ここだ!)

 アラタは右手を天にかざした。そして叫んだ!

「アームストロングラリアット・メテオだ!」

 ロープを駆けあがり、あっという間にコーナーポストの上に立った。

 両手を広げ大見栄を切る。大歓声がアラタに送られる。しかし。


 ごく一部の観客だけは。そのとき違うものを見ていた。


 ――リング上に。ウサギの仮面を被った怪人が現れたからだ。

 上半身は『喧嘩買います!』と書かれた黒いTシャツ。下半身は黒いスパッツ。

『そいつ』はゆっくりとリングを歩き、アラタが登ったコーナーポストの下に立った。

 殆どの客がそれに気づいた。だがアラタはエクリプスの姿しか見えていない。

 アラタがエクリプスに向かって飛びかかった瞬間。

『そいつ』はマットを蹴って垂直に飛び上がり、落下してくるアラタにピンク色の毒霧を浴びせかけた。

 頭からリングに落下するアラタ。この日一番のどよめきが発生する。

「誰だーーー⁉」

「わ、わからん! 全然!」

 ――誰も一切『そいつ』に心当たりがなかった。

『そいつ』はうつぶせのアラタに後ろから抱きついた。そのままジャンプ! 四メートルほど上昇し急降下。アラタをマットに垂直に叩きつけた。

 会場全体をどよめきが包む。そんな中。

『そいつ』は自分のウサギ耳をひっつかんだ。それをグイグイと上に引っ張り始める。

「おい! マスクを取るぞ!」

「ダレだーーーー!!!!」

 すっぽりとマスクを取るとそれを客席にほおり投げた。出てきたツラは。

 ナマっちろい肌、ガキっぽいまん丸い目ん玉、野良犬みたいな八重歯、そして。

 ――ピンク色の髪の毛。

 歓声と驚きの声。比喩でなく会場全体が揺れた。

「ラナ⁉ レフェリーのラナだ!」

「どういうことだあああああああ!」

『そいつ』はのたまった。

「ホラ。言われた通りにやったよ。早くトドメ差しなさいよ」

 立ち上がったアラタが私を見て目を丸くした。ムリもない。

「クッソ! もうわけわかんねえ!」

 アラタが突進。

「うおおおおお!」

 エクリプスが叫ぶ!

 奴はアラタの急所を思いきり蹴り上げた!

 アラタの体が上空に打ち上げられる!

 それ以上のスピードでエクリプスがロープを駆けあがる!

 あっという間にロープの最上段に立った!

 そこからさらにジャンプ!

 高度がドンドン上がる。一体どこまで上がるのか。

(おい! マジかよ!)

 ついにその高さは天井に届いた!

 ヤツは天井を足で蹴り、宙を切り裂くように急降下! そして!

 両手を恋人繋ぎのように組んで頭上に振りかぶった!

(ダブルスレッジハンマーだ!)

 ハンマーを打ち上げられたアラタに向かって叩きつけた! ドラゴンファイト式ダブルスレッジハンマー!

 アラタはリングに向かって隕石のように落下。

 轟音と共にリングに巨大な穴が空いた! いや! リングの殆どが穴になってしまった!

 足からスタっと着地したエクリプスがホザいた。

「まじい。これじゃフォール取れねえや」

(これが! 『ジャイアントインパクト』!)

 レフェリーがゴングを要請した! レフェリーストップの裁定だ!

 ――オオオオオオオオオオオオ!

 ――会場大爆発!

 こんな破裂するような歓声は今までに聞いたことがない。

「エクリプスー! よくやったぞー!」

「おまえこそが俺の太陽だー!」

「エークリプス! エークリプス! エークリプス!」

 わけのわからないことに。会場全体がエクリプスを祝福した。歓声、拍手、ヒュウウウという口笛。泣いている女性客もいる。

 歓声に答えて両手をあげるエクリプス。

 彼は一旦リングをおりて、リングの下のかくれんぼスペースからなにかを取り出した。

 リングの中に戻ってそれを掲げる。それはスケッチブックだった。汚い字でこう書かれている。

『ラナの居場所 リングの下』

 笑いと拍手、大きな歓声が発生する。

 ムーンライトテレビの坂中さんがチャンピオンベルトを持ってリングに上がって来る。

 新チャンピオンにベルトを渡すためだ。

(さて。ここからだ!)

 エクリプスがマイクを要求する。放送席に座っていた社長がいそいそとリングに上がり、そっとマイクを渡した。エクリプスがスイッチを入れたその瞬間。

(今だーーー!)

 私は彼に体当たりを喰らわせ吹き飛ばし、マイクをひったくった。

 客席からはザワめき。

 エクリプスも鳩が豆鉄砲を喰らった顔。

 私はこうホザいた。

「この私のためによく働いた! さあ! そのベルトを私の腰に巻け!」

 産まれて初めてのマイクアピール。全身の毛穴から汗が噴き出す。

 一瞬の沈黙の後。

 客席からは大歓声、笑い声、悪ノリして「ラナコール」をするヤカラまでいた。

(よし! 持っていった! 会場の雰囲気! 私のモノだ!)

 エクリプスは目ん玉をひん剥いている。

(ザマア見やがれ! なんでも思い通りにはならないんだよ!)

(さあ! 観客どっちらけにさせたくなければ言う通りにするしかねーぞ!)

 ――彼はやがてニコっと笑った。

 ベルトを腕にかけ、執事さんみたいにうやうやしく頭を下げる。

 すたすたと歩き私の後ろに移動。ベルトを私の腰に巻いた。巻きながら私に耳打ち。

「やられたよバカヤロウ」

 私は最高の笑顔をヤツに返した。

 エクリプスはベルトを巻いた私をひょいっと持ち上げ、肩に乗せた。

 その瞬間。ボン! という景気のいい音。リング下に置かれた筒状の装置から金色の紙吹雪が大量に噴き出した。

「びっくりしたー!」

「私は知ってたもんね!」

(キレイだな)

 カクテル光線を浴びた紙吹雪は。ゆっくりゆっくりとリングに落ちていく。

 社長は涙を拭いている。

 イスカくんはリング下から拍手を送ってくれている。

 アラタくんは目を閉じて仰向けで倒れたまま。私には。満足げな寝顔に見えた。

 観客の拍手、歓声、ヤジ、楽しそうな話し声。いつまでも鳴りやまなかった。

 ユウヤくんが私を振り返った。

 初めて見るくらいの。一点の曇りもない笑顔だった。

 私の心になぜか。満たされないなにかが広がった。

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