第28話

 昨日の内に書き換えておいた、本日の対戦カードを書いた大判の紙。そいつをベタっと壁に貼る。

 本日のメインイベントは『エクリプス VS カグヤ』。

 無重力マニア2での挑戦権争奪マッチである。

 クレータースタジアムの廊下。机を並べグッズ売り場を設営する。

「あっヤバイ。ユウヤくんのTシャツがキレちゃってる」

 確か金色に黒の書き文字が入ったカッコイイヤツだった。

「ああ。それならもう発注して届いてるよ」イスカくんが答える。「ごめん車の中に入れっぱなしだった」

「取りに行ってくる!」

「一人じゃ重いって。ボクも行くよ!」

 ニコっと笑うイスカくん。最近結構打ち解けることができて嬉しい。

 例の戦車みたいな車のトランクの中に、未開封のでっかい段ボールが三箱あった。

「こんなに発注したの⁉」

「いっぺんに注文した方が安いからね」

 二箱を持ってくれたので、残りの一箱を抱えた。無重力なのでどうってことない。

「でも売れ残っちゃ仕方ないんじゃ?」

「腐るものじゃないし。問題ないよ」

 そりゃあそうか。と答える。

「それにね。ボクの読みじゃあ。もしかして足りないかも」

 そう言ってウインクをする。よく分からないけど。なにせ可愛い。

「『エクリプス』バージョンも作らないとなあ。デザインどうしよっかな」


『本日のメインイベント! 無重力マニア2 王者挑戦権争奪マッチを開始致します!』

 観客席から歓声が押し寄せてくる。それは大変よいのだが。

(今日は一体どこから――)

 もちろん控室にはいない。観客席にもそれらしき人影は見当たらない。リングの下に潜んでいないことも何回も確認している。

『青コーナーより、カグヤ選手の入場です!』

 和風な音楽が会場にひびく。カグヤが艶やかな着物姿で入場してきた。面白いことに女性の黄色い声援の方が大きい

 彼女はヒラリと舞い上がり、宙返りをしながらリングに降り立った。

 場内が拍手と歓声に包まれる。

『あ、赤コーナーより! ルナ・エクリプス選手の入場です!』

 大歓声。勇猛でヒロイックな入場テーマ曲が流れる。今の彼には全く似合わない。

 早くも大ブーイングが発生するが、入場口に姿を現す気配はない。

(どこから来る⁉)

 始めにヤツの登場を感知したのは耳だった。バキイ! という板が割れる音。

「リングが割れた⁉」

「おい! アレ!」

「エクリプスだあああ!」

 ヤツはリングに穴を開けながらニョキっと姿を現した!

(バカな! リング下には誰も!)

 穴から手を出しカグヤの足を掴み引き倒した。そのままリングに上がる。

 そしてカグヤの足をロック。プロレスを代表する寝技『四の字固め』だ。

 見事な早業。ありえないほどのひどい反則技だが、ついつい感心してしまう。

 客席からは大ブーイング。

(はっ! 止めないと!)

「コラ! 足をほどけ!」

 肩をゆする。だが無視。そのまま足を締め上げ続ける。

 カグヤの悲鳴。ブーイングがなおのこと激しくなる。

「やめろこの野郎!」ヤツの左腕を掴んだ。

「どいてな」そういって腕を振り回す。振りほどかれてリングに転がってしまった。

 客席から悲鳴とブーイング。だが意に介さず高笑い。さらに強烈に締め上げていく。

「ん……あ……つ……」

 カグヤが顔を紅潮させながら、少々色っぽい呻き声を上げる。

(イスカくん! このヤロウ! ナメるんじゃねえ!)

 私はロープにダッシュ! 反動をつけて戻って来た。リングを思いっきり蹴ってジャンプ。両膝をエクリプスのドテっ腹に落とした。

 キングコングニードロップ。試合ではほとんど使わないが、ムカつくことがあったときなどに、よくベッドの上で繰りだしているワザだ。

 歓声。私に向けられたモノだ。結構キモチがよい。

 立ち上がったエクリプスが私に詰め寄る。

(こいつ! まさかまた! ちゅっちゅ的なことを――)

 その背後で。カグヤが素晴らしいバネで飛び上がった。

 華麗なドロップキックがエクリプスの後頭部にヒット。奴は前につんのめるような形になった。その結果。クチビルが私の口の横辺りにチュっと当たる。

(もうやだ! こんなラッキースケベいらない!)

 ――まあそれはともかく。

 カグヤは追撃のミドルキック。さらに前方宙返りをしながらの浴びせ蹴り。たまらずリング下に逃げるエクリプス。カグヤが入場コスチュームの十二単を脱ぎ捨てた!

(出るぞ得意技!)

 カグヤはその場でジャンプ。すばらしい跳躍で一番上のロープに飛び乗った。

 そこから急降下。エクリプスに体当たり!

 大歓声。ちょっと最近聞いたことがない、異様なボルテージの歓声だ。

 カグヤはエクリプスを頭上に持ち上げ、観客席に向かって投げ捨てた。

 悲鳴を上げて逃げ去る観客。エクリプスはガッチャーンと音を建ててパイプ椅子の海に落下した。客席はめちゃくちゃだ。どよめきと歓声が押し寄せる。

(ムチャするなあ! いくら無重力とはいえ)

 エクリプスが立ち上がった。額からは血が流れている。そいつを手で拭いペロっと舐めて、ニヤりと笑った。

 ヤツはそのままカグヤの方には向かわずに観客席の奥へと進んでいく。

 一番奥まで進み壁を背にするや、チョイチョイと手招きをして見せた。

(わかった! ヤツの狙いはカグヤの自爆!)

 挑発に乗ったカグヤは助走を付け、跳び上がった! ――だが。

 エクリプスはそれをジャンプしてかわした。カグヤはそのまま壁に突っ込む。

「読んでるぞ! ユウヤアアアア!」

 カグヤが叫び、水泳のターンのように体を反転。壁を蹴った。

 ロケットは進行方向をかえ、空中に浮かぶエクリプスの背中を捉えた。

 吹き飛ばされるエクリプス。リングロープの間を通り抜け、さきほど自分が空けた穴に落下した。

「すんげえええ! なんだコレ! プロレスってこんなだっけ⁉」

「だからすげえって言っただろこの団体はよ!」

 観客席に立つカグヤ。歓声に答えるように右手を上げ、人さし指を天に向かって突き立てた。

(こんどはなにをする気だ⁉)

 カグヤはほんの少し助走をつけジャンプ。

 フワっと浮き上がった彼は二階の、スタンド席に着地した。

 場内はとてつもないどよめき。リング中央、エクリプスは仰向けに倒れている。

(まさか!)

 そのまさかだった。カグヤは二階席最前列の手摺りからリングに向かって飛んだ。

 綺麗な放物線を描いてリングに向かって落ちていく。私は思わず目を瞑る。

 バチーン! という乾いた音。カグヤのリングシューズがエクリプスの胸板に突き刺さった! 直下型地震のような震動が発生する!

 ドオオオオ! どよめきが空気を揺らした。

(決まった! これがバンブーインフェルノ! カグヤの勝ちだ!)

 リング上に大の字のエクリプスをカグヤが抑え込む!

 私はリングにヒザをつきカウントを数えた!

「ワン!」

 マットを思いっきりぶっ叩く! 観客全員が大合唱!

「ツー!」

 ――ウオオオオオ!

 エクリプスが思いっきり足をハネ上げ肩を上げた!

(ウソでしょーーー⁉)

 客席からどよめき! 歓声! そして拍手も発生している。

 エクリプスは立ち上がり目を血走らせながら、野獣の咆哮を上げた!

「なんて奴だ!」

「怪獣かあいつ!」

 リングサイドの客達はなにかに魅入られたように、リング上をすごい目で見つめていた。

「クッソー!」

 カグヤも勢いよく立ち上がった。エクリプスに追撃を加える――

 かと思われたが。どうしたことか。カグヤは足をガクガク震わせて尻餅をついてしまった。

 ざわめきと落胆の声が響く。

 エクリプスがカグヤの顔面を踏みつけた。

「罠にかかったなイスカ。結構効いてたんだろう? 最初の足攻め」

 幽鬼のような表情。ゆっくりとした口調。

「おまえのワザは足に異常な負担がかかるものが多すぎる。だからまず足を攻めた」

 今度はヒザを踏みつける。

「今日は特にヒドすぎたなァ。いくら跳躍力自慢でもやりすぎだよ。ありゃあ」

 あまりの鬼気迫る足攻めに観客は静まり返る。

「もうこれで飛べない」

 背筋が寒くなった。これがあのユウヤくんなのか……?

 リング上を転げまわるカグヤ。客席からは悲鳴と鳴き声。エクリプスは後ろから腰を抱きしめ、引き起こした。

(クレーターメイカーの体勢!)

 その瞬間――

 カグヤの反撃。エクリプスのお株を奪う、足を後ろにハネ上げての急所打ちだ!

 エクリプスは腕を離した。カグヤも前のめりに倒れる。

 そのままマットに手を突き逆立ちの体勢。

「足が使えなくても! 飛んでやる!」

 カグヤは。両手に力をこめ高く飛んだ。

 空中に浮き上がり、右手を振りかぶるカグヤ。だが。

 迎撃ミサイルが放たれる。エクリプスの口から毒霧が噴射された。驚きと悲鳴が混じり合った声が響く。ヤツは呆れるほどのスピードで再びカグヤの後ろを取った。クレーターメイカー。カグヤを抱きかかえたエクリプスがフワっと浮き上がった。最高点で一瞬だけ停止。真っすぐに落下。

 私は時が止まったような錯覚を受けた。大荒れの死闘の中。この瞬間だけは。輝くように美しく感じられた。

「ワン!」

 リングを思いっ切り叩く。観客も呼応する!

「ツー!」

「スリー!」

 放送席を指さしゴングを要請する。ゴングが鳴らされるのだが、殆ど聞こえやしない。大歓声と大ブーイング。その両方が会場の空気を揺らし切っているからだ。

 エクリプスがマイクを要求する。

(はいはい。そうくると思ったよ)

 社長がリングに上がりマイクを手渡す。

「出て来―――――――――――――い!」

 あまりの大声にマイクがキーンと音を立てた。

 客席がざわめく。それはすぐに歓声に変わった。Tシャツ姿のアラタが入場口に現れたからだ。大アラタコールが発生する中、凶悪な表情で通路を歩き。堂々とリングに上がった。

「おい! イベリコブタ! この通り勝ったぜ! 約束通りあさっての無重力マニア2! この俺が挑戦する!」

 再び大歓声、大ブーイング。エクリプスはマイクをリング上に投げ捨てた。アラタがそれを拾う。そして叫んだ。

「イヤだーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 空間に次元の穴が空きそうなシャウト。マイクがキーンと鳴る。

「そんな約束オレはしてねえし! お前の思い通りにだけはさせねえよ! 絶対!!!」

 会場が静まり返る。

(橋爪アラタ! なんて恐ろしいヤツ! この場面で、会場の雰囲気もクソったれも関係なく! 自分の言いたいことだけをホザきやがった!)

 マイクをエクリプスにブン投げる。エクリプスはニヤりと笑い、こうホザき返した。

「そうかそうかそうかそうか。ハーハハハハッハハハハハア! なるほどそうくるか! 確かにそんな約束はしてなかったかなあ!」

 狂気じみた声。また背筋が冷たくなる。

「だがな。そういうことなら! こっちにも考えがあるぞ!」

 そう言ってマイクを投げ捨てた。すると。リングに空いた穴に手を突っ込んだ。

 穴から取り出したものは二本のタオルだった。

 奴は私の背後に周ると。私の口にタオルを噛ませた。いわゆる猿ぐつわ状態だ。

「んんーーーー⁉」

 さらに私の両手を後ろに回し、もう一本のタオルで縛る。

 挙句の果てに入場コスチュームのスーツの上着をアタマから被せられる。視界が真っ暗になった。

「ハーハハハハハ!」

 エクリプスの高笑い。腰に腕が巻きつく感覚。フワっと体が浮いた。どうも持ち上げられたらしい。あとで聞いたところによると、小脇に抱えるようにしていたとか。

「こいつは人質だ!」

(!! ウソでしょーーーー⁉)

 会場全体が騒然。

 ヤツは高笑いをしながら入場ゲートに姿を消した。私を連れて。

 観客たちのどよめきがドンドン遠ざかっていった。

 ハタチにもなって二回も誘拐されたヤツなんて私以外いるのだろうか。

 いやいるわけない。

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