第27話
高木が行ってみたいという場所は静かの海開発区内の『無重力アスレチック公園』だった。広々とした土地に、青々とした芝生。それに紅葉した木々。アレはイチョウだろうか。天気もよいし、平日のためそれほど人も多くない。
「この季節、月でも紅葉が見られるんだねえ」
高木はぱしゃぱしゃと写真を撮っている
「ああ。すごい技術だよな」
アラタくんが答える。今日はそんなに機嫌は悪くなさそうだ。
最近みんな心労が甚だしい。アスレチックで気軽に体動かして気分変えるのも――
「アレかな? アスレチックコース」イスカくんが指さした。
「なにコレ! 軽いエクササイズってレベルじゃねえ!」
空を見上げるとアスレチックコースが天空を駆け抜けていた。高さ二十メートルぐらいはあるだろうか。
「高いだけでなく、ドエラ難しそうだな」
アラタくんが呟く。点々と設置された小さな足場を乗り継がないといけない所、大変な高さの壁を垂直に上らないといけないらしい所などなど。まるで最近発売された『スーパーマリオスカイハイ』のコースだ。
「必ず命綱を着用してください。だって」イスカくんが看板を読み上げた。私とアラタくんが同時に『命綱⁉』と叫ぶ。
「めっちゃ面白そう! 早く行こうよ!」
高木は満面の笑み。はや足でコースに向かう。
「あ、うん!」イスカくんもそれについていく。
「しゃーないなあ」アラタくんは不服そうにだらだらと向かう。
(そうだ!)
アラタくんのTシャツの裾をつかむ。
「ね、ねえ私もあんなもんやりたくないからさ。あの辺でサボってようよ!」
軽食の屋台とテーブルが並べられている辺りを指さす。
「いいよ! なんだーやっぱりラナちゃんオレに気があるんじゃん!」
(ちげえよバカ! イスカくんと高木を二人にするためじゃ! あとホントマジで真剣にアレをやりたくないんじゃ!)
二人でソフトクリームを買って席につく。若干カップルっぽくてなんだかな。
アラタくんは実にうまそうにそいつを口に運んでいる。
「今日は機嫌いいね。エクリプス事件以降ずっとぷりぷりしてたから」
「……思い出したらムカついてきた」
余計なこと言っちゃったかな。でもいろいろと聞いておきたいことがある。
「ユウヤくんは高校ぐらいまではグレてたって聞いたけど。アラタくんもそうなの?」
「まさか」私をジロっと睨む。「オレはマジメ少年だったよ。勉強は一切しなかったけど」
「空手はマジメにやってたの?」「ああ三人共な」
彼らが育った施設に空手の有段者の前田先生という人がいたそうだ。その方が一生懸命教えてくれたとのこと。
「ユウヤくんが『足を洗った』きっかけはやっぱりヒデヨシさんに出会ったこと?」
「ああ。前田先生の誘いでウチに来てな。三人共ボコボコにされた。そんで。『もっと強くなりたかったらプロレスをやらねえか』って。クソカッコイイよな」
「カッコイイ! さすが!」
アラタくんは少し寂しそうに「だろう?」と呟いた。
「ユウヤの野郎はなあ。甘ったれなんだよ。昔っから」
ソフトクリームの包み紙をゴミ箱にぽいっと捨てた。
「両親が死んだからってグレていいってことにはならねえ」足をドカっと机の上に乗せる。「むしろ余計に明るく生きる必要があると思わないか」
――なんとなく。彼の人気の理由がまたわかったような気がする。彼はただの天然の明るいバカではない。彼は強いから明るい。それがリング上にも現れている。観客にも無意識に伝わっている。もちろん『ただの』ではないだけで天然ではあるとは思うが。
「今回もオレに負けたからってあんな風にグレちゃってさあ」
「あれは『グレ』っていうのかなあ?」
私もソフトクリームの包みをゴミ箱に投げた。
「しかしヒデヨシさんに負けたらグレるのやめたのに、アラタくんに負けたらグレるのかあ」背もたれに寄りかかってノビをする。「オトコゴコロってわかんねー!」
思ったよりでっかい声が出てしまった。自分で笑ってしまう。アラタくんも腹を抱えた。
「とにかく。なにを考えているか知らねえが。あいつの思い通りにだけはさせねえ!」
そっか。とつぶやいた。
アスレチックの方からはイスカくんと高木の楽しそうな声が聞こえる。
「高木さんやるなあ。もう月の重力にすっかり適応してる」
「あいつの運動能力はメスゴリラ並だからね。たぶんゴリラの血が入ってるんだと思う」
「た、高木さんのこと嫌いなの?」
「好きだから暴言が吐けるの。その辺は男といっしょよ」
芝生の上に『ムーンサーフプロレスリング』と書かれたバカでっかいマットを広げる。ビニールシート代わりだ。その上にバスケットと、大きなお弁当箱が置かれる。いわゆるピクニック状態である。
「すげえ! これイスカが作ったのか⁉」
バスケットには色とりどりの具材が挟まれたサンドイッチが詰め込まれている。
「こんなんただテキトーに挟んだだけだよ。高木さんのヤツの方がずっと手が込んでる」
弁当箱の方にはおにぎりと、ウインナーや卵焼きなどのちょっとしたオカズ。相変わらずの意外な女子力である。
でもそうか。私とアラタくんがダラダラ二度寝してる間に二人で一緒に料理していたのか。これは非常によいことだ。
「イスカくんにさ、マチジョの試合に出てくれって言ってるのに全然首を縦に振ってくれないの。兎月からも言ってよ」
高木がおにぎりを頬張りながら言った。
「いいじゃん! 出なよ! なんで出ないの⁉ イミわかんないんだけど!」
「いやムリでしょ! ボク男だし!」「バレやしないわよ!」「まあバレないかもだけど! 女の子を殴れっていうの⁉」「大丈夫! ウチの部員なんてほぼメスゴリラだから!」
イスカくんが「そういう問題じゃない!」と叫ぶ。
「お願いー! 年末にビッグマッチがあってさ。ワンデートーナメントやるの! それに出て欲しいなー」
そうか。もうそんな時期――
「ゲッ! 忘れてた! 明日から合宿じゃん!」
イスカくんとアラタくんは目を丸くして私を見る。
「えええー! じゃあ明日と無重力マニア2はどうするの⁉」
「どうしようー!」
頭を抱えながら喚く。そんな私の肩を誰かが後ろから叩いた。高木だ。
「まあまあ。部長には私から上手く言っておくからさ」「高木……」
私を後ろから抱きしめた。
「兎月が今やるべきことは。レフェリーとして『エクリプス』と闘うこと。私はそう思うな」
「そう、かな?」
「そうだよ! それにさ。どうせコッチが気になって練習に身ぃ入らないでしょ?」
「それは、そうかも」
後ろを振り返り、高木の目を見つめる。
「ありがとう」
「いいのよ」
お互いに目を細める。
「なに、コイツらのこのイイ雰囲気」
「わかんない」
アラタくんとイスカくんは怪訝な目で私たちを見る。
「でもそっかそれで高木さんは今日までなのか」
イスカくんは少し寂しそうだ。
「ごめんね。明日の試合はちゃんと見させてもらうわ! 会員にしてもらったし!」
そう言って『MOON SPORTS LIVE』のマイページを開く。
「でもさー。ホントにお金払わなくていいの?」
「も、もちろんだよ! アレだけリング設営とか手伝ってもらったんだから」
高木は手を合わせて頭を下げた。
「イスカくん。どうなの? 明日の試合。自信のほどは」サンドイッチを口に運びながら聞いた。
「もちろん勝つよ。新必殺技の『バンブー・インフェルノ』が炸裂するからね」
「この天才は次から次へと。サンドイッチもめちゃくちゃ美味しいし」
とはいえ。ネーミングセンスはいまいちかな。
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