第23話

 ネオ新宿駅は朝からたくさんの人で溢れていた。

 新東口地下のバスターミナルからは日本各地への高速便が運航されている。渋谷行き、五反田行き、箱根湯本行き、仙台行き、札幌行き。そして。『月』行き。

 私のツレは長袖のラグランTシャツにジーンズ。ボストンバッグを持って立っていた。

「風邪大丈夫? マスクしてるけど」高木が私のオデコを触る。

「もう大丈夫だよ。念のためだから」

「なんかオシノビの芸能人みたいだね」

 キャップに赤メガネ、マスクという私のスタイルを見てクスっと笑った。まァ人に見つかりたくないという点では芸能人と一緒だ。

 ほどなくしてバス停に入ってきた車両に乗り込む。ムーンサーフプロレスリングの社用車と同様な異常にゴツい外見だ。中身は普通の観光バスと大差ないが。

「ホントにこんなので宇宙に行けるのかな。宇宙服とかなくて大丈夫かな?」

「さんざん私のこと世間知らずとかバカにしてたクセに」

 高木はそわそわと落ち着かない。私はもちろん落ち着いたものだ。

(そういえば。高木に話してないな色々と。話しづらくて)

 ロクに自分のプロレスも出来ないのに、プロ団体のアドバイザーをしているなんて。

 それに今じゃなんだか色々こじれてしまっているし。

『まもなく発車致します』

「わ、わ、もう出るってさ!」

 私の二の腕を触ってくる。カワイイところあるじゃないですか。

 バスはゆっくりと走り滑走道路に向かった。そこから猛加速してフワっと浮き上がる。

「ね、ねえ! こっからどうなるの⁉」

 バスはゴオオという音をたてながら急上昇、爆音と共に地球の重力をブッチぎった。

「キャアアアアア!」

 高木がまるで女の子みたいな悲鳴をあげた。バスは宇宙空間に浮かび上がる。こうなってしまえば後は静かなものだ。

「アーー! すっげー! ホラ地球だよ地球!」

 そういいながら窓にアルホンをくっつけて、バシャバシャと写真を撮っている。

「あんまりグリグリするとアルホン壊れるよ」

 さっき買ったジュースのキャップを開ける。車内には重力が発動しているのでジュースが玉になってしまうようなことはない。

「随分冷静だねえ」

 マンガなら『ギクっ』という効果音が鳴る所だ。高木はこっちを向き直した。

「こんなもんなのかなあ。なんかの本で読んだな。大学の友達はリガイカンケイで、お互いにリヨウするもんだって」

 そう言って悲しい目をしたあと。パチンと手を合わせた。

「ごめん! イヤミっぽかったな。私らしくもない!」

 それから言った。『隠し事してんじゃねえぞコノヤロウ!』

「親友だろ。なんでも話してみろよ」

 高木の笑顔。心の奥にしまい込んでいたものが溢れ出てくる。ヤツの胸に顔を埋めた。

「なにも泣かなくてもォ。女に泣かれるのは苦手なんだよ」

(なんだそのイケメンみたいな発言! だからカレシできないんだよ!)

 バスの中で高木に全てを話した。ときおり相槌を打ちながら静かに耳を傾けてくれた。


「分かっちゃいたけど。地球となんも変わらないわねえ。なんだか拍子抜け」

『月港』に着陸し、『月央区』のドームの中に入った。キョロキョロしながら街を散策する。『月名物 磯辺焼き』とやらの屋台を発見。

「ひとつ買ってみようかな」高木がサイフを出した。

「じゃあ、そこで食べて行きまっか?」

 二人で近くのベンチに座って食べる。

「おいしい?」

「極めて普通」苦笑しながら私にも一口くれた。

「そうね。普通だわ。ま、別にウサギがついた餅ってわけでもないだろうしね」

 結構な大きさだ。二人で交代で食べ進め、なんとか完食した。

「よっしゃ。じゃあ行こっか。その『静かの海開発区』とやらに!」

「いいの? 本当に。観光とかしたい所あるんじゃ」

「なに言ってるの。どう考えたって一番面白そうじゃない! その無重力プロレスが!」


 電車に乗って開拓中のドーム『静かの海開発区』に向かう。そういえば電車に乗るのは初めてだ。

「げええ! なにコレ!」

 駅のホームに到着した電車は超満員札止め状態。パンパンに人で溢れ返っていた。

「そういえば。月じゃあ人口爆発が問題になるかもって本に書いてあったっけか」

 街を歩いている分にはそれほどヒドイ状態とは思えなかったが。

「とにかくコレに乗らなきゃしょうがないのか! そおい!」

 体当たりをするようにしてなんとか電車に乗り込んだ。

「あっ! ちょっと! やめなさい! この人痴漢です!」

「ごめんそれ私の手」

 高木のケツに手を回してなんとか倒れるのを防ぐ。

(こんなの毎日じゃあやってられないよなあ)


『次はー静かの海開発区―静かの海開発区―』

 大量の人間が電車から降りていく。まるで土砂崩れだ。なんとかその流れに乗ってホームに降り立った。

「ハアハア。けっこう面白かったね!」「面白くねえよ! ハアハア!」

「舐めてんのかてめえ!」

 ――ホームに怒声が響いた。

「足踏んだやろ! しばくぞアホンダラ!」

 真っ黒なスーツにグラサン。チンピラ風の男だ。ブレザーを着た高校生の男の子の胸倉を掴んでいる。なんだかどっかで見たような光景だ。見たというか小説で読んだヤツだ。男の子のほうは脅えきって言葉も出て来ないようだ。

 気づいたら体が動いていた。

「止めろ!」おっさんの腕を掴む。「大人げねえんだよおっさん! あんだけ混んでりゃあそりゃあ足ぐらい踏むわ!」

 おっさんは私を見てフッと嘲笑した。男の子もなにか憐れなものを見る目で私を見た。

(ふたりともチビ女だと思ってなめやがって!)

「来いコラ!」おっさんは私を無視し、男の子の腕をひっぱる。

「なにがコラだコラ!」

 地面を蹴って飛び上がる。ドロップキックがおっさんの顔面にヒットした。

(あれ? 胸板に当てる予定だったけど。まあいいか)

 着地と同時に男の子の腕を掴み駆け出す。

「なにやってんのよ兎月!」「逃げるよ高木!」

 すれ違いざまに腕を掴み一緒に引っ張って行く。

 ――なんとか逃げ切った。

 男の子に別れを告げる。手を振りながら、今度はあんなチンピラに舐められるな! と言ってあげた。

「あんたもメチャクチャやるわねえ」

「いやなんかつい」

「リングでもああいうプッツンした感じを出せばいいのに」

 高木が呟く。ドキっとした。

(これって。要するに私がユウヤくんに言ったのと同じ――)

「ところでさ。さっきのドロップキック。なかなかよかったよ。高さがあって、蹴り足も力強かった」

「ははは。必死だったからね」

 グラサンが追いかけてくるとイヤなので早足でその場を去った。

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