第19話
そんな悲しい事件がありつつも。私たちはいよいよエックスデーを迎えた。
「これホントに四〇〇〇席なのか? 一万席ぐらいある気がする」
ユウヤくんがボヤいた。
ここ『クレーターアリーナ』は巨大なクレーターの上から被せるようにして建造された会場だ。地形を生かした急角度なすり鉢状になっており、観客席の段差が激しい。私のようなちんちくりんにはありがたい構造であると言える。
リングの設営はほぼ完了。あとはロープを張るのみ。今日はなんだがみんな手つきがぎこちなく、結構時間がかかってしまった。
「ユウヤ―。そんなに弱気になるなよ! 大丈夫だって! 前売り券あんだけ売れたんだから」
アラタくんはいつもと変わらない様子でドンドンとリングにロープを張っていく。今は一番上のロープを張っている所だ。
「ラナちゃんはこれくらいの会場で試合したことは?」
珍しくイスカくんが話しかけてくる。
「あ、あるわけないでしょ。最高でも年に一回だけ使う一〇〇〇人の会場」
カッサカサの声が出てしまい、自分でびっくりした。
「よっしゃ! ロープ張り終わり! リング一丁上がり!」
アラタくんがリング上に飛び降りた。
「おまえら暗いんだよ! もっとキアイを入れやがれ! そんなこっちゃしょっぱい試合しかできないぞ!」
「そ、そうだね。ごめんね」まったくその通りだ。もじもじしながら謝る。
「謝んなくていいよ! 今から気合いれりゃいいんだ! よっしゃ! 円陣でも組むか!」
「いいんじゃない?」イスカくんが同意する。
「おおやろうやろう!」オソ松兄弟たちもノッた。
「よっしゃ! じゃあ社長と加護さん、ついでにカメラマンも呼んで来い!」
全員がリング上に集まり円を作る、私の左はアラタくん、右はユウヤくんだ。
アラタくんは常にカラダから高熱を発している。体が触れ合うとヤカンみたいに熱い。
ユウヤくんは逆にいつも冷たい。
「ムーンサーフーーーーーーーーーーー!!!!」
「ファイ!!!」
「オオオオオオオ!!!!」
みんなの表情がほぐれ、明るい活気が戻った。
「アラタ! センキュー!」ユウヤくんが肩をバシっと叩いた。
「いてーわ!」アラタくんも肩を張り返す。
私はそれを目を細めながら眺めていた。
彼らのそんな姿を見たのはこのときが最後になってしまった。
なぜだかプロレスでのみ使われる『満員っぷり』を示す用語というものが存在する。
『満員』『超満員』『超満員札止め』の三種類だ。
客席を見渡す。少なくとも満員。恐らく超満員に近い人数のお客さんが入っている。
『満員に膨れ上がったクレーターアリーナ! いよいよ! 第一試合が開始されます!』
加護さんの実況にもいつも以上にチカラが入っている。
最初にリングに上がったのはレフェリーの私だった。試合開始前からなんとも形容しがたいざわめきが会場を包んでいる。口をあんぐり開けながらぐるっと客席を見回してしまう。
(すごい人。頑張った甲斐があったなあ)
この会場に満員の観客を集めること。私の願いのひとつはかなった。
社長が緊張した面持ちでマイクを握り、リングに上がる。
『MSP無差別級王者 決定トーナメント一回戦 第一試合を開始致します!』
鼓膜が吹き飛びそうな歓声!
『青コーナーより 「ムーンプリンス」稲村ユウヤの入場です!』
ユウヤくんが入場口に姿を現した。
(あとひとつ。私が願うのは)
一回戦第一試合はクレーターメイカーが完璧に決まり、ユウヤくんの勝利。
内心ほっと胸をなで下ろす。彼の右手を上げると大きな拍手が送られた。
(お願い。このまま最後まで――)
『一回戦第四試合を開始致します!』
ひときわ大きな歓声が発生。一回戦最大の注目カードが開始される。
カグヤVSアラタ!
以前から見に来てくれていたお客さんだけでなく、プロモーション動画のコメントを見ていてもこの二人の人気は圧倒的だった。
『さあ入場して参りました! 華麗なる天才少女! カグヤ! 今宵! 宇宙を舞う!』
男の声援以上に女の子からの黄色い声援が大きく響く。
(かわいいもんなァ。それでプロレスも天才。人気がないわけがないよね)
リングに近づくや助走をつけてジャンプ。ロープを飛び越えてリングに着地! いきなり観客の度肝を抜いて見せた。
『赤コーナーより! 隕石野郎! 橋爪アラタ! 入場!』
(うおっ! うるせえ!)
アラタくんが右手を高く掲げ目を閉じながら入場してきた。
(最初はなんでこいつがこんなに人気なんだろうとか思ったけど)
今は分かる気がする。彼の試合を見ているとなんだか明るい気持ちになれるんだ。
「アラタアアアア!」
「オデブウウ! 頑張れーーー!」
「カワイイイ!」
あまりの大歓声がおかしくて。リング上、社長と顔を見合わせて笑ってしまった。
「ゴング!」私の指示により放送席の加護さんがゴングを鳴らす。
カーンという音と同時。カグヤが竜巻のような回し蹴りをアラタにぶち込んだ!
場内をどよめきと大歓声が包む。アラタは倒れたまま動かない。
(やばいかなコレ)
そっと近づいて顔を覗きこむ。そると彼は起き上がりこぼしさながらに立ち上がった。
鼻からはボタボタと血がしたたり落ちている。あーあ。目がトンじゃってる。
「コノヤロウ!」
めちゃくちゃなフォームの飛び蹴りを放つ。顔面にヒット。ロープに追い詰めたカグヤにミドルキックの連打。パシーンという乾いた音と歓声が混然となる。
「いったいなー!」
カグヤもミドルキックを打ち返す。両者の蹴りがぶつかり合いゴツッ! ゴツッ! と鈍い音が聞こえる。どっちも譲る様子は全くない。
「カグヤアアアア!」「アーラタ! アーラタ!」
混然とした歓声の中、アラタの雄たけびがこだまする!
「おおおおおお!」
アラタの蹴りにわずかにカグヤが下がった!
チャンスとばかりに踏み込むアラタ! だが。
バチーンという乾いた音。カグヤのビンタ攻撃がクリーンヒットする。
二発、三発、四発と往復ビンタ! 観客席からは悲鳴!
アラタはクラっと目を回したようにリング中央に倒れ込んだ。
カグヤが手でハートマークを作る。これは! フィニッシュホールドのバンブームーサルトに行く合図だ!
カグヤは天才的なバネで跳躍! コーナーポスト最上段に登った!
だがその瞬間。アラタがのっそりと立ち上がった。
コーナーポストに立つカグヤの姿を見るやいなや、猛牛のスピードでコーナーに向かって走った。野球のヘッドスライディングの要領でポストに体当たり!
グワーンという音が反響し、ポストが震動した。
「うわっ!」
カグヤがポストから落下する。そのときにはもうアラタはリングの反対側に走っていた。 ロープの反動を使いカグヤに向かって猛ダッシュ!
(『アラタラリアット』だ!)
落下するカグヤの首を太い腕が刈った!
カグヤは仰向けでリングに落下! アラタがズシーンと抑え込む!
「ワン!」
リングを叩く!
「ツー!」
「スリー!」
ワンツースリーの大合唱! 私はアラタくんの右腕を上げた。波が押し寄せるような拍手が発生する。
「いいぞー! アラター!」
「アーラータ! アーラータ!」
「へえ。『アラタコール』かあ。アナタやっぱり人気あるねえ」
アラタは左手でVサインを作って歓声に答える。このドヤ顔。ムカツクけども憎めない。
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