第17話
無重力マニアまであと一ヶ月を切った。レスラーのみんなはあちらこちらを駆けまわり、ポスターを貼ったり、ビラを配ったり、場合によってはデモンストレーションをしたり。精力的に宣伝活動を行っていた。今事務所で『内勤』をしているのは私と社長の二人だけ。
(うーんこんなもんかなあ)
パソコンで、宣伝のために投稿した動画を確認する。
(再生回数1008。四千人ぐらい会場に集めなくちゃあならないのに)
コメントは非常に好意的なものばかりだ。おそらくいつも体育館に見に来てくれているお客さんのものだろう。
(これじゃあダメなんだよなあ。荒れてもいいから反響がないと)
動画を再生する。我らがムーンサーフプロレスリングのプロモーション映像だ。イスカくんが映像を作成し、アナウンサーの加護さんに音声を入れて貰った
『プロレスが始まって二〇〇年! ついにプロレスに新しい時代が訪れた! 舞台は月! 人類史上初! 無重力空間で行われるプロレスだ! プロレススペースオペラの幕が今開かれる!』
この辺りのモンクは私が考えた。決してブンサイがあるとは思わないが、イスカくんのセンスが光る映像と、加護さんの熱いシャウトは大変よろしい。
(いいプロモだと思うけどな。とにかく人の目に触れないとお話にならんなァ)
――溜息が二つ重なった。
私のものと社長のものだ。顔を見合わせ笑う。
「社長さんはなに読んでるんですか?」
アルティメットキャンドルという、書物のダウンロード購入及び閲覧専用の端末をいじっている。
「団体経営をイチから勉強しないとと思ってね」
本のタイトルは『力道山の団体経営』。
「ホントにイチからですねえ」
力道山。日本初のプロレス団体『日本プロレス』を立ち上げた『日本プロレス界の父』と言われる偉人だ。彼がリング上だけでなく経営者としても天才的な手腕を発揮したこと。それが現在に至るまで日本がアメリカ、メキシコと並ぶプロレス大国と言われる所以である。
「難しくってあんまりアタマに入って来なくって」
メガネを外し、目をゴシゴシと擦る。メガネを外した顔はホントにカツヤにそっくりだ。
「ラナちゃんは力道山さんには詳しいの?」
「もちろんです!」
語りたくてうずうずしてきたので語ってしまうことにする。オタクのよくないクセだが、今回の場合は社長さんの勉強にもなるだろうからよしとしよう。
「彼の一番エラい所は『テレビ』に目をつけたことですね!」
「テレビに?」
「ええ。日本プロレスが立ち上げられたのは一九五四年。日本初のテレビ放送は一九五三年。まだ放送が始まったばっかりのテレビに目をつけて、試合中継を放送させたんです」
「よく年号まで覚えてるわねえ」
こういったことにアタマを使いすぎて勉強ができないのかもしれない。
「テレビで放送しちゃったら会場に客が来ないんじゃないかって反対があったんですけど、押し切って放送に踏み切ったんですって。素晴らしい先見の明ですよね」
その結果。テレビで見たヤツを生で見たい! と言って会場に客が押し寄せたことは言うまでもない。
「当時はまだ家庭にはテレビは普及してなくて、みんなで街中に設置された街頭テレビっていうので見ていたらしいですね」
「今でいうライブビューイングみたいなものなのかしら」
「ははは。そう考えたら楽しそうですね」
プロレス中継の人気はプロレスだけでなく、テレビ自体の普及にも大きく貢献した。こうして築かれたテレビとプロレスの密接な関係は現在に至るまで続き――
「テレビ! テレビか!」
私のほぼプロレスの情報しか入っていない脳味噌がフル回転した!
「ど、どうしたの?」
「社長さん! 加護さんに連絡して!」
(私は! 月の力道山になる!)
――一週間後。
『ムーンライトテレビ』はサンシャインテレビ系列のテレビ局。去年開局したばかりの、月で初めてのローカルテレビ局だ。
本社ビルの前で加護さんと待ち合わせ。私と社長が到着すると彼はもうそこでタバコを吸って待っていた。
「おはよーさん!」いつもの温和な笑顔。
「ありがとうございます! 紹介して頂いて!」
「なあに。仕事貰った恩があるからね。じゃあいこか」
彼はタバコの火を消した。
(さて挑むか。ムーンライトテレビの社長に)
自動ドアを潜り抜けた。加護さんが受付の女性になにやら親し気に話しかけると、エレベーターまで案内される。
十二階までグイーンと登った。
エレベーターの真正面の部屋、ドアの上部には『社長室』と書かれた表札のようなものが貼られていた。
「しゃ、社長室⁉ わ、私社長室って初めてかも。緊張するなァ」
「アンタ社長だろうよ」加護さんがツッこむ。
ドアが開かれた。
社長室の広さ自体はムーンサーフプロレスリングと大差はない。しかし『高級感』という点では比べものにならなかった。特に来客用のソファーテーブルのクオリティーには雲泥の差がある。
「初めまして。ムーンライトテレビ社長の坂中健二と申します」
「よお! 久しぶり! おまえもさすがにちょっとフケたな!」
挨拶をかわし、ソファーテーブルに座る。
坂中さんは元サンシャインテレビのアナウンサーで加護さんの後輩にあたるらしい。当時は若い女性から大人気だったそうだ。なるほど確かに今でも大変ダンディーでかっこいい。加護さんと冗談を言い合って穏やかに笑っている。
「おっと。昔話はこれぐらいにして。さっそくブツを見せてやらねえと」
加護さんがパチンと指を鳴らした。
「そうですね。お願いします」
坂中さんが秘書さんに灯りを落とすように指示する。
私はアルティメットホンを起動し、壁にプロモーション動画を映した。
「ほほーう。加護さんのアナウンスはいつ聞いても味があるなァ」
「映像もなかなか本格的ですね。どなたが作られたんですか?」
「見事な動きだ! 無重力だからって普通はこうはいきませんよね」
しきりに感心してくれている。好感触だ。お世辞には見えない。これはもしかしていけるかもしれない。
「社長! 地球のテレビと同様に月のテレビもね、プロレスで普及していきましょう!」
目的は無重力マニアを生放送して貰うこと! 私はその旨を提案した。
「そうですねえ」手元の端末を操作してスケジュール表らしきものを見ている。「試合本番は九月二十日ですよね。申し訳御座いませんがもう放送予定が決まってしまっています」
「うーん……まあそれじゃあしょうがねえよなあ」加護さんが呟いた。
「もっと早く来れば良かったナ」社長がガクっと肩を落とす。
「テレビ放送はできませんが――」坂中さんが端末を操作し、私たちの目の前に置いた。
「これは?」
画面には『MOON SPORTS LIVE!』の文字。
「月のスポーツを生中継する配信サイトです。月額九九九円で見放題。過去の配信も動画として見ることができます」
ネオジャパンプロレスがやっているのと同じような配信サイトのようだ。値段まで一緒というのはなかなか興味深い。
「へーこんなにたくさんスポーツ興業やってんのか! 月で!」
加護さんが動画のサムネイルをタッチした。高層ビルのような高さに設置されたバーを、身長の十倍以上はありそうな棒を使って飛び越えていく動画が流れる。
「ええ。なにせ見ていて新鮮で面白いですからね! 無重力で行うスポーツは!」
「お恥ずかしいけど、全然知らなかったです」
考えてみれば、そうでなければクレーターアリーナみたいな大きい会場が作られるわけもない。
「こちらに参戦して頂くというのは如何でしょう? いや。ぜひとも参戦頂きたい!」
社長と目を見合わせる。キラキラと目を輝かせている。私も同じだったであろう。
「良かったな。話まとまって」
「本当にありがとうございます。加護さんのおかげです」
本社ビルを出た所だ。社長が加護さんにアタマを下げる。
「ははは。じゃあギャラアップ頼むよ。無重力マニアが上手くいったらな」
「まあ、テレビ放送の夢は敵わなかったですけど。充分ですね!」
とりあえず、我々のプロモーション動画を『MOON SPORTS LIVE!』に乗せてくれるそうだ。それだけでも宣伝としては大きな効果があるだろう。
「じゃあ。無重力マニアにはカメラが入るのかあ。リングアナウンス。緊張しちゃうかも」
社長が可愛らしくひざをもじもじさせる。
「なにより、自分で後からいい映像で見られるのが嬉しいですね」
なにせテレビカメラで撮った映像だ。自分たちでアルホンのカメラで撮影した映像とは比較にならないだろう。
「これなら地球にいてもナマで見られますし」
「ははは! ラナちゃんはホントにプロレスバカだなあ」
「そんなことないですよ。加護さん。プロレスのことにはこんなに頭が働くんだから、本当はかしこいんですよきっと」
「褒められたのに、なんだが釈然としないんですケド」
その後。プロモーション動画の再生回数は十万を超え、ネット販売の前売り券は飛ぶように売れていった。
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