第16話

 いつもの体育館。レフェリーの私はリング上に立っていた。今日はいつもより増席して一五〇席ほどパイプ椅子を並べた。それでも一席の空きもなく満席。立見の人も沢山いる。

(よしよし。しかし今度はこの二十倍は集めないといかんから大変だこりゃ)

 壁にはイスカくんが作成した「無重力マニア」のポスターが貼られている。写真ではイマイチピリっとしないと判断した彼は、みんなの似顔絵をポスターに書いてくれた。

(ウマイなんてもんじゃない。なにやらせても出来る人っているよなあ)

 私の似顔絵だけちょっと似てないけどね。メデューサみたいなザンバラ髪に、長いキバを生やして、飢えた狼のごとくヨダレを垂らした恐ろしい形相をしている。ちょっとだけ悪意を感じてしまった。

『赤コーナーより本日デビュー! 謎の美少女レスラー! カグヤの入場です!』

(社長のリングアナウンスもだいぶん板についてきたなァ)

 場内からどよめき。和風のBGMに乗ってカグヤが入場してくる。まあ、イスカくんだということはバレバレなのだが、一応謎の美少女ってことにしておくのがオヤクソク、様式美みたいなものだ。

『サア、入場して参りました! 本日デビュー期待の新人であります!』

 実況の加護ヨシタカさんの名調子が会場にひびく。ぽっちゃり体型に温和な笑顔がトレードマークの癒し系アナウンサーとして、地球時代から主にスポーツ中継で活躍している。社長の父のHIDEYOSHIさんとは親友だったそうだ。

『謎の美少女カグヤ! 地球でもチョー有名な月の姫がムーンサーフプロレスリングに参戦だ!』

 入場コスチュームは十二単調のガウンだ。観客席からはあまりの美しさに溜息が上がる。対戦相手の覆面レスラー『マスクド・オソ松』も見とれてしまっていた。

(よかった。これはテコ入れ成功、かな)

 試合内容についてはもう、私が上から目線でアドバイスするようなことはなにもない。

 みんながみんな自分自身で研究し、自分らしい闘いを繰り広げている。

『決まったー! 芸術的ハイキック! 恐ろしいドSの姫だー!』

 加護さんもノリノリである。まだ技の名前などは覚えていない部分も多いが、とにかく言葉選びが楽しい。試合全体を明るい雰囲気にしてくれる。

『おっと! カグヤ! ひとっとびにコーナーポストに登った!』

(出るぞ! みんなで考えたカグヤの必殺技! ムーンサルトバンブー!)

 カグヤはコーナーポストからジャンプ。華麗に捻り回転をしながら急降下。両足で仰向けに倒れるオソ松さんを踏みつぶした! 間髪入れずに上からのしかかる! 私はすかさずマットにヒザをつく。四つん這い状態でマットを思いっきりぶっ叩いた!

「ワン! ツー! スリー!」

 勝者のカグヤの右手を上げる。やれやれ手のひらがヒリヒリと痛い。


『本日のメインイベント! マスクドカラ松・稲村ユウヤ組 対 マスクドチョロ松・橋爪アラタ組! 三十分一本勝負を開始致します!』

 カラ松さんとユウヤくんが入場するや大きな歓声が発生する。

(ユウヤくんのコスチュームもかっこいいよなあ。イスカくんすげえ)

 水色を基調としてフチの部分は金色のハーフパンツ姿。おしりには彼のキャッチフレーズである『PRINCE』の文字。入場コスチュームも同じ色合いの長いガウンだ。

 客席からは歓声。黄色い歓声が多い。少々気に入らないっていうか。いや女性人気は重要だけどサ。

 続いてアラタくんたちが入場してくる。

 ――驚いた。とんでもない大歓声だ。赤と銀色のコスチュームに身を包んだアラタくんが両手を広げて歓声に答える。

「すごい歓声!」思わず声が出る。

「彼はなんとなく場を明るくするオーラ持ってるからねえ」

 カラ松さんがつぶやいた。ユウヤくんも首肯する。

「いいぞー! オデブー!」

「アラタくん! かわいいー!」


 試合開始。タッグマッチだ。リング上にはカラ松さんとアラタくんが立っている。ユウヤくんとチョロ松さんはリングのロープの外側、マットのはしっこ『エプロン』と言われる所に立っている。

『さあーまずは、アラタとカラ松の対決です』

 プロレスにおけるタッグマッチとは実は四人で入り乱れて戦うルールではない。リング上で闘う権利を持つのは両チーム一人ずつ。もう一人はエプロンで待機する。

『さあカラ松の一気呵成のチョップ攻撃! アラタを追い込んでいく!』

 試合巧者のカラ松さんが有利に試合を進める。が。

「だあああああ!」

 アラタくんが雄たけびと共に突如飛び上がった。前方に宙返りをしながらカカトを落とす! いわゆる浴びせ蹴りだ。

 これには虚を突かれたか、ガードが遅れ頭頂部にモロにカカトが突き刺さった。客席からは悲鳴。間髪入れず、巨体からは想像もつかないスピードでリングの端にダッシュ、ロープの反動で戻ってくる。

「うおおおおおお!」

 アラタくんが再び雄たけびを上げる。腕をぶん回しカラ松さんの首にブチ当てた!

『ウエスタンラリアット』二十世紀の名レスラースタンハンセンが開発したプロレスを代表する必殺技だ。ナチュラルに出したのか、それとも彼なりの研究の成果なのだろうか?

 カラ松さんの体は首を支点として一回転、二メートルほど浮き上がりリングに落下した。

 客席からは歓声とどよめき。

 リング上大の字になったカラ松さんにアラタくんがのしかかる。『フォール』の体勢だ。私はリングにヒザをついた。

「ワン!」

 叫びながら思いきりリングを叩く! 思わず力が入ってしまう。

「ツー!」

 二回目にマットを叩いた瞬間。カラ松さんが足をハネ上げ、なんとかマットから肩を上げた。私は親指と人差し指を立てながら「ツー!」と叫び、カウントツーでフォールを返したことを示した。

『カラ松。ここでユウヤにタッチです!』

 このように相手の攻撃で追い詰められたリ、疲れてきたらエプロンにいるパートナーと手をタッチさせる。

『タッチ』が成立した。これでリング上で試合をする権利はユウヤくんに移動。カラ松さんはエプロンに移動する。

『アラタもチョロ松にタッチ!』

 チョロ松さんがロープをくぐりリングに上がる。ユウヤくんとリング中央で睨み合い。

 ――先に動いたのはチョロ松さんだった。渋くて正確なローキックの連打。

 ユウヤくんは必死にガードを固める。会場は固唾を飲んでそれを見つめていた。

「はあ!」

 チョロ松さんは突如ロープに走り突進。荒々しい前蹴りを放つ!

 ユウヤくんはその場でジャンプ! 三メートルばかり飛び上がり、突進をかわした。

 つんのめるチョロ松さんに対してドロップキックを放つ! 後頭部にヒット! うつぶせに倒れるチョロ松! その腰に後ろから手を回すユウヤ!

(なにを出す気だ⁉)

 そのときのユウヤくんがくりだした技は。私の想像を。そしていままでのプロレスの常識を遥かに超えた技だった。

(飛んだ⁉)

 ユウヤくんはチョロ松さんを抱えたまま、ロケットのように飛び上がった!

 高度はグングン上がる。二メートル、三メートル――

 五メートルも上昇した所でピタッと静止。

 そして降下が始まった。

 初めはゆっくり。徐々に加速がついていく。

 ――バーン‼ という破裂音を立て、チョロ松の脳天がマットに叩きつけられた。

 仰向けのチョロ松にのしかかるユウヤ!

「ワン! ツー! スリー!」

 私は彼の右手を高く上げ、勝者であることを示した。場内は拍手と歓声に包まれた。

 放送席の加護さんに合図を送る。事前に決めておいたマイクを持ってきて欲しいという合図だ。スタスタとリングに近づきユウヤくんにマイクを渡してくれた。

(さーてお手並み拝見)

 マイクアピールの時間だ。プロレスというものはリングの上で自分自身を表現するサムシングだ。従って。言葉で自分を表現できるかどうか。マイクアピールをウマくできるかどうかもプロレスラーの実力であると言える。ユウヤくんは挙動不審で目を泳がせながらマイクのスイッチを入れた。

「こ、こんばんは。稲村ユウヤです」

(アカン……)

「えーっと。その、こんばんはです」

(二回言った!)

「みなさん。ポスターは見て頂けたでしょうか?」

 急に問いかけられて困惑する観客の皆さま。

「見たー!」

 小さな女の子の声がこだまする。笑い声が発生する。

「い、イエーイ! センキュー!」

(なんか英語だ!)

「えーポスターに書いてあります通り! 九月二十日! 大きな会場で試合ができることになりました!」

 なんとか軌道修正ができたようだ。

「えーそこで! 初代チャンピオンの決定トーナメントを開催したいと思います!」

 おー! という歓声が上がる。

「まあちょっとまだチャンピオンベルトが無くて、もしかして間に合わな――」

 お尻の肉をぎゅっと握った。

(余計なことはいわなくていい!)

「どうしたの? ラナちゃん」

(大バカ野郎!)

 客席から笑い声。顔が真っ赤になる。

(早くシメて!)

 アゴをしゃくって続きを促す。

「と、とにかくよろしくお願いしましゅ!」

(噛んだ!)

 それでも観客達は拍手を送ってくれた。ユウヤくんはホッと安堵の表情を見せる。

「これどこに返せばいいの?」

 マイクをプラプラさせて私に見せた。スイッチが入ったままであったため、会場中にその声が響いた。客席から今日一番の爆笑が発生した。

「マイクを切れ!」

 ジャンプして肩をドーンと押した。リングサイドにいた社長や加護さん、レスラーたちもヒトゴトのように笑っていた。

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