第15話

気づけばもう八月。ムーンサーフプロレスリングに参戦してもうすぐ二ヶ月だ。

「おおおお! これいいぜオイ!」

「いいよね! めっちゃくちゃいいよねコレ!」

 事務所の男三人部屋にて、イスカくんのコスプレ姿を拝む。イスカ女子レスラー化計画α案の『バニーガール』。月にちなんでウサギの衣装というわけだ。白くてふかふかした覆面。頭にはウサギを模した耳。体はもちろん黒いハイレグの水着に網タイツである。

 はっきり言って似合い散らかしている。このスラっと長い美脚。まっしろな肌に黒い衣装がよく映える。恥ずかしそうに手で体を隠すイスカくんをパシャパシャ撮りまくった。

「目がパッチリしてるから覆面が似合うな!」アラタくんはムービーを撮っている。

「可愛い顔をあえて隠すってのもニクいよねー!」

「こんなの着てたら変態だよ! ユウヤもそう思うでしょ!」

「いや。俺も悪くはないと思うぞ」ユウヤくんもパシャリと写真を撮った。

「うーん。まあユウヤがそういうなら」

「よっしゃ。じゃあ次はβ案に行こう! 早く着替えろ!」

「分かったから一回出て行って!」

 追い出されてしまった。事務所の方でそわそわと待つ。

「そういえばさ。ラナちゃんが言ってた音が出るマットも用意できたよ」

 ユウヤくんが親指を立てて見せた。

「おお! じゃあもうバッチリじゃない!」

「とりあえずラナちゃんの提案は全部クリアしたかな!」

 アラタくんがニカっと笑う。

「となるといっちょ勝負に行きたいところだね」

「『場所』が取れればいいんだけど」

 ユウヤくんは腕を組んで天井を見上げた。

「着替えできたよ!」

 イスカくんのヤケクソ気味な声が聞こえた。どやどやと部屋に入っていく。

「おおお! これはこれで! いいじゃない!」

「捨てがたいわーどっちも捨てがたいわー!」

 黒い前髪パッツンロングヘア―のカツラ。ヒラヒラした桜柄ピンク色のセパレート。背中にはまんまるい月のマーク。シューズは『竹』を意識して緑色。イスカ女子レスラー化計画β案『かぐや姫』スタイルだ。

「まあ、さっきのよりはマシだけどサ。なんでムネを隠す必要があるんだか」イスカくんがボヤく。

「もはや誰だかわかんねえな」なんだかんだちゃっかり写真を撮るユウヤくん。

「ユウヤはどっちがいいと思う?」イスカくんが恋する乙女のような上目使いで尋ねる。

「俺? そうだなー。こっち。カグヤ姫の方がいいんじゃないか。ウサギもいいけどやっぱり顔が隠れちゃうのが勿体ないかな」

「じゃあこっちにする」

 こうして謎の美少女レスラー『カグヤ』が誕生した。

「でもこのウサギも勿体ないなあ」

 アラタくんがウサギの覆面を被って見せる。びっくりするほど似合わない。一同爆笑である。

「とっておいて、いずれイスカくんのキャラチェンジのときに使おうよ」

「そうだ! ラナちゃんがかぶるってのは⁉」

「レフェリーがこんなもん被ってたら、そっちばっかり気になるでしょうが」

 などと話していると。ウィーンと入口のドアが開く音がした。社長が帰って来たようだ。ドドドと廊下を駆ける音がする。蹴破るような勢いでドアが開く。

「しゃ、社長! どうしたんですか⁉」

 ハアハアと荒い息をついている。アップにした髪の毛もぐちゃぐちゃに乱れていた。珍しいこともあるものだ。彼女はカバンからなにかの書類を取り出した。

「取れたのよ! クレーターアリーナ!」

「ホントですか⁉」「やった!」「マジで⁉」「やりましたね!」

 クレーターアリーナは、つい先日『静かの海開発区』にオープンしたイベント会場だ。収容人数四千人。重力起動装置付の競技場だが、もちろん『重力を切る』こともできる。

「九月二十日にキャンセルが出てね、倍率五十倍を引っこ抜いたの!」

「九月二十日かー。あと二ヶ月もないな」アラタくんが腕を組んで首を捻る。

「そうだな。ラナちゃんは来られる?」ユウヤくんが尋ねる。

「う、うん。まだギリ夏休みだし」

 九月二十日。翌日用事があるけど。まあ問題ないか。

「よし! じゃあさっそく宣伝に入らないと! 今日の試合までにポスターを作るぞ! 会場に貼る! イスカ頼めるか!」ユウヤくんが指示を出す。

「う、うん!」イスカくんがカツラを取ってパソコンに向かう。

「えーっと……どんな感じに書けばいい?」

 三人で顔を見合わせる。

「まず団体名だろ。それから選手の写真貼って、時間と場所と……」ユウヤくんが天井を見つめながら思案する。

「あと大会名みたいなのもあった方がいいよ! せっかくのムーンサーフプロレスリング初のビッグマッチだもん!」

 ネオジャパンプロレスでも大きな試合、ビッグマッチには『プロレスどんたく』だの『インベーダーアタック』だの『ドミネーション』だの、よくわからないけどイイカンジの名前が付けられる。

「じゃあ言い出しっぺさんどうぞ!」

 イスカくんがイジワルな微笑みを浮かべながら私を見る。

「ええ⁉ うーんそうねー」

 腕を組んで思案する。

「そうだ! いいのがある!」

 机に置いてあったスケッチブックにマジックででっかく文字を書き殴る。

「こんなのどう?」

 ババーン! とばかりに頭の上に掲げて見せる。

 それにはこう書かれている。『無重力マニア』。

「ははーん『レッスルマニア』のパロディか」

「おお、よくわかったねユウヤくん」

「最近ちょっとは勉強してるから」

 レッスルマニア。一九八五年に第一回が行われた、アメリカのプロレス団体WWEの大会だ。当時の中心選手であったハルクホーガンの熱狂的なファンが『ハルカマニア』と言われたことから、レスリング+ハルカマニア=レッスルマニアと名付けられた。長い伝統を誇るプロレス界最大の大会だ。

「いいじゃん無重力マニア! さすがラナちゃん!」

「ち、ち、ち。違うんだなあアラタくん。『むじゅうりょくマニア』じゃないよ。これで『ムジューカマニア』と読みます」

「はーなるほど『ハルカマニア』とかけて」

「ちょっとヒネリすぎじゃない?」イスカくんが文句を言う。

「いいの! これでいくよ! もうそんな時間もないんだから!」

「わかったよォ」イスカくんがブーたれた顔でグラフィックソフトを起動する。

「当日の対戦カードも考えないといけないわね」社長が呟く。

「そうですねえ。どうでしょう? 選手全員参加のトーナメントをやるっていうのは?」

 ユウヤくんが「それだ!」というように私を指さす。

「それもただのトーナメントじゃなく! 初代MSP王者決定戦! 優勝した人がチャンピオン!」

「さすがラナちゃん」社長がパチンと手を合わせる。

「ねえ社長さん。例の注文してたチャンピオンベルト。なんとか前倒しにできないかな。無重力マニアに間に合うように」

「そうね! 頼んでみるわ!」

「お願いします! よっしゃ! じゃあさっさと今日の準備始めましょう! ユウヤくん! アナタはイスカくんの手伝い! アラタくんは私といっしょにリングの解体!」

「おっ! オレと二人でなんて! ラナちゃんもオレに気がある⁉ 両想い⁉」

「ないわバカ! あとアンタの『想い』は紙みてえに軽い!」

 私はもうすっかり我が物顔、リーダーヅラをしていた。

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