第14話

 久々に「地球」の方のプロレス活動だ。

 本日は部内大会『スパーリングリーグ』が行われる。

 二十人の部員から、くじ引きで組み合わせを決めて一人五試合を闘う。一番勝ち数が多い人が優勝。五連勝が複数いれば優勝決定戦だ。観客はいないが、OBの先輩なんかも見に来るちょっとしたお祭りである。

 試合のルールは殴る、蹴る、投げる、絞める、なんでもあり。ヘッドギアと総合格闘技用のグローブはつけるが、ほとんどケンカみたいなものだ。

(一年の頃は。楽しかったな。負けても)

 憂鬱な気分でリングを組み立てる。

(月のみんなはどうしてるかな)


「よりによってアンタかい」

「手加減してね!」

 一回戦の相手は高木。リング中央で睨み合う。

「さあどっちに賭ける⁉」「そりゃ大きいほうっしょさすがに! 一万!」「私も! 高木さんに五千!」「誰か小さいほうにかける人いない⁉」

 OBの先輩たちが私たちの試合を見物している。賭けながら見ているのもいつもの光景なのだが、どうも賭けがなりたたなかったようだ。身長一七五センチ対一四一センチ。いくら社会人でもわざわざお金をドブに捨てたいという人はいないらしい。

「初めっ!」

 レフェリーの声がかかる。

(どうせ負けるんだったら。あんまり粘って疲れさせても悪いかな)

(もしウチのエースにケガなんかさせちゃったらアレだし)

(でもワザと負けるのもな)

 などと余計なことを考えていたら。あっけなく、実にあっけなく。頭にハイキックを喰らいTKO負けとなった。ヘッドギアをしてるから痛くはない。あっけない結末。OBたちはがっかりした声を上げている。

「ありがとうございました」

 握手を交す。高木はなにか言いたげに私を見た。

(でもいつもなにも言わないんだ。こいつは優しいから)


 ――あっと言う間に五回戦。

「よろしくお願いします!」

 栗色のポニーテールが元気よくお辞儀をした。一年生の西邑エイコちゃん。私とそう変わらない体格ながら、抜群の身体能力を誇り将来のエース候補と目される。

「えーどっちにしようかなー!」「一年生でしょー? さすがにピンクの子が勝つんじゃないの⁉」「いや私は一年生で行く!」「それにしても二人共可愛いねー!」

 今回はちゃんと賭けが成立しているようだ。どのくらいのオッズなのかわからないが。

「初めっ!」

 審判役の高木の声。同時に真っすぐに駆け出していきなり右ストレートを放ってくる。間一髪バックステップしてかわした。追撃のローキック。今度は左ひざに貰ってしまう。

「ほら! やっぱり! 一年生の方が元気だわ!」

「あー失敗したかなー!」

 キレのあるワンツーパンチ。これはなんとかガードする。腕がジーンとしびれる。

(素晴らしい打撃センスだなァ)

 まだ入部して三ヶ月足らず。もう打撃は私よりも遥かに上だ。防戦一方。

「ピンクちゃーん! ちょっと前出なさいよ!」

(うるさいなー! 出れないんだよ!)

 なんとかガードを固めて粘る。だがとうとう両腕を弾かれ、顔面に右フックを貰ってしまった。脳ミソが揺れる感覚。足元がフラつく。

「兎月っ!」

 高木が叫ぶ。容赦なく追撃を打ちに突進するエイコちゃん。

 ――とっさに体が動いた。私はマットを蹴ってジャンプ。器械体操の跳び箱の要領でエイコちゃんを飛び越えた。これはリープフロッグというプロレスの技術だ。

「し、しまっ!」

 虚を突かれたスキに後ろから両足にタックル。バックを取って、首に手を回した。

 スリーパーホールド。簡単に言っちゃえば首絞め攻撃だ。

「ストーップ!」

 高木が試合を止めた。OBたちから感嘆の声が上がる。

「すごいジャンプ!」

 OBの一人が頭をポンと叩き祝福してくれた。

「ははは。体が異様に軽いので跳躍力だけはまあまあで」

「いや! かなりのもんだったよ! リープフロッグは得意技なの?」

「いえ。試合やスパーリングで使ったのなんて初めてです」

「確かに見たことない。よくとっさに出たね」高木も私の肩をポンと叩いた。

「なんか飛び越えられそうだなーって気がしたから」

 エイコちゃんは悔しそうにマットを叩いているが。

(まぐれもいいとこ。エイコちゃんに完全に抜かれちゃったな)

 本日の対戦成績。一勝四敗。まぐれ勝ちがひとつ。ボロ負けが四つ。


 帰宅。やれやれ。OB達に散々飲まされてちょっとキモチが悪い。カバンを投げ捨てゴロンと床に転がる。溜息をついた。

(なんか面白いことないかな)

 アルティメットホンを握りしめる。またなにか小説でも買おうか。それともゲーム?

 すると。友達が少ない私のアルホンが鳴った。誰だろう? 画面に表示された名前は――

「稲村くん⁉」

「よお。元気にしてた?」

 涼し気な声が耳に当たった。

「う、うん。もちろん」

「ちょっと声が元気なさそうだけど」

「実は今日、ちょっとお酒飲みすぎちゃって」

 ハハハと無邪気な笑い声が聞こえる。

「あのさ。ちょっと相談したいことがあるんだけど、時間いいか?」

「え、ええ。プロレスのこと?」

「もちろんもちろん。このあいだ言ってたイスカのコスチュームのことなんだけどさ。どんなコスチュームにしたらいいかちょっと見当つかなくてさ」

「そっかー私も具体的には考えてなかったけど」

「俺たちのコスチュームは出来たんだぜ! イスカデザインのかっこいいヤツが!」

「ええ! イスカくんそんなこともできるの⁉ いいな見たい!」

「じゃあ今度またこっちくるか? 迎えに行くよ」

 嬉しかった。

 少しだけ胸がジーンとなった。

「うん! いつでも呼んでって言ってるのに、ぜんぜん連絡くれないんだもん!」

「わりいわりい!」

 それからというもの。私はドンドンと『地球のプロレス』よりも『月のプロレス』の方に深入りしていくことになっていった。

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