第13話
目の前には満天の星空。というか宇宙空間が広がっている。
「あの。兎月さん。怒ってる?」
『宇宙航空乗用車一類』免許保持者の稲村くんが話しかけてくる。私を母星まで送り届けてくれている所だ。
「怒っちゃいないけど」睨み付ける。「ちょっと反省したほうがいいよ」
メインイベントの試合はあのまま場外乱闘が収集がつかなくなり、無効試合にせざるをえなかった。
「子供の頃から同じ施設で育ったからかなー。どうしてもライバル意識があって」
「プロレスをやるからにはね。いい試合をすること、お客さんを楽しませることを第一に考える。そのために自分の役割を遂行すること」
ちょっとエラそうだが間違ったことは言ってないと思う。ユウヤくんは真剣な顔で私に謝った。よく考えれば私にユウヤくんが謝るようなことはなにもないのだが。
「まあ盛り上がってたから、結果オーライっちゃ結果オーライなんだけどね」
フォローをすると、ユウヤくんは少しほっとした顔をした。
「あとさあ、自分の分だけ入場コスチューム用意するのってどうなの⁉ 入場曲も自分だけかっこいい曲にしてなかった⁉」
「いや俺だけ目立ちたいと思って」
あまりに素直なゲス発言に吹き出してしまった。彼もつられて笑う。
「ま、次回までにはみんなの分の入場コスチュームを作りたいわね。あと試合コスチュームもね。今みんな色違いの同じタイツじゃない。あれじゃあ面白くないよ。イスカくんのコスチュームはめっちゃ可愛いヤツがいいな。いっそ女の子設定にしてもいいんじゃない? あとさ名字に松なんとかさん多すぎ! あいつらややっこしいのよ! だからさ逆にいっそのこと兄弟ってことにしてひとまとめにしてチーム組んでもらうってのはどう? 『オソ松四兄弟』! 色違いの覆面被せてもいいかもね!」
息継ぎなしでしゃべりきった。少しムセた。
「兎月さん。なんだかんだノッテるね」私の目を見てニコっと笑う。
「の、ノっちゃいないよ」頭を掻きながら。「でもまあ。またいつでも呼んでよ。アドバイザーでもレフェリーでも会場設営の手伝いでもいいから、さ」
「いいの⁉」
「ええ。どうせヒマだから」
こうして私はムーンサーフプロレスリングのアドバイザー兼、レフェリー兼、お手伝いさんという、よくわからないポジションに就任した。
二十一世紀のプロレスラー飯伏浩太は新日本プロレスとDDTの二団体にダブル所属したが、私はマチダ女子大とムーンサーフプロレスリングのダブル所属。というわけである。
ネオ新百合ヶ丘のアパートに帰宅。なんだか久しぶりのような気がする。
(あっ。除湿器入れっぱなしだった)
パチンとスイッチを切る。ベッドにダイブして、ぼーっと天井を見上げた。
なんか。夢みたいな二日間だった。四時間かそこら前まで月にいて、そこにはプロレス団体があって、レフェリーなんかやってたなんて。
アルティメットホンのカレンダーを見る。今日は六月二十一日。六月二十二日の予定には『練習 九時』の文字。うつぶせになり枕に顔をつけた。今日はもう寝て――
(いや。そのまえに)
読書アプリを起動する。例の小説。少しだけ読み残していた。読んでしまおう。
『こうして月には地球となんら変わりない環境が構築された。現在では四百万人もの人々が移住している。東京の電車やカフェ、レストランには以前のような大混雑は見られない。すっかり快適になった。』
この小説が書かれたのは十年前。現在では月の人口は五百万人を超えたらしい。
『また「月観光」は日本の主要産業に数えられるほどの利益を貰らしている。日本人だけでなく海外から「東京二十四区 月」を訪れる人数は年間で一千万人を超えている。』
そういえば外国人もたくさんいた気がする。
『現在、人が生活できる状態になっているのは月面のわずか三パーセント。まだまだ開拓の余地が残されている。現在も開拓技術はドンドン向上しており、月面開拓の未来は明るいと言える。』
でもまさか開拓地でプロレスをやらかすヤカラが現れるとは思わなかっただろうな。
『ただし。ひとつの懸念がある。それは、人口爆発の対策のために行われた『東京二十四区 月』 構想が今度は『月』の人口爆発を産むことだ。』
(月の人口かァ)
『地球から月への移住を強引に推し進めた結果。現在、地球から月への移住は簡単に認められるが、月から地球に戻る手続きは簡単ではないという状況になっている。もちろん月で産まれる子供たちも多くいる。従って月の人口はこれからもどんどん増え続けるであろう。果たして月面の開発は人口の増加に追いつくのだろうか。』
(そういえば。道路なんて結構混んでたっけな)
『いずれにせよ。われわれ地球人の未来はこれからも月といっしょに回っていくことになるであろう。 (了)』
(読み始めたときは月のことなんて、ヒトゴトだと思っていたけど)
残りのページは、参考文献がずらーっと並べられているだけ。アルティメットホンを置き、眠りについた。
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