第12話
午後十六時。ふたたび体育館にてリングの設営作業。
「昨日、ユウヤくんには言いましたけどね。やっぱり無重力だということを生かしたワザを前面に出していくのがいいと思います!」
リングのロープを張りながら昨日のダメ出しの続きを行う。
「飛び技はもちろんですが投げ技もいいですね! 多少ムチャな投げ方しても無重力だからそんなに怪我にはつながらないので」
「フン。そんなの分かってるし」
パイプ椅子を並べながらイスカくんが文句を言う。
「でもね。イスカくんは試合中淡々としすぎ。もっと観客を意識してアピールプレイとかもしてみてもいいんじゃない? 観客席に投げキッスするなんてどう?」
「そんなことするわけないでしょ!」
「そういう点ではアラタくんは良かったよ」
「マジで⁉ やっぱ俺って天才?」
「調子のんな! アンタは技が雑すぎ! ちゃんと当てて!」
シュンとしてしまうアラタくん。なかなか愛嬌のある野郎だ。
「あとこれはすぐにってわけにはいかないと思いますけど」マットを踏み鳴らしながら。「無重力だから、投げ技とかが決まったときにあまり音がしないですね。もっとバーンと音がする素材にしてみたらどうですか? その方が迫力あると思います」
社長さんがアルティメットホンでメモを取る。
「あとはねえ。試合内容以前に、『実況』があったほうがいいと思います」
稲村くんがははーんとアゴに手を当てる。
「月じゃあプロレスのことみんなぜんぜん知らないんでしょ? ルールやワザの解説があった方がいいと思う。こればっかりは特殊技能が必要だから、難しいかもしれないですけど」
「父の知り合いに元スポーツアナウンサーの方がいらっしゃるから、その人に頼んでみようかな。プロレス担当だったわけじゃないと思うけど」
社長がアゴに人さし指を当てながら上を向く。可愛らしい仕草だ。
「そうですねーそれがよいかと。あとレフェリーですね。今はみんなで持ち回りでやってるみたいですけど、アレ疲れますからねー。レフェリー専門の人がいた方がいいと思います」
これには皆深く頷いている。私もなんどもやったことがあるがレフェリーってのは本当に大変なシゴトだ。試合とのダブルヘッダーなんて想像するだにボロボロになりそうだ。
「でもなー。月にはレフェリーの経験がある人はもちろん、プロレスのルール知ってる人すらいないからなァ」社長さんが嘆息する。すると。
――ポン! 突然誰かに肩を叩かれた。振り返ると稲村くんがいた。
「いるじゃん! ここに!」
『ほ、ほ、本日の第一試合を開始致しまあす!』
声がパッターンと裏返る。観客席からは笑い声。
リング中央。社長が懸命にリングアナウンスを行う。私はそれを真横で聞いていた。
(そろそろバイト代が発生してもいいんじゃないかしら)
ワザワザ白いTシャツを染めて作ったシマウマ柄のシャツ。
本日のレフェリはー兎月ラナだ。
『赤コーナー……違う! 青コーナーより武田イスカ選手の入場です!』
会場にはムーディーなジャズミュージックが流れる。
(変な入場曲―。稲村くんのセンス微妙だなあ)
それでもなにもないよりはマシなようだ。まばらながら拍手が発生する。
イスカくんが姿を現した。笑顔で手を振りながら入場してくる。だいぶん引きつった笑顔ではあるが。
(一応私のアドバイス、聞いてくれたのかな?)
あっ! 観客席に向かって投げキッスしてる! でもひきつった笑顔でやるもんだからコワイ! 観客もどう反応していいかわからない様子である。
(今日もどうなることやら)
『ほ、ほんじつのめいんいべんと! えーっと……』
社長のリングアナウンス。頑張れー! などとヤジが飛ぶ。なんともホンワカした雰囲気である。
『青コーナーより、橋爪アラタ選手の入場でっす!」
驚嘆すべきほどにダサい、タヌキがお腹を叩いているようなポコポコ音のミュージックが場内に流れる。アラタくんの入場だ。登場するや否や雄たけびを上げながら両手を上げ、ブイサインを出して見せた。
(なんだあの恍惚とした表情は!)
イギリスのロックスターかなんかのように自己陶酔しきった表情。社長も私もリング上で腹を抱えてしまう。観客席からも大きな笑い声。拍手と歓声も送られた。気を良くしたのか満足げな表情でモデルさんばりに腰をくねくねさせながら入場してくる。
(ダメ! オナカ痛い!)
プロレスラーなんて多少はナルシストじゃなきゃやってられないとは思う。とはいえこれはあんまりだ。挙句の果てにリングのロープを飛び越えようとして失敗、キンタマを打つに至って客席は完全に暖まり散らかした。私と社長の腹筋も限界までキュウキュウになった。
(これはある意味スター性と言っていいのかな?)
『赤コーナーより! 稲村ユウヤ選手の入場です!』
社長が叫んだ。お。いまの大爆笑で緊張がほぐれたのか、なかなかいい選手コールだ。会場にハードロック調のギュインギュイン音が鳴り響く。
(じ、自分だけかっこいい曲を!)
入場口に姿を現す稲村くん。
「や、やりやがった」
思わず声に出してしまう。あのいでたち。どこであんなもの買ったのか。まっきんきんの長いコート、プロレス用語で言えば『ガウン』を着込んでいた。自分だけ『入場コスチューム』を着ている。アピールのつもりなのか中途半端な角度で両手を上げた。
「カレらしいわね」社長さんはくすくす笑っている。
「じ、自分だけあんなカッコイイヤツを!」
目立ちたがりのアラタくんは怒った。入場を待たずして稲村くんに襲い掛かる。
(天然でプロレスの定番演出『ゴング前襲撃』をやるとは。やっぱある意味天才かも)
いきなり飛び蹴りを喰らわされたユウヤくんも、目ん玉を釣り上げて応戦する。
観客席になだれ込んで乱闘を繰り広げる両者。プロレス名物の場外乱闘だ。プロレスに慣れていない観客たちは悲鳴をあげ、逃げ惑う。これも生観戦の醍醐味ではあるのだが。
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