第9話
「みんな! お疲れ様―!」
試合終了後の控室。リングの撤収作業も終わり、服も着替えた。あとは帰るだけ。ジャージ姿の社長がみんなに発泡酒を配って回っている。みな一様に笑顔だ。百席ほど並べられたパイプ椅子に座ったお客さんは多くみても五十人程度。その状況の中、彼らは真剣に試合をやり切った。その充実感がよく現れていた。
「ラナちゃんもお疲れ様!」
客席に座って動画を撮っていただけなのに、私も一缶もらってしまった。
「それで。どう思った? 今日の試合」
みんなの視線が私に集まる。
「そ、そうですねー。お、面白かったですよ!」
(彼らはみんな人生を、生活をかけて真剣にプロレスに取り組んで――)
「みなさん基礎がしっかりされていて」
(プロレス不毛の地の『月』で闘っている――)
「無重力の中での試合。新鮮だったなァ」
(たかが学生プロレスラーの、しかもあんな試合しかできないクソガキに――)
「特にメインイベントは盛り上がってましたね!」
(なにを批判できよう――)
「ウチの団体の試合より盛り上がってたかも」
(観客の数だって。月の人口が五〇〇万人ぐらいってことを考えれば立派なもんじゃないか!)
――沈黙。
(マズイ。ちょっと上から目線になっちゃったかな)
「ふーん」イスカくんが口を開いた。「ボクはそうは思わないけどな」
思わず彼の方を見る。目が合うときまりが悪そうにすっと目を逸らした。
「兎月さん」
今度は稲村くんが口を開く。後ろから私の頭に手を乗せた。
「言いたいことがあるならはっきり言えよ。そのために来てもらった」
グリグリと頭をいじる。
「みんな分かってるんだ。俺たちにはなにかが足りない」
さらに力がこもる。
「イタイ!」
「あっごめん!」
彼はパッと手を離した。
「ようし。そこまで言うなら」自分の頭をさすりながら。「言ってやるわ!」
控え室全体を見回した。
「さっき言ったことはお世辞ではない! でもそれ以外の部分は全てダメ! 特に! 稲村くん!」後ろを振り返り、ビシっと指を差した。「アナタの試合は特に最悪! まっっっっったく面白くなかった!」
稲村くんが青い顔をする。
「まあ、どの試合もどんぐりの背比べですけどね。メインイベントは少しマシでしたが」
控室がザワつく。
「そ、それはどの試合のどうゆう所が?」
社長がフォローを入れる。
「試合始まる前からしてスデにダメです!」
アルティメットホンを取り出す。プロジェクターアプリで今日撮影した動画を壁に映し出した。
『第一試合を開始します』
会場にアナウンスが流れる。社長さんの声だ。
「はい! この時点でもうダメ!」
動画を一時停止。えええーっという声が控室にコダマする。
「なんですか! この低音質の、のんびりした癒し系ボイスは!」
社長をビシっと指さす。泣きそうな顔をしている。
「アナウンスはちゃんとリングの真ん中に立って! マイクを握って! 気合の入った生声をお届けしないと!」
頭を抱えて顔を真っ赤にする社長。
「それから!」
動画を再生する。第一試合に出場した、松平さん(たぶん)と、松岡さん(たぶん)がノロノロと入場してくる。
「なに! このただのガタイいいおっさんが街を練り歩いてる感じ!」
再び動画を一時停止。
「入場テーマソングを流さないと! いまどきプロレスだけじゃなくて、ボクシングとか他の格闘技、プロ野球でもやってるよ!」
稲村くんが目から鱗というような顔をしている。アナタは少なくとも二回プロレスの興業見ているだろうに、なんで分からないかなあ。
動画を再開する。審判役のアラタくんのピーっという笛の音と共に試合が開始された。
あまりの間の抜けぶりに全身の力が抜ける。
「ゴ・ン・グ・鳴・ら・せ!」
みんながしまったその発想はなかったという顔をする。そのとき。
ギイイ! と音を立てて控室のドアが開かれる。青い警備服を着たおじいちゃんが立っていた。
「そろそろ閉館時間ですので」
――続きは明日ということになった。沸騰していた頭が冷えていく。
(うわあ。エラそうなこと言っちゃったな)
などと考えながら、控室の出口の外に立った。すれ違う選手たちの顔を見る。
みんな私にニコっと笑いかけてくれた。松平(?)さんなどは私の肩をポンと叩きながらありがとうなどと言ってくれた。
イスカくんは私を睨みながら、ベーっと舌を出して見せる。
(かわいい)
稲村くんは私と目を合わせずに通り過ぎていった。
ちなみにアラタくんはずーっと寝ていた。どれだけマイペースなんだ。
松下? さんが満面の笑みでアラタくんのほっぺたをぶっ叩いて起こした。
「起きろアラタ! 帰るぞ!」
オナカをポリポリと掻きながら起き上がる。なんだかでっかい子供って感じだ。
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