第3話
両国国技館。英名スモウアリーナ。大相撲だけでなくプロレス、ボクシングなど様々な格闘技の会場としても使用される。収容人数一万人以上の大会場だ。
名物の焼鳥とビールを持って最前列に座った。リングは目と鼻の先だ。私とリングを隔てるのは一枚のフェンスのみ。どきどきしながら試合開始を待つ。
そういえば小学生の頃。父に連れられて産まれて初めてプロレスの試合を見たのも、ここ両国国技館だった。目の前でバケモノみたいにでっかい男が暴れまわる姿、会場の異様な熱狂。あんな衝撃を受けたのは人生で初めてのことだった。
それ以来。私はどっぷりとプロレスにはまりこんでしまうことになる。人生の九十パーセントがプロレスになってしまったと言ってもいい。大学生になって学生プロレスサークルに入るに至って、もはや人生の百パーセントがプロレスになってしまった。
(まあしかしなんだろうね。人には向き不向きがあるっていうか。見る方はいいとしてやる方はなァ)
『これより、ネオジャパンプロレス 一九〇周年記念大会 第一試合を開始致します!』
アナウンスが大会の開始を告げた。
(……よし! 今日は全力で楽しもう! せっかく最前列とれたんだし。ね)
『青コーナーより、チャンピオン! KATSUYA選手の入場です!』
本日のメインイベント! 会場のボルテージは既にマックス!
「カツヤアアアアアアアアアァァァァァァ!」
私も喉が張り裂けんばかりに声援を送る。
リングネーム『KATSUYA』。三十二歳。身長一八二センチ、体重一〇五キロ。名レスラー故HIDEYOSHI氏の息子。プロレスラーとしては決して大きくはない体格ながら、父譲りの跳躍力、空手仕込みの強烈な打撃、そしてなによりも圧倒的な『気迫』でネオジャパンプロレスのチャンピオンとして君臨している。
(ああ! かっこよすぎる!)
見事にビルドアップされた逆三角形の体。キリっとした眉毛とギラギラ光る眼。ボリュームのある真っ黒な髪の毛をオールバックにした姿は古き良きヤンキーマンガの番長のよう。コスチュームは一切飾り気のない黒一色のタイツのみ。これがまた硬派でいい。
「カツヤアアアア!」
それでいてひとたびリングを降りれば、家族思いの好青年であることでも知られている。サイン会などでみせてくれるあの素敵な笑顔。
(あんなもん好きになるなという方が無理だよな)
今長い入場花道を通過し、ロープを跨ぎリングに上がった!
「カツヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
あまり叫ぶと、またインターネットに『カツヤファンの幼女今日もいるwww』などと書かれそうだが、まあいいだろう!
対戦相手は悪役覆面レスラーの『誘拐仮面』マスクド・ロリスキー。今日もどことなく可愛らしい配色の赤いマスクをつけている。この男。なんと仮面ライダーのヒーローショーよろしく、リングサイドにいる子供ファンを誘拐し、人質に取るというとんでもない戦法を売りにしたアッタマおかしい野郎だ。
(今日はリングサイドに子供いないから大丈夫かな?)
まァいずれにせよ。なかなか底力があるのは認めるが、所詮はイロモノ。カツヤの敵ではあるまい。
(今日は安心して見られるな)
そんな風に考えて私は余裕をぶっこいていた。ぶっこいていたのだけど……。
プロレスはアメリカ産まれのスポーツだ。アメリカンサーカスで行われていたヨキョウのレスリングの試合を源流とする(らしい)。初めはちゃんとしたレスリングだったのだが、徐々に今のようななんでもありなモノになってしまった(とか)。
試合のルールはモトネタのレスリングとは違う部分がある。いやむしろ違う部分しかないが。もっとも大きく違うのは決着のつきかただろうか。
『さーKATSUYA抑え込みました!』
カツヤが仰向けになったロリスキーにおおい被さる。このように相手に覆いかぶさってマットに肩をつけさせることを『フォール』という。フォールの体勢に入ると――
「ワン! ツー!」
レフェリーがマットに四つん這いになり、右手でマットを叩きながらカウントを数える。 マットを三回叩き「スリー!」まで数えられると試合は決着する。従って抑え込まれた相手はなんとかしてマットから肩を浮かせなくてはならない。
『これはロリスキー返しました!』
ロリスキーは足を跳ね上げて肩を浮かせた。
『さーあKATSUYAさらにミドルキック! ドテっぱらをエグる!』
汗がはじけ飛び、ロリスキーが呻き声を上げた。
このように打撃攻撃OKとなっている所も大きな違いだろう。ボクシングとの差別化のためか、拳でのパンチだけは反則だが、それ以外はチョップ、キック、頭突き、投げ技、関節技。なんでもアリだ。ダメなのは急所打ち、目つぶし、嚙み付き、凶器攻撃ぐらい。
『カツヤ! エゲつないビンタ攻撃! バシーンという音がここまで聞こえて参ります! ロリスキーフラついた!』
うーん! やっぱりカツヤの試合はいい! このシンプルでバイオレンスな攻撃! 見ていてこの上なくスカっとする。ぶっちゃけプロレスの魅力なんて半分はこの暴力の爽快感。「他人を思いっきりシバキ回したい」という願望をかなえてくれるところだ。最近は複雑な技を多くこなす器用なレスラーが多いが、こういうシンプルなスタイルのレスラーも必要だと思う。
「カツヤアアア! 頑張ってえええ!」
カツヤの得意の飛び蹴り、ドロップキックがアタマにヒット! ロリスキーをリング外に叩き出した!
「いいぞ! カツヤ!」
ロリスキーはアタマをおさえながらフラフラとリングの周りを歩く。
(げっ! こっちに来る!)
気づけば目の前、フェンスごしにロリスキーの汗まみれの背中。奴はこちらを振り返った。目が合う。私の顔を見るやニヤリと笑った。
(ええ! まさか! ウソでしょ⁉)
奴はフェンスを無理矢理どかすと、私をお姫様だっこで抱え上げた!
『あーさらったー! ロリスキー! 今日も幼女をさらったー!』
(私は幼女じゃねーーー!)
場内が騒然とする中。ひとつの叫び声が私の耳に刺さった。
「やめろ!」
ひどくよく通る大声だった。私とロリスキーを含めた会場の全員がこの声の主を見た。
私の真後ろのパイプ椅子から立ち上がったその若い男。髪を茶色に染めて真っ白なシャツにジーンズという姿。かなりの長身だ。一九〇近くあるだろうか。
「その子を離せ!」
男はロリスキーの眼前に立ち、睨み付けながら言い放った。
「なんだテメーこの野郎!」
ロリスキーが叫んだ。私を抱えたままローキックを放つ。
「フっ!」
男は見事な跳躍でそれをかわした。そのまま空中で体を捻る。
「ぐおおお⁉」
見事な飛び回し蹴りをロリスキーの顔面に直撃させた。
思わず私を放り出すロリスキー。男が私をキャッチ。
「大丈夫⁉」
(えっ……⁉ えっ……⁉)
男に抱きかかえられながら。呆然とすることしかできない。
観客席も盛り上がるというよりは、困惑しザワついている。
――ややあって。
「なにやってんだおまえら!」
警備員たち四人ぐらいが私たちを取り巻いた。
「ホラ! こっちにこい! おまえら! 退場だ!」
(ええっ⁉ 私も⁉)
男に抱きかかえられたまま、会場からツマみだされてしまった。
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