最終章:マニュアル作成への道
「次回、クソ爺死す。」
黄のドラゴンに乗り込むと、
喫茶店のカウンター席に親父とクソ爺が座っていた。
私の時間軸のクソ爺はすでに死んでいるので、
ここにいるクソ爺はくたばる前のクソ爺である事は
容易に分かっていた。
「フォッフォ、よく来たのお。
スズラン。姫様と一緒に多重世界で
他者の精神を乗っ取る魔法を使ったな?」
…ぐ、バレていたか。
私はクソ爺に殺されることを覚悟する。
何せ、この魔法を使った場合、
強力な魔法使いの寿命を極端に減らすのだ。
しかも、それはランダム。
誰に当たるかもわからない。
「…私は、別にそれで死んでも構わないけど。
それが理由で姫様にもお願いしたし…」
一応、本音を言えば恐いのだが、
他者に行くくらいなら、
自分が死んでしまった方が良いと思うのも確かだ。
すると、爺は特に叱る様子もなく、
ペロリとこう言った。
「んにゃ。そりゃないわな。
何せ死ぬのは儂じゃもん。
隣に死神が居るし。」
あまりのことにショックを受ける一同。
みれば、爺の後ろにもう一人の爺、
先ほどライブ会場で見た死神であるクソ爺の姿があった。
「この魔法を使った場合、
死んだ魔法使いは死神として冥府に仕えることとなる。
儂が死ぬことが決まったからこそ、
こうして未来の儂の姿の冥府の使いが
現れているんじゃろうな。」
クソ爺の後ろで死神クソ爺は素振りをする。
そんな、クソ爺がクソ爺によって殺されるなんて…
正直ギャグのような絵面だが、事は重大であった。
「そんな、親父。死なないでくれ。
こいつか、こいつのせいなのか?」
そう言って、
親父はクソ爺の後ろを必死に殴る。
「こいつめ、こいつめ、
僕の父親を殺させはしない、
殺させはしないぞ!」
必死に拳を振るう父。
涙を浮かべながら殴る父。
だが、そこはもぬけの殻。
っていうか、
死神は反対にずっと立っているし。
どーも親父には死神になったクソ爺の
存在すら見えていないようだ。
「やれやれ、阿呆な息子を持つのは困るわい。」
そう言うなり、
クソ爺は親父の首をちょんと押し、
あっという間に昏倒させた。
「さて、スズラン。
ここで一つお前に仕事を与える。」
親父を魔法でベッドに運びつつ、
スイングするクソ爺の死神を無視しながら
椅子に座って足を組み直し、クソ爺は言葉を続ける。
「今回の件はいわば全体における
知識不足の結果によって引き起こされたもの。
王室付魔法使いも、近衛騎士団も、王室の人間でさえ、
この多重世界における力の変化による世代交代の
空白地帯を見抜けなかったことにある。」
そう言いつつ、
魔法でグラスに一杯のウイスキーを注ぐと、
クソ爺はそれをグビリと飲んで話を続ける。
「スズラン、王室付魔法使いとして、
ドラゴンを封じる仕事はよくやってくれた。
影響力も最小限で済み、被害も少ない。」
クソ爺はウイスキーを飲みつつ、
喫茶店のカウンターでくつろぐ。
「しかし、それだけではいかん。
将来的に空白地帯の人間が出る以上、
それを防ぐ手立てが必要だ。
スズラン、お前さんにはそれを考えてもらう。」
私は、それを聞いて目を白黒させる。
考える?
何を?
防ぐ手立てを?
どうやって?
半ばパニックになりかける私の額に、
クソ爺はウイスキーの入ったグラスを押し付ける。
「なーに、お前さんは何も頭が空っぽじゃない。
ようは今まで知ったこと、学んだことの、
うまい使い方を考えれば良いのじゃ。
これで、ヒントになったかな?」
いや、全くなってねえよ。
しかし、それ以上の言葉を紡ぐ前に
クソ爺はウイスキーの瓶をフリフリ、
椅子から立ち上がる。
「残念、タイムリミットじゃ。
これから儂は過去の太っちょスズランに
魔法と知識をあますことなく渡さねばならん、
まあ、ちょいと一月はのたうち回るじゃろうがな。」
うん、マジで死ぬかと思ったよクソ爺。
私は再び湧き上がる怒りとともに
爺を蹴り倒しそうになったが、
やっとの事で思いとどまる。
「ふむ、忍耐力もついている。
これなら大丈夫じゃろう。
じゃあ、スペシャルヒントじゃ。」
そう言うなり、
体を多重世界へと移動させつつ、
クソ爺は指を一本立てて言う。
「ようは誰もが知っていればいい、
ようは誰かが見ていればいい。
それを人に広めることができれば人は知るじゃろう。
…じゃあ、過去のアーサーによろしくな。」
そして、クソ爺は意味のわからないヒントを残し、
多重世界の私の村へと帰って行った。
黄のドラゴンの喫茶店で、
私と姫様と、あとクソ爺によって昏倒させられ、
ベッドの上でふて寝しているであろう親父だけが残される。
「…悲しいですが、
前・王室付魔法使いの言葉は大切なものです。
遺言として私たちの胸にしまっておきましょう。」
そう言って、胸に手を当てる姫様。
それは多重世界ユグドラシルでの敬意を表わす礼。
クソ爺への追悼の礼であった。
「…ところで、最後にアーサーによろしくって
おっしゃっていましたね。
あれは私の父の名だとは思いますが、
どういうことなのでしょうか?」
姫様の言葉に、私も首をかしげる。
わからない。
しかし、それが爺の遺言の
ヒントになるような気もする。
その時、カウンターの上に
一枚の缶バッジが置かれていることに気がついた。
「…あ、これは父が私の母と出会った時に
身につけていたという缶バッチ。
もしかして、その時間軸に行けということ
なのではないでしょうか?」
缶バッチを手にし、私に問う姫様。
…まあ、十中八九そうなのだろうな。
爺の遺言は訳がわからねど、
放っておいても良いものでもない。
それが仕事だというのなら、
それを済ませなければならない。
そして、私たちは空白地帯の人間を対策する
ヒントを探すため、多重空間を移動した。
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