「灯火はステージの上で燃える」

『では、今回のメインゲストを紹介しましょう!

 エージェント・佐々木ー!』


湧き上がる歓声、

ボルテージの上がった観衆。


バックステージからワイヤーにぶら下げられて

登場したのはエージェント・佐々木こと、

フィリップが中に入った人気若手ミュージシャンだった。


今回、姫様の進言により

特別に多重世界の中を移動することを許されたフィリップは、

本来ならば違法であるミュージシャンの意識を借りて、

彼のステージで音楽を披露することとなった。


屋外に設置されたコンサート会場は、

夏の暑さだけでなく、客からも立ち上る熱気で蒸れに蒸れ、

いつバタバタと熱中症で倒れる人間が出ないかヒヤヒヤものだ。


おまけに、多重世界で他人の意識を借りる能力は

本来王族の使える最後の切り札であり、

これを使うと多重世界の中でランダムに一人、

強力な魔法使いの寿命が極限まで縮められてしまうので、

選ばれた場合、私の寿命が尽きてしまう恐怖があり、

私としてもヒヤヒヤものであった。


私と姫様はそれぞれスタッフの

腕章をつけた男性と女性の中にいて、

客がバリケードを超えて佐々木に会いに

行かないように防ぐ役割をになっている。


そうして、ステージに降り立つ

佐々木の中のフィリップは、

魔法によって植えつけられた技術で

彼の持ち曲である得意のロックを歌い、

観衆を大いに沸かせる。


『じゃあ、最後に俺の新曲、

 「最後の灯火」を歌わせてもらうぜ!』


ボルテージの上がった観衆、

その時、私は魔法で隠していたタンバリンを放り投げ、

エージェント・佐々木…いや、フィリップに、

彼の魂と言える楽器を渡した。


…そこから始まる大惨事。


突如音楽が鳴り止んだと思うと、

フィリップの得体の知れない舞が始まった。


黒ズボンに胸元の開いたシャツにネクタイ姿の

エージェント佐々木。


それがやおらクネクネと踊りだし、

タンバリンを派手に打ち付け、

聞き取れない発音で歌い始める。


静まり返る民衆、

急速に下がっていくボルテージ。


この手のライブは映像として残るため、

今回の惨事は確実に記録される。


運が良ければカットされるかもしれないが、

なんかスマホで録画している連中もいるので、

鎮火するのは無理かもしれない。


…佐々木、かわいそう。

まだ若手のミュージシャンなのに。


そうして、「ヒャッホー!」と

派手に叫んだフィリップは、

手に持っていたタンバリンを客席へと放り投げた。


宙を切り裂くタンバリン、

しかし私は見た。


佐々木の手からタンバリンが離れる瞬間、

死神となったクソ爺が鎌を振るうのを。


その時、フィリップの魂が

タンバリンの中へと吸い込まれていくのが見え…


パリンッ


そんな軽い音を立てながら、

タンバリンは空中で真っ二つになった。


そこで私は気付く。


固定された魂は、

宿っているものが壊れれば消滅する。


すなわち死。


こうして、王室直属の近衛騎士団の副隊長であった

フィリップ・ローグはその短い生涯を閉じたのであった。


「…終わりましたね。

 これでフィリップの魂は安らかに天に召されるでしょう。

 最後に、観衆の前で歌い、燃え尽きて。」


燃え尽きてというか炎上で、

安らかというか大惨事だったが…。


みれば、エージェント・佐々木当人は

自分がどうしてステージに立っているのか

わからない様子でキョロキョロとし、

慌ててスタッフが駆けつけているのが見える。


無理もない、リハーサルを兼ねて

二日前から意識をフィリップに乗っ取らせていたのだ。


何も覚えているはずがない。

残っているのは謎の舞の余波だけである。


ちなみに、その後タンバリンの映像はお蔵入りし、

割れた楽器の遺物はファンのあいだで

伝説の恥ライブの証拠品として高額で取引され、

撮られた映像は幾度もネットに晒され、

ついには都市伝説として広まるのだが、

それはさておき…


これで、全てが終わったのだ。


まだ、他者の精神を乗っ取るという

代償を支払いは残っているものの、

私は半ばホッとしながら、

まだ混乱する会場の中で

姫様と共に元の世界へと戻ろうとする。


しかし、一歩踏み出そうとしたその時、

屋外ステージの中から、

何か小さな生き物が顔を出すのが見えた。


それは、ほんの少し風変わりな

モグラにも似ていて…


『スズラン、それに姫様。

 ちょいと儂に付き合ってくれんかね。

 フィリップの最後を見届けたところで恐縮だが、

 まだ用事があっての。至急、黄のドラゴンの中に来てくれ。』


私と姫様はそれを聞くと、

モグラに姿を変えたクソ爺の言葉に従い、

黄のドラゴンのところへと向かうことにした。

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