「にゃあにゃあ相談」

「…どうして私を庇おうとするのです。

 私は極刑でよかった。

 辛い人生には慣れていた。

 どうして、私を助けようとするのです。」


破った障子のあいだから顔を出し、

「にゃあにゃあ」と悲痛な叫び声をあげるフィリップ。


ここは多重世界の一つ、

夏場の家で飼われる家猫の姿で、

私たちはフィリップから話を聞いていた。


本来なら帝都で話を聞いても良いのだが、

フィリップが王族や魔法大学の人間に害をなした罪人である以上、

彼を連れて帝都に戻れば何が起こるか予測がつかなかったからだ。


そこで、姫様が最近お気に入りだという

多重世界の中のこの場所で相談し合おうという結論になり、

皆、猫の姿としてごろごろとしていた。


そして、大きく伸びをした姫様が

フワワとあくびをしつつもこう続ける。


「…裁判中にも申しましたが、私たちにはわかっています。

 フィリップ、あなたの命の灯火が少なくなっていることを。

 ドラゴンからの魔力を酷使したせいで、

 あなたはもうじき亡くなるということを。」


その瞬間、障子から降りようとした猫姿の

フィリップがバランスを崩してボタっと床に落ちた。


そう、毛づくろいをしている私にも見える。


魔術を通した視界の中で

フィリップの命の灯火が

とても小さくなっているという事実を。


その後ろには、死んでいるはずの

私の祖父が空中で巨大な鎌を振り回し、

魂を刈る予備動作をしているのも目に入るのだが…

多分、気のせいだと思いたい。


死んだ後で、マジで死神になった

クソ爺に迎えられるなんて嫌すぎる。


フィリップは、

周囲のドラゴンの魔力を吸い取った時、

7体すべてのドラゴンの能力を吸収していた。


当然ながらも普通の人間では

ドラゴンの魔力は扱えようはずがなく、

ゆえにフィリップの体には強烈な負荷がかかり、

ドラゴンの玉を肉体から抜き取られた際には

心身ともにボロボロとなってしまっていたのだ。


私たちが小さな惑星の破片となったフィリップを

容易に捕まえられたのも、そのため。


でも、その時のフィリップは

すでに何かを覚悟したような表情をしており…


「私は、死ぬことは構わないのです。

 もともと近衛騎士団に入り多重世界を移り続ける

 長い苦しみに比べれば、固定されて死んだほうが、

 年月が経とうと幸せな気がするのです。」


どこか、投げやりなフィリップの言葉。


猫の姿の毛並みもボロボロだが、

これは単に同居猫2匹のグルーミングが

破壊的に下手くそなのでこうなっただけであり、

別に飼い主の飼育放棄とかそういうことではなかったりする。


それに対し、姫様は続けた。


「では、どうしてあなたは復讐を終えた最後に、

 あの家に行ったのですか?

 …あれは、あなたの生家ではありませんか?」


それを聞いたフィリップの瞳に様々な感情が映る。


悲しみ、怒り、憧憬、憂い、

…そして、最後にはポロポロと涙を流す。


「…そうです。

 お気付きの通り、あれは私の生家です。

 小さな村の中の私が生まれ育った家。

 父が河川の工事中に事故で亡くなり、

 母が病で亡くなった後に、

 私が騎士団に連れて行かれるまで住んでいた生家…

 私の思い出の詰まった家なのです。」


暑さのあまりにグイーンと横に伸びつつ、

猫姿のフィリップは懐かしそうに眼を細める。


私は知っていた。


それを、最後にあの神格の化身は壊したのだ。

内側から弾けるようにしてメッタメタに壊したのだ。


私はそれに気づいていたが、

あえて黙っていることにした。


それに対し、姫様はフィリップに言った。


「その生家に行こうとした真意はわかりませんが、

 よろしければ同行させていただけませんか?

 無論、多少の枷は必要ですが…」


それを聞くと、

フィリップは涙目になりながらうなずく。


そして、私たちは猫から離れ、

最後に彼の向かった生家へと

移動することにした。

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