「幼稚園での審問記録」

複数の園児が外で遊び、

私と姫様とフィリップは三人とも幼稚園児の姿で

黙々とお絵描きをしている。


多重世界の一つ、

どこかの幼稚園の昼休み。


だが、実際に行われているのは

犯罪人フィリップを裁く最高裁であった。


周囲には幼稚園児姿の裁判官がこの時のために

王室から呼び寄せられていたが、

誰もが園児の姿になっているために、

外から嬌声が聞こえるのがご愛敬だったりする。


「…それにしても、

 どうして私を助けようと思ったのですか?

 明らかに姫様…あなたを裏切ったこの私を。」


審問の途中の休憩で、

幼稚園児の中に固定されたフィリップは、

持っていたクレヨンでグリグリと象ともカバとも

言えない動物を描きながらこちらに尋ねる。


多重世界の固定魔法により、

基本的には逃げられないが、

裁判官たちの判断でここでは特別に

魔力を極限まで封じる腕輪をつけられていた。


と言っても、

園内にいる以上はその右腕に刻まれた紋章は

園児がたわむれにマジックペンで書いた

下手くそな腕時計の絵でしかないのだけれど。


それに対し、姫様は柔らかい眼差しを向けつつ、

目の前に置かれたどう見たってペットボトルにしか

見えないものを複雑怪奇なキリンめいたものへと

変貌させるためにクレヨンを振るいながら、こう言った。


「本来、あなたのように王族に反逆したものは、

 大罪を犯したものとして即座に処刑される運命です。

 しかも、多重世界のドラゴンを利用し、

 違法な時間移動も行った結果、裁判官の意見でも

 流星の刑に処するという判断でした。」


それを聞き、粘土で熱心に

とぐろを巻いた蛇を作る私は裁判官の方を見る。


そこには、真剣な顔で積み木や絵本を読みながらも、

満場一致でフィリップを有罪としようとする

裁判官たちの姿があった。

 

流星の刑。


それは、多重世界ユグドラシルの

中でも最高に重い刑だった。


対象の罪人は空ゆく小惑星の中に閉じ込められ、

何十光年という長い年月を宇宙空間の中で漂い続け、

ようやく地上に流星として消滅することを許される刑。


中に閉じ込められた罪人は

気の遠くなるような年月を呆然と過ごすしかなく、


挙げ句の果てに刑を受けた人間も長い年月のあまり

犯した罪が何なのか代が進むごとに忘れ果て、

ようやく流星になる頃には書類の罪人の記録すら

地上に残っていないという有様の刑である。


星くずの水菓子なる水まんじゅうは帝都で人気の商品だが、

これが最初に売られた理由はその罪人の魂を慰めるために

始めたんだか始めてないんだかと言う話だが、

眉唾なことこのうえない噂であり、真偽のほどはわからない。


ともかく、その判決が裁判所で下されるというのなら、

フィリップは逃れようがないのだろう。


小惑星として、

感情がなくなるまで漂い続ける生涯。


感覚があるゆえに地上に落ちる瞬間に、

気も失えないほどのおぞましい

焼かれる痛みと苦しみを味あわされる刑。


それを裁判官達は下そうとしている。

フィリップに対し下そうとしている。


これは基本的に覆らない。


よほどの恩赦を施すか、

さもなければ王族の支援でもなければ…


「異議あり」


そうして罪状が読み上げられ、

今まさに判決が下されようとした時、

姫様が中にいる幼稚園児が手を上げた。


正確には目の前を通った先生に

子供が絵の評価をもらうために手を上げたのだが、

無論、周囲がざわめく。


「姫様、何故ですか?」


「どうしてこのような罪人を擁護するのですか。」


「姫様だってこやつのせいで命を落としかけた。

 他のものも無事に連れ戻せたとはいえ、

 王室への反逆や多重空間を乱した罪は重いはず。」


「そうだ、私など三角コーナーに割れた卵の中身として

 落とされたのだぞ、そんな屈辱は許されるはずがない!」


積み木を振り回し、

文句を言う幼稚園児姿の裁判官たちに、

広聴席という名のベッドの上で

赤ん坊姿で文句を言う被害王族。


それに対し、姫様は静かに首を振る。


「…ですが、赤のドラゴンに襲われた際、

 フィリップが私を助けてくれたのは事実です。

 おそらく彼がいなければ私と魔力切れを起こしたスズランは

 赤のドラゴンに殺されていたでしょう。

 ドラゴンの位置を正確に探知できるものがいなければ、

 多重世界ユグドラシルは大きな危機に見舞われていたはず。

 これを貢献していないとは言わせません。」


「ですが…」


なおも引き下がろうとする裁判官たちに、

姫様は背筋を伸ばしてこう言った。


「それに、騒ぎの元凶を作り出したのはこの私です。

 幼き赤子の私が防人の船の中でドラゴンの制御盤で遊び、

 封じ、制御するための玉を散らばしたのがそもそもの原因。

 フィリップは玉を盗みましたが、その玉を散らばしたのは私です。

 真に罪を問われるべきは私ではありませんか?」


途端に裁判官たちは焦りだす。


「いえ、そんな…」


「なにぶん赤子時代の姫様を裁くなど、

 恐れ多く、非人道的で…。」


必死に汗を拭きつつ、

ユグドラシルの憲法が書かれた

本をめくる裁判官たち。


室内が暑いために、

園児たちは手に手に水筒を持って飲んでいるが、

こっちはこっちで別の汗が噴き出している。


そこに姫様は畳み掛けた。


「非人道的というのなら、

 フィリップに対してもそうでしょう。

 もはや少ない命の灯火を無理やりにもでも伸ばし、

 刑を執行させるこのやり方には賛成しかねます。」


それに対し、積み木や絵本を持った裁判官たちは、

真剣に議論をし合い…園内の風景から見ると、

子供特有の喧嘩をおっぱじめたようにしか見えないが、

先生に取り押さえられつつも何か決まったようで、

一人の裁判官がカンっと最後の積み木を乗せるとこう言った。


「…相談しあった結果、私たちでは結論が出せませんでした。

 よって今回の裁判自体を無効とし最終的には王族の判断を…

 ついては姫様の判断に委ねようということになりました。

 この場合、王族が全責任を追う文章に署名していただきます。

 …よろしいでしょうか?」


それに対し、姫様は再び席に着くと、

クレヨンを動かしながらも大きくうなずく。


「ええ、わかりました。

 謹んでお受けさせていただきます。」


そして、びりっと手元にあった自由帳を破り、

最後に署名をした文章…

もとい、描いた花とも妖怪ともつかない絵を

クレヨンとともに渡す。


それに裁判官は恭しく受け取り、

フィリップの裁判は閉廷した。

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