「この宇宙船のドアおかしいんだけど」

『エンジン異常なし、

 メインコンピューター異常なし、

 いつでも発射できます。』


戦闘機に搭載されたAIの言葉に対し、

コックピット内部で男性の悲鳴が聞こえた。


「ちょっと、整備士の安藤くんだっけ?

 なーんでコックピットにドアノブ付きの

 普通のドアをくっつけちゃったの?」


男性の頭部には太陽光を反射するヘルメットがはまっていて、

首から下は最新鋭の宇宙服で固められていた。


「これさあ、小型宇宙戦闘機だよ。戦闘用の小型宇宙船。

 そこにこんな木製ドアつけちゃってさあ、

 こんなんで宇宙空間に行けると思う?」


戦闘機の内蔵マイクに話しかける男性。

すると、コックピットのガラス面に小さな分割画面が現れ、

金髪ピアスのチャラそうな若者が映った。


『大丈夫ですよ。何せこのドア、

 英国式のステンドグラスの入ったアンティークでして、

 お値段なんと16万8千円で結構高い…』


「普通のコックピットドアだと40万以上かかるんだよ、

 なーんでそっちのドアじゃなくてこっちにしたの。」


目の前にぶら下がる「交通安全」と

書かれたお守りに頭をぶつけながら男性は叫ぶ。


そう、それが今の私の姿。

ちなみに、姫様はコックピットのガラスに

姿が変わっている。


現在、私たちは元・近衛騎士団に所属し、

紫のドラゴンを使って王室や魔法大学の教授に危害を加えた

犯罪人、フィリップを追っていた。

 

しかし、復讐をしている最中に

神格の化身にちょっかいを出したフィリップは

そのまま返り討ちに遭い、

現在太陽系のどこかの惑星に飛ばされたとのこと。


「紫のドラゴンを一時でも体内に宿していた以上、

 その魔力が体内にある限り、

 私の管轄下にあることは変わりありません。」


そう頼もしいことを言った姫様の言葉に応え、

私はフィリップがいる場所へ向かうために

多重世界の中でも科学の発展した世界へと飛んでいた。


そこでは領地ごとに空母が飛び交い、

宇宙資源問題で戦争が起こるという、

科学が進んでながらもどこか野蛮な世界だった。


その場所でかすかな魔力を頼りに

広い宇宙空間の中で本当にフィリップを

見つけられるかといえば

正直、危険すぎるところなのだが…


『こら、霧島。何をしている。

 出撃要請はすでに出ておるのに、

 なぜ出撃せん!』


渋い声に気づいてみれば、

コックピットのガラスいっぱいに

白いひげをたくわえた帽子をかぶった

男性の姿が映っていた。


「あ、艦長!実はですね、

 安藤くんが勝手にドアに細工をしちゃって、

 みてください。ドアの端に『のりお』って

 ひらがなの彫りまで入れているんですよ!」


まるで小学生が先生にチクるような言い方。

しかし、それに対し艦長は断固として言った。


『構わん、出撃しろ!艦長命令だ!』


「ええー!?」


しかし艦長命令と言われれば仕方がない、

霧島は半ば涙目になりながらシートベルトを締め、

レバーを引く。


「もう、どうなっても知りませんからね。」


そう言って、出撃する男性パイロット霧島。


目の前の巨大なシャッターが開き、

瞬時に機体は宇宙空間へと飛びだす。


当然ながら背後のアンティークドアは

ガタガタと小刻みに揺れ、

今にも壊れて外れそうだ。


『何、大丈夫っすよ。

 俺の特別加工で思いっきり頑丈に…』


整備士安藤の呑気な言葉とともに、

バキッという嫌な音がして、

ドアのガラスにひびが入り、

割ると同時に一気に中の空気が吸いだされる。


「ああー!!!」


言わんこっちゃない。


シートベルトをしているおかげで

霧島の体は固定されているが、

コックピットの中に置かれていた

小物がどんどん吸い出される。


ティッシュにCDにゲーム機に、

みんな壊れたドアガラスの中へと吸い込まれ、

その負担でドアガラスはますます大きく割れていく。


私も大きく引っ張られ、

魔法で体を支えるのに必死になる。


『あ、割れちゃいましたねー、

 でも大丈夫ですよ。宇宙服は小さな宇宙船だって

 いうじゃないですか。だから問題ない…』


「こういう時に使う言葉じゃないだろー!?」


安藤整備士の呑気な言葉に、

パニック状態になった霧島は叫ぶ。


ベキョッ


その時、ひときわ大きな卓上ライトがドアにぶつかり、

ドアがひしゃげ、弾け飛んだ。


『ああー、俺のドアがあー!』


「言うてる場合かー!」


安藤に必死に突っ込む霧島に対し、

多数のビームが航宙機をかすっていく。


「やべえ、敵戦闘機の攻撃かよ。」


とっさにレバーを引き、

霧島は機体を旋回させる。


私の魔法で補助されながら複数のレーザーを避けつつ、

霧島の機体は敵の戦闘機を捉え、

一気にビームでケリをつける。


「うおっシャアああ!」


爆発する敵戦闘機に対し、

ガッツポーズを取る霧島。


うーむ、なんと野蛮な行為。


だがそんな折、

再び画面に安藤整備士が映る。


『あのー、スンマセン。

 さっき外れたドアとってくれませんか?』


途端に、コックピットのガラスに

ふわふわと宇宙空間を漂うへしゃげたドアの映像が映った。


『どうも、ここから数百メートルの

 ところにあるらしくって、

 マジあれリサイクルできるんで、頼みますよ。』

 

「誰が取るか、アホー!」


無重力状態のコックピットで叫ぶ霧島に対し、

なぜかガラス面にもう一つ分割画面が映り、

そこには先ほど霧島を一括した艦長の姿が映った。


『ワシからも頼む、霧島。

 ドアをとってきてくれんか?』


狼狽するのはもちろん霧島。


「ちょ、ちょっと、

 なんでこんな整備士の話を聞くんですか?

 なんで俺の安全よりドアなんですか?」


すると、艦長は大きくうなずいた。


『だって、のりおはワシの息子だもん。』


そう言って『安藤』と書いた名札を見せる艦長。

…しばらく静かになるコックピット。


「ちっくしょおおおおおお!」


涙目になりながらも、

レバーを引いてドアへと機体を飛ばす霧島。


『ありがとう、霧島くん。

 上手くいったあかつきには、

 君の階級を一つ昇進させてやろう。』


『スッゲー、霧島。やっるじゃん。』


艦長と安藤整備士のエールを受け、

やけっぱちになった霧島の機体はドアへと近づく。


「もーちょっと…」


そうして、出したマジックアームで

ドアの端っこを取ろうとする霧島の機体を、

敵戦闘機の放った大量のレーザービームが迎え撃つ。


「うわ、退避!」


ドアをつかむのもそこそこに、

霧島は旋回しながらレーザーを避ける。


無論、こっちも回避のために魔法をかけ続けるが、

次の瞬間、敵の数本のレーザーが機体の周辺を擦り、

持っていたドアはあっという間に破片となって飛び散った。


「ああー!」


『ああー!』


『ああー!』


パイロット、艦長、騒ぎの元凶である整備士の

無残な叫びの三重奏。


「クッソ、ここに来てこんな…」


そうして、霧島がコックピットの台を叩いた時だ。


小惑星群の中、

不意に目の前に現れた敵戦闘機。


ややふらつくその機体のハッチ部分に

木製のドアが付いているのが見えた。


「え?ここもドアなの?」


困惑する霧島に対し、

整備士と艦長が叫んだ。


『あ、あれは、ゆきお兄さんの作ったものだ。

 そうだよね、父さん!』


『ああ、まさしく私の双子の息子のゆきおのものだ。

 10年前に行方不明となっていたが、

 こんなところで見つかるとは…ほら、見ろ!

 ドアの左端に「ゆきお」と彫られている。

 これは、間違いない!』


ガラス面には敵戦闘機の拡大映像が映り、

そこには確かにひらがなで「ゆきお」と彫られていた。


そうして勝手に盛り上がる二人に対し、

霧島は恐る恐る聞いた。


「えっと、これは…」


すると、艦長は威厳たっぷりにこう告げた。


『霧島、艦長命令だ。

 中のパイロットもろとも今すぐこの戦闘機を回収し、

 艦内に持ち帰ること。繰り返す、艦長命令だ。』


その横では、安藤整備士が嬉しそうな声を上げる。


『やった、ゆきお兄さんの情報を聞き出すんだね。

 俺も張り切って尋問用の機械を作るよ、

 直接脳に針をぶっ刺して聞けるような装置を作るね。』


なんだか怖い安藤の言葉。

だが、そこに艦長の言葉が重なる。


『霧島くん、先ほどの約束は有効だ。

 あの戦闘機のドアを無傷で回収できれば一つ、

 さらにパイロットも無事連れてくれば

 二つの昇進を約束しよう。』


「…2階級。」


そうつぶやくと霧島は黙ってレバーを引き、

瞬時に敵戦闘機の羽根部分を破壊すると、

巨大な網を拡散させ、見事敵戦闘機を捕らえた。


『やったー!』


『やったぞう!』


嬉しそうに叫ぶ二人の声。


この後、戦闘員からありとあらゆる情報を引き出した

空母の面々は、その後、敵戦艦内で生き別れとなった

安藤整備士の兄と対峙し、捕獲。


無事、霧島も2階級特進し、

記念にハッチの扉が特殊加工を施した

木製ドアで永遠と出撃する羽目になるのだが、

それはまた別のお話である。


…そんな幸だか不幸だかわからない運命を乗せた

霧島は帰還のために機体を反対に向けるが、

その時、不意にコックピット内に

小さな惑星の破片が入り込んだ。


それは、親指の先ほどしかない大きさだったが、

私と姫様はすぐにそれが何か気づいた。


そして、欠片の中から意識をすくいだすと、

私と姫様と小惑星の欠片姿であったフィリップは、

空母の中へと戻っていく戦闘機から離れ、

別の安全な世界へと移動することにした。

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