「返却しに来たラスボス」
「…あの、お邪魔しまーす。」
あまりにもあっけない
フィリップの終焉に呆然としていた一行は、
突然の来訪者の言葉にビクリとする。
みれば、そこにいたのは
いつぞやの漫画家に着いていたメイド服の少女で、
はにかむように困った顔をした少女は、
手に見事なまでの紫色の玉を持っている。
「あの、先生に仇なした人を潰したら、
こんな変な生き物の入った玉が出てきちゃって。
記憶をたどったらここにあったものみたいで、
その…返しに来たんですけれど。」
シミひとつない服で人を潰したと平然という少女は
そのまま何一つ映像を映さない装置の前まで行くと、
空いた穴にカポンと紫色の玉をはめる。
「とりあえず、これでいいんですよね。
じゃあ、私は元いた世界に帰りますので、
どうもありがとうございました。」
スカートの両端を軽くたくし上げ、
軽く一礼する少女。
そこには先ほどまで大量の触手を出し、
人を襲ったおぞましい化け物の影はまるでなかった。
そして、我々に背をむけるも、
少女はほんの少しだけ振り返る。
「…あ、そうそう、先ほど潰れた人ですけど、
一応太陽系のどこかに置いておきました。
どこかはわかりませんが、一応お話ししておきましたので、
何かのお役に立てたらうれしいです。」
そして、圧倒的な力の差と、
おぞましいまでの結果を残し、
軽い笑みを見せつつ少女は消えた。
途端にどっと一行の緊張の音が切れた。
「うわー、あれ何?あれ何?
やばいんだけど、多重世界を回った中でも
そうそういない部類なんだけど!?」
パニックになる親父。
「うーん、十何年ぶりにあの手のものを見たが、
やっぱりヤバイのお。死を感じる。
…いや、儂も近々死ぬ予定だけど。」
緊張の汗を拭うクソ爺。
っていうか爺は以前にも
そういうものに遭っていたのか。
と言うか、まだまだ多重世界のあちこちに
そんな生き物がいるということなのか。
そんな末恐ろしい想像に恐怖する私に対し、
クソ爺は言葉を続ける。
「…じゃが、これで全ての玉が集まったのは確かじゃ。
封印したドラゴンは長い年月をかけてこの場所に戻ってくる。
その時にはまた玉となってここに収まっているだろうよ。」
私はそれにすぐさま反論した。
「え、ちょっと待って。
一つだけ、まだ私と姫様は落ちていった
黄のドラゴンの玉を回収していないよ。」
しかしクソ爺はむかつくような
すまし顔でそっぽを向く。
「いーや、揃っとる。
最後の玉はある御方が最初から
だーいじに持っておるよ。」
「は、誰よ。爺?騎士団の誰か?
それとも…」
クソ爺に詰め寄る私、
そこにか細い声が上がった。
「…あの、私です。」
そう言って、震えながらも真っ赤な顔で
手を上げているのは他でもない姫様その人であった。
私が当惑していると、
姫様は言葉を続ける。
「私、すべて思い出しました。
カウンターで黄色い玉を抱えて遊んでいた時、
その玉を弾みで飲み込んでしまったのです。」
目に涙を浮かべつつ、
必死に言葉を紡ぐ姫様。
「本当に、出来心で…」
泣きそうな姫様の顔に
いたたまれなくなったのか、
その先の言葉をクソ爺が続けた。
「当初、黄のドラゴンから幼い姫様を回収した儂は、
落ちていった玉の行方がわからないことに気がついた。
消えた玉の大部分が儂が死んだ先、
未来の方へとかすかに感じられたが、
もう一つは目の前の姫様、赤子の姫様から感ぜられたのじゃ。」
それから城に戻ったクソ爺は姫様の体や過去の魔力を探り、
ある結論を導き出した。
「姫様の生まれながらにしての多重世界を移動する力。
その空間移動能力は黄のドラゴンの制御をつかさどる
玉を飲み込んだことによって起こったものじゃった。
黄のドラゴンは過去と現在と未来を自由に動ける存在。
つまり、姫様が玉を飲み込んだ時点で過去から現在、
そして亡くなるまでを通した移動の力を獲得したのじゃな。」
「…私、飴玉だと思っていたんです。
それでそのまま口に入れてしまったんです。
それが、こんな大ごとになってしまって。」
そう言って、泣き崩れる姫様に、
クソ爺は優しい目を向ける。
「大丈夫じゃよ。体内で吸収された以上、
姫様は生涯、黄のドラゴンと共にある。
この使えん息子の防人よりは、
十分にドラゴンを管理する実力がおありだ。」
それに対し、姫様は顔を上げる。
「管理…ですか?」
その言葉にクソ爺はうなずいた。
「そうじゃ、黄のドラゴンは何百年かに一度、
ドラゴン全体を管理する人間を選ぶ傾向にある。
その人間はいずれも聡明でな、
万が一封印が外れた時には回収する役目も担っているのじゃ。
姫様がその時期に選ばれただけのこと。いずれ起きる、
封印の解除の時期に姫様がいたというだけですじゃ。」
そこで、私はドラゴンの探索に
姫様が選ばれた理由に気づく。
姫様は未来のことが見通せた。
ドラゴンのいる場所や、
ドラゴンを封印する場所もきちんと把握していた。
それは、王族の教育に
よるものだと私は思っていたが…
「…お父様からこの仕事を命ぜられた時、
なぜ私がと思っておりましたが、そういうことだったのですね。
空気を吸うのと同じようにやるべきことがわかっていたのも、
そのため…私が、黄のドラゴンをひいては7色のドラゴンを
管理できる立場だったからこそ、できた仕事でしたのね。」
涙をぬぐいつつ姫様はカウンターに顔を向ける。
そこには、たった一つだけ穴に玉のはまった
ドラゴンを封印、制御する装置があった。
「…でしたら、これは黄のドラゴンを管理する立場、
いいえ、王族としての私の疑問なのですが、
今回の件の始末はどう付けるべきなのでしょうか。」
その言葉に、クソ爺はホッホと笑った。
「どうにでもありますまい、
姫様はもうわかっておられるのでしょう。
この先、どうしたいか。どうなさるのかは姫様次第です。」
そうしてうやうやしく頭を下げるクソ爺の横で、
親父が全く空気を読まずにこう言った。
「とりあえず、週に一度は
10分でいいのでこの船に乗ってください。
姫様がいないとこのドラゴンの制御がきかず、
舵が重たくって困っているので…。」
その頭部を私はとりあえずチョップしておくことにした。
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