「飲食しつつ復讐劇を鑑賞」
…目が覚めると、
私は小さな部屋のベッドの中にいた。
柔らかなアイボリーの壁紙に、
よく磨かれた板敷きの床。
壁には本棚が並び、
小さな書物机が壁の端に寄せられている。
ブルーのベッドはふかふかで
起き上がると軽く体が沈んだ。
「おお、ようやく目覚めたようじゃな。
姫さんは先に店の方でくつろいでおられるぞ。」
ドアの開く音ともに覗いた顔を見て、
私はベッドの壁際までちぢこまる。
「お、お化け。ジジイのお化けが出た!
私、とうとう死んじゃったんだ!」
しまった、死んだ後に蘇らせたのを根に持っていたのか。
とうとう死後にまでクソ爺の顔を見ることになるとは。
いや、この場合お迎えに来たのか?
どっちにしても嫌すぎる。
それに憤慨したのは、
当然ながら、クソ爺。
「んなわけあるか。
儂ゃあ今は死んではおらん。
もちろんお前もそうじゃ。
儂が魔力でお前さんらを探知し、
黄のドラゴンを制御してようやっと運んだんじゃ。
感謝しろ!」
そこで、私は思い出す。
気を失う前に
私と姫様はクジラに飲み込まれた。
そこでうっかり消化されたと思ったが、
どうやらそのクジラこそが
異世界の中を移動する黄のドラゴンであり、
私たちはクソ爺と親父によって助けられたようだった。
だが、それでも死んだはずの
クソ爺がここにいるのはおかしいことだ。
私は気分を落ち着かせるために
ドラゴンの知識を引っ張り出す。
黄のドラゴン。
多重世界の時間と空間を移動するドラゴン。
過去と現在と未来を自由に航行するドラゴンであり…
「そうだスズラン。今の儂はお前さんが
王室付き魔法使いになる前の時間軸から来た人間じゃ。
もっとも、幼い姫様の捜索に来たところ、
たまたま今回の騒動をピーターから聞いたわけじゃが…」
私の心を読んだかのようにクソ爺はうなずく。
…なるほど、それなら合点が行く。
「ふん、多少は落ち着いた性格になったようじゃな。
何せ儂の時代のスズランときたら…」
しかし、そこから先の話の説教を聞くのが嫌なので、
私はとっととクソ爺の横を通り抜け、
生活居住区と思しき部屋から出ることにした。
みれば、黄のドラゴンの内部には
トイレもお風呂もちゃんと付いており、
海の中の景色が映る丸窓のそばには、
幼い頃の私と母親の写真が置かれていた。
私はそれを一瞥した後、
喫茶店へと続くドアを開ける。
そして、飲み物を注ぐ、私の父親のピーターと
カウンター席に座る姫様の姿を見つけた。
「あ、スズラン。ちょうど姫様から経緯を聞いていたんだ。
大変な目にあったね。とりあえずこれでも飲んで落ち着こう。」
そう言って、親父から渡されたのはホットレモネードで、
一口飲むとその暖かさが体に染み渡った。
「…ありがとう。」
そう言うと、親父は少し驚いたような顔をし、
柔らかく微笑んだ。
「うん、これくらいしかできないからね。」
そんなことない、と言おうとしたけれど、
親子の会話は突然出てきたクソ爺によって遮られた。
「はいはい、くっさい親子の会話はさっさとやめじゃ。
今は空白地帯の落とし子であるフィリップ…
いや、紫のドラゴンを探さねばならん。」
クソ爺は親父に合図を出し、
カウンターの上にドスンと何時ぞやに見た
七つの穴の空いた台を取り出して見せた。
「これはドラゴンを封じたり抑制する装置じゃが、
万一ドラゴンが逃げた時にはその居場所を
知ることもできる優れた機械でな、
ほれ、こうすれば紫のドラゴンが
何をしているかもわかる。」
そう言うと、爺はたくさんの呪文が書かれた
卓上ライトを持ち出し何やら呪文を唱えると
ちゃぶ台の紫色の玉があった穴に光をあてた。
「この黄のドラゴンの中は魔法が八割以上は使えん。
お前さんや儂らの姿が変わらないのもそうだが、
唯一魔法が使える防人がピーターじゃからどうしようもない。
だから、こうして面倒な装置を使うしかないんじゃ。」
ブツブツと苦言を漏らすクソ爺に
ピーターと呼ばれた親父は困ったように笑った。
うーん、こうしてみると
なんだか親父がかわいそうだ。
防人として志願して認められるも
魔法が使えないのはやや致命的。
できることといえば料理をすることぐらい。
…まあ、ホットレモネードは美味いけど。
そんなことを思っていると、
装置から光が漏れ出し、
空中に映像が浮かびあがる。
そこには、アジサイに話しかけ、
ついで近くにいた大学教授に近寄る
フィリップの姿が見えた。
しかし、現在のアジサイは
私の実家で休んでいるはずだ。
これに疑問を持っていると、
クソ爺が追加のレモネードを飲みながら言った。
「うむ…どうやら奴は紫のドラゴンを手にしたことで
過去と未来をも自在に移動できる能力も手に入れたようじゃな。
お前さんたちとともに大量のドラゴンが空中に散った際、
黄のドラゴンをはじめとした6体分の能力も吸い取ったに違いない。
…そして現在、フィリップは過去に行って悪さをしているんじゃな。」
なるほど、
それなら合点が行く。
王室に仕える近衛騎士団は
常に王族の側にいなければならない。
わずかな時間でも移動中に
離れれば姫様も気づくはずだし、
それがなかったのは未来のフィリップが
別の場所にいたからだったのだ。
…そうしているうちにも、
映像の中のフィリップは
着々と復讐を進めていく。
大学教授と王族の合同調査チームに潜り込み、
多重世界を飛んだ全員に魔法をかける。
あるものはうっかり流し台の三角コーナーへと
落ちてしまった卵の中身へと変化し、
あるものは滑車の中で足を滑らせ、
くるくると回転するモルモットへ、
あるものは消しゴムをかけた瞬間に
びりっと半ば破けてしまった書類へと
姿が固定されてしまった。
「ふむ、どうやらこの合同チームは、
皆フィリップと同じ村の出身じゃな。
フィリップを選出し、騎士団副隊長となった功績で、
皆大学教授や王族に婿入りしたものたちばかりだ。
ようは、無責任集団というわけじゃな。」
苦笑しつつも首を振るクソ爺。
「…だが、思えばフィリップもかわいそうな奴じゃ。
当時の選定が危険なことは儂も重々承知していたが、
なにぶんアーサーの…あやつも王族の空白地帯の子じゃったが、
その嫁さんとの結婚騒動に四苦八苦してのお。
もーちっと目をやっておればよかった。」
だったら、
今行ってどうにかすればいーじゃん。
私はそう反論するも、
クソ爺は首を振る。
「いや、無理じゃな。
この時間軸には儂はすでに死んでいるし、
お前さんらが止めてもいずれは同じ運命に
なっていたはずじゃ。ここから先は見守るしかない。」
そう言って、無責任にレモネードを飲むクソ爺。
えー、ここで指くわえて
見ているしかないのかよ。
私はとっさにクソ爺に飛び蹴りをかましたくなったが、
なにぶん魔力が切れているせいで力が出ない。
そこで、窯で焼いたピザを
出しながら親父が言った。
「お腹空いたろう。とりあえずここでご飯を食べて、
魔力をつけてから今後の対策を立てればいいよ。
まずはお腹を満たすことからだよ。」
そう言って、大皿に盛られたピザを一枚よこす。
私はそれどころじゃないのにと思いつつも
ピザをかじりながら映像を見つめる。
う…美味い。
いつしか手は次々とピザへと伸び、
あっという間に皿は完食される。
「なんじゃ、お前こんなに料理がうまくなって。
ここに来るまでは飲み物以外は下手だったじゃろ?」
ピザを一枚食べた後のクソ爺の言葉に、
親父は照れたように付け加えた。
「いや、いざ防人になったらすることがなくて、
前の防人から受け継いだ記憶をたどっても、
みんな暇だから料理するしかなくて、
それで僕も同じように暇なときには
料理をするようになったんだ。」
それを聞いて、クソ爺はうんうんとうなずく。
「ふーむ、お前さんを防人にしたのは正解だったようだな。
スズランを受け継がせたのもどうやら正解のようだったし。
これも儂の選定能力の賜物じゃな。」
どの口が言うか。
そんなことを思っていると、
とうとう映像の中のフィリップは
多重世界の物語にメイド姿の少女を封印し、
その隙に漫画家の中に入って名刺に文字を書いていた。
「んん?なんでこんなことをする。
あえて自分の存在を晒して何も良いことなどないのに。」
クソ爺はそれを見ながらも首をかしげる。
そして、フィリップは漫画家からすぐに離れ、
今度は小さな村…その中の一軒の家へと向かい、
ドアの取っ手に手をかけたが…
『みーつけた』
そこから聞こえるのは、
可愛らしい少女の声。
開け放たれたドアの隙間。
そこから誰かが覗いていた。
いや、誰かというのは正確ではない。
何かといった方がそれは正しい。
それはヤギにも似た角と足とを組み合わせた枝のようで、
グロテスクな触手がいく本も家の屋根や窓を突き破り、
絶えず腐った果実と枝葉を撒き散らし、家の周囲を汚していた。
映像を見た私は、それが何か気づいていた。
いや、二度と見るものではないと感じていたのに、
結局見ることとなってしまった。
…以前、その正体に気づいてから、
私はそれに決して近寄ろうとしなかった。
そうだ、わかっていたはずだ。
あんな恐ろしいものにフィリップは手を出したのだ。
フィリップはよりにもよって、
それを閉じ込めてしまったのだ。
それは今まさに内側から脈動し、
大量の触手を動かしながら家から外に出ようと蠢き、
縦長の巨大なヤギめいた縦長の目で
ドアの隙間からフィリップを見つめる。
フィリップは動かない。
いや、動けない。
ドラゴンの能力も、精神力も、
いくら能力や力があろうとも関係ない。
それに抗えない。
抗うすべはない。
それだけの力がフィリップを蹂躙し、
滝のような汗を流して動けなくさせる。
ドラゴンの力を持ってしても、
人の本能には勝てない。
人類がそれに対し、
喰われる側であることを認識させる存在。
相手はそれに気づいているのか、
気づいていないのか、
ともかく、その何かは
弾けるように壊れた家から漏れ出す
大量の触手をフィリップの方へと伸ばし…
プチュッ
小虫がつぶれるような音とともに
フィリップをあっけなく押しつぶした。
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