「お魚大好き栄養満点」

近衛騎士団フィリップの突然の裏切り。


彼は紫のドラゴンを体内に宿し、

私と姫様の魔力を吸い取ると

そのまま姿を消してしまった。


『ホッホー、メリークリスマース!』


魔力を吸い取られ、

動けない私たちの前でベルを鳴らしながら

シャカシャカ踊るのは等身大のサンタ人形。


だが、その中にいたフィリップは

すでに多重世界のどこかへと姿を消し、

もぬけのからとなっている。


「スズラン、申し訳ありませんでした。

 私がもっと早くに気付いていれば。

 こんなことにはならなかったのに…」


長いまつげに涙をため、

顔をうつ向ける姫様。


多重世界の視覚認識のせいで昆布に見えるが、

それはあまりにも切ないお姿。


なにぶん、フィリップにお互いの魔力を吸い取られ、

消える間際に固定の術をかけられたせいで、

私たちは昆布とCDの姿から戻れなくなっている。


「多重世界に散らばったドラゴンも回収できず、

 こうして敵の策略にはまってしまった。

 全く、王族の恥ですね。私は…」


姫様はそう言いながらポロポロと涙を流す。


私は「いいえ、そんな…」と慰めつつも、

それ以上の言葉が見つけられずに空を見上げた。


青空に浮かぶヘリコプターの姿。


どうやら昆布やCDやサンタ人形は

このヘリから落とされたらしい。


でも、これは不法投棄。

プラゴミは自然には還らない。

環境を汚すのは良くないことだ。


「いえ、そうとも限りませんわね。

 サンタクロースの背中を見てください。」


涙声の姫様の言葉に視線を向ければ、

サンタ人形の背中のど真ん中に


『※これは有機物製のプラスチックです。

 自然に分解され、お魚が食べても安心!』


と張り紙がされており、文章の下に

海洋大学の名前と電話番号が明記されていた。


「少なくとも、私たちが永遠に

 海面の上を漂うことはないでしょうね。」


姫様のありがたいようで、

ありがたくないお言葉。


…気がつけば、海面まで残り20センチ。


早くも餌の匂いを嗅ぎつけたのか、

下にはサメや大型の魚が集まりつつある。


この場合、餌というのは私たち。

有機物で作られた人形やCDや昆布のことだ。


昆布は食物ではないのかという

そもそもの疑問はさておいて、

まだ水面に触れていないにも関らず

魚たちはこんなにも集まっている。


昆布の姫様はともかくとして、

そんなにも私たちは

美味しそうな匂いを発しているのか?


触覚がないので正直わからないが、

この先、私たちが魚に群がられて

喰われるのは目に見えていた。


では、喰われた先、

私たちの意識はどうなるのか。


普通に考えれば多重世界に肉体を固定されているため、

肉体がなくなったら二度と戻れないのは必須。


早い話、死しかそこには待っていない。


「スズラン、私は姫として過ごせた人生が

 とても有意義であり誇らしいものでした。」


姫様は早くも己の死を覚悟し、

最後の誇りに満ちた言葉を私につぶやく。


「ただ、このような形であなたを巻き込んでしまい、

 本当に申し訳ありませんでした。

 これも私の不徳の致すところです。」


私はそのお言葉に対し、

素直に首をふる。


王室付魔法使いになり、

確かに面白くないこともあったが、

私も姫様と出会えてよかった。


このような形で最期を迎えるとは思っていなかったが、

自分の仕事には満足していたし楽しかったとも言える。


それを素直に伝えると、

姫様は目に涙を浮かべながら

ホッとしたような表情をした。


「そうですか、ありがとうございます。」


海面まであと10センチ。


大型の魚はすでに顔を海面から出し、

口を開けている。


姫様と一緒に死ぬのなら悪くはない。


少なくとも彼女の死が

寂しいものではなくなることは確かだ。


私はそのことに少しだけホッとしていた。


…これが忠誠心というものなのか。


そんなことを考えていると、

群れる大型の魚をかき分けて巨大な影が姿を現し、

大きな口を開けるのが見えた。


巨大な白いクジラ。

シロナガスクジラの顔。


そして、私たちはその巨大な口の中へと、

吸い込まれるようにして入っていき…


そのまま、お互いの意識を手放した。

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