紫のドラゴン

「※落下中の出来事です。」

「王族を守れる資格を持つ人間?

 そんな人間、私の代には存在しませんでしたよ。」


剣についた血液を

フィリップ・ローグ副隊長は

白い手袋で拭い取る。


宝玉に封じ込まれたドラゴンを回収するために、

王族の血が必要だと手を伸ばした姫様。


しかしその手を切ったのは、

他でもない王族を護るために多重世界を移動する

近衛騎士団の副隊長その人で…

というか、こいつフィリップと言ったか?


確かアジサイが世界を旅する装置を作っていたときに、

部品をフィリップからもらったと言っていた。


ということは、すでにその頃から

この近衛騎士団の副隊長は

腹に一物持っていたことになる。


だが、そんなことを考えているうちに、

フィリップが剣から拭った姫様の血液は、

すでに液体ではなく一本の銀色の

マフラーへと変化していた。


どうやら、多重世界の時間と空間を移動する

黄のドラゴンから離れすぎたせいで、

私たちは多重世界の時間軸に漂う物体と

視覚的に置き換わる事態が発生しているようだった。


「私の代はもっといい加減なものでした。

 村で騎士の資質を持つ者が現れず、

 帝都から騎士の選出期限が迫る中で、

 顔が良いとか、辛抱強いとかいう理由で

 私は無理やり移動能力を授けられました。」


みれば、私の隣にいる姫様は一枚の昆布へと変化しており、

私はといえば『演歌セレクションvol.3』と書かれた

中途半端な位置のシリーズ物のCDへと姿が変わっている。


「その結果、多重世界の空間移動に適合できず、

 王族と別の空間に行くたびに

 私はおぞましい感覚に襲われた。」


マフラーを両手に握りつつ、

等身大のサンタクロース人形に変わった

フィリップは『ホッホー、メリークリスマース』と

言いながらマフラーから出した小さなベルをチリンと鳴らす。


「…タオルとして、

 どこかのおっさんに濡れた顔を押し当てられ、

 ぐいぐいとこすられていく気持ちの悪い感覚。」


「塊り肉として、柔らかくなるまでまな板の上で

 永遠に叩かれ続ける痛み。」


「世界を移動するたびに、

 常に移動した先の感覚に襲われ、

 その度に死ぬような思いをし続けた。」


そんなフィリップはサンタクロース人形として

元気よく左右に揺れながらベルを鳴らしている。


「その感覚を騎士団の仲間に話しても

 誰も理解してはくれなかった。」


サンタクロースのフィリップは、

チリンと愉快そうにベルを鳴らす。


「誰もそれは気のせいだと言った。

 自分の職業に誇りを持てと言った。

 生涯働き続けろと誰もが言った。」


私はフィリップの話を聞いて気がついた。


…本来、多重世界に移動した場合、

自分の感覚と移動先の感覚は遮断されるものだ。


しかし、騎士となる資質が無いにも関わらず

多重世界を移動する能力を授けられたフィリップは

移動先の感覚の共有が伴うバグが発生した。


私も以前、青のドラゴンと対峙した時に

魔力の衝突でバグが発生したことがあったが、

彼のバグはその比ではなかったのだろう。


常に移動先と感覚が一つになり、

怪我や病気が伴えば必然的にそれを共有する。


移動するたびに起きる苦しみ、

移動するたびに起きる痛み。


「…どうしてこんな身に生まれてしまったのか、

 どうしてこんな役割を負わされてしまったのか。

 私はずっと苦しみ、そして恨んできた。

 騎士団に行く道筋を作り出した者たちに、

 常に付いて回る苦痛を与える者たちに、

 私は、復讐する機会をうかがっていた。

 復讐する機会を狙っていた。

 そして…今がその時なのだ。」


私は気付いた。


どうして、私たちはフィリップの話を

落下しながらもただ黙って聞き続けているのか。


どうして彼を無視し、

周囲に散った他の宝玉を追う気力が

湧き上がらないのか。


…違う、気力が湧き上がらないのではない。

私たちは吸われている。


魔力を、気力を、

そして、その原因とも思える

フィリップの片手に握られたベル…


そう、それはベルではない。


フィリップの持つマフラーから出てきたそれは、

姫様の血液が多重世界の視覚認識によって変化したもの。


姫様の血液により回収できる、

ドラゴンの防人と王族だけが触れるもの。


それは、ドラゴンの封じられた宝玉であり…


「紫のドラゴン…通称『神秘のドラゴン』。

 周囲の魔力を吸いつくし、

 手に入れた人間に力を与える能力を持つ。

 これで、私の悲願は成就する。」


ごくり、


そして、元騎士団のフィリップは持っていたベルを

…いや、姫様の血液によってつかんだ

宝玉に封印されていた紫のドラゴンを自身の体内に入れ、

瞬時に、その姿を消した。

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