「その赤ん坊、訳ありにつき」

てちてちと、黄色の宝玉で遊ぶ赤ん坊。


その宝玉は黄のドラゴンを制御するアイテムであり、

暴走状態の黄のドラゴンは多重世界の時間軸を

幽霊船さながらに自由気ままにさ迷っていた。


「…ドラゴンの中にいる以上、

 私たちの姿が変化することはありません。

 それだけが救いだと言わざるをえませんが。」


そう言いながらも、

姫様はホットミルクを飲むとため息をつく。


「今頃、王室内外が大騒ぎになっていることでしょう。

 何しろ、幼い私が勝手に多重世界を…

 ましてやドラゴンの封印された防人のところに

 いるなんて思わないでしょうから。」


そう言うと、姫様はカウンターの上で膝を広げて

玉で遊ぶ赤ん坊の頭を撫でる。


赤ん坊は「あぷ?」と言うと、

大事そうに玉を手に取る。


「本来王族は14の時に伝達の儀式を受けてから

 初めて多重世界を移動する能力が授けられます。

 ですが、私の場合。物心がつく前からすでに

 能力に目覚め、自由に多重空間を行き来していたのです。」


そう言うと、姫様はドラゴンの内部を見渡し、

物思いにふけるように目を閉じる。


「…思い出しましたわ。

 私、幼い頃にこのドラゴンの中に来ていました。

 でも、私の中では船に乗っていた気分だったのです、

 その…ドラゴンだとすら認識していませんでした。」


それを聞き、私の親父…

ドラゴンの防人であるピーターは

納得した顔をした。


「そうか、この子が姫様の過去の姿なら合点がいく。

 この玉は王族と防人でしか扱うことができない。

 でも、姫様は王族だから、黄の宝玉を取ることができたと…」


姫はその言葉を聞きながら、

親父に頭を下げる。


「本当に、申し訳ありません。

 過去の私のせいでドラゴンの制御がきかなくなり、

 こうして封印された他のドラゴンごと

 ピーターさんも漂流することになってしまって。」


「いやいや、姫、頭を下げないでください。

 なにぶん赤子のしたことです。

 いずれは飽きて玉を離すことでしょうし。」


そう言って、親父は未だに

玉を離す様子のない赤子に目を向ける。


「それに楽しそうですからね。

 もう少し遊ばせてあげていても、

 いいかなと思いますよ。」


そんな会話を聞きつつ、

私はバツの悪い思いをしていた。


何しろ、ここは過去の世界。

ドラゴンが解放された時代ではない。


それなのに、私は親父にドロップキックをかまし、

散々叱り飛ばしてしまい…


「…親父、ごめん。」


「ん?なんか言った?」


本当に聞いてない様子で親父は私に聞き返す。


「…別に。」


私はとっさにそっぽを向く。

うーん、まだまだ素直になれていない。


…しかしながら、結果的に他の6体のドラゴンが

何らかの理由で逃げだしているのは確かだし、

ドラゴンが逃げ出したのは何らかの親父の

落ち度であることは間違いない。


では、いつドラゴンは逃げたのだろう。


赤子とはいえ、

姫様はドラゴンの中にいたという記憶がある。


ドラゴンが時間と空間を移動する以上、

今はどの時代を飛んでいるのかはわからないが、

何か知っているかもしれない。


そして、私は助言をもらうために

姫様の方を向き…


赤子がカウンターから

消えていることに気がついた。


え、いつの間に?


途端に姫様は椅子から立ち上がり、

甲板へと続くドアへと駆けていく。


「スズラン、思い出しました。

 赤ん坊の私を早く捕まえてください。

 そうしないと…!」


なんのことかはわからないが、

私は姫様の言葉に従い、

ドアを開けて外へと出る。


甲板の外は嵐の中に入ったのか、

豪雨となっており、

床板を大粒の雨が叩きつける。


そして、甲板の先の手すりに

ちょこんと赤子の姫様が座り、

どこか不機嫌そうな表情で甲板の先端にある

机のようなオブジェの台座をつかんでいた。


「ああ…なんてこと。

 そうでしたわ。私、この船の中にいても

 誰もかまってくれなくて、機嫌を損ねて…

 とっさに手近なオブジェを手にとって…」


「あぷあ!」


一声そう叫び、

赤ん坊の姫様は机型のオブジェの台座を

思い切りつかんでひっくり返す。


なんと見事なちゃぶ台返し。


卓上に載った宝玉は弾みで空中に飛び上がり、

重力によって下へと落ちていく。


私は引き寄せの魔法を宝玉に向けるも、

そこは王室の者と防人しか触れない玉、

私の魔法などかすりもしない。


…っていうか、

台座ごと外れたりするんだ、あれ。


私はもう半ば遠い目をして

宝玉を見つめていた。


子供は目を離すと何をしでかすかわからない。

改めてそう思った。


続けて姫様が叫ぶ。


「スズラン、宝玉を追いましょう!」


そう言って、ひらりと身を翻すと、

姫様は欄干から多重世界の渦巻く中へと飛び降りた。


私も慌てて姫様に結びの呪文をかけ、

下へと落下する。


「ごめんよー、僕は行けなくてー。

 防人は黄のドラゴンに縛られてるから降りれないんだー。

 あとは頼んだよー。」


親父の遠い声が耳に響く。


突然の別れ。


ドラゴンが漂流している以上、

おそらく、ここから何年、

いや何十年と会えない可能性もあるが、

今はそれに構っていられない。


宝玉が台座に載せられていない以上、

そこに封印されていた

ドラゴンが逃げ出してしまうのは必須。


そうなる前に、

早く宝玉を回収しないと…


親父よ、さらば。

なんかまた会うときまで。


そんな雑な別れの言葉が浮かんだとき、

姫様が手を差し伸べて叫んでいるのが目に入った。


「スズラン、いますぐ私の手のひらを切りなさい。

 秘中の秘ですが、宝玉は王族の血によっても扱えます。

 遺伝情報を与えることで宝玉は相手を王族と認識…。」


しかし、それ以上の言葉は続けられない、

姫様の手から突如、鮮血がほとばしったからだ。


それは、鋭利な刃物で切られた傷。

銀色にきらめく両刃の剣によって斬られたものであり…


「フィリップ…フィリップ・ローグ副隊長。

 どうしてこんなことをするのです。

 近衛騎士団は王族とともに

 多重世界を移動し王族の身を守る者。

 それを遵守できる者のみが騎士に選ばれるはずなのに。」


痛みのために手を抑える姫様の叫び声は

主に歯向かうように剣を抜いた、

銀髪の騎士の笑い声によって遮られた。

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